デザイナー
「ゴメンね。本当に、ごめん」
古品さんがそう言って、錦織に深々と頭を下げる。
お茶の片づけをしていた僕達は、何事かとその手を止めた。
「本当に、ごめんなさい」
学校帰りでセーラー服のままの古品さんは、寄宿舎まで走ってきたみたいで、汗をかいている。
「ごめんね」
古品さんはゴメンって繰り返すけど、一体、何が起こったんだ。
もしかしたら、「Party Make」の誰かがスキャンダルで、誰か男といるところを写真に撮られたとか、そういう深刻な事態なのか(三人は普段、寄宿舎でレッスンしていて、土日はライブやイベントで忙しいから、男の影なんて全然見えなかったけど)。
「古品さん、落ち着いてください」
錦織が言って、古品さんを食堂の椅子に座らせる。
御厨がミネラルウォーターをコップに入れて差し出した。
弩と萌花ちゃんが心配そうに見守る。
職員室に戻ろうとしたヨハンナ先生も、気になって食堂を出るに出られないみたいだ。
「何があったんですか?」
落ち着いたところで、錦織が訊いた。
「うん」
しばらく言いづらそうにしていた古品さんが、踏ん切りをつけて口を開く。
「ごめんね。錦織君に新曲の衣装、作ってもらったでしょ? せっかく作ってもらったのに、あれが使えないことになったの」
古品さんが言った。
「どういうことですか?」
錦織が訊く。
「うん、私達、来春メジャーデビューするけど、そのプロモーションにって、事務所の人達が張り切っちゃったみたいで、衣装のデザインを有名なデザイナーさんに依頼したらしいの。駄目元でオファーしたんだけど、そしたら向こうが引き受けてくれたんだって」
古品さんが言った。
「だから、一生懸命作ってくれたのに、錦織君が作ってくれたあの衣装、使えないの」
古品さんはそう言って、錦織にもう一度、頭を下げる。
「なんだ、そんなことか」
どんな話が出るのか、強張った表情だった錦織が、ほっとして肩から力を抜いた。
「頭を上げてください。全然、気にしないでください。素人の僕が、今まで『Party Make』の衣装作りに参加させてもらえたのが、あり得ないことだったし、プロがやるほうがいいに決まってます。有名デザイナーなら、話題にもなると思うし、いいじゃないですか」
錦織がそう言って、破顔する。
「事務所も、それだけ『Party Make』に力を入れてくれるってことですよ。むしろ、ファンとしては嬉しいです」
「本当に、ごめんね」
古品さんは、それでも謝った。
「大体、僕は主夫を目指してるんで、デザイナーとかにはなりませんから、いつか衣装の仕事も降りるつもりでしたし。でも、『Party Make』は大好きなんで、これからも僕はファンとして応援します。だから、古品さんはそんなこと気にせず、もっともっと、がんばってください」
錦織はそう言って古品さんに微笑みかける。
「うん、ありがとう」
古品さんはそう言って、笑顔を取り戻した。
弾けるような「ふっきー」の笑顔を見せる。
ちょっと、目が潤んでたけど。
「何よもう、人騒がせな」
ヨハンナ先生がそう言って、御厨に水を一杯頼んだ。
「ところで、その、デザイナーって誰ですか?」
錦織が訊く。
「えっと、三武回多さん」
古品さんが答えた。
「ああ」
「錦織君、知ってるの?」
「ええ、知ってます」
さすが、洋服大好きで、女性誌とか毎月チェックしている錦織だ。
僕なんて、「ミタケカイタ」って聞いても、全然誰だか分からない。
「三武さんなら、僕の母も三武さんのブランドのコレクションに出たことあるから、会ったことあります。なんか、押しが強くて、尊大な人でした」
御厨が言った。
御厨とも繋がりがあったなんて、世間は狭い。
「確かに、人物的には、とても褒められた人じゃないけど、デザインについては世界的な評価を受けてるし、僕も面白いと思うよ。いいんじゃないかな」
錦織が言った。
しばらくして、いつも通りレッスンをするために、「ほしみか」と「な~な」が寄宿舎に来た。金髪のマネージャーさんが車で送ってくれたらしい。
