夜空のダンス
超常現象同好会の会頭、拝さんが、朝礼台のステージに立った。
膝まで届く拝さんの艶やかな黒髪には、キャンプファイヤーの炎のオレンジが映っている。
透けるような白い肌で、夜の闇の中でも細面の輪郭がはっきりと見えた。
制服の長めのスカート、真鍮の鍵のペンダントと、肩に黒い子猫の縫いぐるみを乗せているのは、拝さんの普段の姿だ。
拝さんの登場に、盛り上がっていた後夜祭の会場は、一旦静まり返った。
問答無用で人を黙らせてしまうような迫力が、彼女にはある。
拝さんは、司会の実行委員からマイクを受け取った。
「不思議は、常に私達のすぐ側にあります。それは、私達の生活のそこかしこに潜んでいます」
拝さんが静かに始める。
「少し見方を変えるだけで、視線をちょっとずらすだけで、それは、私達の目の前に現れます。それが、妖精と呼ばれたり、幽霊と呼ばれたり、妖怪と呼ばれたり、あるいは宇宙人と呼ばれたりするのです」
拝さんの話に、みんな聞き入っていた。
「それでは、ここで、そんな不思議の一つをお見せしましょう」
拝さんが言って、空を指す。
透き通るような真っ白な指で天を示した。
みんなが釣られて空を注目する。
今のところ、空には無数の星と三日月が見えるだけだ。
拝さんは無言で天を指している。
みんな、無言で空を仰いだ。
僕は、笛木君と枝折がドローンを飛ばす校舎の屋上が気になって、チラチラと見ていた。
みんなにバレたら大変だから、本当はあまり見てはいけないんだろうけど、気になって見てしまう。
どうか、みんなが真上に注目している間に、上手くドローンを離陸させられればって、願った。
天を指した拝さんは、目を瞑って身じろぎもしない。
そのまま、何も起こらずに時間が過ぎた。
たっぷりと、5分くらいの時間が経ったけど、空に目立った変化は見られない。
夜空を横切る飛行機のライトの点滅とか、月を遮る雲さえ見えなかった。
そのまま、10分を過ぎると、さすがにみんなざわざわして、落ち着きがなくなる。
「どうした! どうした!」
野次が飛んだり、奇声を発する生徒がいて、それが、どっと受けたりした。
空を見るのに飽きて、スマホを取り出す生徒がいる。
立っていた生徒が座ったり、ブルーシートの上に寝転んだりして、緊張感が解けた。
拝さんに対してブーイングも起こる。
拝さんはそれに対して動ずることなく、目を瞑ったままだ。
僕は、キャンプファイヤーの輪から抜けて、暗闇でスマホを取り出した。
屋上にいる枝折に電話する。
電話はすぐに繋がった。
「枝折、どうした?」
僕が訊くと、
「お兄ちゃん! それが、ドローンが動かなくなっちゃったの」
電話口から、枝折の悲痛な声が聞こえる。
普段、感情をあまり外に出さない枝折の必死な息づかいが、電話からでも伝わってきた。
「モータとか配線とか完璧だし、バッテリーもちゃんと充電してあるのに、ドローンが全然動かないの!」
枝折が泣きそうな声を出す。
「どうし……」
言葉の途中で、枝折の声が聞こえなくなった。
向こうから一方的に通話が切られた。
「枝折? 枝折!」
僕が呼びかけるも、今度は僕の方のスマートフォンの電源が落ちて画面が真っ暗になる。
スマホのバッテリーまだ十分残ってる筈なのに、どうしたんだろう?
