都市伝説の少女
ただ、可愛いと言って貰いたいだけだった。
頂マスノは、初めは普通のどこにでもいる女の子だった。ほんの少しだけ、「可愛い」を人より望むことを除いては。
白い肌に大きな瞳、ちょっとワガママなその性格すら彼女の「可愛い」を作る要素で、友達から大人まで、誰もが彼女を可愛いと讃えた。
でも、彼女はそれだけでは満足出来なかった。子供の頃の「可愛い」なんて、年を重ねるごとに失われる儚い輝きだ。
幼い彼女は決して揺るがない「可愛い」を望んだのだ。
まず、手始めに可愛らしい物を身の回りに集めた。フリルの付いたドレスにハートのペンダント、ふわふわのぬいぐるみは彼女の可愛らしさを際立たせた。 しかし、マスノは知っていた。こんなものは所詮は子供騙しだと。
次に彼女は、可愛らしい食べ物を食べるようになった。イチゴのショートケーキにチョコレートパフェ、プチトマトやサクランボ。可愛らしい物を食べる彼女は確かに可愛かったし、食べた物が体を作るなら、可愛い物を食べることで可愛さを手に入れられる気がしたのだ。
それでも気が済まなかったマスノは、今度は可愛いものを食べてみることにした。可愛くなりたい彼女にとって、それは自然な欲求だった。
始めて食べたのは、プラスチックの宝石が付いたおもちゃのネックレスだった。君に似合うから、と男の子からプレゼントされたものだった。
鎖をつかみ、ペンダントヘッドを思いっきり噛み砕く。キラキラとした異物を呑みこみ、じゃらじゃらと鎖が喉を通り抜ける。
鏡を見ると、瞳にあのペンダントと同じ輝きが宿った気がした。
そこからは病みつきだった。アクセサリーから洋服、ぬいぐるみまで、ありとあらゆる可愛い物をマスノは食べた。体の内側を傷つける痛みさえ、可愛くなるためのものに思え愛おしく感じた。
そして、ある日のことだった。彼女はクラスメイトの可愛らしい少女に対して思ってしまったのだ。
美味しそう、だと。
もう、彼女にとって可愛いものは自分を魅力的に見せる飾りではなく、可愛い自分を作るための食糧になっていたのだ。
美少女ばかりが消える怪事件が起こるのに時間はかからなかった。被害者たちは手がかりも残さず煙のように消え去っている。共通するのは「可愛い」という事だけ。
夜な夜な肉斬り包丁を隠し持ち、可愛い子を見つけてはマスノは殺人を繰り返した。可愛らしい服が血で汚れるのも構わなかった。
可愛くなりたい。その欲求に従い、被害者の少女の髪も内臓も、骨すらも残さずたいらげる彼女は、最早人間ではなくなっていた。
だが、そんな怪事件も長くは続かなかった。
マスノは死んだのだ。
乱れに乱れた食生活と、可愛くあり続けなくては、というプレッシャーによりマスノは心身ともにボロボロになっていたのだ。動けていたのが不思議なくらいの酷い有様だった。
血に塗れた食事を終え、誰もいない夜道を歩いている最中、誰に知られることもなく眠るようにして彼女は息絶えたのだった。
しかし、話はこれで終わらない。
「人食いマスノ」の都市伝説はすぐに噂の波に乗る。
誰一人として、マスノが殺人犯だとは見破れなかったはずなのに、可愛い物を狙う食人鬼の少女は誰もが知る存在となった。
死んだあと、都市伝説として息を吹き返した彼女は、今でも「可愛い」を求めて肉切り包丁片手に獲物を探しているのだ。
確固たる「可愛い」を手に入れるまで、彼女は生き続けるだろう。