岬のお社
「向こうの岬の先端に、お社が見えたでしょ? ここからあそこまで二人一組で行って、お社にお参りして帰ってくるの」
夕食のあとで、ヨハンナ先生が肝試しの方法を説明した。
僕達が立っている浜辺から、コテージと反対の岬にあるお社までは、細い道が続いている。
暗闇の中にポツポツと外灯の弱々しい光が見えた。
周囲にそれ以外の明かりはない。
鬱蒼としたとした木々が、黒々と岬を覆っているだけだ。
「ちゃんとお参りしてくるんだよ。一人一人の頭にアクションカムを着けるから、ずるしてお参りしなかったら、後ですぐに分かるからね」
ヨハンナ先生は、GoPro二台と、それを頭に装着するストラップも用意していた。
先生、なんでこんなに肝試しに全力投球なんだ……
「楽しみですね! 写真になんか写らないかなぁ」
首から提げたカメラを持って、萌花ちゃんはノリノリだった(でも心霊写真はやめてほしい)。
「わ、私は、こ、こんなの全然平気。だって、ちょっとホラーっぽい小説も書いたことあるし。幽霊とか信じないし、お化けなんていないし、全然、全然、怖くないし!」
新巻さんが、分かりやすいフラグを立てていく。
「さあ、それじゃあ、順番とペアは、くじ引きで決めましょう。恨みっこなしの一発勝負よ」
先生は1から3までの数字を書いた三角くじを二枚ずつ用意していた。
それを箱に入れてかき回す。
くじ引きの結果、最初の組は1番を引いた新巻さんと萌花ちゃんのペアになった。
そして、二組目は僕と宮野さん。
最後がヨハンナ先生と弩のペアだった。
「残念だわ、幽霊にびっくりして篠岡君に抱きついてやろうと思ってたのに」
ヨハンナ先生がふざけてそんなことを言う。
「私も、気を失ったふりをして、先輩にお姫様抱っこされようと思ったのに」
弩まで悪ノリした。
さっそく、一組目の新巻さんと萌花ちゃんの頭にカメラが着けられる。
手元の明かりとして、蝋燭を一本乗せた燭台が渡された。
「はい、それじゃあ、頑張ってきて」
ヨハンナ先生がそう言って、新巻さんの背中を軽く叩く。
「ひゃ!」
それだけで、びっくりして飛び上がる新巻さん。
「い、いってきます」
新巻さんは萌花ちゃんとがっちり腕を組んで、真っ暗な浜辺を歩いて行く。
「ぎやぁぁぁぁぁぁぁ」
新巻さんの声が浜辺にこだました。
まだ十メートルくらいしか歩いてないのに、先が思いやられる。
浜辺を歩いて、岬の稜線に上がる階段のところで、二人の姿が見えなくなった。
「きゃあああああああ」
だけど、新巻さんが十メートル間隔で悲鳴を上げてくれるから、二人がどこにいるか、すぐに分かる。
この悲鳴が聞こえているうちは、二人とも無事ってことなんだろう。
「うっ、うわああああわ」
岬に悲鳴がこだまする。
木々の間で休んでいた鳥の群れが、びっくりしてバサバサと飛び立った。
眠りを邪魔された鳥がかわいそうだ。
二十分後、ヘトヘトになった新巻さんと、終始笑いっぱなしの萌花ちゃんが帰ってきた。
「まあ、全然怖くなくて拍子抜けだったわ」
新巻さんが震える声で言う。
フラグを立てるところからオチまで完璧な新巻さんは、やっぱり物語の作者だと思う。
「きっと私の頭のカメラに面白い映像が映ってると思います」
萌花ちゃんが言った。
新巻さんが何をしでかしたのか、後で上映会が楽しみだ。
「じゃあ次は、篠岡宮野ペアね」
ヨハンナ先生が言って、二番目の僕達がGoProを頭に装着する。
Tシャツにショートパンツの宮野さんは、なんか落ち着かない感じだった。
僕と二人っきりになるの、心配なんだろうか?
