戦馬グランプリロード後編
無敗のまま真夏のグランプリに出走することになったアデル、彼を見いだした天才騎手ジーニアス。少しずつ腕を上げてる相棒の1人。中堅騎手のロウザ、色々と不満を抱える砂漠の案内人パロマ。アデルの馬主で、小さな牧場を営むリーエン達は、レース当日を迎えていた。
プロローグ
『第10回真夏のグランプリ……、間もなくスタートします』
毎年小国でありながら。レベルカウント1開催を行う━━。ルタニア王国には、数万人を越える旅人が、人気レース観戦に訪れていた。
朝からオープンレース、カウント3王国杯が行われ、大いに盛り上がっるなか━━。
ルタニア王国の老王シャナルドは、戦馬レースの産みの親とも言うべき者で、各109にもおよぶ諸外国、有力貴族、都市群の同意、後押しを受けて。
━━10年前━━
一斉に世界中で、戦馬レースが開催されていった。
━━当時は、戦後である。様々な苦労があったが……、戦馬レースがこうして、自国で行われる喜びに、皺の増えた顔を綻ばせていた。
━━南国特有の照りつける太陽に照らされながら。16頭の馬が、ピカピカの馬体を誇らしそうに見せ、パドックに姿を現した。
最初に現れたのは、茶色い毛並みの一番人気ゴールデンキンバリー号、昨年二着、一昨年優勝した『神馬』である。騎手はキンバリー商会お抱えの魔法戦士アドニアス、
━━小麦色に焼けた。肌をさらす服装を好むアドニアスは、小柄な女性で、気の強そうな目が印象的である。
━━同じく。真っ黒に日焼けしてるブレイド、名前とは違い。挙動不審な気弱な印象を与える。細面の青年である。
その後ろからダイヤモンド、シェイドリグラム、アージスト、ティーバリア、グラスバンドール、ヘイルラヌラヒン、
『二番人気クライセル、ハットウルフ、リンナチャン、6番人気9戦9勝無敗アデル、騎手は昨年同レース三着『炎の将軍』ジーニアス、新しい相棒ロウザ』
プランゼ、三番人気ガダルドホース、ムーンブレイク、ティラトット、シャララソイン全16頭。
『本日はゲストとして、昨年JP全制覇を成し遂げた。『皇帝』の相棒。『女王』エスメルダ様に来て頂きました』
『おはようございま~す♪』
風に煽られて、キラキラした黄金の髪が、南国の陽気に美しく広がる。まさに王冠を抱くように神々しく。『女王』の称号に恥じない。美しい少女が、特設ステージから気楽に手を振っていた。
『早速ですが、エスメルダ様から見て、気になった馬とかおりましたら』
『うんそうだね~、この中ならグラスバンドール号、あの子はまだまだ幼い感じだけど。素質ならかなりのものね~。それと一頭……、かなり面白い子がいるわねクフフフ♪』
楽しげに笑うエスメルダの放送を聞きながら。
「残念だな~、アデルお前さんに最強のライバルと対決させてやりたかったが……、敵はいなさそうだ」
あまりにも不敵に言ってのけるジーニアスとは違い、ロウザは緊張しっぱなしである。
「なあ~ロウザ。大丈夫さ、アデルもお前さんを気に入ってる。楽しもうぜ」「旦那……、そうですね。俺死なないように頑張ります」
悟りを開いたように。達観した顔をするロウザ、思わず小さく苦笑していた。
『各馬誘導されて。間もなくファンファーレが鳴り響くことでしょう』
勇壮なラッパ、管楽器、バシバシシンバルが、眼下で鳴らされる様子に目を細めながら。
「本当に…、ジーニアスには驚かされますわね~クフフフ♪」
艶然と微笑みながらも。アデルを好ましく見ていた。
━━…一年前。
『残り三キロを切って、先頭は昨年の覇者ゴールデンキンバリー、並んで二冠馬ミカエル、上がり馬レッド』
『ガダルドホース、クライセルが上がってゆく!』
神馬三頭が追いすがる。ミカエル、レッドの末脚に。ゴールデンキンバリーが屈した瞬間。もうひと伸びして、ゴールデンキンバリーが、三頭の真ん中に留まってゴールした。まさに死闘の名にふさわしい結末。ミカエルは優勝したが、レッドは三着。明暗がくっきりと別れてしまった……。
それだけにジーニアスとの出会いは、本当に楽しくて、シュナイダーと二人。彼等にドキドキさせられたものだ。
『大外シャララソインが入り。第10回真夏のグランプリ、スタートしました!』
綺麗に足並みが剃ろう各馬、
ドドトと砂煙を巻き上げた。巨大な馬達が走り抜けた。
ルタニア王国で行われる真夏のグランプリ、全長32キロ、海岸線の砂浜からレースが始まるが、途中から森林、河口、島々に渡る岩礁、コース選択により海上エリアもコース取りで可能で、コース内800m四方ならば、海上、空を走ることも許されていた。何頭か『海馬』(シーホース)の参戦も見受けられる。
━━戦馬称号にある『海馬』とは、海上、海中を走ることが出来る馬のことで、地上も走れるが、やはりスピードは他馬に比べて遅い。真夏のグランプリとは、混合要素の強いレースであり。砂漠、森林、空、海の特殊フィールドが混雑していた。その為荒れると言われる要因である。『先頭はゴールデンキンバリー、今回も逃げます』
今年のグランプリに三頭の『神馬』が参戦していて、一番人気ゴールデンキンバリーは『一角』(ユニコーン)の血筋である。能力として知られているのが、森の中ならば、水辺すら草原のように走れ、さらにレース中も体力が自然回復する。リジュネの特殊能力もあった。
『レースは間もなく北上を始めて、森林エリアに入ります』
「ロウザこの辺り、海と森のモンスターが入り交じる危険地帯だ」
「承知してるぜ旦那」
ロウザは組み立て式、クロスボウを取り出して、矢をつがえてから、前方右を飛んでいた。流れ雀蜂を撃ち落とす。単体では弱いが仲間を呼ばれては厄介なので。見つけ次第始末するのが鉄則である。
「おらおら」
ロウザは短剣を投げて、ザシュと血煙を上げて、小型の迷彩蟷螂を二体ほうふる。
ニキロにおよぶ森林エリアを。早くも抜けだしたゴールデンキンバリーが、河口に出てていた。
これから少し北に向かえば、対岸と狭くなってるところがあるので、『一角』『海馬』以外の戦馬は、そちらを通る。
『先頭は依然としてゴールデンキンバリー、10馬身離してティーバリア、ヘイルラヌラヒィン、リンナチャン、クライセルはこの位置。ムーンブレイク、ティラトットまでが二番手グループ』
先団よりも800m遠回りして、
『中断グループに、ダイヤモンド、シェイドリグラム、アデル、グラスバンドール、ガダルドホース、さらに15馬身後方に、アージスト、ハットウルフ、プランゼ、それから7馬身ぽつんと置かれてシャララソイン』
川を北上した各馬は、飛越エリアに差し掛かる。
半島から海岸線に望むと、眼前に岩礁郡が遠く島々まで続いてるのが見えてきた。この辺り無数に浮かぶ島々に行くには、海流が凄まじく早いので。近隣に漁船すら近付けぬ危険海域となっていた。またダツと呼ばれる突撃魚が、海遊してるため『海馬』ですら。6キロ遠目にうっすらしか見えない島まで、飛越をするしかない。『各馬踏み切ってジャンプ』
次々と飛越する各馬、アデルはいつの間にか先団に取り付いていた。
「上手いぞアデル」
二走前に。フォーリ杯に出場した成果か、アデルは、自分で考えてペースを作り出すようになっていた。
……ジーニアスの後ろで、アデルの呼吸に合わせるロウザのお陰か、二人の騎手とアデルは、まさに人馬一体のように。綺麗な飛越を見せていた。
各馬6キロもの飛越エリアから。レースの中間地点にある島に到着、アデルは、ゴールデンキンバリーから7馬身後方。二番手に付けていた。
大きな島の中は、巨大な密林地帯になっていて、危険な大蜘蛛が生息していた。普段あまり巣から出てこない大蜘蛛も。戦馬や人間の出す二酸化炭素を敏感に感じて……、新鮮な肉が沢山現れたと。当然狙っていた。
島々に群生する樹々の間や、河川の風下に巣が張られているので、密林の中、川の近くは恐ろしく危険であった。次々と新鮮な肉が向こうからやって来た!、大蜘蛛達は一斉に戦馬に群がる。
「ロウザ右後ろだ!。いくぜアデル蹴散らせ!」
ロウザは振り向き様に。クロスボウを放つ。短い矢は、ジャイアントスパイダーの眉間を射抜き、ぽたりと堕ちていった。それとて彼等には等しく餌である。黒ありが集るように消えていった……。
「ロウザ、左上」
装填したクロスボウを構えた先に。今にも飛びかかろうとしていた。ストンとジャイアントスパイダーを樹に縫い付けた。先頭のゴールデンキンバリーとは5馬身差まで詰めていた。
『先頭で、密林を抜けたのはゴールデンキンバリー、5馬身差まで詰めたアデル号。ついで踏み切ってジャンプ』
今度は、8キロもある飛越エリアに入った各馬は、次の島である。珊瑚島に向かう。
━━後半の15キロは、耐久レースに早変わりする。後方にいた各馬も先団に詰めて。レースは佳境に差し掛かる。
珊瑚島に着いた瞬間。
「いけ!アデル」
ジーニアスが追い始めると。アデルがスパートしていた。
『ここで先頭はアデル、アデルが一気にスパート。みるみるゴールデンキンバリーを突き放す━━』
砂漠のレースを得意にしていたアデルは、直線5キロもある珊瑚島でスパートを仕掛けた。後続も迫るが、その差は狭まらずみるみる20馬身突き離した。
『最後の難関、浮島郡エリアに差し掛かるアデル号。踏み切って、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ見事10連続ジャンプ成功!』
浮島エリアは。ちょっとした重さに、島が沈む。だから海岸線に戻るには、島が沈む前に。次の島に飛越して渡る必要があった。しかし流石にアデルのスピードが堕ちた。体力のピークが近い。息遣いも荒く。疲れて来てるのが分かる。残り3キロは直線の海岸線。先頭でゴール出来れば優勝である。
『二番手に上がったグラスバンドール、クライセル、ガダルドホースとアデルに追いすがる!、しかし先頭のアデルまでは12馬身。差は縮まらない、残り1キロ!』
グラスバンドールが一気に差し足を伸ばして、4馬身差まで詰めていた。『アデル、アデル、アデルとの差が再び広がる。残り3000』
クライセルが、グラスバンドールに追いすがり、ガダルドホースの足は止まる。
『残り2000』
再びグラスバンドールが最後の力を振り絞り。クライセルを置いて、アデルから3馬身差まで詰めた。
『残り1000』
やや遅れてクライセル、グラスバンドールが二馬身差。砂塵をあげる音。息使いまで聞こえてくるようだブルリアデルの身が震えた。
「アデル……これで最後だ!、お前の底力、見せやれ」
ジーニアスが合図を送るや、アデルの馬身が鋭く。深く沈み込み。残された全てを絞り出すようにラストスパートしていた。
━━追いすがる。グラスバンドール号との差は、1馬身半。しかし脚色はほぼ同じ。それ以上追いすがれることはなく━━。
『アデル、アデル、残り400、300、200、100、いま一着でゴールイン!、第10回真夏のグランプリを制したのはアデル!、無敗によるJP優勝は、史上二頭目初の快挙』
「ジーニアスおめでとう」
ポンポンと背を叩くのは『魔導王』ブラノーゼ。 「サンキューブラノーゼさん♪」柔和な笑顔で称えてくれたが、彼には最近不幸があった。それをおくびにも出さない強靭な精神力を持った。超一流騎手である。
「今回は負けたが、次はこうはいかないぜジーニアス!」
血気盛んなランドは、年の近いジーニアスをライバル視しているようだ。
その日の夜……、
ルタニア戦馬場で、表彰式が行われた。アデルはスカイブルーのレイを首に掛けられて。胸を張っていた。真夏のグランプリ優勝の文字が燦然と煌めくなか。沢山の人々から万雷の拍手が贈られていた。
「リーエンさんおめでとうございます!」
「ありがとうパロマ……」止めどなく涙を流しながら。今は亡き父の背中を思い出していた。
「お父さん……、本当だった、お父さんの言った通りアデルは凄い馬だったよ!」
俯き唇を噛み締めて、アデルと気の使えないジーニアス、緊張してガチガチのロウザを認めて、嬉しそうに微笑んでいた。
「親父残念だったな!」満身創痍のゴート・リグラムに肩を貸しながら、パラム・リグラムは、アデルの勇姿を羨ましくも鋭く見ていた。
「まあな~、それはそうと……、パラムおめでとう」
「ありがとう親父、次は俺達がアデルに挑戦するからな!」
「そうか、この足ではしばらく大人しくしとくしかないからな~」
おどけたように言うが、右足は無残に喰い千切られていた。その様で再び復帰するという気概を感じて、眉を潜めた。
「へん!、そんなに楽しいのかよ」
子息の呆れた口調に。にやり不敵に笑いながら、頭を撫でていた。
「ああ~、命を賭ける価値がカウント1には存在する」
