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透明な一年生

「ここを通りたければ、私を倒して行きなさい。この命尽きるまで、全力でお相手するわ」

 玄関ホールの前に一人、仁王立ちで僕達の進入を防ぐ鬼胡桃統子会長。

「ここは明治期より百三十余年に渡って純潔が守られてきた女子のその、それをおかすというならば、ここに集う全員を生涯、めとる覚悟で来なさい」

 会長は腕を組んで少し顎を上げ、僕達を見下ろすようにする。

 制服の代わりに着ている会長のワンピースは、ボルドーというよりも今は燃え盛る赤に見えた。

 会長の横には幾らでもスペースがあるのに、そこを通り抜けて中に入ろうという気持ちが起きない。


「あら、誰かと思えば母木君とその一派じゃない。何しに来たの? 主夫部なんて部活を作ったことを悔い改めて、私に謝りにでも来たのかしら?」

 会長が言う。

 僕は一派にされてしまった。

 向かい合った鬼胡桃会長と母木先輩の視線が、火花を散らす。

 一体、この二人の因縁はどこまで深いのか。


 これ以上母木先輩が絡むと話がややこしくなりそうだったから、僕が前に出た。


「この寄宿舎の生徒のことで来ました。弩まゆみっていう生徒なんですけど、学校に来ていないようなので様子を見に来たんです」

 僕は会長のオーラに気圧けおされながら用件を話す。


「弩まゆみ? ここの寄宿生?」

 会長に睨み付けられた。

「一年生です。今年入学して寄宿舎に入ったらしいんですけど……」

「知らないわ」

 会長に一言で切り捨てられる。

 僕が助けを求めてヨハンナ先生を向くと、ヨハンナ先生は「いるはずです」と縮こまりながら答えた。


「ちょっと、管理人さん!」

 鬼胡桃会長が玄関ホールに響く声で背後に呼びかける。

 奥の部屋から女性が出てきた。

 三十代後半から、四十代前半。茶髪で、服装はトレーナーにジーンズ、その上からピンクのエプロンを付けている。

 伝統的な寄宿舎というから、もっと怖そうで厳格な管理人がいるのかと思ってたけど、かなりカジュアルだ。


「今年、この寄宿舎に入って来た新入生っているの?」

 会長が訊く。

「はい、一人いますけど」

 管理人の女性が答えた。

「聞いてないわ」

「お伝えしましたが、お忙しいようで…聞き流されてしまったようで……」

 女性が恐々と答える。

「伝わらなければ伝えていないのと同じことじゃない」

 会長が言った。

 管理人は終始、会長と目を合わせない。

 鬼胡桃会長は、先生も、年上の女性も萎縮させてしまう。


「大体、私に挨拶なしなんて、随分無礼な新入生ね。で、その子は部屋にいるの? なんで学校に行っていないの?」

「四日前に学校に来ていないと担任の先生のほうから連絡があったんで、見に行ったんですけど、部屋に鍵がかかっていて、ノックしても返事もないんで、いないみたいです。先生には風邪で休むと言っておきましたけど」

「風邪? どうして?」

「いえ、古品ふるしなさんと同じだと思ったんで、適当に理由つけたんですけど……」

「古品さん?」

 僕が訊いた。古品さんとは他の寄宿生だろうか。

「こっちの事よ! あなた達には関係ない」

 元々会長には睨まれているけれど、その顔がもっと怖くなる。


「その後は? 確認したの? 一日二日なら分かるけど、四日もいないのはおかしくない? なにかケアはしたの?」

「いえ」

「どうして?」

「忙しいし。食事の支度とか洗濯とか、私一人でやってるんです。時間ないですし」

「せめて確認ぐらいしないと」

「だってそこまでするようなお給料もらってないし……」

 管理人の女性が零すように言った。

「なっ」

 会長が管理人を叱責しようとしたところで、

「弩が部屋の中で倒れていたらどうする? それで返事がないんだとしたら? 生徒会長の住まう寄宿舎で生徒に大事があったとなると大変だぞ。生徒会長の信用もガタ落ちだ。君のメンツも丸つぶれだな」

 母木先輩が言って、鬼胡桃会長を煽る。

 会長の顔が引きつった。


「部屋はどこですか!」

 僕が管理人に訊く。

「あっちの112号室です」

 管理人が廊下の先を指した。

「急ぎましょう!」

 僕達は敷居を跨いで館内に入る。


 百三十年以上、男子禁制だったこの場所に、入ってしまった。


 112号室へ、廊下を走る。

 鬼胡桃会長とヨハンナ先生も続いた。


 くすんだ板張りの廊下。

 破れたまま、放置された箇所のある壁紙。

 廊下に一列に並ぶランプが、三つに一つくらい切れていて、館内は暗い。


 112号室は建物の右手、一番隅にあった。

「弩! 弩いるのか!」

 僕と母木先輩がドアを叩く。

 真鍮しんちゅうのドアノブが付いた重厚なドアが、ギイギイと音を立てて軋んだ。


「ううう」

 ドアを叩く音に反応して、中から弱々しい声が聞こえる。

「マスターキーを! いや、面倒だ」

 言うなり先輩がドアに体当たりした。

 僕もそれに続いてドアに当たる。

 先輩と交互にドアに突進した。


 古い建物でラッチがすり減っていたのか、五回目の突進で内側に少しだけ開いた。

 あとは錦織と御厨も加勢して、ドアを内側に押し込む。無理矢理、こじ開けた。


 入ってみると、部屋の中は薄暗い。

 もう陽は落ちていて、窓から差し込む光はなかった。

 少しカビ臭い匂いが、鼻をつく。


「ふええ」

 薄暗い中から弩の声がした。

 そして部屋の中には、確かに人がいる気配がある。

「ふええ」

 もう一度聞こえた。


 錦織が壁を探して照明のスイッチを押す。

 白熱灯で室内がほんのり明るくなった。


 そこに現れたのは、倒れた書架と、床一面に散らばる無数の本。

 積み上げられたり潰れたりした段ボール箱が多数。


 その中に、弩が埋まっていた。


 床に積もった本の間から、顔だけ見えた。

 目をうるうるさせて、ペットショップのチワワみたいにこっちを見ている。

 今にも涙を零しそう。


 書架に挟まって動けないみたいだけど、ひとまず安心、生きてはいるようだ。


「ふええ」

 弩が、消え入りそうな声で言う。


 リアルでふええと発声する人を、僕は初めて見た。


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この学校、女子のポンコツ率高いんかな?
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