最後のひとり
四月二十日。
新設部活動の申請受付最終日。
主夫部の顧問は決まった。
あとは足りない部員を一人、勧誘すればいい。それで主夫部は成立する。
念のため掲示板を確認したけど、更なる規約変更という生徒会からの妨害はなかった。
そんなことをしなくても僕達は条件をクリアできないと、生徒会長も高を括っているんだろう。
正確な締め切り時間は、午後六時の生徒会室の扉が閉まるまで。
それまでに部員をあと一人、あと一人でいいんだ……
朝、登校してから僕達四人は、男子生徒に声を掛けまくっていた。
休み時間も、昼休みも、そして授業中もスマホを使って勧誘活動を続けている。
部活に入っていない生徒だけじゃなく、もう他の部活に入っている生徒にまで声を掛けて、引き抜こうとした。
なりふり構っていられない。
しかし、誰に声を掛けても鬱陶しがられるだけだった。
教師陣による男子生徒への締め付けがさらに厳しくなってるみたいだ。
主夫部に入ることへのペナルティを、仄めかすだけでなく、直接的に言っているらしい。
「入ったら推薦は諦めろ」
「入ったら高校生活終わりだぞ」
そんな言葉まで飛び出しているらしいのだ。
そのせいか、男子生徒は僕達を見ると逃げてしまって、話すら聞いてくれない。
取り付く島がない。
放課後の教室でお菓子を食べながらだべっていた女子達、四、五人のグループが「がんばってー」と呑気に応援してくれるだけだ。
五時半を回ると、部活で残っている生徒以外、校内にほとんど人がいなくなった。
窓から夕日が差し込んで、教室も廊下も、オレンジ色に染まっている。
グランドの運動部も片付けにかかっていて、掛け声も金属バットの音も聞こえなくなった。
校内を走り回っていた四人が下駄箱の前のホールに集まる。
最後の期待を込めて皆の顔を見たけど、御厨も、母木先輩も、錦織も、目を伏せて首を振った。
万策尽きた。
あと一人でいいのに、その一人が大きな壁になった。
集まってくれた御厨、母木先輩、錦織の三人には悪いことをしてしまった。
僕の思い付きに賛同してあれだけ行動してくれたのに、結局、無駄な時間を使わせた。教師陣に目を付けられるという、リスクまで負わせてしまった。
でも、この三人には本当に感謝している。
主夫部設立は叶わなかったけれど、僕は仲間を得た。
これから長く友達としてやっていける、頼もしい三人の仲間を。
僕のスマートフォンに着信があった。
妹の枝折からだ。僕は電話を取る。
「お兄ちゃん、どう?」
枝折が訊いてくる。
「駄目だった。最後の一人が集まらない」
僕は枝折に教師達から男子生徒への締め付けがさらに厳しくなっていることを話した。勧誘しようにも僕達の話すら聞いてもらえないことを。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは大きな見落としをしているよ。大きな可能性を排除してる。部員になってくれそうな人はたくさんいるのに」
枝折は言うけれど、なんのことか分からない。
「お兄ちゃんが気が付かないなら枝折が教えてあげてもいいけど、教えたら意味がないから教えない」
枝折はそう言うと、突然ぷつりと通話を切った。
突然切って、あとはこちらから電話しても繋がらない。
僕が見落としていること?
排除している大きな可能性?
「あの、主夫部の方ですか?」
声を聞いて、目を上げると一人の女子生徒が立っていた。
胸に一年生の黄色いリボン。長めのスカートに黒いタイツを履いていて、ストレートの黒髪を腰まで伸ばしている。
「主夫部の方ですね。私、入部したいんですけど」
彼女が言っている意味が分からなかった。
「私、主夫部に入部したいんです」
彼女は唖然としている僕に向けて、もう一度、ゆっくり言った。
僕の前に立っているのは紛れもなく女子生徒と思われる(まさか男の娘ではないだろう)。
女子生徒が、主夫部に入部したいと?
「入部したいんです」
女子生徒は混乱している僕では話にならないと踏んだのか、他の三人を見渡して言った。
けれど、その三人も僕同様、言葉の意味を理解できず、リアクションできない。
ここは主夫部だ。主婦部ではない。
僕達がやってるのは主夫部の勧誘なのだ。