思わず嘆息していた。呆れたが、自身も最近レースの楽しさを覚えていた。
「そいつは楽しみだな♪」
目をキラキラさせて、破顔していた。
こうして真夏のグランプリは、終わりを告げたが……、戦馬に携わる者達の戦いは、終わらることはない。次のステージに向かっていた。
一月後……。
カウント2、トライヤルパラセイヌ記念。
大陸の西にある。広大な森。世界有数の大国パラセイヌ王国の領土で行われる。
森林内には、大小7つの村と町が2つ存在していて、パラセイヌ王国は森の入口に建てられた巨大な城塞都市である。
━━賑やかな城下を。白い制服姿の一団が訪れていた。
「兄上!」
小柄な少女は、長くなったブルネットの髪を揺らせながら、元気に跳び跳ねる。思わず厳格なオーディンすら優しい目をさせていた。
「すっかり……、日に焼けたなサフィー」
小麦色に焼けた顔を認めて、相好を崩した。
「はい!」
隣を歩く妹は、少し前まで控えめで、引っ込み思案なところがあった、随分と変わった……、案外妹にはよい経験になってるようで安堵した。
「それで……ジーニアス殿は?」
正直なところ、そこが大切な意味を持っていた。
「宿で、バルテロ兄さんと待ってますよ♪」
「そうか……」
ホッと安堵していた……。今やリーエン牧場は、戦馬界で、注目を集めている牧場である。
生産馬が無敗のまま真夏のグランプリ優勝したのだ。それも仕方がない。「本当にアデルは、パラセイヌⅡ世王杯にでないのだな?」
「はい。代わりにタムタムが、パトリシア姫Sに出させてもらえて、ラッキーです♪」
そうなのだいつの間にか、オータムフォーリが、オープン5勝を上げて、カウント3ながらトライヤルのレースに。出走が可能になったと言うのだから驚きであった。「それでジーニアス殿が、我々のアドバイザーとなってくれたとはな……」
しみじみと呟いていた。
━━2週間前……、リーエン牧場。
「……アデルの調子が落ちてるな。この調子じゃ~。2ヶ月後のパラセイヌⅡ世王杯は、出さない方がいいな」
足元のダメージがなかなか回復していない。グランプリで、かなり無理をさせたようだ……。少なくとも3ヶ月は休養させる必要があった。
「そんな訳で、マナウ王の申し出を受けようと思う」
「そう……、仕方がないわね」
済まなそうなアデルの首筋を。優しく叩きながら。ようやくリーエンらしい笑顔を浮べていた。
「そうだわ~。だったら丁度良いわね。オータムフォーリもトライヤルに出しましょう♪」
「ほほ~う。良いのかよ?」
わざとらしく意地悪な顔で言うとジーニアスに。リーエンは鼻を鳴らしていた。
「フン当たり前でしょ~、二人は私達の牧場に沢山貢献してくれたわ。ならば答えなきゃ牧場主とは言えないでしょ?」
珍しく正論で切り返してきた。確かにジーニアスの実績の影に隠れがちだが、二人は着実に勝ち星を上げていた。オータムフォーリもオープン60勝目を上げて、晴れて『天馬』に上がったのだ。ならばトライヤルに挑戦させるのは、存外に悪くない。
「あの二人と、今のオータムフォーリなら、いい線行くだろうな」
ジーニアスの呟きに。そうねと優しい顔を覗かせた。
フォーリ王国から。オーディンに同行してきた。装丁師のハマル、相棒の宮廷魔導師アロバン他。見習い騎手二人を同席させていた。
「久しいなジーニアス」
「よお~元気そうだな」
相変わらず息災のようだ。もしもアデルが出場していれば、アドバイザーの要請は、受けて貰えなかったと理解していた、一瞬言葉に困る。
「構わないぜ!、とりあえず言ってくれよ。アデルは頑張ってくれたんだ」
「そうだな……、ジーニアスおめでとう!」
「おう、ありがとう!」
ニカリ嬉しそうに微笑んでいた。
「荷物降ろしたら。作戦を説明するからな」
パラセイヌ記念は、本線のコースの半分。21キロを用いてレースが行われる。
また森林レースのスタート地点は、パラセイヌ城塞の南に。レース専用パドック、厩舎が近くに用意されていて、オーディン達は今夜にも厩舎に移動する。なので時間は限られていた。
「じゃ、俺達がどうやって大落差をクリアしたか……」
悪巧みする悪徳商人のような顔で、話し始めた。
『第9回パラセイヌ記念。間もなくスタートです』
全10頭の戦馬が、パドックを回る中に。黒影のピカピカの馬体をした、一番人気シデンリグラムがいた。騎手はパラム・リグラム、相棒のラムザ・ニースは初老の男性で、パラムの師匠でもあった。「若、今日は、よい天気に恵まれそうですな~」
元は、父の相棒であり最も信頼する忠臣である。
「そうか、なら安心だなシデン」
シデンはあまり重馬場は得意ではないので、安堵した。
「若、今日のレース、馬の気持ちに逆らわず。慌てず行きましょうぞ!」
此度はあくまでもシデンの試金石。厳しくピシャリ言われてしまい。思わず苦笑していた。二番人気フォーリニアス。此度手綱を握るのは、相棒の宮廷魔導師アロバン。
「本当に私で良いのかオーディン?」
最近は、オーディンが手綱を握っていたので、かなり戸惑っていた。しかし最後の大落差をクリアするには、頑強なオーディンにしか出来ない策であった。「いいか俺のことは気にするな、アロバンお前のペースで走らせるんだ!」
何がそこまでさせるのか、よく分からないが……、オーディンの面差しには、強い覚悟があった。「分かったよオーディン。このレース僕に任せてもらおうかな♪」
細面の友人は、パチリウインクを残して、フォーリニアスに騎乗していた。
『各馬。ゲートに誘導されて行きます、大外バルクリンドウが入り……。ややばらついたスタート』
『押して先頭に立ったアデムス、サンガロット、ダイヤモンド、リンナチャン、ティラトット、ドリップス、一番人気シデンリグラムはこの位置。シルバーキンバリー、サロメ、最後方に二番人気フォーリニアス、馬軍はほぼ一団で、間もなく第1障害━━』薔薇の壁』
森に自生する薔薇を。障害ように作らせた物である。
『踏み切ってジャンプ!、各馬次々と飛越を済ませて、森林公園を周回し。左回りにレースは進みます』
本番でもパラセイヌⅡ世王杯は、左回りである。3つあるトライヤルの中で、パラセイヌ記念だけが本番に左回りコースで、それだけに有力馬が集まっていた。緩やかなアップダウンを繰り返し。大竹柵障害3連続と続く。
『先頭のアデムスが、大竹柵障害。踏み切ってジャンプ!』
さらに1200m先にある。次の大竹柵障害に向かう。後続も次々と障害を飛越していった。
『先頭のアデムス。大竹柵障害3連続目を。綺麗に飛越して、全馬は森を抜けて、河川敷に出ました』
多くの馬は、そのまま北上して、二度の川越え飛越をすることから。S字障害と呼ばれるコースにはいる。
上空のマークから見ると。アナウンサーにはそう見えると言われていて、二度の飛越を終えれば、再び森林コースに戻る。
『ここでサンガロット、リンナチャンがアデムスをかわして先手を奪う。四番手ダイヤモンド、最後方は相変わらずフォーリニアス』
森林コースに戻ってからが、パラセイヌ記念の本番となる。レースの序盤は、ある一定のレベルにいる騎手、馬ならば、労せずに回ってこれるが、ラストの大落差まで、5連続大穴障害、3連続の鉄鋼石障害。それを越えた先に……、最大の障害、23m落ちる。大落差があった。
『S字障害をクリアした各馬は、再び森林コースに戻ります』
ダイヤモンドが、一気に先頭に躍り出て来た。二番手にサンガロット、リンナチャン、アデムス、シルバーキンバリー、サロメ、その外にシデンリグラム、ティラトット、ドリップス、最後方変わらずフォーリニアス。いつものフォーリニアスならば、この時点で5番手まで上がって行くのだが……、
「オーディンあんたの馬、恐ろしくタフだよな?」 別れ際。ジーニアスはそう切り出してきた。
「それが何だ?」
愛馬フォーリニアスの乗りかたについて、意見してきたのだ。
「あの馬な、追い込み馬に育てたら。相当面白いと思うぜ」
なんて余計なことまで言われて、正直カチンと来たが、あのジーニアスが余計なことを言う筈がないと。この2日は悩んだ。奇しくもフォーリニアスは後方に控えていた。相棒のアロバンに全て任せる以上は、慌てる必要はない。
不思議なことに……、フォーリニアスは、今まで見せたことないような尻尾をゆらゆらと。機嫌よく走るではないか。何時もは耳を絞り、ムキになって走ってるところがあったのだが……。
「アロバン……」
「ああニアスは、馬ごみが苦手だったんだな……」
複雑そうな顔で、二人は見合い苦笑していた。ジーニアスの奴はそこまで見てた訳では無いだろうが……、
「なら、仕掛けるのは予定通り後半だな」
「それまでは任せてもらうぞオーディン」
アロバンは細い腕をまくり。腕を二度叩いた。
『先頭のダイヤモンド、5連続の大穴障害に差し掛かります』
先団は、ほぼ一段となり連続ジャンプに入る。
『踏み切ってジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ!』
先頭が、コロコロ入れ変わる激しいレース。前がかなり早くなっていた。
緩やかな上り坂から、下りに差し掛かると。馬上から見て先に。3連続鉄鋼石障害が見えてきた。アデムス号が口を割って、ズルズルと下がって行く、入れ替わるようにフォーリニアスが九番手に上がった。先頭からフォーリニアスまで、7馬身と圏内。ちょっとしたことで着順が変わる。波乱の要素が高まっていた。
『3連続鉄鋼石障害をほぼ一団で、踏み切ってジャンプ、踏み切ってジャンプ、踏み切ってジャンプ』
ここからが本当の勝負である。フォーリニアスを大外に出して、ゴーサインを出した瞬間。
『大外から、大外から、凄まじい末脚を伸ばすフォーリニアス!、馬群を豪快にまとめて差しきり。先頭にたつ勢い。先頭にたったまま5馬身、7馬身離して、最後の大落差障害に向かうのか!?』
残り4キロ、大落差障害をクリア出来れば残り2キロの下りだけ。しかし遠回りを選べばフォーリ杯の二倍近い大回りとなるが、例年遠周りを選んでいた。
『大落差障害に向かうのは、なんとフォーリニアス号のみ!、果たして成功なるか』
やはりというか、アナウンサーは、フォーリニアス以外の馬を実況しだした。
『先頭は、シデンリグラム、二番手にサロメ、シルバーキンバリーと続きます』
フォーリニアスの手綱を握るアロバン、オーディンの二人は、不可思議な高揚を覚えていた。
「これか……、俺に、俺達に足りなかった物は」まっすぐ崖に向かって、かけ上がったフォーリニアスは、スピードを一切止めることなく。崖を踏み切ってジャンプ!。天空を駆けるように。フォーリニアスの前足が空を掻く。
「行くぜ!、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
オーディンは、チェニックの下に着込んでいた。砂漠を歩く旅人が着ていた。駱駝の皮で作ったフードの仕掛けを広げた。がき!、凄まじい空気圧を受けたフードは、パラシュートのように広がり。オーディンの身体に。フォーリニアス号+アロバンの体重がのし掛かり。身体を引きちぎるかと思うような……、凄まじい痛みを。与えていた。
「グァアアアアアアアアアア!」
大落差障害とは、普通の戦馬には、耐えられない高さであった故に。ほとんどの馬は、大落差障害を敬遠していた。しかし本番を勝つつもりならば、どんなことをしても。大落差障害を飛越しなくては、勝ち負け出来ないのがレースである。
━━ほんの数秒が、何時間にも感じられるほど。激痛にのたうちながら、目標の高さに達した瞬間。
「おりゃ!」
仕掛けを切り離した。軽い浮遊感━━。
小さな衝撃を尻に感じたが、フォーリニアスの勢いが削がれることもなくスパートを続けていた。
『フォーリニアス、フォーリニアス、フォーリニアスが、なっ、なんと!。昨年のレッドに続き、大落差障害をクリアした!、独走、独走です。苦節5戦目にして、初めてフォーリニアス号、パラセイヌ記念優勝を飾る』
後続に15馬身以上離して、フォーリニアスが先頭でゴールを駆け抜けた。
フォーリニアスを称える大歓声に。出迎えられたが、今までとは明らかに違う点が幾つかあった。未だに息があがっておらず。まだ余力すら感じて、オーディンは手に震えが走る。
「これが……、一流騎手達の……」
「やったなオーディン!」
「ああ!、見事な手さばきだったアロバン」
二人は、長年相棒を組んでいた。今まで多くのレースで、オーディンが手綱を握っていたし。フォーリ杯を二勝したこともある。しかし二人はトライヤルを勝つのも初めてなら、追い込みを試したのも初めて、それ以上にフォーリニアスが、本気で走ったのも初めてな気がした。
「ニアスご苦労様……」ブルルル、嘶く姿も何処か自信に満ちていた。
