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箱庭劇場  作者: ヤマダ
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キツネ釣り

「いやあ、惜しい。実に惜しいよ、ヒスイ君」

 刈上げ頭にキツネに似た着物姿の男が立ち止まる。落語の演目が終わり、楽屋に戻ってきたヒスイに向かって平林はいきなりこう切り出した。平林の線のように細められた釣り目と可能な限り下げられた眉の織り成す笑顔は、見る人に胡散臭さを与える。

「君も、そう思わないかい」

「な、なんだよ。藪から棒に」

 先の読めない話にたじろぎつつもヒスイが食いついたことに、平林は胸の中で釣竿を握る手に力を入れる。

「まあ、立ち話もなんだから。ささ、入って入って」

 まるで自分の部屋であるかのような振舞いにも、ヒスイは素直に従う。既にすっかり平林のペースに呑まれてしまっていた。

 

 ヒスイを座らせると、流れるような動作で熱い茶を入れ、手土産に持ってきた和菓子を開ける。疑問を持たせる暇も与えない、無駄のない洗練された動きだった。案の定、ヒスイは菓子を貪りながら呑気に茶をすすっている。

「で、ヒラリンよお。俺様に話ってのはなんだ」

 ヒラリンとは平林の愛称だ。ヒスイから話を振ってくるのを見計らっていたのだが、まるで忘れていた風を装ってから平林は嬉々として話し出す。

「いやね、今日の落語を聞いてもヒスイ君の演技は素晴らしいと思う訳よ。よく通る声といい、絶妙な間の取り方といい、非の打ちどころがない」

「そりゃ、俺様は天才だからな」

「さらに役者として華のある演技も、見る人を引き付ける整ったルックスも、ユーモアのセンスまであって、まさに魅力の塊、いや、ダイヤモンドだね」

「お前、分かってんじゃねえか!!」

 うひゃひゃひゃ、と喜びで緩みきった顔で高笑いをするヒスイを見て、そろそろだな、と平林はほくそ笑む。

「だからこそ、惜しいんだよ」

「な、何がだ」

 散々褒められて気持ちよくなったヒスイは、ここにきてケチをつけられてカチンとくる。

「君は自分の能力を活かし切れていない、ということだよ」

 思わず怒りで立ち上がるヒスイを手で制してから、平林は朗朗と語り始める。

「確かに、ヒスイ君の演技は素晴らしい。しかし、それは君の素晴らしい能力の一部に過ぎない。僕なら、君の能力を最大限に使うことが出来るし、協力してくれれば相応のお礼はするつもりだよ」

「なんだよ、勿体ぶってないで早く言えよ」

 よし、釣れた。心の中でガッツポーズをしてからリールを急いで回す。

「例えばね、大勢の人に僕の名前を書かせるなんて事が出来たら、君の実力は本物だって実証出来るんじゃないかな?」


 計画は大成功に終わった。人を惹き付けてやまない、不思議な力のあるヒスイの声により語られた平林の政策は、聞く者を感嘆させ洗脳されたかのように平林の名を投票用紙に書いた。あまりに物事が上手くいくのに笑いが止まらない平林だった。が、悪事はそうそう上手くはいかないものだ。

「はあっ!?無効!?」

 ヒスイの演説なら上手くいったはずだ。ならば、何故。その答えはすぐに分かった。

「俺様はちゃんと言ったぜ。お前の名前を書けって」

 そう、投票用紙に平林の名前は書かれていた。しかし、全てが全て「ヒラリン」と書かれていたら、ふざけていると思われ無効になって当然だろう。

「お礼してくれるんだろ?早速飲みに行こうぜ」

 馬鹿と鋏は使いようと言うが、使い方を間違えれば馬鹿は馬鹿のままなのだ。

 けたけたと機嫌よく笑うヒスイの後ろを、逃がした獲物の大きさに肩を落としながら、平林は付いていくしかなかった。

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