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ジャーマンポテト

 農場の三方は、山に囲まれていた。

 川に沿って走る道沿いだけが開けていて、そこは白樺の木々に覆われている。


 ここは農家民宿「ひだまり」というらしいけど、本当に山腹の「ひだまり」のような場所だった。


 僕と新巻さんは、スーツケースに座って、しばらく景色を見ている。

 赤や、黄色、オレンジの紅葉と、針葉樹の緑で、山々はパッチワークみたいに鮮やかだ。


 一面に広がる畑の中で、僕達はたっぷりと陽の光を浴びた。

 二人っきりで放り出されて、半分、途方に暮れてたけど。


「中、入ろうか」

「うん、そうだね」

 しばらくして、僕達はスーツケースを抱えて建物の中に入った。



 玄関には、農機具や長靴がたくさん並んでいる。

 新米の米袋も三俵重ねてあった。

 玄関から続く廊下の棚に、ファックス付きの電話がある。

 試しに受話器を取ってみると、回線は繋がってるみたいだ。


 これがホラー映画なら、この電話も、そのうち繋がらなくなるんだろうけど。


「どうする? ヨハンナ先生とか、学校関係者に連絡取る? それか、さっきの庄司さんに」

 僕は新巻さんに訊いた。

 スマートフォンは繋がらないけど、この固定電話なら連絡が取れる。

 民宿のオーナーが、僕達を残していなくなってしまったことを、伝えてもいいんだけど。


「そうだね……」

 新巻さんは、少し空で考えた。

「でも、旦那さんから連絡あるかもしれないし、もう少し様子を見てもいいんじゃないかな? 今のところ、困ったこともないし、どうにかなるでしょ」

 新巻さんが言う。

 新巻さんがこういうハプニングに際して、パニックになっちゃうような人じゃなくて、良かった。

 落ち着いていて、大らかな人みたいだ。



 僕達はスーツケースを玄関に置いて、建物の中を探索をすることにした。



 玄関から奥に廊下が続いていて、二階に上がる階段がある。

 廊下を入って右手の引き戸を開けると、中はリビングダイニングだった。


 太い木の梁がむき出しになっていて、天井が高い。

 漆喰の壁の一部が外装と同じ朱色に塗られていて、アクセントになっていた。

 この朱色が民宿のテーマカラーみたいで、部屋の真ん中にあるソファーの上のクッションも、ダイニングテーブルの上のランチョンマットも朱色だった。

 天井からぶら下がっているペンダントライトのシェードも朱だ。


 ソファーの前のチェストに、真空管アンプのオーディオセットがある。

 でも、テレビは見当たらなかった。

 その代わり、普通の家でテレビがある位置には、鋳物の重そうな薪ストーブがあった。上に鍋ややかんが四つは置ける大きな薪ストーブで、外から見た煙突はこれに繋がっているんだろう。


 リビングダイニングの奥が台所だった。

 台所の一部が土間になっていて、まだ土が付いたままの野菜が置いてある。

 広い作業台やシンク、業務用の冷蔵庫があって、料理はしやすそうだ。


 玄関から続く廊下の反対側には、襖で仕切った畳の部屋が二部屋あった。

 この二部屋が泊まり客用の部屋のようで、部屋の隅に布団が二組、置いてある。


 この二部屋に沿って、窓の外に広いウッドデッキがあった。

 バレーコートを縦に半分に切ったくらいの広さで、デッキチェアーや、バーベキューコンロが置いてある。


「あの小屋は何かな?」

 ウッドデッキに出た新巻さんが言った。

 建物から少し離れて、白樺の林の前に、丸太で組んだログハウスみたいな小屋がある。

 ウッドデッキからそこまで、飛び石の通路が続いていた。

 二人で石を飛んで行ってみると、そこは薪で焚く五右衛門風呂だった。

 山に向けて一方が抜けていて、夜空を見ながら、露天風呂気分で入るお風呂だ。


「こんなの、入ってみたいね」

 新巻さんが言った。

 何事もなかったら、今晩あたり入れたんだろうけど。


 廊下の突き当たりには、トイレと、もう一つの風呂場があった。

 こっちはユニットバスで、風情がない普通の風呂だ。



 建物を探検していたら、ぐるると、新巻さんのお腹が鳴った。

「やだ、もう」

 恥ずかしそうに、下を向く新巻さん。


「お昼ご飯作ろうか」

 僕は言った。

 そういえば早起きしたし、朝から口にしたものは、ここに来るバスの中で配られたサンドイッチと、ペットボトルの紅茶だけだ。


 幸い、ここは食材には事欠かない。

 そして、僕という料理人もいる(家庭料理専門だけど)。


 台所に戻って食材を確かめた。

 野菜は、ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、トマト、ピーマン、パプリカ、白インゲン、などがある。