パラセイヌ記念結果。
1着フォーリニアス、
2着サロメ、
3着シルバーキンバリー、
一番人気シデンリグラムは、5着と結果が発表された。
「くそ!、やはり障害レースは厳しいか」
パラム・リグラムが実に悔しそうに唇を噛むが、上位三頭の騎手とはまだまだ、腕の差があるのは否めない。
「若様やはりここは、来年の北方三国杯を目指すべきでございます」
「ああそうだな……、お前の言う通りだ、俺はまだまだだ。必ず腕を磨きグランプリの舞台に出てやるんだ!、行くぞシデン」
黒影の若駒は、静かに闘志を燃やして、パラムの後に従っていた。
「やったわ兄さん!。やったのよ」
パラセイヌ記念出走馬の関係者が案内される。観覧席にいた、サフィー・リンチョが歓喜まわった顔で、手を組んでいた。
「うむ!、流石は兄上である」
憧憬の眼差しで、兄達を出迎える二人から。少し離れた所で、実況を聞いていたジーニアスは、
「参ったな……まさか勝つとはな」
新たな強敵を。自らの手で作ってしまったようだと。苦笑していた。来週はパトリシア姫Sである。バルテロ、サフィー、兄妹の重賞初騎乗が待っていた。
「まっ、二人にはいい発奮材料になっただろうさ」
そう思うことで諦めていた。
本番である。パラセイヌⅡ世王杯出場を目指す馬には、3つのトライヤルがあって。パラセイヌ記念、パトリシア姫S、レザーリア王妃杯である。トライヤルは3着以内ならば、本番のパラセイヌⅡ世王杯出走出来る。優先出走権が与えられる。
先日のパラセイヌ記念で、フォーリニアス、サロメ、シルバーキンバリーに優先出走権が与えられた。
今週のパトリシア姫Sカウント3、来週のレザーリア王妃杯出走馬も早期入厩するため。用意れた厩舎は大いにぎわいで、毎年この時期は、厩舎の近くに屋台村が会場する。
「ジーニアスの兄貴!」
屋台に向かっていたジーニアスは。オーディンと立ち止まって、そちらをみるや驚いた顔で、二人の弟分達を出迎えた。
「サロネ、ルロ♪」デリク軍ブランデル・サロネ少尉。カザヴェル・ルロ上等兵の二人とは、ジーニアスの幼なじみで、餓鬼の頃から一緒に遊び兄から馬の乗り方を教わった仲である。
「兄貴!、カウント1優勝おめでとうございます」
「ジーニアス兄、JP優勝おめでとうございます」
「おうありがとうな。お前たちはどうしてここに?」
立ち話もなんだからと。屋台で話すことにした。
「俺達は、来週のレザーリア王妃杯に出場するので、早期来日しました」
サロネが嬉しそうにいえば。ルロも自魚のムニエルをパクつきながらうんうん頷いていた。
「へえ~リクは、そんなに強くなってたのか」
「はい!、ファランソ共和国杯勝ってから。パトロンが出来まして。今回の遠征費出して貰えて、こうして兄貴とも会えたんだから。感謝しなきゃ」
「ジーニアスそちらの二人は、デリク軍の?」
「うんそうだぜオーディン。こいつらは俺の弟分達だ」
「初めましてオーディンさん。昨日のレース聞きました。優勝されたとか、おめでとうございます」
軍の将校とは思えない。真っ直ぐな目をしたサロネに、いささか面映ゆく思っていると。
「デリク軍の連中は、一応軍属なんだが、わりと性格のいいやつが、多いんだぜ。あいつら以外は、みんなわりと付き合いやすいよ」
「……あいつら?」
「ああそうか、そこから説明したほうがいいな。オーディンさんなら知ってるかもしれませんね。ニースの姉さんや、フレベルの叔父夫妻、サラベラ多分兄さんの四人です」
ん?、何故多分と付けたのか理由は分からないが、その四人は知っていた。いやそれもかなり有名だからだ。
「彼等もデリク軍だったな……」
あの四人は、超がつく一流騎手ばかりである。最近話を聞かないが……、「あいつらのことは、それぞれ専属騎手になってるので、レースに出ない理由は知らない、でも出たら相当厄介だぜオーディン」
そうだなと胆に命じていた。確かにトライヤルは勝ったが、この先同じような無茶をやる騎手が、現れないとも限らない。自分たちで、もっと楽に大落差をクリア出来なくては、カウント1優勝など……夢のまた夢である。
━━久しぶりの仲間との会話を楽しみながら。レースの日は、瞬く間に迫る。
「お父様!、早く早く、レースが始まってしまいますわ」
艶やかな真っ赤な花をモチーフにしたドレスを着込んで。薄く化粧をした。10代前半の少女が急かす。
「おお~姫は、よっぽど楽しみなのだな」
おうように頷き、優しい笑みを浮かべる王に。あらあらとクスクス王妃まで楽しげに笑っていた。先週のトライヤルはなかなか見ごたえのあるレースだった。
「今日のレースには、先週勝ったオーディン卿の弟妹が参加すると言う。本当に楽しみだわい」
「そうですわね王様♪」来週のレザーリア王妃杯にも楽しみは尽きない。あのデリク軍の馬が出ると言うのだ。今年も楽しみなレースが続く。
パドックの周囲に。沢山の競馬関係者が、集まっていた。これから行われるトライヤル、パトリシア姫Sはカウント3、コースは右回り。距離16キロと短く。本番最大の障害が使われないので、トライヤルとしてはやや軽視されがちだが、集まった騎手・馬は、一流騎手を目指す若手の登竜門と呼ばれるレースである。
『パトリシア姫S全11頭。各馬の紹介をします。一番人気ラノスタイン号、オータムフォーリ号、二番人気ブリタニア号、ラグマンディ号、パナップ号、パットウルフ号、タイマサ号、リンラッド、ムーンブレイク号』
各馬の気配を見て、単勝馬券を買うのが、戦馬レースを楽しむ醍醐味である。鮮やかな空色のワンピース姿のリーエンは、気が利かない男。ジーニアスを探しながら、ついでに気になった屋台を冷やかしつつ。見て回っていると。
「こっちだリーエン」
手を振りながら手招きしてる。我が牧場の恩人を見つけて。晴れやかな笑みを浮かべていた。
「いたいた探したわよジーニアス!。レディに探させるなんて、本当に気が利かないんだから♪」
なんてこと呟きながらも。足取りは軽い、近付いてくと。見覚えのない二人の青年が、ビックリした顔で立っていた。
「あっ兄貴、この美少女は誰すか……」サロネが口を開き、コクコク、ルロが頷いた。あら……よくわかってるじゃないのと。満更でもないリーエンを認めて、苦笑していた。
「いいかこいつが悪名高い。リーエン牧場主本人だ!」
ピキリこめかみに青筋立てたリーエンは、右眉だけ上にあげた。
「なっ……、あの噂の……」
幾つか聞き捨てならない単語はあったが、何故か二人よりも周りのレース関係者がざわめいた。
『あっあれが噂の……』
『北方三国を裏で牛耳る影の支配者……』
ひそひそ話を聞いて、思わず首を傾げていた。
「リーエン、お前さん有名だったんだな~、悪名でな」
「なっ……、なんですって!?」魂の叫びは、再びあらぬ誤解を生むのだが、それを知るのはもう少し先になる。
色々な意味で目立っていたリーエンが。落ち着くのを待ってから、改めて二人を紹介した。
「へえ~あなたの弟弟子ね。なんかまともな話を聞くの初めてだけど。あなたの両親とかは?」
「俺か?、俺の両親は、俺が生まれて直ぐに。戦争の最中死んだ。肉親は兄貴が1人だけだが……、幼なじみは沢山いて、恵まれたよなサロネ、ルロ」
「ええ~そえなんですよリーエンの姉さん♪、俺達は孤児でして。ガキの頃からみんなで遊んでました」
「へえ~あんたも苦労してたのね」
驚いた口調で言われて、
「そらガキの頃まで、ドンパチしてたんだしよ~」モゴモゴ少しだけ赤くなり。いいよどむジーニアス。と言う珍しい物を見た二人は。へえ~流石はあのリーエンさんだと。しきりに感心していた。
馬鹿話している間も。レースの準備が滞りなく終わり。間もなく……。
『各馬ゲートに入りました。スタート、おお~っとオータムフォーリ出遅れた』
パトリシア姫Sは、右周りの小回りコース。そのため障害の数も少なく。12である。しかし最後の障害は、崖登り障害と言う変わった物で……。到着順位が非常に重要になってくる先行馬有利のレースである。
『先頭はラグマンディ、パナップ、ブリタニア、ファランソと続きやや離れて、ラノスタイン、ムーンブレイク、タイマサ、リンラッド、パットウルフ、パランギース、最後方をオータムフォーリ』
最初の二キロは、平坦な森林コースで、そこから竹柵障害、大竹柵障害、大穴障害と続く小回りコースは、普段農道として使われていて、天然の障害は少ない。比較的安全な障害レースであった。
『先頭のラグマンディ最初の竹柵障害を。踏み切ってジャンプ。後続も続き、飛越していきます』
緩やかな下りを全11はほぼ一団となり走る。
『大竹柵障害、踏み切ってジャンプ!、後続も続きます』
ここからやや登り坂になって、大穴障害に差し掛かる。
『ここで先頭はブリタニア、ラノスタインが上がって行く』
最後方は相変わらず、オータムフォーリ、コースはここから昨夜の雨で、ぬかるむ農道エリアに入る。村が近隣にあるのか、家々の屋根に子供が登り。声援を騎手に送る可愛らしい姿を目に。サフィーの顔にも自然と笑顔が浮かぶ、今回手綱を握ってるのは、妹のサフィーである。
「タムタム私達のレースをしようね♪」
サフィーの声に答えるように。徐々にオータムフォーリは、パランギースの一馬身後ろまで、迫っていた。
『大竹柵障害3連続が続きます。ブリタニア号踏み切ってジャンプ!、ラノスタイン、ファランソ上位人気が先団を形成そのまま決まるのか』
極端なレースにならないパトリシア姫Sは、先行馬有利であった。『最初の大竹柵障害、踏み切ってジャンプ』
後続の馬も淡々と飛越を済ませ、次の大竹柵障害に向かう。
『踏み切ってジャンプ!、ここでパランギース、ついでオータムフォーリが上がって行く』
早めに捲ってく作戦のようだ。
『大竹柵障害、踏み切ってジャンプ』
ファランソ、ブリタニア、ラノスタインが並んで飛越した。中団の馬も。上がっていきたいところだが、三頭に比べると実力は、一枚落ちた。四番手以下ほぼ一団の展開。残る障害も後6つあるのだが……。実は崖登り障害という珍しいもので、巨大な岩石の上を連続6回飛び上がり。崖の頂上から、なだらかな直線下りが、4キロも続く。だから最初に崖登り障害を抜けた馬が、優勝に近いと言われていた。
『徐々に上り坂に入り。間もなく崖登り障害が見えてきた』並んで飛越する場所が無いので。騎手の腕が問われる障害であった。
『僅かに先頭ラノスタインが崖登り障害を飛越。後続のファランソ、ブリタニアがラノスタイン号に弾かれ。崖登り障害失敗!』
二頭は大回りコース+3キロもの積量を増やされて、みるみるスピードが落ちていた。
『ラノスタイン号軽快に飛越してゆく。二番手に上がったリンラッド、ラグマンディ、パランギース、最後方からオータムフォーリが五番手まで上がった』
パナップ、パットウルフ、ムーンブレイク、タイマサも飛越失敗。大回りコースに変更となり。みるみるスピードが落ちてゆく。ラグマンディだけは。他馬の影響もなく。最後方まで順位が落ちたので、崖登り障害をクリアしていた。
『先頭はラノスタイン号、ラノスタインが先頭、二番手争いは四頭ほぼ一線。激しい攻防になりました。しかし先頭はラノスタイン、残り3キロ、ぐんぐん後続を離してゆく』
「タムタム!」
サフィーは細腕で、一生懸命手綱をしごき。全身を使って追っていた。
『ここで僅かにパランギース、ラグマンディ、リンラッド、オータムフォーリ』
レースは残り2キロを残すのみとなった。
『再びリンラッドがパランギースに並びかかり、オータムフォーリが末脚を伸ばして三頭に並ぶ。ここでラグマンディ一杯になったか』
残り1キロ。ゴールが遠目に見えていた。先頭のラノスタイン号が━━。
『ラノスタイン、ラノスタイン、ラノスタイン号が一着でゴールイン!』残り5000m、オータムフォーリがパランギースに並び、さらにパランギースが、差し返してきて、リンラッドを抜いた。だがリンラッドが二枚腰で、もうひと伸びした。
『━━二着争いは接戦。 二着リンラッド、三着パランギース、四着僅かに届かずオータムフォーリでした』
鼻。鼻。鼻差という大接戦。最後の最後に腕が痺れて、追いきれなかったサフィーの腕の差が、明暗を分けた。残念だが、これも戦馬レースだ。
「……お疲れ様タムタム…」
疲労困憊ながら。悔しい気持ちと。今の自分を出しきった喜び。2つの気持ちにせめぎあいながらも。サフィーの顔には、満足そうな笑顔が浮かんでいた。なかなか見ごたえのあるレースを見て、パトリシア姫は大層ご機嫌であった。
「お父様。来週も楽しみですわ♪」
姫が喜んでくれて、王としても本望であった。
