森の古城のウエディング
「塞君。あなたはこの女性を妻とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、変わることなく、愛し合うと誓いますか?」
「はい、誓います」
僕が言う。
「まゆみさん。あなたはこの男性を夫とし、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しきときも、変わることなく、愛し合うと誓いますか?」
「はい、誓います」
弩が言った。
肩を出した純白のウエディングドレスを着て、長いベールを被った弩。
髪をアップにしていて、ベール越しに、綺麗なうなじが見えた。
弩は、両手で白いバラとジャスミンのブーケを持っていて、少し俯いて、慎ましやかにしている。
ドレスでデコルテのラインが見えるからか、今日の弩は大人っぽい。
「それでは、指輪を交換してください」
僕は、弩の左手を取って、薬指にシルバーのリングをはめた。
弩の手は小さくて、指輪がぶかぶかだったから、僕は奥までぐっと指輪を入れる。
それが終わると、今度は弩が僕の手を取って、薬指にリングをはめた。
僕の手を取った弩が、薬指はどれかなって、少し迷ったのが可愛かった。
僕が「これだよ」って、指を持ち上げて教えてあげる。
「それでは、誓いのキスを」
僕達は向かい合った。
弩が少し屈んで、僕は弩が被っているベールを上げる。
ベールの下にあった弩の顔が見えた。
ほっぺたをピンクに染めて、僕を見上げる弩。
軽く結んだ唇がぷるぷるで、少し震えている。
僕は弩の肩に手を置いた。
顔を傾ける。
弩が、目を瞑った。
僕は、弩に顔を近付ける。
「はーい。ストップ、ストップ。そこまで、そこまで」
誓いの言葉を読んでいたヨハンナ先生が、僕と弩の間に割って入った。
「教師の前で、不純異性交遊は許さないよ」
ヨハンナ先生が僕と弩を離す。
不純異性交遊って……
僕達は、寄宿舎の食堂で、結婚式のリハーサルをしている。
新郎新婦の役を、僕と弩がやっていた。
結婚すると断言した、鬼胡桃会長と母木先輩。
どうにか、ご両親を説得して、大学に通いながら同棲することと、籍を入れることは許してもらえたみたいだけど、結婚式とか披露宴をするのは、許してもらえなかったらしい。
だから、送別会のとき、僕達がサプライズで式を挙げることにした。
ささやかだけど、そうやって二人をお祝いすることにした。
弩が着ているウエディングドレスと、僕が着てるダークグレーのタキシードは、錦織のお父さんのブランドのもので、サンプルを借りてきた。
寄宿生の服をずっと直していた錦織だから、鬼胡桃会長のサイズは分かるし、会長に合わせて直すのも慣れたものだ。
二人には僕達の前で人前式を挙げて、写真を撮ってもらう予定だ。
「写真は、サンルームで撮りましょうか」
カメラを持った萌花ちゃんが言った。
僕が弩のウエディングドレスの裾を持って、サンルームに移動する。
鬼胡桃会長に合わせたドレスだから、弩には大きくて重そうだ。
「やっぱり、ここのサンルームがいいかも。雰囲気もいいし」
萌花ちゃんは、ライトをセットして、三脚を立て、本格的に写真を撮った。
「はい、二人、腕を組んで」
「今度は、向かい合って見つめ合って」
「篠岡先輩、弩さんを持ち上げてください」
萌花ちゃんが出す指示に、僕達は従った。
パシャパシャとシャッターが切れる音と、ストロボのチャージ音が食堂に響く。
二人のためのリハーサルをしてるといっても、こうやってドレスを着たり、見つめ合ったりしてると、なんか、緊張した。
僕と弩を、こわーい顔で監視してる、ヨハンナ先生の視線もあるし。
「やっぱり、すごくいい写真」
撮影用モニターに映した写真を見て、萌花ちゃんが言った。
古い建物で、ガラスの奥に木々が見えるし、写真は、森の中の古城で撮ってるって感じだ。
「萌花ちゃん、あとで、その写真、プリントしてもらっていい?」
撮影が終わると、弩が小声で頼んでいた。
「よし、これで結婚式の段取りは分かったわね」
ヨハンナ先生が確認する。
これで、送別会のサプライズが、もう一つ増えた。
「じゃあ、あなた達、それ脱いできなさい」
ヨハンナ先生が、僕と弩に言う。