 ジャガイモとタマネギで作れるものと考えて、安直だけどジャーマンポテトを作ることにした。

 冷蔵庫に、ベーコンがあるし、庭先にパセリが作ってあるのも見掛けた。

 カレーとか、肉じゃがにしてもいいけど、せっかくだから、スパイスとかに頼らないで、ジャガイモとタマネギをなるべくそのままで味わいたいし。


 ジャーマンポテトの他に、豚肉と白インゲンのトマトスープを用意して、ご飯を炊いた。

 お米は、玄関に積んであった米袋から拝借した、今年の新米だ。

 冷蔵庫の中にいくらの醤油漬けがあったから、それも頂いた。

 新米にのせたら最高だろう。


「私、着替えて来るね」

 新巻さんはそう言って、玄関からスーツケースを引き上げて奥の部屋に行った。

 僕はその間にパパッと料理して、ダイニングテーブルの上に食卓を整える。


 奥の部屋に呼びに行くと、新巻さんはもうすでにスエットとキュロットパンツに着替え終わっていた。そして、部屋の座卓にノートパソコンを広げて、何か打ち込んでいる。


「食事の準備、出来たけど」

 僕が言うと、パソコンに夢中になっていた新巻さんが、隠すように画面を閉めた。

「あ、うん。すぐ行く」

 新巻さんは慌てて立ち上がる。


 でもここは、電波も繋がらないし、無線LANとかもないけど、新巻さんは、パソコンで何してたんだろう。

 ネットに繋がらないし、メールとかも見られないけど、ゲームでもしてたんだろうか。




「ジャガイモ、ほくほくでおいしい! タマネギもすっごく甘いし!」

 ダイニングテーブルに用意した二人の食卓で、色の白い新巻さんのほっぺたが、ぱっとピンクに染まった。


「新米も、美味しい。いくら、ぷちぷちで最高!」

 新巻さんは、口いっぱい頬張って言った。

 なんか嬉しい。

 白インゲンのスープで、新巻さんの眼鏡、曇ってるし。


 やっぱり、女子にご飯を作って、幸せな顔にするのは、いいものだ。

 これは主夫冥利に尽きると、再確認する。

 もっともっと、女子を幸せにしたい。

 料理の腕を上げたいし、食卓の雰囲気作りも、もっと学びたい。


 腹ぺこの新巻さんは、僕が作った料理を全部平らげてくれた。


「食器は私が洗うから」

 食後に、新巻さんが言う。

 僕がやると言っても、絶対に譲らない。


「じゃあ、お願いするよ」

 新巻さんに後片付けを頼んで、僕はゲストの部屋にあった布団を干しておくことにする。


 天気も良いし、二、三時間も干せば、今夜ふかふかの布団で眠れるだろう。

 ふかふかの布団を用意するのも、主夫の使命だ。


 僕はウッドデッキのフェンスに布団を掛けて、埃を払う。


 ってゆうか。

 このままだと僕達、今晩、二人で寝るのか。

 この、10㎞四方に誰もいない場所で……

 二人だけで。


 弩ごめん。


 あれ、なんで弩に謝るんだ?

 なぜ、突然、弩の顔が浮かんだんだろう。


 僕がそんなことを考えていたら、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

 旦那さんが帰って来たのか。

 僕の妄想を見透かされたみたいで、なんか恥ずかしい。


 でも、畑の中の小径を上がって来たのは、旦那さんのピックアップトラックではなく、シルバーの軽四駆、ジムニーだった。


 音に気付いて、新巻さんもウッドデッキに出て来た。



 ジムニーの運転席にいたのは、二十代から三十代の、小柄な女性だ。

 髪を後ろでお団子にしていて、カーキ色の綿のパンツに、デニムのシャツを着ている。


 女性は車を玄関前のスペースに停めて、僕達の方に歩いてきた。


「こんにちは、あなた達が、今度のホームステイの学生さん?」

 女性は僕達を見て、訊いてくる。

「はい、そうです」

 僕は答えた。


「私は三鹿みろくといいます。三鹿みろく百合ゆり。明日の狩猟体験を担当する猟師で、普段からこの民宿と懇意にしてるの。よろしくね」

 三鹿さんと名乗るその女性は、そう言って、ウッドデッキのフェンス越しに握手の手を差し伸べてきた。

 三鹿さんの手は、治ったばかりみたいな傷が幾つもある、逞しい手だった。


 握手をする手と反対の手に、三鹿さんはビニール袋に入った赤身の肉の塊を提げている。


「これ、私が撃った獲物ね」

 三鹿さんは、そう言ってビニール袋を掲げた。


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