結果は残念であったが、リーエン牧場としては、悪い結果ではない。何せリーエン牧場に移籍したオータムフォーリが半年とせずに。『天馬』クラスにあがり、初の重賞で、着を拾ったのだ。よい宣伝になったと気持ちを切り替えた。
「おお~リーエン殿我らの勇姿を見に来てくだされるとは……、有り難き幸せです」
バルテロの相変わらずな紳士プリに。苦笑を噛み殺しながら。にこやかな笑みで、二人を出迎えた。
「バルテロ様、サフィーご苦労様。今日は疲れたでしょ?。ゆっくり休みなさい」
「はいありがとうございますリーエンさん♪」
二人とも疲れてはいたが、何かしら手応えを感じた様子である。残念ながら今夜のパーティーが終われば、アデルは年末の賞金王に向けて、準備をしなくてはならない。それが終われば別れが待っていた。
毎年パラセイヌⅡ世王杯が終われば、秋の天空門賞、年末最後のレース賞金王が終われば、一年が終わる。
━━瞬く間にパトリシア姫Sから、早くも3ヶ月が過ぎていた。
賞金王が行われるのは、大陸の中央にある。ギレミア帝国である。
昨年新たな帝国の皇帝となった。王太子シュナイダーが、一頭の馬と共に駆け抜けたのは記憶に新しい。今年の大一番に。きら星のごとく戴冠した5頭の『神馬』5頭の二着馬、3頭のトライアル優勝馬。3頭の人気馬、全16頭が、優勝をめざすレース。それが賞金王である。
残念ながら今年は、4頭が出走を辞退したので、全12頭の戦いとなる。一週前にアデルと入厩していたジーニアスは、銀髪の青年に出迎えられた。
「ジーニアス!」
見つけるなりいきなり抱き締められて、驚くよりも懐かしさを噛み締めていた。
「よお~、相変わらずだなシュナイダー」
相手が誰だろうと、自分のスタンスを変えないジーニアス。ブルーアイを思わず楽しげに細めていた。
「久しぶりだねニア、エスメラルダに聞いて、すっごく再会を楽しみにしてたんだよ♪」
なんて嬉しそうに言うから。やっぱりあいつかと、諦めに似た溜め息を吐いていた。
「だっ旦那、そっそのお方は……」
「こいつか?、ちょっと前までギレミア帝国の王太子だったシュナイダーだ、『皇帝』の称号で呼ばれていたが、本物になったんだよな~?」
にこやかに説明されたが、ロウザの目は、険のある兵士たちに向いていた。
「それはそうとミカエルは元気か?」
「うん、元気だよ♪、さすがに昨年の疲れが出たからね。今年は休養さ~。そういうレッドもだろ?」
まあなと答え。二人な実に親しそうに話ながら。ギレミア帝都の城下を歩いていた。沢山の視線が、皇帝とジーニアスに注がれ。ロウザはいたたまれなくなっていた。仮にも相手は大陸有数の大国。それも皇帝を相手にする態度ではない。
「……ゴホン」
すぐ近くで咳払いされたから。びっくりして振り返ると。カーキ色の軍服姿の女性士官と、同じく黒髪の青年士官が、物珍しそうにロウザを見ていた。顔にある火傷を目にして、びっくりしたのか、目を丸くした顔が、可愛らしく思えた。
「なんか用かい、お嬢ちゃん?」
いつものノリで、無愛想に訪ねると。ビクリ顔に怯えが走る。
「失礼しました。私達は来週行われる賞金王の出場者でして、陛下に連れられて来たトータ少尉」
「わっ私はピスク大尉だ」
怯えたのが恥ずかしいと。ムキになって名乗りを上げた。
「ほ~うそうですかい。あっしはロウザ。旦那の相棒の1人です。よろしくお願いしやす」
にかり笑うと。人好きする柔らかな笑顔になるので、近所のがきどもが、ロウザになついていた。二人も何となくホッとして、安堵の笑顔を浮かべていた。「ところでニア、君を訪ねたのは、来年の賞金王に、レッドで出るのかい?」
悪戯ぽい笑みを受けて、にやり不敵に笑うジーニアスは、
「お前達に負けたまんま。終われないからな~、無論レッドで出る予定さ」
それを聞いて、ニッコリ本当に嬉しそうに微笑む。
「それは今から楽しみにしてるよ♪。それと新しい馬の実力も見たいし。期待しても?」
意味ありげな眼差しを受けて、
「楽しみにしとけ」
豪胆に確約してみせた。
賞金王の舞台は山脈。一年中分厚い雪に覆われた。霊峰グラミス、崩落地帯グラスト、活火山ブランデル。世界有数の危険地帯。全長約27キロを用いたレースである。
シュナイダーに案内されて、久しぶりにミカエルと対面していた。
━━ブルルル。驚いたように前足を描きながら。しきりに首を振り、ジーニアスに近付いてきた。「元気そうだなミカエル」
こふこふ。鼻息荒く。落ち着かない様子である。「悪いなレッドは、連れてきたないんだ」
まるでミカエルと話すように。答えていた。な~んだと言った感じで、プイッと厩舎に戻ってしまう。
「ミカエルにとってもレッドは、特別な馬みたいだね♪」
楽しそうに呟くと。ミカエルはなんだか怨めしそうに、シュナイダーを一瞥していた。
「その代わり。レッドと遜色ない実力馬を連れてきている。お前さんと走るには、新たな騎手がいるだろうが、相当な能力を備えた馬だぜ」
「へえ~、君にそう言わせるんだ楽しみだね♪」「エスメラルダか?」
「うん、彼女かなりアデルだっけ。お気に入りしてたよ」
「そうか……、で、シュナイダー、そろそろ俺を呼んだ訳はなんだ?」
にこやかだった顔から笑みが消えていた。猛烈な意思の力を垣間見せていた。
「そろそろ考えてほしくてね。ジーニアス、君を正式に帝国の将軍として。迎えたい」
「なっ!、陛下それはいくら何でも……」
同行している二人の士官が、表情を変えていた。「それはあれか、俺達に敵わないと思ったからか?」
わざとらしく挑発してみたが……、皇帝の仮面を着けたシュナイダーの。表情を崩すことは無かった……。ジーニアスとしては、何ともやりにくそうに頭を掻いていると。「ジーニアスお前には言うが…、此度他の大陸で、戦馬レースが開催されることと相成ってね~♪」
「そいつはまた。随分と楽しそうな話だな~」
おお~っと~、興味を抱いたジーニアスに。クスリ静かに微笑みながら。「正式に他の大陸と、合同レース開催に向けて、密かに準備が進んでいる。流石にぼくが出るわけにはいかないだろ?」
それは確かに。頷くしかない。
「開催されるのは早くても数年後になるが…。君から良い返事を期待したいね」
「━━いや止めとくわ、それだと。お前さんたちと戦えずつまらないからな」
にやり不敵に言ってのけられて、皇帝の仮面を被るシュナイダーの意表を突き。驚きの表情が浮かぶ。
「君は……、いや光栄だよ♪。ジーニアス」
笑みは実に晴れやかな顔に変わり。━━好戦的な眼差しが宿るや、二人の間に流れるその場の空気が、二度は落ちたように寒気を感じた。シュナイダーが玉座から立ち上がったのだ。
「僕が、名実供に『皇帝』となるには、君たちを屈服させる必要があるようだね♪」
「クッククク…、ああ~そうでなくっちゃ面白くないだろ♪」
ブルルル、ミカエルは前足を掻いて、気合いを乗せた顔をジーニアスに向けていた。
そら恐ろしい会話を聞きながらも。
「なんて楽しそうなんだ……」
羨ましそうなロウザの呟きに。二人の士官はハッと顔を見合せていた。
『第10回賞金王間もなく発走。各馬の紹介をしましょう』
パドックに最初に入って来たのは、今年最初のカウント1、ヴァルクワールドカップ優勝セントローレンス号』
賞金王の枠は、カウント1の開催順になっていて、年の初めに行われる。ヴァルクワールドカップ1 、2着馬が、1枠1番、1枠2番となる。『二着コバルトバレスタ、海神ラムダリア記念優勝ハイウエスタ、二着馬リリムダイナマイト号は棄権しております。3枠4番グランプリレース優勝アデル。3枠5番二着グラスバンドール、4枠6番パラセイヌⅡ世王杯優勝サロメ、4枠7番二着フォーリニアス』
何れも気合い乗りした各馬は、ゆったりとパドックを回る。
『天空門賞優勝アポロニーズ、二着フレイミング棄権。5枠8番には人気投票1位ラノスタイン号、2位シェイドリグラム号は騎手の負傷により棄権、5枠9番には、人気投票3位ゴールデンキンバリー号、6枠10番トライアルギレミア記念優勝クールジング号、7枠11番トライアルミレニア賞優勝アーバンクルス号、8枠12番トライアル帝国杯優勝マルル号。全12頭によって、賞金王が決されます』
一年の総決算。賞金王に出場する馬には、それだけで100万バレルの賞金が与えられる。また連日の取材。帝国の有力貴族から。夜会に招待されるなど。騎手や関係者は多忙となるため。賞金王参加騎手には、それぞれスイートルーム。専属のメイドが付けられる。まさに王公貴族の扱いである。各国の有力者、10万人にもおよぶ旅人が、帝国に足を運び。年末の風物詩。賞金王レースを観戦し。また賭けに興じる。
━━スタジアムに集まった20万人を越す大観衆は。現地で直接見るのは危険なため。帝国初代前皇帝が造らせた。エフェクトビジョンと呼ばれる能力者と。魔法を融合した新しい技術を用いていて、レースをライヴで視れるように。スタジアム内にある。巨大モニターにレースが中継される。
レースは間もなく発走を迎える━━。
『雄壮なファンファーレが、スタジアムに流れております』
パドックのある霊峰グラミスの麓。寒風凄まじさを。肌で感じながら。各馬には厚手の冬山レース用。馬コートが着せられていた。湖畔のような青い毛並みのアデルは。たてがみが雪で顔に張り付かないように作られた。皮の額あてを巻いて。雪が目に入るのを防ぐブリンカーをしていた。コフコフ鼻息荒く。初めて見る雪に。当初戸惑ってるようであった、一歩恐る恐るズボリとハマる雪の中を。また一歩と歩みだした。『各馬ゲートに向かい。氷道を歩いて行きます』 戦馬券を買う者は、氷道を歩く姿を見て、判断すると言うから。今頃食い入るように見ていることだろう、冬山を走る戦馬には、スパイク蹄鉄がはかされているが、多くの場合。レース中に落鉄してしまうことも多く。そうなると戦馬の実力と騎手の経験値が問われるレースとなる。
『一番人気アデル単勝2・6倍、10戦10勝無敗。過去60戦以下で、カウント1優勝がありませんでした。アデルの登場で戦馬の歴史が変わると。言われております』近年無敗で知られている『帝王神馬』(ミカエル)とて、カウント1出場まで64戦もしていた。ジーニアスの愛馬レッドも68戦もしているのだ。そこから考えられるのは、アデルが不思議な巡り合わせを持つ、幸運な星を持つ馬であると感じてしまう……。
『各馬氷道を通って、順番にゲートに入れられて行きます。大外にマルルが入り。スタートしました。揃ったスタート』
全馬一団となり。深い雪を装甲列車のような勢いで、積もった雪を蹴散らしながら、霊峰グラミスを左手に。麓を駆け抜けていく。
『さてどのルートから各馬進むのか…、馬と騎手の運が試されます』
━━コースは3つ。
霊峰グラミスを①、崩落地帯グラスト②、活火山ブランデル③としたら。
右回りでレースをしてゴールを目指すなら、登頂してからコース取りはⅠの①③②、Ⅱの左回りならば①②③とコース取りに変わる。希に。Ⅲの②③①から回るコースもあるが。どのコースも難易度はさほど変わらない。だから運が試されると言われるオープニングである。
━━例えば、Ⅲの②崩落地形グラストから、③活火山ブランデルを通り、①の霊峰グラミスの下りを選択した場合は、雪崩に巻き込まれる可能性が、150%と言われている。それは1200キロもある戦馬が、駆け抜けた後である。踏み固められた雪道に亀裂が走るからで……。結局のところどのコース取りも、災害に巻き込まれるがその上で、騎手は相棒と愛馬と協力して、生き残る。それが災害レース。賞金王であった。もっとも昨年のように8頭立ての賞金王に比べたら。今年は見所いっぱいである。
『霊峰グラミスの麓から、それぞれコースを選択して行きます。注目の一瞬』
スタジアムの巨大スクリーンに、雪荒ぶ吹雪の中を、12頭の馬が走る様子が映し出されていた。固唾を飲んでリーエンは、アデルと恩人ジーニアス、ついでにロウザの無事を祈っていた。毎年死人が出る危険度の高いレースである。不安が拭えなかった。
「大丈夫ですよリーエンさん。あのジーニアスですよ?」
最近は案内人以外の仕事として、騎手の真似事と兄オーレンから。銃の手解きを受けているパロマは、この半年あまりの生活で、随分と成長したように感じていた。「ええそうね……、でもみんな無事に帰ってくれたら、私には十分よ」
ようやく本音が言えた。気の使えないジーニアスの前では、絶対言えない気遣いであった。
「そうですね~。私としても相棒として認めさせたいですので、とりあえず無事を祈ります」
不貞腐れたように言うのが何とも可愛らしくて。思わずくすり小さく微笑みながら。ええと頷いていた。
『おおっとこれは、全馬迷わず右回りを選択しました!』