ピンチの枝折のところへ駆け付けようと、僕が走り出したときだ。
「あれっ!」
一人の生徒が、空の一点を指して、大きな声を出した。
その方向に、光の球が浮かんでいる。
最初、星々と同じくらい小さな光点でしかなかったそれは、段々と大きくなって、輝きを増して、直視できないくらいの明るさになった。
僕達の頭上に、大きな光の球が浮かんでいる。
その光に照らされて、校庭には僕達の真っ黒な影が伸びた。
目を瞬かせながら見ていたら、その光の球が七つに分裂する。
七つの球は、ゆっくりと等間隔に広がって、夜空に大きな輪を作った。
広い学校の敷地をはみ出すほどの、大きな輪だった。
やがてその輪が上空でぐるぐると回り出す。
急に速くなったり、急に遅くなったり、それでも光の球の間隔は変わらずに、綺麗な円を描いていた。
そして、横方向に回っているだけだった光の球が、上下に動いたり、輪の大きさを狭めたり、逆に大きく広がったり、躍動し始める。
空の上で、光の球がダンスを踊っているみたいだ。
これは、笛木君と枝折が用意していたドローンなどではない。
二人が用意していたドローンは一機だけだったし、LEDの光も、こんなに強くなかった。
それに、どんな高性能なドローンだって、こんなに速く飛んだり、規則正しく動いたりは出来ないだろう。
ドローンが飛ぶときの甲高いモーターの音も聞こえないし、光は、機械的ではない、生き物のような滑らかな動きをした。
そこにいた大勢の生徒が、写真や動画を撮ろうと、空にスマートフォンを向ける。
「えっ?」
「あれっ?」
ところが、次の瞬間、みんな戸惑った声をあげた。
写真を撮ろうとしても、スマホのシャッターが下りないみたいだ。
何度もシャッターを押すうちに、みんなのスマホの電源が落ちた。
夜の闇の中に、点々と輝いていたスマホの画面の光が、次々に消えていく。
夜空の光は、スマホなんか弄るなよ、って言ってるみたいに、優雅に飛んだ。
最終的に、みんな、光に向かってスマホをかざすのを止めた。
みんな、素直に夜空に繰り広げられる壮大なショーを楽しんだ。
光の球が飛んでいたのは、5分くらいだっただろうか?
校舎の壁に設置してある時計では5分だったけど、30分くらい見とれていた気がする。
七つの球はすっと、音もなく集まって、元の一つの球に戻った。
すると、瞬間移動するような速さで、一瞬で天に昇って、そのまま消える。
光が消えて、元の、焚き火の明かりが照らすグラウンドに戻った。
焚き火の丸太が大きくはぜて、火の粉が舞う。
それで、みんな元に戻ったんだって気付いた。
誰もが、狐につままれたような顔をしている。
「どうでしょう、楽しんで頂けましたか?」
朝礼台のステージの上で、余裕の拝さんが言った。
みんな、無言で頷く。
今はそれしか出来なかった。
「それでは、超常現象同好会の出し物でした。どうもありがとうございました」
司会の女子がどうにか自分を取り戻して進行して、拝さんが悠然とステージ下りる。
全てに対して呆気にとられていた皆が、少し遅れて拍手をした。
そこから、焚き火の周りは後夜祭で一番の拍手に包まれる。
拝さんは、しばらく手を挙げて拍手に答えた。
「さあ、次は誰がステージに上がりますか?」
司会者が声を張る。
ハイハイ、と複数の手が上がった。
そこからみんな、術が解けたみたいに、前の後夜祭の雰囲気に戻る。
みんな、下手なカラオケとか、寸劇とかで大騒ぎだ。
今見た光が何かのトリックだって、みんな自分を納得させたんだろうか?
深く考えたら怖くなるから、逆に、大騒ぎして誤魔化してるんだろうか?
屋上にいた枝折と笛木君が、校庭に下りてきた。
「今確かめたけど、ドローンはなんの問題もなかったの。でも、あのときは飛ばなかった」
枝折が言う。
「俺達が、小細工する必要はなかったよ」
笛木君も言った。
やっぱり、あれはドローンなんかじゃなかったんだ。
「まあ、あの人はそういう人だ」
笛木君がそう言って笑った。
だとしたら、あれは一体、なんだったんだろう?
もしかして僕は、枝折や笛木君、そして拝さんに担がれているんだろうか?
そういえば、UFOが現れた校庭の空の辺り。
それは、今朝、ひすいちゃんが頻りに指さしていた方向だった。