表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

200/332

また今度

「はー、すっきりしたぁ」

 バスタオルを頭に被った古品さんが、風呂場から戻ってきた。


 すっぴんになって、スエットの上下になった古品さんは、アイドルの「ふっきー」じゃなくて、いつも寄宿舎でうろうろしてる古品さんだ。



 弩達と「Party Make」の曲を三曲披露した古品さんは、汗を流すためにシャワーを浴びてきた。

 この送別会に間に合わせるために、マネージャーが運転する車で、仕事場から直接ここに来たらしい。


「さあ、古品さんも、今日は大いに飲んで食べて、楽しんでいきなさい」

 ヨハンナ先生が、ビールジョッキ片手に、古品さんをテーブルに招いた。


「はい、もちろん!」

 古品さんは、錦織と弩の間の席に座る。

 スケジュールは明日の午後まで空けてもらったってことで、久しぶりのオフに、古品さんはくつろいだ顔をしていた。



「そういえば、僕達がこの寄宿舎で初めて見た古品さんは、朝帰りで眠そうな顔をしてましたね」

 錦織が言ったのを切っ掛けに、僕達は思い出話を語り合う。


 初めてこの寄宿舎に来て、鬼胡桃会長に怒鳴られたこと。

 縦走先輩に恋をした下級生男子と先輩が、ガチンコで勝負したこと。

 夜、寄宿舎を抜け出す古品さんを追いかけて、怪しげなライブハウスに潜入したこと。

 鬼胡桃会長の強面こわもてのお父さんに、母木先輩が立ち向かったこと。


 文化祭のことや、みんなで夏フェスに行ったこと。

 大雨で、ここが陸の孤島になったこともあった。


 思い出がありすぎて、話が尽きない。



「それじゃあ先生、そろそろ、管理人として、皆さんに挨拶をお願いします」

 料理も一通り食べ終わったところで、弩が促した。


「ああ、そっか」

 ビールから焼酎に切り替えて、ご機嫌のヨハンナ先生。

 先生がグラスを置いて立ち上がる。



「ええと、三年生の皆さん、卒業、おめでとうございます」

 先生はそう言って、頭を下げた。

 酔って顔は赤いけど、まだ足元はふらついていない。


「ちょっとだけ先に社会人になった先輩として言わせてもらうと、これから、世の中に出れば、自分の思い通りにならないことがいっぱいあると思う。先生にもたくさんあった。例えば、突然、わけの分からない部活の顧問にされちゃうとかね」

 ヨハンナ先生が、僕をチラッと見て言った。

「薄気味悪い洋館の管理人になっちゃうとかさ」

 先生が言って、みんなが笑う。


 確かに以前の寄宿舎は、薄気味悪い洋館だった。


「だけど、そのおかげで、いいこともたくさんあったし、いろんな経験も出来た。今のところ、差し引きゼロより、ちょっとプラスってところかな。結局、面倒臭いことに関わらないと、何にも得られないっていうのが教訓だって、先生は思う」


「まあ、卒業する四人は、しっかりしてるし、自分から困難に挑戦していくような人達だし、私がそんなこと言う必要もないんだろうけどね」

 先生はそう言って、先輩達にウインクする。


「って、ことで、これから色々あるだろうけど、何があっても、そこそこやっていけるから、腐らずに目の前のことをこなしなさい、って、これが先生からの送る言葉。ゴメンね、こんな取り留めがない話で」

 先生が照れ隠しに笑って、みんなが拍手した。


 故事を引いた固い挨拶なんかより、ずっといいと思う。

 ヨハンナ先生らしいし。



「それでは次に、在校生を代表して私、弩まゆみが、送辞を述べたいと思います」

 今度は弩が立ち上がった。


 普通、こういうのは、みんなやりたがらないものだけど、弩はこの役割を自分から買って出た。

 どうしても、自分から先輩達に、言葉を伝えたかったみたいだ。


「皆さん、卒業、おめでとうございます。皆さんがここを去ってしまうのは、寂しくて仕方ありません。一人っ子の私にとって、皆さんは、お姉ちゃんであり、お兄ちゃんでした。周りに誰も知り合いがいないこの学校に入って、身の置き場がなかった私も、学校生活や、寄宿舎での日常生活で皆さんに助けて頂いて、どうにかこの一年、無事に過ごすことが出来ました。思い出もたくさん頂いて、皆さんといたこの時間は、私が生きてきた中で、一番印象深い一年でした」

 弩は、用意してきた原稿を丁寧に読んだ。


「これから、皆さんはそれぞれの道で活躍されると思いますが、どうぞ、何時までも私達の良いお手本でいてください。先輩方の後輩であったとこを、私は誇りに思います。また、夏休みにでも、帰って来てください。寂しかったら、五月の連休でもいいですよ。いつでも、待ってます。このたびは本当に、卒業、おめでとうございました」