実況した次の瞬間。左回りのコースで、巨大な雪崩が発生。もうもくと上がる雪煙が、ターフビジョンに映し出されていた。
『これは……、もしも左回りを選択していたら。全滅もあったでしょう』 絶句したアナウンサーのコメントに、スタジアムの場内はどよめいた。
各馬は右回りで、雪崩のあったコースを眼下に望むことになるのだが……、騎手はみなあまりの光景に息を飲み。自然の脅威に恐怖を覚えた。
『六合目を過ぎると。酸素が徐々に減り。騎手と戦馬に負荷が掛かります。さらに岩床の上に砂地地帯が広がっており。一年中アイスバーン状態で、大変滑りやすくなっており。滑落の危険度が高まります』
霊峰グラミスの説明が捕捉される。やはり先頭はゴールデンキンバリー、ハイウエスタ、クールジング、セントローレンス、グラスバンドール、ラノスタイン、アデル、サロメ、コバルトバレスタ、マルル、アーバンクルス、全馬を見るようにフォーリニアスが最後方。
「アデル、馬銜を噛むんだ、酸素が吸入出来る特別製だ」
ジーニアスの言葉を理解してるのか、手応えが強くなって。体から緊張が消えるのが分かる。多分息苦しいのから解放されたのだろう。
「いいかアデル。遠慮せずに酸素を消費しろ。予備は沢山あるからな!」
ジーニアスの優しい激励に答えるよう。おっかなびっくり走っていたアデルから。固さが消えていた。アデルを徹底マークする作戦のサロメ号。操るのはクアロとラララと言う、まだ10代後半の若い騎手達で、二人はサロメ生産の個人牧場専属の騎手である。まさか自分たちがカウント1を優勝して、賞金王に出れるとは夢にも思っていなかった。
「ラララ、ぼくたちの目標、ジーニアスさんを徹底的にマークしてようね」
「うん、クアロ兄♪」
二人の眼差しは憧れの騎手、ジーニアスの背を追っていた。
『先頭は依然としてゴールデンキンバリー』
「アドニアス~前が見えないよ~」
ゴーグルをしていても。雪が風で逆巻き視界を遮るので、呼吸するのも辛そうである。
「仕方ないわね~魔力はなるべく温存したかったけど。ヒートを掛けるわなるべく。後方を放しなさいよ。回数制限があるんだから」
名前と違い。泣きそうな顔をしていたブレイドは、
「うん♪ありがとうアドニアス、だから大好き」
「なっ……、馬鹿…」
真っ赤になるアドニアスに構わず。ゴールデンキンバリーを軽く気合いをつけると。後続を引き離し始めた。魔法のヒートによってゴールデンキンバリーの周囲は温熱の幕で覆われていた。これでしばらくは雪の侵入を防ぎ。脚色が劇的に早くなっていた。二番手追走ハイウエスタ号に乗る騎手、ナイト・ウオルカは忌々しそうに舌打ちした。
「流石に。山岳地域は分がわるいよなショル」
後ろに乗る相棒に話しかける。
「まあね。それは想定内でしょルカ」
騎手二人供が女性と言うのはかなり珍しい。
「確かに……」苦笑していた。それにしても雪山は寒くて、海底に似てるわねと呟いていた。二人が騎乗してるハイウエスタ号は『海馬』と『一角』のハイブリッドで、どちらの能力も薄く受け継いでる珍しい戦馬である。四番手に付けたセントローレンス号はセント公国王太子の持ち馬で、騎手ラノエ・ハルク、プリエ・マドルクの二人は、王太子の家庭教師だった経歴をもつ異色の騎手である。
「マドルク……、そろそろ頼む」
「了解した……」
風壁の魔法で、雪が顔に当たるのを防いだ。
「助かるぜ。酸素の供給もよろしく♪」息苦しさが消えて、安堵していた。
『各馬、吹雪に遮られ視界不良に苛まれております。先頭はゴールデンキンバリー、二番手のハイウエスタとの間も12馬身以上離して逃げております』
五番手にグラスバンドール号が付けていた。
「ブラノーゼさん。そろそろお願いしました」
「分かった。ランドお前は、周囲に気を配れ」
「了解です」
光魔法を得意とするブラノーゼにとって、雪のような粒子が、視界を防ぐ状態こそ得意な状況である。だから今日の騎手はブラノーゼであった。
やや離れた位置にいたアデルは、グラスバンドール号の真後ろに入り。一切の無駄を省いた騎乗を心掛けた。ジーニアスの腕により。八合目まで無事に登っていた。
後方三番手にいた。マルル号に騎乗する。帝国軍人プラスタ、ピスクの二人は、数日前皇帝シュナイダー、ジーニアスの個人的謁見に同席していた人物で、プラスタ・トータは陸軍、ピスク・タークが海軍の軍席にいて、二人が相棒となった今でも。不思議な気持ちになることがあった……。何故陛下は自分たちを組ませ。下級士官でしかなあ二人を重用してくださるのか……、未だに謎である。立場なら自分たちと変わらぬロウザの言葉が忘れられずにいた。
「アデルをマークするつもりが。マルルの行き足付かないわね……」
雪山のレースは初めてだ。マルル号の適性が試される試金石。何とか霊峰グラミスを越えれば、何とかなると楽観的だった二人にとって、歓迎出来ない状況だった。
「ピスク!。ぼくは諦めないから」鼻息荒くプラスタが言う、彼は陸軍出身の為か、戦馬レースの天候に楽観的なところがある。ピスクは嵐の海の怖さを身に染みているので、今かなり危険な状況であると理解していた。
「気を抜かないでプラスタ!、マルル馬銜を噛むんだ。楽になるから」
ピスクに促され息があがっていたマルル号は、馬銜を噛んで、強張っていた身体から強張りが和らいだ。
「ピスク……それは?」 大きなリックが2つあるなとは思ったようだが、気にもしてなかったようで、ガックリ肩を落とした。
「山岳地域のレースについて調べたら、酸素濃度が地表に比べ薄いらしい。それようの馬具を用意してたんだよ」
「へえ~♪、そうなんだ」初耳だと言わん口振りである。半分呆れつつもプラスタらしいとあきらめた。
「マルルもう少し行くと。足元が危険になるから強く踏み込むな」
ピスクの注意にただプラスタは首を傾げていた。 『レースも霊峰グラミス中盤。危険地帯クレパスゾーンに突入!』
グラミスの頂上付近は、沢山の穴が、ぼこぼこ空いていて、その上に薄い氷と雪が積り、表面からは見分けが付きにくい。そのため誤って踏み抜くと。一瞬で命を失う危険がある。
『ここでアデル。外から一気に進出。おっとアデル踏み切ってジャンプ!。クレパスが崩落した。まるで見えているかのようなスパート、飛越です!』
初めて走るコースと雪山と言う季節から。経験値が足りない騎手には、なにかもが未知である。しかしジーニアスには見えていた。彼には一度見た場所や景色を切り取って、記憶する能力があった。
「アデル飛び越えろ」
『再びアデル踏み切ってジャンプ!』
飛越の衝撃でクレパスが崩落。危なげなく飛越を繰り返し。みるみるアデルはゴールデンキンバリーに追いすがり。二番手に付けた。
「そらもういっちょ」
『アデル踏み切ってジャンプ!、逃げるゴールデンキンバリーをぴったりマークしている』
まもなく九合目。霊峰グラミスから山間を抜けて、活火山ブランデルに向かう道が見えいた。二頭が並び。活火山ブランデルへの山道を走り出す。「ちょっと!、ジーニアスのやつ追い付くの早すぎるわ。このペースではゴルが持たない」
「アドニアス仕方ない。ペースを落とそう」
「クッそうね……」
年齢のせいか競られるとゴールデンキンバリーは弱い。もうひと踏ん張りさせるには、平均ペースを守る他手段はない。
『先頭はアデル、アデルが先頭にたって、ゴールデンキンバリーはやや控えたかたち』
山間の細い道は、遥か遠くまで伸びていて、真冬だった季節が、僅か数分で真夏並みの暑さに変わる。戦馬コートを鞍に巻き付け。暑さ対策を施していた。
━━後方から。冬山を乗り越えた各馬が、山間の細い道を進み。活火山ブランデルに踏み入れた。
ドン!、ドン!、二回続けて、水蒸気爆発を起こして、噴石を打ち上げた。
「ロウザ!盾を構えろ」 「承知したぜ旦那」
背にあった巨大な盾を外して。ジーニアスと自分を守るように盾を構える。
ガツン、ガツン、カツ、カツカツカツカツ、細かな噴石の雨が、大地に降り注ぐ。
「グッ……」
ロウザの右腕に、背に細かい砂のような噴石でも当たるとアザになる。
「アデル、左に飛べ」
手綱をしごき。左に飛越させた瞬間。ドン!、水蒸気爆発が起こした。もしも飛越させるのが遅れていたら。まともに爆発に巻き込まれていたはずだ。それほどの際どいタイミング。
「ヤベ~今のはヤバスギルぜ!」冷や汗を拭いつつも。ロウザの顔には笑みが広がっていた。
「走り抜けろ!、間欠泉が溢れる」
ジーニアスの激にガキンと手応えが強まり。スピードが上がると同時に。鳴動が始まり━━次々と。間欠泉が溢れ出した。地に亀裂が無数に広がる。後方の馬には危険な状況になった。
『おおっと間欠泉が、地に亀裂を広げてしまう。後続のゴールデンキンバリーが、間欠泉を避けて、飛越を繰り返し、高台に上がる。後を追いかけるようにセントローレンスが構わず上がり。コバルトバレスタが、間欠泉を物ともせず。差し足を伸ばしてきた!』
活火山ブランデルと似た地域でレースが行われることがある。間欠泉は、二頭にとって、気にしない状況である。
「駆け抜けろセントローレンス!」
魔法の防壁にて、間欠泉を防いだ。しかし足元が悪くなる前に駆け抜けた。アデルとは16馬身も離されていた。その差はなかなか詰まることなく。崩落地帯グラストに間もなく差し掛かる。
『グラスバンドール、サロメ、ハイウエスタがあがっていった。次いでアーバンクルス、マルル、フォーリニアスが中団まで押し上げる。依然として先頭はアデル、少し離れてセントローレンス』
各馬離れた位置にいるが、二番手以下ほぼ一団。アデルが崩落地帯グラストに突入する。活火山ブランデルから、崩落地帯グラストにかけて、昔から湯治場があったのだが……、
度重なる地震の影響で、地下水が地質に流れ込み。巨大な空洞を無数にひろげる地域があって、レースではそちらが使われていた。
「アデル右に大きく移動しろ。巨体な空洞がある」
右に大きく斜行して移動して行くと。二番手のセントローレンス、コバルトバレスタがチャンスとばかりに真っ直ぐ。走り抜けようとして、
━━崩落が始まり。慌てて左に進路を変えたが……、崩落は避けられず。二頭は、少しだけ残された崖っぷちに残された状態で、360度ある巨大な穴に立ち往生してしまう。
『おおっとセントローレンス、コバルトバレスタは競争中止。救出部隊が間もなく派遣されます』
レースは終盤。佳境に入る。グラスバンドール、ハイウエスタ、ゴールデンキンバリー、フォーリニアス、サロメ、ラノスタイン、クールジング、アーバンクルス、マルルまでほぼ一団。崩落地帯で一番危険な。崖崩れゾーンに入って行った。
『先頭はアデル。見事な手さばきを見せるジーニアス騎手は、このまま無敗で賞金王を勝てば、史上二頭目。さらに12戦以下の戦績で、賞金王を勝ってば史上初となります。ゴールまで残り8000m。後続からグラスバンドール。フォーリニアスが一気に差し足を伸ばす』
「アデル左だ」細かく手綱を操作して、半馬身、いやそれ以下に移動を繰り返すと。後続との差が、徐々に開き始めた。
『しかしアデル号さらに突き放す。8馬身、10馬身━』
残り4000m、脚色が鈍るフォーリニアス、グラスバンドール、サロメが二着、三着争いとなりそうなレース展開。
━━スタジアムの巨大モニターを見上げながら、パロマと手を繋いだリーエンは、静かに微笑んでいた。
「ありがとうジーニアス、私達をこんな大きな舞台に連れてきてくれて……」
二人の少女をこんなにもドキドキさせた。ほんの一年の出来事を。きっと一生忘れないだろう……、
『残り2000m、後続とは決定的な差を残し。アデル、アデル、アデル!、今一着っでゴールイン』
20万人もの大観衆が集まり見守るなか、表彰式がスタジアムで行われた。
1着アデル
2着フォーリニアス
3着グラスバンドール
4着ハイウエスタ
5着ゴールデンキンバリー。
大歓声に答えながら。アデルはただ一頭が走ることを許された。スタジアム内にあるトラックコースを緩やかに駆け巡り。湖畔のように輝く美しい馬体の胸を反らして。高らかに嘶いた。
━━数日後……。
間もなく年末である。戦馬関係の仕事に付くものは、来年の戦馬レースに向けて動き出していた、リーエン牧場は、多額の資金を使って。国営傘下の牧場から。個人牧場として経営方針を変えた、また近隣の牧場を買収して。坂路。ダート。障害コースを作ることに、春には出来上がることだろう。さらに有力馬主から。8頭の馬を預けられる話があった。来春にはその内6頭の入居が決まり。14頭もの戦馬を受け入れる。ついでに厩舎も増築する。しばらく忙しくなりそうである。
何時ものように早朝に起きたジーニアスは、レッド、アデルの世話を済ませてから。真っ直ぐアデルを見上げていた。