食堂に入るなり、ほしみかと、な~なも、錦織に謝った。
な~なが、錦織の手を取って謝る。
ほしみかが、錦織の肩に手を置いた。
三人に囲まれている錦織が正直、羨ましい。
これって、「Party Make」のファンからすれば、幸せすぎる光景なんじゃないか。
二人と一緒に来たマネージャーさんは、スーツカバーを三つ持っていて、それを食堂に置いていった。
中に入っているのが、話題の新しい衣装みたいだ。
「それじゃあ、新しい衣装、さっそく着てみよっか。細かい所のサイズとか、錦織君に直してもらえるし」
古品さんが言った。
三人はデザイン画だけ見せてもらっていて、現物の衣装を見るのは初めてらしい。
スーツカバーを開けて、三人が中から衣装を取り出す。
「ほら、男子は出ていってください」
弩が僕達男子を、食堂から追い出した。
僕達が廊下で三人が着替えが終わるのを待っていると、
「何これ!」
「すごい、大胆!」
「ちょっと、な~な、出ちゃってるよ」
「ほしみかも、ほら、丸見え」
食堂から、女子達のそんな会話が漏れ聞こえてくる。
出ちゃってるって、何が出ちゃってるんだ。
丸見えって、何が丸見えなんだ。
僕達は生殺しの中で、妄想するしかない。
「先輩達、入ってきていいですよ」
やがて弩が食堂のドアから顔を出した。
僕達が食堂に入ると、新しい衣装を着た三人が、なんか恥ずかしそうにしている。
人前に出ることに馴れているはずの三人が、もじもじしていて、僕達を前に居心地が悪そうだ。
理由は訊かなくても分かった。
エナメルの黒で揃えた三人の衣装。
な~なの衣装の胸元が大きく開いている。
ほしみかのスカートには深いスリットが入っていて、太股の殆どが見えていた。
古品さん、ふっきーは肩を出してるし、背中も全部見えている。
三人の衣装、全部のお腹が開いていて、おへそが見えていた。
「恥ずかしいよぉ」
古品さんが言った。
僕達の前で、三人は恐る恐る体を動かしている。
歩くのも、手を上げるのもゆっくりだ。
そうしないと、服の隙間から、体が見えてしまうからだと思う。
胸とか、太ももとか、見えてしまう。
「先輩、あんまりジロジロ見ちゃ駄目です!」
弩が僕に言って、前に立ち塞がった。
いや、健康な男子なら、見ちゃうだろ。
「これじゃあ、ダンスなんてできないよ」
ほしみかが言った。
確かに、ファッションショーの衣装としてなら成立するかもしれないけど、アイドルの衣装ではない。
「Party Make」の激しいダンスを、想定して作ってないのかもしれない。
「これだと下着も付けられないし」
な~なが言った。
えっ、ってことは、三人は今……
三人が戸惑う中、いつも胸に提げているカメラで写真を撮ってる萌花ちゃんだけが、嬉々としていた(あとでその写真。コピーさせて欲しい)。
「どうしよう」
古品さんが、眉を八の字にして言った。
「インナーにもう一枚、着るとか?」
な~なが言う。
「それだと、すごくかっこわるくなっちゃうと思う」
古品さんが言った。
「錦織君に直してもらうのは?」
ほしみかが言う。
「デザインを勝手に変えたりしたら、デザイナーさん、怒ると思います」
御厨が言った。
「そうだよね、有名なデザイナーさんだから変えたら怒られるし、文句は言えないよね」
片や世界的に有名なデザイナー。
片やまだメジャーデビュー前のアイドル。
どっちの力関係が強いかは、考えなくても解る。
「とりあえず、マネージャーに報告しよう。衣装が、大変なことになってますって」
古品さんが言って、スマートフォンを取り出した。
ところが、それを錦織が制止する。
「ちょっと待ってください。僕がデザイナーに文句言ってやりますよ」
錦織が言った。
突然、錦織がそんなことを言いだして、古品さんが、きょとんとしている。
「なんで、錦織君が?」
古品さんが訊く。
「ええ、そのデザイナーの三武回多は、僕の父なんで」
錦織が言った。