最初は、ヨハンナ先生がウエディングドレス着て花嫁の役をやるって言い張ってたんだけど、先生のスタイルが良すぎてドレスが入らなかったのだ。
ドレスの裾が重そうだし、踏んづけて転んだりしたら危ないから、僕がお姫様抱っこして弩を部屋に連れて行く。
食堂から玄関を横切って、弩の部屋まで運ぼうとしたら、玄関に誰か来ていて、僕達の姿を見られた。
「あのう、主夫部の皆さん、ここにいるって聞いて、来たんですけど……」
玄関にいたのは、男子生徒だった。
タキシードの僕と、ウエディングドレスの弩を見て、目を丸くしている。
「違うんだ。これには、理由があるんだ」
ドレスの弩を抱っこしながら、僕が言った。
「そうでしょうね」
その男子生徒が言う。
サッカー部の、紺に黄色のラインが入ったジャージを着た男子生徒に、僕は見覚えがあった。
180くらいある身長で僕より背が高く、パーマがかかった前髪で眉を隠した、モデルみたいな体型の一年生。
バレンタインのとき、僕が傷の手当てをした、確か、子森君、子森翼君とかいったかもしれない。
「あのときは、お世話になりました」
子森君はそう言って、礼儀正しく、頭を下げる。
「子森君、主夫部に何か用事?」
僕にお姫様抱っこされたまま、弩が訊いた。
ああ、そうか。
弩と、この子森君はクラスメートだった。
部室で話したとき、弩から、主夫部について色々聞いてるとか、言ってたし。
「はい、あのう……」
このまま、弩をお姫様抱っこしたまま話を訊くわけにもいかないし、子森君を食堂に案内した。
そこには主夫部顧問のヨハンナ先生もいるし、錦織と台所の御厨も呼んで話を訊く。
子森君を椅子に座らせて、僕達が囲んだ。
僕はタキシードのままだし、弩はウエディングドレスのままだ。
「もうすぐ、ホワイトデーじゃないですか」
子森君が言った。
ああ、そうだった。
送別会のこととかで、忘れそうになってた。
僕はいつも、バレンタインデーに母と妹の二人くらいからしか貰わないけど、今年はたくさんお返ししないといけない。
「それで、僕達サッカー部は、マネージャーからバレンタインデーのときチョコレートもらったんで、僕達もサッカー部としてお返ししたいんです。何をお返ししようかって話し合ったとき、その日のお弁当を作って、洗濯とか掃除とか、代わってあげることで、お返ししようってことになったんです」
お弁当を作ってあげる、洗濯や掃除を代わってあげるって、それ、いいアイディアだと思う。
クッキーとか、お菓子とか、ありがちなお返しより、ずっといい。
「だけど、もちろん、僕達、お弁当とか作れないし、掃除はともかく、洗濯とか上手く出来そうもないし、そこで主夫部にアドバイスしてもらったら、ってことになって……」
なんだ、そういうことか。
そういうことなら、僕達主夫部以上に適任なのはいないだろう。
「子森君が担当なの?」
弩が訊いた。
「うん、僕、正直、サッカー下手だし、レギュラーでもないし、先輩達に、お返しの係に任命されたんだ」
大きな体を縮こめるみたいにして、子森君が言った。
だけど、バレンタインデーのときにはマネージャーから依頼されて、ホワイトデーのときには、部員から依頼されるなんて。
頼られているのか、便利に使われているのか。
「僕はいいですよ。男子に料理を教えるのは、良いことです。男子みんなで女子をぽっちゃりに出来ますし」
御厨が言う。
おい、御厨の野望の一端を覗かせるな。
「僕も、いいと思う。主夫部があてにされるって、いいことじゃないか」
錦織が言う。
「私も、大賛成です!」
弩が言った。
あれ、弩が大賛成って言うの聞いたら、なんかちょっとムカムカした。
子森君は礼儀正しいし、いい奴っぽいけど、なんか、諸手を挙げて賛成できない気がする。
「あれあれ、先輩嫉妬してるんですか?」
ウエディングドレスの弩が、僕を覗き込みながら言った。
「そんなことあるか!」
後で、弩のホワイトロリータ、全部、ルマンド・ホワイトに入れ替えてやる。
「それじゃあ、この依頼受けようじゃないか」
僕は余裕を見せて言った。
「ありがとうございます!」
子森君が、僕の手を掴んで言う。
「まったく、あなた達って……」
ヨハンナ先生が呆れていた。
リア充でモテモテのサッカー部のために働くって、お人好しな気もするけど、まあ、僕達主夫部は、そういう星の下に生まれたみたいだ。