「今日で……、お前さんとの契約を破棄する。だから新たに騎手と契約を結べアデル」
驚き目を見開くアデルの首筋を叩きながら。真実を語ることにしていた。
「竜馬は時に。本当に乗せたい者のために。優れた騎手を選び、仮契約を結ぶことがある。今の俺達はあくまでも仮契約の状態だった。だからちゃんと自分の意思で、自分の騎手を選ぶんだアデル。それこそが生涯の騎手になるからな」
円らな瞳を驚きに見開きながら。やがて……、アデルは頭を下げて、感謝を示した。
「次に会うとき……、お前は最大のライバルになるな。じゃあなアデル、お前は最高の馬だったぜ!」
最後の挨拶をして、レッドと供に厩舎を出ていき、ジーニアスが騎乗した瞬間。ヒッヒヒヒィ~ン。 別れの嘶きを背に。笑みを深めた。
「いくぜレッド、懐かしき我が家に」真っ赤な馬体を炎のように揺らめかせ。ゆっくりと歩き出した。
「いいんですかいお嬢さん……、旦那いっちゃいますぜ」
「……またひょっこり現れる気がするからいいわ~、それよりこれからはあんたに頑張ってもらわないとねロウザ」
寂しげな横顔を見せたが、その顔からは決意を覗かせ。ロウザは大きく頷き。
「はい、任せてください」
去り行くレッドの背に、深く頭を下げて、ロウザの1日は、日常に戻ってゆく……。
戦馬レースにおいて、一年の計を占うレースがある。トライアルヴァルク金杯である。海上火山地帯を走るレースである。
『今年もこの季節が、やってまいりました。冬の海上にある。火山島を舞台に行われる山岳トライアル。ヴァルク金杯間もなく発走です。1番人気は昨年アデル号で賞金王を制した。ジーニアス騎手が、満を持して愛馬レッドにて参戦。果たして復帰初戦をどのようなレースをするのか、ぜひ期待したいと思います。アナウンスは私ムロカがお送りいたします』
何処か遠くから聞こえるアナウンスを耳にしながら。気合いを内包して、レッドの身体は真っ赤に燃えていた。一年の休養は、成長を促し背が少し伸びて、とももゴツゴツ感が消えて、一歩一歩の歩ようが柔らかくなっていた。
「アデルが刺激になったか?」
囁くような呟きに。ピクピク耳が動いていた。コフコフ鼻息が荒い。
「大丈夫さあいつとならきっとまた会える。グランプリの舞台で」
二度前足を掻いて、納得したのか、レッドはゆったりと歩き出した。
『全11頭ゲートに入り。スタートしました』
「行くぜオーレン!」 「いつでも」
『各馬綺麗に揃ったスタート、先頭はレッド、レッドが先手を取りました』
二番手にウインザロック、テルテルミナオ、ヒユンが先行していた。
ヴァルク金杯は、砂浜を海岸線沿いに走りながら、遠目に見える。火山島━━ヴァール山の山頂を抜けて、マグマの川を越えた先がゴールであった。今の真冬になると。北西部の海岸線には、巨大な流氷が流れ着いていて、海上を走るか、流氷を飛越して、火山島に渡るか選択は3つある。最後の一つを選択したレッドは。
「駆け巡れレッド!」
ぐっとレッドの身が沈み。馬体が真っ赤な炎に包まれる。竜馬の能力フォースである。
レッドの能力は自身をフォースで包むことで、空や海を駆けることが出来た。海上から12m上空までかけ上がり。最短距離で火山島を目指すレッド。途中フォースの効果が切れる前に流氷に降りたって。飛越をする場面はあるが、後続を一気に30馬身も離していた。
「久しぶりだと身体が強張るよジーニアス!」
オーレンの楽しげな声を聞きながら。あいつらと早くレースがしたいと笑みを深めていた。
━━リーエン牧場。厩舎。年が明けて、数日後……。
日が上らぬ静寂のなか、深い眠りにいたアデルは、気配を感じて目を覚ましていた。
「……おはようございますアデル。昨夜兄から手紙が来ました」
アデルはパロマを見ながら、栗色の目をパチクリ首を傾げた。クスクス静かに微笑みながら。手紙を開き。内容を話して聞かせると。アデルは大人しく耳を傾ける。
「アデル……私ねもっともっと沢山の戦馬に乗って、上手くなるから……、だから━━」
パロマは俯き、ある決意と願いを口にしていた。アデルは驚いたように瞳を揺らせ。彼の言葉を思い出していた……。
━━ブルル高らかに嘶き、パロマのフードをぱくりとして、
「あっちょっとアデル!」
レッドの悪戯を思い出して慌てるが、アデルは優しくポンと背に乗せていた。驚くパロマの顔が嬉しくて、まだ拙い未来の騎手と『竜馬』は、その瞬間確かに感じていた。ある予感を。
「アデル……私の愛馬になって」
ギュッと首に抱き着いたパロマ。アデルは静かに嘶いた。
『先頭はレッド、早くも火山島に渡り。モンスターエリアに突入』
「相棒頼んだぜ」
「任せろ親友♪」
肉食の猛獣が、レッドの気配に当てられ、茂みから飛び掛かる。サルマンドラと呼ばれる蜥蜴の巨大なやつで、噛まれたら死に至る猛毒を持っていた、パスパスパス3連続で銃弾を撃ち込み。一匹を撃退したが、血の臭いに。海のモンスター、森からも猛獣が集まっていた。
「レッドフレイムホーム!」
素早く耐久アップ(レジスト)の魔法を自分とオーレンに掛けたタイミングで。凄まじい熱気を下から感じた。通常のフォースは竜馬の魔力を展開して、空を飛び。海上を走り。海中すらコースとして走る力となるが、戦う力に特化したのがホームと呼ばれる。属性の鎧を身に纏う力である。ジーニアスが『炎の将軍』(フレイムジェネラル)そう呼ばれる理由は、竜馬と契約した騎手にだけ許された魔法が使えるからだ。ジーニアスはレッドの魔力を。手にした武器に付与出来る。
「ジーニアス」
オーレンがもう一丁拳銃を抜いて渡した。
「さすがだ相棒」
嬉しそうに赤錆色の拳銃を受けとる。六連式拳銃の弾装に弾は入っていないのを確かめ。レッドが放つ炎を弾丸として作り出し。弾装に入れた。
「喰らえフレイムショット!」
ドガン!、巨大熊は炎の爆風を受けて消し飛ぶどころか……。破壊力は収まらず。周囲の木々すら凪ぎ払う。
「ひゅ~相変わらずの破壊力だな」
オーレンはにやり楽しげに口を綻ばせた。
「残弾五発な」ひょいとオーレンに拳銃を渡していた。相変わらず人使いが荒いなと懐かしい気持ちで、唇を綻ばせた。
『先頭のレッド、モンスターを蹴散らしながら、活火山を抜けて、最大の難関マグマの川に差し掛かる』通常の馬なら。迂回して道を探すところだが、レッドがフォースを纏えば。対岸まで飛行することは簡単である。
『レッドを狙って、天然の火蜥蜴が何匹も飛び上がる』
「舐めるな!」
パスパスパスパスパスパス六連続に。弾丸が放たれて、見事六匹の火蜥蜴を撃ち落とした。
「まだだオーレン」素早く膝だけで身体をささえ。組み立て式の槍を構えていたジーニアスが槍を投げた。
シュッ鋭い音がしたかと思えば。今まさに口を開きかけた巨大な、炎の鯱の目を射抜き。激痛にのたうち回る。
「喰らえ」
弾装を入れ替えたオーレンが素早く。パスパスパスパスパスパス6発全て。鯱に撃ち込みとどめを刺した。
━━ゴクリ……、緊張のあまり唾を飲み込んで、パロマはリーエンの元を訪れた。
「おはようパロマ、どうしたのこんなに早く」
眠気を冷ますため。ハッカをミルクで煮出したお茶に口を付けた。
「リーエンさん……、私あっあの……」
ポツリポツリアデルの騎手になりたいこと。アデルは自分を認めてくれたこと話した。「……………………………………………………………………」
静寂に耐えきれず瞼を閉じていた。
「ふぅ~んいいんじゃない」
「へっ……、あっあのリーエンさん本当にいいんですか…」
あっさりOKをもらい、戸惑いが隠せないパロマに対して。リーエンとしても納得はまだ出来ていないが、あのジーニアスが言っていたのだ。間違いはないだろう……、
「た・だ・し・下手なレースはしないでよねパロマ」
バシリ言われてしまい。目を白黒させていたが、 「はい!、私頑張ります」
笑顔で答え。走り去るパロマを見送りつつ。
「本当に大丈夫なんでしょうね……」
そっと呟いていた。
『マグマの川を見事クリアしたレッドの独走。レッド、レッド、レッド、いま一着でゴールイン!。復活の一戦を見事勝利で飾りました』
「ん……、パロマの忘れもの…、あら手紙ね」
中を見るのは悪いと思ったが、興味がまさり。内心ごめんね~って呟きながら。手紙を開き。読み進める内に。パロマがどうしてあんな顔をしていたか理解した。
「パロマ貴女……、ちょっと譲れないかな~」
女の顔を覗かせ。気が使えない男の顔を思い出して。甘やかな吐息を吐いていた。
ヴァルクワールドカップの舞台は、火山島からスタートして、火口に隠された地下に広がる広大な迷路を走り抜けるレースである。その昔。初代ヴァルクは、力ある魔導師であった。自らがの死後。眠る墓を火山島の地下に作り。死の間際眠りに着いたのだが……、ある誤算が生じて、迷路にはたくさんのモンスターが住み着いてしまった、それは長年の地震により。ダンジョンの一部が崩落。穴が開いたのが理由で、歴代のヴァルク王は、墓を守るため。モンスターの駆逐を決意。軍隊を送った。
━━しかし。ダンジョンの中は、罠が張り巡らされ。徘徊するモンスターまで精強では、さすがに手に余った。そこで定期的にレースを開催して、モンスターの駆除を兼ねたレースを開催させた。それがヴァルクワールドカップ別名。モンスター討伐レースである。ダンジョンの中には、スライムから秘宝を守るガーディアン、はたまた迷宮ドラゴンに至るまで、多岐に渡るモンスターが徘徊していた。レースの参加騎手達には、スカウターが渡される。それをレース後に回収して、ポイントが加算される仕組みで、レースの賞金の他に。討伐賞金の出る特別レースである。
レースとしては、火口の入口から迷路に入り。決められた時間内生き残り。迷路を駆け抜けて。1時間後に再び入口が開けられたら。入口を抜けて無事に脱出出来れば、ゴールとなる。全長はカウント1にしては短い18キロ、内部はアーチ状になった巨大な空間で、時間の感覚を狂わせる魔法が掛けられていた。11年目を迎えるレースだが……、過去12人もの行方不明者を出した。曰く付きのレースでもあった。
『まもなく第11回ヴァルクワールドカップ、発走致します。今年は注目の一頭レッドが参戦。一番人気に推されております。各馬の紹介をしましょう』
精強なる騎士団に守られた14頭の出走戦馬達が、パドックを回る。
『全14頭を紹介しましょう。アルパーニーニ、その後ろから一番人気『無冠の帝王』レッド、二番人気セントローレンス昨年の優勝馬です。コバルトバレスタ昨年の二着馬。フレイミング、三番人気ハイウエスタ昨年の海神ラムダリア記念優勝馬、ダブルブレット、ヨーデンピック、カルマジーダス、カタリア、ダリアナオージ、ソーエンエルサレム、ゴールデンキンバリー以上14頭によりレースが行われます』
悠然と佇むレッドを怖がるように。各馬は離れて周回をしていた。
「相棒。まずひとつ目だ」
ぐっと馬銜を噛んで気合いを込めたレッドを。ジーニアスが促すやゆっくり歩き出した。
『各馬。馬道を通りゲートに向かいます。軽やかなファンファーレが鳴り響いております。大外ゴールデンキンバリーが入り。スタートしました。ややばらついたスタート』
大外から押して押して、ゴールデンキンバリーが先頭にたった。ハイウエスタ、ダブルブレット、セントローレンス、コバルトバレスタ、
『レッドは5番手追走。フレイミング、アルパーニーニ、ヨーデンピック、カタリア、ビーザレッドナイフ、ダリアナオージ、カルマジーダス、ソーエンエルサレム全14頭。砂浜から火山を登り。火口に向かいます』
先手を取るゴールデンキンバリーは。五年連続ヴァルクワールドカップ出場、6つあるカウント1出場がないのは天空門賞だけである。
「ゴル!、あなたはまだまだ走れるわ私達の力見せつけるの」
手綱を握るアドアニスの高揚した声音に。ゴールデンキンバリーは答える。血統的に火口の迷路レースが向いてるとは思わないが、逃げて、逃げて、再びJP優勝を飾り。力を示したい。それこそがアドアニスの願いであった。「きっと大丈夫さアドアニス、ぼく達のゴルこそ最強なんだからさ」
「当たり前よブレイド!」
くすり恋人の優しい声に。アドアニスの顔にも気合いが入る。二番手に付けたハイウエスタのウオルカ、ビショルテの女性騎手二人にとって、雪辱を拭うレースだと位置付けていた。
「……ゴールデンキンバリーの後ろに付けて、無理なくモンスターをかわしてくから良いわね?」 どうやら露払いさせて、漁夫の利を目指す算段のようだ。
「承知している」
静かに頷くビショルテ。その目は虎視眈々と優勝を狙う。
出場してる神馬の中で、最も悔し涙を流したのが、四番手に控える昨年の優勝馬セントローレンス騎乗するハルク、マドルクにとって賞金王は、自責の念を抱かせたままである。