 読み終えて、弩が笑顔を見せた。


 弩のことだから、泣いてボロボロになるんじゃないかって思ってたら、最後までしっかりと読んだ。


 逆に、鬼胡桃会長や縦走先輩、古品さんのほうが、目を潤ませていた。

 三人にとっても、一緒に暮らしていた弩は、可愛い妹だったんだろう。



「それでは、卒業生の皆さんにも、お言葉を頂きましょう」

 弩が、司会に戻って促した。


「それなら、まず、私から」

 鬼胡桃会長がそう言って立ち上がる。

 会長は、話す前にまず、僕達を一通り見回した。


「今日は、送別会に加えて、私とみー君の結婚式まで開いてくれて、ありがとう。最後の最後まで、驚かせてもらって、この一年、本当に楽しかった」

 会長が深々と頭を下げる。


「一年前、まだここが男子禁制だった頃は、ここに男子が出入りして、料理したり、洗濯したり、挙げ句の果てに、泊まって雑魚寝していくなんて、とても考えられなかった。これも、篠岡君が主夫部なんて作って、引っかき回してくれたおかげね、本当にありがとう」

 会長は、僕に向けて皮肉っぽく言って笑った。

 水を向けられて、僕はどういたしまして、と、頭を下げる。


「私達は卒業するけれど、残るみんなは、主夫部も、この寄宿舎も、守り立てて、何時までも続くように、後進に繋いでください。私達の帰る場所を残してください。約束よ」

 会長が言って、僕達は頷いた。


「それから、いつか私が選挙に出るときには、応援よろしくね。それが私の総理大臣への第一歩だから」

 冗談めかして言ってるけど、会長の目は本気だ。

 僕達は、それに拍手で答えた。



 次に、縦走先輩が立ち上がる。


「私はちょくちょくここに帰って来るつもりだから、大袈裟な挨拶はしないけれど、一言、言っておく。一年前、トライアスロン部で東京オリンピックを目指していた私が、なぜか、実業団の陸上部に入って、駅伝をしている。人生って、何が起こるか分からないってことだ。だから、まあ、みんなのんびりやってほしい。美味しいご飯が食べられていれば、あとはなんとかなるものだ。今日は、この会を開いてくれて、本当にありがとう」

 縦走先輩も、そう言って頭を下げた。

 実に、縦走先輩らしい挨拶だ。



 縦走先輩の次は、古品さんが立ち上がる。


「みんな今日は、ありがとう。私のスケジュールに合わせてくれたのに、少し遅れちゃってゴメンね」

 古品さんはそう言って可愛らしく頭を下げた。


「一年前の私は、売れない地下アイドルで、メジャーデビュー出来るとも思ってなかったし、学校を卒業出来るとも、思ってなかった。ただ、ライブやレッスンの毎日が楽しくて、踊ったり、歌ったりしてただけだった。それが、みんなの協力で、徐々にファンが増えていって、フェスに呼ばれたり、全国ツアーが出来たり、信じられないくらい活動の場所が広がっていった。これも、衣装を作ってくれた錦織君や、ライブ会場まで送り迎えしてくれたヨハンナ先生、そして、レッスンや生活の面倒をみてくれたみんなのおかげです。本当のありがとう」

 古品さんはそう言って、ライブのときみたいに、深々と頭を下げた。


「この際だから、いつか武道館とか、東京ドームでライブが出来たら、とか、言っちゃいます。言霊ことだまだから、言っておいたほうがいいよね。その時はみんなを招待するから、楽しみにしていてください。今日は、本当にありがとう」

 古品さんは、涙を流しながら言った。

 釣られて、鼻をすする音が聞こえる。

 錦織も、男泣きしていた。



 最後に、母木先輩が頭を掻きながら立ち上がる。


「主夫部で一緒に活動したみんな、そして、僕達に活動の場を提供してくれた寄宿舎のみんな、今日まで、本当にありがとう」

 先輩はそう言って、真っ白い歯を見せた。


 どこまでも、爽やかだ。


「寄宿舎での活動は、本当に楽しくて、高校生活最後の一年、充実した毎日を過ごすことが出来た。おかげで、ちょっとした誤解から疎遠になっていたトーコとも、仲直り出来たし、さらには、同棲して、結婚まですることになった。僕とトーコのことを見守ってくれていた寄宿舎と、主夫部のみんな、ヨハンナ先生に感謝します。今日は、こんな立派な送別会と、結婚式を開いてくれて、重ねてありがとう」