「それじゃあ、頑張って」
僕達はみんなに送り出された。
僕が蝋燭を持って、二人で暗い浜を歩く。
「先輩……」
浜から岬の斜面にかかる階段で、宮野さんが僕のTシャツの裾を引っ張った。
「ん、どうした?」
「あの、僕と手を繋いでもらってもいいですか?」
宮野さんが、急にそんなことを言う。
「えっ?」
下級生女子から手を繋いでくださいって言われた感動で、僕は打ち震えた。
だけど、よく見ると宮野さんは、不安そうに辺りを見回している。
あれ? これは……
「もしかして、宮野さんも、お化けとか苦手?」
僕が訊くと、宮野さんがコクリと黙って頷いた。
「おかしいですか?」
「いや」
お化けが怖いボクっ娘とか、萌えるだけじゃないか。
僕達は手を繋いだ。
僕が握ると、宮野さんは、ぎゅって握り返してきた。
宮野さんの手、ちょっと冷たい。
「放さないでくださいね」
宮野さんが言う。
ボクっ娘のカワイイ台詞、マジ危険だ。
階段を上がると、だらだらと坂道が続いた。
道の両側から木々の枝が張りだしていて、頭の上は、僅かに星空が見えるだけだ。
しばらく歩くと、道の脇に、いかにも何かいそうな、コンクリートブロックの小屋があった。
トタンの屋根は穴が空いていて、木製のドアが半分腐っている。
「中を覗いて行こうか?」
僕が訊くと、宮野さんがぶるぶる首を振った。
握った手に、ぎゅっと力が入る。
そのとき、小屋の横の草むらがガサガサと揺れた。
「きゃ!」
宮野さんが僕の腕に掴まってくる。
「あの、ごめんなさい!」
僕の腕に掴まったまま、宮野さんが言った。
蝋燭の明かりでも、その目が潤んでいるのが分かる。
「ううん、それじゃあ、このままで行こう。僕もちょっと怖かったし」
「はい」
僕達は、体をぴったりとくっつけて歩いた。
木々の間を抜けると、急に見晴らしがよくなる。
森を出ると、岬の崖の上は広場のようになっていて、その真ん中にお社があった。
石で出来たお社は大海原を背にして立っている。
同じように石で作られた狛犬が二匹、お社の前に仲良く座っていた。
そこにはお化けも寄りつかないような、神聖な雰囲気がある。
後ろの海に映る月明かりが、光の筋になってお社まで続いていた。
「きれいですね」
怯えていた宮野さんも、目の前の光景に見とれている。
僕と宮野さんは、並んで二拝二拍手一拝の参拝をした。
僕は、全ての妻と、二人の妹、両親、そして、主夫部部員の健康を願う。
「宮野さんは、何をお願いしたの?」
二人でお参りして、「○○は何をお願いしたの?」って訊くとか、僕、今、リア充のど真ん中みたいなことしていた。
リア充過ぎてリア充がやらないくらいのことしている。
「秘密です」
宮野さんの返しも、完璧だった。
お参りを済ませて、帰りも宮野さんと手を繋いで砂浜に戻る。
みんなのところに戻る直前で、僕達はそっと手を放した。
「先輩、宮野さんにいかがわしいこと、しなかったでしょうね?」
弩が僕をジト目で見ながら言う。
ヨハンナ先生まで、ジト目をしている。
「するか! カメラ回ってるのに」
いや、カメラ回ってなくてもしないけど。
「宮野さん、篠岡君に何かされなかった?」
新巻さんが宮野さんに訊く。
「あの、えっと……」
宮野さん、そこは口ごもらないように!
「さあ、それじゃあ、弩さん、次、私達も行くわよ! 最速タイムを叩き出してやるわ!」
ヨハンナ先生がシャツを腕まくりした。
最速タイムって、肝試しはいつからタイムトライアルになったんだ……
「はい、行きましょう!」
弩も張り切っている。
弩は幽霊とか苦手で、以前は古品さんにホラー映画を見せられては夜トイレに行けなくなっちゃってたのに、なんだか今日は余裕だった。
弩も少しずつ成長してるってことだろうか?
頭にカメラを着けた二人が、勇んで砂浜を歩いて行く。
いつもみたいに、白シャツにデニムのヨハンナ先生と、ワンピースの弩。
残された僕達は、浜辺で夜の海を眺めながら待った。
ヨハンナ先生が最速を目指すっていうから、二人は十分足らずですぐに帰ってくると思っていた。
だけど、そのまま一時間待っても、二人は帰ってこなかった。