「あんな屈辱二度とごめんだ」
騎士として、危機管理の欠落と言われた気がした。
「ハルク焦らないで!センが怖がってる」
「つ……済まない。ふぅ~」
耳を絞ってびくびくしていたセントローレンスの首筋に叩き。
「済まないセン、お前は俺達の宝だ。じっくりいこう」
耳をピクピクさせていたが、ゆらゆらしっぽを動かして答えた。じわりと前足をのびのび伸ばして、機嫌よく走るようになった。
━━有力馬が先行してるのを。レッドに騎乗するジーニアスは、それぞれ一物抱えてるなと楽しくなりにやけていた。『先頭のゴールデンキンバリー号は火山を登頂して、火口に降りて行きます。ここから迷路に入るまで、縦長になります』各馬は火口近くにある迷宮に繋がる魔法の扉をくぐり。結界内に入り込む。
先頭のゴールデンキンバリー号が、魔法の結界内に飛び込むや。辺りの光景は一変する。
「今回も初めてのところね」
「アドアニス!、一角うさぎだよ」
ラージラビットと呼ばれる。魔法生物は、集団で現れるので。少々厄介である。
初めて参加する騎手は知らなかったが、魔法で開けられた入り口は、一つではない。しかし出口は一つだけで、閉まる時間は決まっていた。翌朝の夜明けまでの1日、それを過ぎると翌年まで開くことはない。一度脱出に失敗してしまうと。次元の狭間に流されてしまい。再びこちらの世界に戻ることはない。危険なコースであった。
「ブレイド、マーカーを付けながら入り口探し。お願いね」
「うん♪分かってるよ」二人は慣れた物で、ラージラビットを倒してゆく。
一段落してからブレイドは、素早く魔法を唱え。ワンドに魔力を止め。しばらくゴールデンキンバリーが走る度に壁にマーカーを付けては、通った道が分かるようにしていた。
各馬も同じ状況で、まれに外れを引いてしまうグループもいた。
『おお~っと昨年二着コバルトバレスタ号が、迷宮ドラゴンの巣に出てしまい。全滅!、迷宮ドラゴンが、徘徊を始めました』
迷宮の南東に出たレッドは、いきなり迷宮ドラゴンに遭遇。しかし殺られる前にオーレンが抜いた赤錆色の拳銃が火を吹いて、一発で仕留めていた。
「今のは流石にヤバかったな~オーレン」
「全くだね!。誰かドラゴンの巣に落ちたんだね」
「そのようだな、レッド準備はしとけ」
早駆をしながら。レッドが鼻を鳴らした。レースとはいえ足音が響かないよう。スニークの魔法が掛けられた蹄鉄を履かせてあるからか、蹄が立てる音がしない。もしも怠れば……。
『ああ~っとビーザレッドナイフが、オーガに発見され交戦。騎手二人が捕まり命を失いました』 と……こうなる。ドラゴンに追われて、モンスタービートが始まる可能性を念頭に。剣を何時でも抜けるように注意しながら。レッドは軽快に先を進んでゆく。あまり知られていないが、戦馬には帰巣本能があって、好きに走らせる方が、案外早く迷路を抜けられたりする。
『各馬ドラゴンをかわしながらも。モンスターを倒しております。こちらのデータではドラゴンが6頭、オーガ12体、ゴーレム1体と大物を倒したグループもいるようです』
「喰らえ!、炎の矢」
火の矢強化バージョンを放ち。ハルクがドラゴンに止めを刺した。
「ニ体目!、くそ竜より耐久力が劣る癖に、数が多い」
「次。来ます」マドルクの注意に、顔をひきつらせながら、やるしかないのが現状である。
あまり普通の人は知らないが……、竜とドラゴンは全く別の種だと言われていて、竜には鱗があるが、ドラゴンにはなく。生息圏も被るが、生態は激しく違う。例えば竜は飛行し翼を持つ種が多く、ドラゴンは地下や地上に生息圏があって、通常の武器で倒すことが可能である。ただし数が問題で、オーガよりも頑強だ。レースは時間と共に生存率が下がるため。扉のある入り口の間を探さなければならない。
『おおっとヨーデンピッグ号、早くも入り口の間に入ったが、まだ時間前のため。別の場所にテレポートしてしまう』
体内時計の狂う結界内では、こうした出来事が多々ある。そこが難しい。ダンジョンレースと呼ばれる内容である。
『各馬迷路を疾走。モンスターを駆逐しながら。間もなく時間は半分が過ぎて行きます』
「レッド!竜フォース」 バチリゆらゆら真っ赤な毛並みが、炎が揺らめくようにレッドの身体を。自分の魔力が覆う。
「駆け抜けろレッド!」グッと馬体を沈ませ。眼前に迫るオーガの群れから、横壁をかけ上がって駆け抜け。アーチ状の天井付近まで飛び上がり。迷路の中を一望していた。
「モンスタービートが始まってるね!」
「だな、フレイムの弾は?」
「残り二発」
「左下に降りる。凪ぎ払えオーレン」
「また大変な所を……、まあ~仕方ないか」ジーニアスが指した先にあるのはドラゴンの巣である。数十匹も固まる中に向かえと言うのだ。普通なら正気を疑う、
「オーレン二発放ったら…」
「君に渡すよ」
考えを理解して、先を告げる。
「へっ、さすがは俺の相棒だぜ」
にやり不敵に笑うジーニアスの背から。二発の弾丸が放たれ。二匹のドラゴンを射抜き、さらに卵を守っていたドラゴン達と卵を蒸し焼きにしていた。
「レッド!、フレイムホーム」
ジーニアスの合図で、巣の中央に降りたったレッドの身体から、炎が立ち上る。竜馬の属性鎧と呼ばれる姿で、契約してる騎手か、ある一族だけ属性により大丈夫である。カルテ族であるオーレンには、炎の精霊から加護が与えられていて。中には精霊魔法の使い手もいた。オーレンは生まれつき、炎の精霊王から愛されており。彼にとって炎とは身体を焼くものではなく、身を置いても温める。母の胸に抱かれたように安心出来る場所であった。
オーレンから赤錆色の六連式拳銃を受け取り。ジーニアスは弾丸を補充して、一発を目の前に現れたドラゴンを焼き払う。
「頼むぜ相棒」
「任せろ親友」
何時ものやり取りをしながら。ドラゴンを駆逐したジーニアスはレッドを駆る。
『なっなななんとレッドのジーニアス&オーレン最強コンビ!。二年前と同じく竜の巣を殲滅。討伐賞金額だけで、優勝賞金並みになりました』
モンスタービートの元が無くなり、徘徊するドラゴンも僅か、気をつけなければならないのはオーガくらいである。
ようやく殺気立った気配が消えていき。各馬の騎手は残り時間。レースに勝つため最善を尽くす。「アドアニス!、入り口の間を見つけたよ」
「さすが私のブレイド♪」
今年こそ勝ってみせる。アドアニスは晴れやかに笑う。
『入り口が開くまであと僅か!、最初に入り口を抜けた馬が優勝します。果たして…』
オーガの巨体から繰り出される。凄まじい破壊力をかわして、ハイウエスタのウオルカが、手綱をしごき。ビショルテの剣が、オーガの首を落とす。「急げルカ、勝つのは私達よ」
「わかってる」
各馬が迷路を走り抜けて。入り口の間に急ぐ。徐々に馬影が集まり一団を形成。何れの顔も周りを気にする余裕はない。ただ我先にと馬を駆る。果たして勝つのは……、
『レッド、レッド最初に入り口を抜けてきたのは、『無冠の帝王』レッドだ!』
二着にゴールデンキンバリー、三着ハイウエスタと続き、ダブルブレット、フレミングが四着同着、五着カタリアとなった。
『見事レッドが、『無冠の帝王』を返上して、カウント1初優勝!』
━━後に……、伝説の年と呼ばれる。グランプリロードの開幕はこうして、華々しくはじまっていた。
━━数ヵ月後……、ラムダリア王国。リリム・ラムダリア皇女の部屋には。黄金色に輝く夕日。同色の王冠を頭に抱くよう。夕日を受けて、ブルネットの髪が、黄金の絹のごとく極め細かな髪を流し。口元にうっとりした笑みを浮かべていた。
「ようやくこの日がまいりましたわジーニアス様。今年こそ貴方に勝って、貴方を夫となること承知させます」
そうでなくては女の教示が示せない。彼女にとって、手に入れるに相応しい物ならば、どんな手段を用いても手に入れてきた。それが唯一叶わなかった存在。それがジーニアスであった。
「貴方様こそ私の夫に相応しい……」。
全てを手に入れてきたからこそ。余計に燃えるのだ。あんな男はそうはいない。
「わたくしの愛馬が必ずや勝ちましょう!」
高らかに誓うや、薔薇色に頬を染めて、愛しそうに目を細めていた。
海神ラムダリア記念のコースは、海洋貿易で実際に使われている交易航路を用いて。レースは行われる。
『グランプリ第二弾ラムダリア記念。間もなく発走です。前走見事ヴァルクワールドカップ優勝したレッド、昨年優勝のハイウエスタ、二着リリムダイナマイトが人気を集めていますが、人気は割れているようです』
リリムダイナマイトに騎乗するソロ・ロギーリア、ブルレ・ロドリアーナ両名は、昨年受けた屈辱を忘れてはいない。「ジーニアス殿に悪いですが、レッドを勝たせるつもりはないですよ」
「無論だロドリアーナ」 寡黙なソロには珍しく。気合いを見せていた。昨年とは別馬に成長したリリムダイナマイトは、一回りも馬体が大きく成長していて、のんびりした性格だが、今日は気合いを表に出していた。さらに美しい青の相貌は、真っ直ぐレッドに向けられており。明らかに強敵だと認めている様子だった。
「行こうかリム」
ソロが促すと。静かに闘志を燃やして、パドックを周回を始めた。
『ラムダリア記念。出走全10頭を紹介致します。二番人気レッド号ヴァルクワールドカップ優勝。三番人気リリムダイナマイト、一番人気ハイウエスタ昨年優勝。フレンメタリー、ユールス、フラメント、ムルカナムル、クライシス、ラクシュ、プランドル以上10頭。間もなく発走となります』
レッドにとって、今回のレースは試金石である。最大の敵は海だとジーニアスは考えていた。海上・海中レースでは、炎属性鎧は無論使えない。さらにホースの力も多様は出来ないのだ。一番の懸念はレッドは海のレースでは、能力が半減してしまうリスクをあえて犯しても、ジーニアスにはある女の子との約束があって、出場し。なお勝たねば、ジーニアスに未来は無くなる。重大な枷が嵌められるか、再び逃げ出せるかの瀬戸際であった。
『ラムダリア王国王女リリム様より、重大な発表があると。いらっしゃっております』
『国民の皆様ごきげんよう~。この重大な日にわたくしの言葉で、お耳汚しすることまず謝りますわ』
レース前に。リリム様がお言葉をのべられると言うので、自ずと民は耳を傾けていた。
『二年前になりますわね。我が国が誇るネプチューンが負けたレースは、わたくしはある1人の騎手を見初め。夫になるよう求めました』
ざわざわ……、驚きの声が上がるなか、渦中の騎手ことジーニアスは苦笑していた。
『わたくしとジーニアス様は、とある約束を致しました。もしもわたくしの愛馬リリムダイナマイトがレッドに負けたら。結婚は諦めますと。しかし……リリムダイナマイトが勝った場合は……、わたくしの夫になること賭けておりますの♪』
朗らかに爆弾を投下して、ジーニアスの逃げ道を封じていた。
「へえ~あの時そんな約束してたんだね~」
楽しそうな口ぶりである。明らかに面白がってるようだ。
「だから負ける訳にはいかないのさ」
しみじみ呟いていた。
レース前にちょっとした波乱はあったが、各馬ゲートに入って行く。
『全馬入り……、スタートしました。綺麗なスタート』
砂浜からスタートした戦馬は、そのまま海に入って行く。
━━ラムダリア王国の海岸線は、港を出るに容易く。入港するに難しいと呼ばれる離岸流が発生しやすい。変わった地形をしていて、コースもスタートしばらくは比較的楽なのだが……、複数の海流が合わされる外海。海底神殿の沈む第一ポイント、海底洞窟を通過して、モンスターエリアを通りラストゴール前にある。離岸流ストレートは、馬力のない戦馬には厳しく。ゴール前に力尽きることも珍しくない。全長20キロのコースである。
『先手を奪ったのはハイウエスタ。今回は逃げるようです。二番手にリリムダイナマイト、レッドは三番手で泳いでレースを進めます』
竜フォースを使えば、海上・海中問わず走れるが、ハイウエスタ、リリムダイナマイトの二頭だけがスタートから。海上を走るが、レッド同様にスタートは泳いでる馬が実は多い。それは離岸流に乗れば、比較的楽に外海まで行けるからだ。
『先頭のハイウエスタ、リリムダイナマイトがみるみる後続を離しておお逃げをうつ。その差は30馬身以上━』
淡々とした流れ。平均ペースで逃げる二頭を見るようにレッド、プランドル、ラクシュ、フレンメタリー、ユールス、フラメント、ムルカナムル、クライシスの順。
レースは外海に出て初めて海のレースが、どんなものかが分かる。内陸に近い海と海流がぶつかる外海では、ちょっとしたことで天気が変わると。波の高さは高低さ数百メートルと極端に変わるため。いくら『海馬』(シーホース)といえども無事に航海するのは不可能に近い。生憎今日の風は荒れていて、下手に海上を走るとそれだけ体力が奪われるのが早くなるのだ。