「それから、主夫部のみんな、僕は主夫として、これからの生活で家事を実践していくから、それで得た知識は、みんなに報告する。楽しみにしていてくれ」

 母木先輩が言うと、鬼胡桃会長が、

「えっ、みー君私達の生活を報告しちゃうの?」

 と、ちょっと不満そうに言った。


「家事のことだけだからいいだろ」

「どうしよっかな-」 


 あの、二人とも、それは後でやってください。




「それじゃあ、あとは堅苦しい挨拶は抜きで、みんなで、大いに語らいましょう。お布団も干してありますし、食べ物も飲み物もまだまだありますし、朝まで大丈夫です」

 弩が言った。

 みんなから、一際大きな拍手が上がる。


「さあ、朝まで飲んじゃうよ!」

 ヨハンナ先生が言って、さっそく、ワインのコルクを引き抜いた。


「よし、前菜が終わったから、本格的に食べよう」

 縦走先輩が、箸を握り直す。


「私、もう一曲歌っちゃおうかな」

 古品さんがカラオケの端末で曲を探し始めた。




「ちょっと、飲み物取ってきますね」

 みんなが盛り上がる中、弩が席を立って食堂を出て行った。


「えーと、トイレ行ってきます」

 僕は、少し気になったから、遅れて弩を追いかける。


 台所を覗いてみたけど、そこに弩はいなかった。


 人の気配がしたから、ランドリールームを見てみる。


「弩?」

 すると弩は、ランドリールームの洗濯機の脇にいた。

 そこで、こっちに背中を見せて、肩を震わせている。


「おい、弩」

 近づいて顔を覗き込むと、弩は涙を流していた。


「弩、どうした?」

「先輩……」

 弩が、鼻水も垂らして泣いている。

 僕が声をかけたからか、余計に大泣きしてしまった。

 僕は、よしよしって、背中を叩く。


「そっか、先輩達に泣いてるところを見せないように、我慢してたのか」

 僕が訊くと、弩は、ゆっくりと頷いた。


 きっと、ここを去って行く先輩達に、もう泣き虫の弩じゃないって見せたくて、我慢してたんだろう。

 送別会の実行委員長として、責務をまっとうしようとしていたのだ。


「ほら、ハンカチ」

 僕は弩にハンカチを渡した。

「ありがとうございます」

 弩は受け取って、涙を拭く。

「鼻も、ちーんして」

 僕がティッシュペーパーを渡すと、弩はそれで鼻をかんだ。


「せっかく、ここまで我慢したんだから、最後まで先輩達に涙を見せないで、寄宿舎を出てもらおう」

 僕が言うと、弩が「はい」と頷いた。


 弩は、涙を引っ込めて笑ってみせる。

 無理して笑うところが愛おしかったから、とりあえず、頭を撫で繰り回しておいた。

「ふええ」

 弩が笑顔で言う。


 僕達は台所から飲み物を取ってきて、食堂に戻った。


「ほら、二人とも何してたの。罰として、なんか、余興でもしなさい」

 ヨハンナ先生が言って、僕達はマイクを持たされる。



 宴会は夜遅くになっても終わらず、結局みんな、寄宿舎に泊まった。

 夜遅くまでどころか、ラグやクッションの上で雑魚寝しながら、窓の外が白んでくるまで続いた。


 お昼前に起きて、朝食とも昼食ともつかない食事を、みんなで食べた。




「最後に、みんなで写真撮ろうか」

 ヨハンナ先生が言う。


「それじゃあ、この寄宿舎をバックに撮りましょうよ」

 鬼胡桃会長が提案して、写真は玄関で撮ることになった。


 萌花ちゃんが三脚を立てて、カメラを据える。


 僕達は玄関の石段に立った。

 前列に、右から、母木先輩、鬼胡桃会長、縦走先輩、古品さん、ヨハンナ先生。

 後列に、右から、僕、錦織、御厨、弩、萌花ちゃん、新巻さんの順番で並ぶ。


「それじゃあ、皆さん撮りますよ」

 カメラのリモコンを持った萌花ちゃんが、みんなに呼びかけた。


「はい、チーズ」


 念のため、合計五枚も撮ったのに、後でよく確認したら、五枚とも全部、僕の目が半開きで、みんなに笑われる。




「それじゃあ、またね」

「さようなら」

「じゃあ、行ってくる」

「また今度」

 先輩達四人が、木漏れ日の中、林の獣道を去って行った。


 僕達は、みんなが見えなくなるまで、玄関で見送る。

 見えなくなっても、僕達はしばらくそこに立ち尽くしていた。


 林の中は静かで、春の柔らかい風が葉を揺らす音しか聞こえない。




「あっ、桜だ」

 弩が、何かを見付けて言った。


 林のどこからか、桜の花びらが飛んできて、それが一枚、ヨハンナ先生の肩に止まる。


「春だな」

「春ですね」


 寂しいけれど、これからまた、なにか楽しいことが起きそうな、そんな予感がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