おもちゃ箱
ビロードの赤い座席が、こちらに向かってずらりと敷き詰められている。ここが全て客で埋まったら壮観だろう。彼女はここに立つことはないが、その興奮は分かるような気がした。出来上がったばかりの劇場の舞台の上、檜で出来た真新しい床はただ歩くだけでもカツカツと足音が響く。
小さいながらも立派なハコに仕上がった事に、彼女はほくそ笑む。高校生でありながら、彼女はこの劇場のオーナーになったのだ。
「おもちゃ箱は気に入ったかしら」
彼女は舞台の真ん中で劇場を見入る背の低い青年に声を掛ける。
クラスメイトである彼からハコをねだられた時は驚いたが、それよりも、彼ならきっと面白いことをしてくれるという確信が勝った。町の顔役を務める組の娘である彼女にとって、劇場の一つくらい安いお願いだった。
「とてもいい出来だよ」
ありがとう、と振り返った青年の眠たげな眼とにやりと歪んだ口元はいつも通りだった。彼女を極道の娘と知り、怯えたり距離を置く人間は多い。彼はそんなことを気にしないし、図々しくもその権力を利用してきたのである。
なんて可笑しな人なんだろう。享楽的な彼女は、すぐさま彼の願いを聞き入れたのだ。
「劇団を作るために劇場が欲しいなんて、可笑しなことするのね」
「役者はいるんだけど、どうにも自分勝手で客演にいっても匙を投げられちゃってね。だから、彼を育てるための場所が必要だったんだ」
思わず彼女は笑ってしまった。同じ高校に通う同学年の男の子の言うこととは思えない。彼は一体何者なのだろう。
「ねえ、アオイ。あなたメフィストフェレスじゃなくて?」
彼女を楽しませるために現れた悪魔。ふと思いついた考えは、とてもしっくりくるような気がした。
「だとしたら、麗しきファウスト教授は何がお望みだい?」
芝居がかった口調で返すにやりと笑った顔は、まさしく悪魔そのものだった。
「私は、あなたが面白いことをするのを眺められれば、それで十分よ」
ふうん、と納得がいっていない相槌のあと、案外欲が無いんだね、とつまらなそうに呟く彼にまた笑ってしまった。
彼なら、ここを楽しさが目一杯に詰め込まれた素晴らしいおもちゃ箱にしてくれるだろう。確信に満ちた予感に、彼女の胸は静かに高鳴った。