『早くもハイウエスタ、リリムダイナマイトは外海に到着。海底神殿、洞窟を抜ける海中ルートにレースはシフトしていきます。二頭は徐々に海中に入って、うまく海流を拾えるかがレースのポイントになります』
「よしそろそろ行けるか!、レッド駆け抜けろ」 気合いをつけるように手綱をしごくや。気合いをつけて海上に上がり。海の上を走り出す。
『レッドが二頭を追って上がります。間もなく外海に到着。海中に下って行きます』
二人は魔法を付与されてる酸素マスクを着用。レッドの馬銜にも酸素が供給される仕組みになっていた。ラムダリア記念出走馬と騎手には、王国からこれらの装備は無料貸し出しがなされたりと。グランプリレースの中でも、様々な面で優遇されている。例えば戦馬のはく蹄鉄にも工夫がなされていて、ラムダリア王国の秘密ゆえ。他国には開示されていない技術が導入されていた。それこそが海馬意外の馬が、海中を走れるように工夫した。海流を掴む魔法技術が蹄鉄に仕込まれている。しかしながら馬は水の中に顔を沈め泳ぐようには出来ていない。恐怖にパニックを起こさない馬は意外と少ない。
『あああ~っとラクシュ、プランドル、フレンメタリーの三頭が、海中に入るのを拒否。騎手を落として逃げ惑う。レッドを追って、フラメント、ユールス、ムルカナムル、クライシスが海中に入って行きます』
『よし海流に乗れた、レッド酸素をしっかり吸って、怖がるな目は瞑っていろ。海水が入らないようブリンカーは着けてあるが念のためだ。海中は視界が悪い。オーレンお前の勘が頼りだ。モンスターのこと頼んだぜ』
『任せとけ親友』
マスクを着けてるからコフコフ音が籠るのが耳障りである。
━━やがて、海流の中心に入ると。海の中を見る余裕が出てきた。
『そろそろ水圧が上がってくるよ。魔法馬具を使ってよジーニアス』
『おおよ~』
魔石を回すと。革製の戦馬鎧レガートから特殊フィールドが展開される。海中では、水深30mを越す辺りから。水圧が増してきて、肺呼吸する生き物にとって、肺を圧迫してく。『海馬』(シーホース)といえども深い水深を泳ぐには、独自の能力を使うと知られていた。しかし普通の戦馬ではそのような力はないので、魔法を付与されてる革鎧を装備させるのだ。これは馬に触れている間ならば、騎手も守られる特性もあるため。海中ルートを使うレースでは、騎手にとって命綱でもあった。
それは水深1800m以上もある。海底付近で、落馬すれば、水圧で圧死してしまう可能性があるからだ。喩え助かっても海上に上がってしまえば。失明する可能性が高い。
『先頭はハイウエスタ、二番手にリリムダイナマイト、20馬身差でレッドと続く海流コース。乱高下が激しく。スパイラルコースに入りました』 水深1000mを越えた辺りから。海流は幾つか細かい海流に変わるためコース取りで、詰められる可能性がある。この海域の海流を知る知識と感性が、最短の海流を掴む技術となっていた。
『二頭ほぼ一団で、海流に乗った!、三番手レッドをさらに24馬身。引き離す』
スパイラル海流を縦横無尽に駆け巡り。ほどなく泡のアーチをくぐり抜け。ハイウエスタは海底神殿にたどり着いた。ここから海底洞窟入り口まで、空気のあるコースに変わる。『続いてリリムダイナマイト、25馬身差でレッド』
三頭以外との差が、スパイラル海流で、ますます引き離され。50馬身以上となり。優勝争いは三頭に絞られた形だ。
逃げるハイウエスタ、3馬身後ろから虎視眈々と追走するリリムダイナマイト、二頭に詰め寄るレッドはその差を18馬身差まで縮めていた。
『ハイウエスタ早くも海底洞窟に突入。再び海中にレースは戻ります』
レースは早くも中盤を過ぎて、2000mの海底洞窟ストレートから、3つにコースが分かれていて、それぞれモンスターエリアにつながっていた。
『ハイウエスタ右上。リリムダイナマイト左下を選択』
運命は1/3の悲運のカードを引かないことを祈るばかり。ぬっ……、ハイウエスタが洞窟を抜けた瞬間。巨影が掠めた。
『うっウオルカ!!』
『なっなんてことだ……』
無数の触手がハイウエスタに伸びてきた。パニックに陥るハイウエスタは、ドタバタ逃げ惑うが、 『ああ……』
ウオルカが落馬してしまい。次の瞬間━━、巨影が横切りウオルカの姿は消えていた。
『うっ……うあああああああああああああああああああ!!!』
絶叫あげて消えるウオルカが離してしまった。ハイウエスタの手綱をビショルテは。無我夢中で握り。泣きながら逃げ回る。
━━最悪なのが、大王イカの巣に紛れ込んでしまうこと。かなりの確率で死に至る。
ジーニアスは、真ん中のコースを選び。海底洞窟を通り抜けた先には━━、シーオークの巣だった。地上のオークは猪に似た風貌をした戦士だが、シーオークの風貌は、猪の子供瓜坊の姿をしていて、後ろ足がイルカのヒレに似た海中種族で、わりと友好的である。
『おっ当たりを引いたなジーニアス』
『まあな~お前さんたち道案内頼めるか?、お礼にクッキーやるぜ』
防水加工されたクッキー入りの袋を見せた。するとはしゃいで次々に集まってきたシーオークの中から、何匹か付いてきて、道案内をしてくれた。『おおっとハイウエスタのウオルカ騎手落馬。二番手にレッドが上がった。リリムダイナマイトに14馬身差まで迫る!』
銛を構え、シュ、ザシュ血煙を上げて、噛みつき魚を仕留めたソロ、魚を素早く捨て去り。再び銛を装填して、次の噛みつき魚を仕留める。その繰り返しで、15匹以上仕留めていた。
『ソロ!、大物が来るわ』
真ん丸い魚影が、通り過ぎた。ワニガメかと一瞬思ったが、大きさが違う。あんな巨大なワニガメはいない。すると……、
『ガニラス……』
海竜の亜種と位置付けされるガニラスは、甲羅を背負ったドラゴンと呼ばれていた。耐久性のある鱗はないが、通常武器では、強靭な甲羅を持つガニラスに通すことは不可能に近い。『ロドリアーナ行けるか?』
『ええ問題ないわ任せてちょうだい!』
腰に下げていた。魔昌石と雷の精霊を入れていたカプセルを構えて、 『雷小精霊の雷撃』
バシュ、閃光が走りガニラスをうち据えた。
『今よソロ、追加効果で麻痺したわ!』
精霊魔法には追加効果が起こる場合がある。
『走り抜けろリム!』
気合いをつけると猛然とスパートしていた。
『先頭はリリムダイナマイト号。モンスターエリアを抜けて、海上に戻りゴールを目指します。二番手8馬身差で、レッド!残るは、スタート地点の砂浜に。最初に戻った戦馬が優勝です』
海上に上がったリリムダイナマイトは、ラムダリア王国から12海里の地点。予想外に西に流されてしまっていた。
「雨ね……」
ザァ~と降り始めた外海は、荒れ始めていた。体勢を乱しながらリリムダイナマイトはスパートを仕掛けた。
『レッドが海上に上がり。逃げるリリムダイナマイトとの差は、7馬身、末脚を伸ばす』
「駆け抜けろレッド!」ジーニアスが手綱をしごくや。ぐっと馬体を沈めて、炎のような真っ赤な馬体が、輝き始めた。竜フォースを発動。海面を捉えて、一気に加速。荒波もなんのその。瞬く間に三馬身差まで詰めていた。『逃げる逃げるリリムダイナマイト、その差を詰めるレッド!、離岸流ストレートを残すのみ』
「リム!」
騎手ソロが懸命にリリムダイナマイトを駆るが、ガクンとスピードが落ちていた。序盤海上を走ったツケが今頃出ていた。口を割るリリムダイナマイト、二馬身差に迫るレッド。二頭のスピードはほぼ一緒になっていた。まるで合わせ馬のような状態。雨が降り。波が高くなって、離岸流が不規則となり戦馬の足をとる。
『残り1000m、リリムダイナマイトが僅かに先頭、レッドがじわじわ伸びてきている!』
向かい風が吹きすさみ。体勢を乱しながらもリリムダイナマイトは、レッドと馬体を合わせた。二頭の闘争心が勝る馬が勝つことになる。『残り600m、僅かにレッドがかわした』
「行けぇええええ!リム」
ソロは、鞍に膝立ちとなりリリムダイナマイトの首を渾身の力を込めて、グイッと押した。
『再びリリムダイナマイトが先頭、残り400m』
ジーニアスも負けじと。レッドの首を渾身の力で押し込み。
『レッド、リリムダイナマイトほぼ一団!。これは首の上げ下げの決着になるか』
残り200m、二頭は馬体を当てながら、離岸流に逆らい。人馬一体。命を削るような追い合いをしていた。残り100m。
『ほぼ一団!果たして、勝つのはどちらだ……、ゴールイン!、二頭ほぼ同時にゴールを通過。こちらからでは……、どちらが勝ったのか分かりません』
ドドドと砂浜を走り抜け、ようやく二頭は立ち止まる。リリムダイナマイトは鼻息荒く。レッドを見ていたが、プイッて顔を反らせ、すたすた去って行た。
『第11回ラムダリア記念、結果が出たもようです』
一着リリムダイナマイト 同着レッド
三着ハイウエスタ
どよめきが上がっていた。結果を目にしたリリム皇女は、困ったような、仕方なさそうな笑みを浮かべていた。
━━その日の夜、王宮に呼ばれたジーニアスは、リリム皇女との婚姻の保留が申し出された。
「残念ですが、引き分けの約束はありませんでしたわね」
仕方なさそうに嘆息していた。それでもまだ諦めた訳ではない。
「ジーニアス様!、来年こそ勝って、貴方を夫に致しますわ、覚悟していてくださいね♪」
ポリポリ頬を描きながら。仕方なさそうに頷いていた。姫様が父王に呼ばれたスキに、ソロ、ロドリアーナが近寄ってきて、
「何故……、決着を着けなかった?」
詰問と言うよりも、疑問を口にしていた。
「今のレッドには、あれで精一杯だったさ~」
あくまでも気楽に。まるで気を使わない言葉。それゆえに真実に聞こえていた。
「来年こそ勝ってみせる!、我が誇りに賭けて」 ジロリ睨みを残して。颯爽と立ち去るソロを見送りつつ、残ったロドリアーナは。
「ソロさん、貴方をライバルだと認めてるんですね~」
クスクス微笑む彼女に、ジーニアスは肩を竦めて見せた。
「ロドリアーナ!」
軽口を言う相棒を慌てて呼んでいた。何やら目元を赤くして、
「はいは~い。今行きます。またねジーニアスさん♪」
手をフリフリ。仲間の騎手、生産者だろうか、楽しげな会話をしていた。
━━初夏。北方三国の風物詩、トライアル北方三国杯が、間もなく開催される。
『今年のトライアルに、昨年のグランプリホース11戦11勝無敗アデルが参戦!、騎手は━━』昨年の賞金王から半年……、パロマは騎手&案内人として、沢山のレースに騎乗していた。まだまだ半人前ではあるが、自分の力で『海馬』クラスに乗れるまで、勝ち星を上げていた。新人騎手としては異例の速さである。
「ロウザさん行きますよ!」
リリアン号の時とは反対の立場である。やれやれと嘆息したが、若い相棒の頭をクシャリと撫でながら、昨年の出来事を鮮明に思い出していた。
「旦那……、行きますぜ!」
不敵な笑みを浮かべ。湖畔の水面のような毛並み。威風堂々とした王者アデルは、二人を背に。ある青年の背を追いかけ始めていた。
一月後……。
『今年もやって参りました!。真夏のグランプリ。間もなく発走です。各馬を紹介致します』
真っ赤な炎のような毛並み。本年度JP二勝を上げている『炎帝』レッド、昨年のグランプリ覇者。北方三国杯圧勝。12戦12勝無敗『砂漠の太陽』アデル、注目の一戦に沢山の旅人が、11万人もルタニア王国に集まっていた。
「ジーニアス!、レースが終わったら顔を出しなさい。良いわね」
聞き覚えのある声に。思わず苦笑していた。後ろを見ればオーレンが、妹のパロマと顔を見合せる一幕。
『━━レースも終盤。浮島10連続を飛越したレッドを。アデルが追いかけるも。差は縮まらず。優勝はレッド、レッド、アデル号に。始めて土が着きました!』
真夏のグランプリを制した今、ジーニアスの次なる狙いは……、昨年アデルで、参加できなかったレースに参加することだ。
━━その日の夜……。久しぶりに訪れたリーエン牧場の変わりように驚いていた。
「あっジーニアスさん♪」
厩舎にレッドを連れていくと。ブルネットの小柄な少女。サフィーが元気よく笑っていた。
「よお~久しぶりだな。サフィーお前さん、今年も修行に?」
「はい、我が国と正式に修行先としてリーエン牧場は、提携しましたので、今年も武者修行に来ました♪」
「へえ~するとバルテロもかい?」
「いえ……その兄は、腰をいためたので、しばらく安静なんですよ」
「あらら……、そいつはきついな、御愁傷様」
「兄に。伝えときます」クスクス笑うサフィーに、元気そうでなによりと微笑んだ。
「よ~オータム。久しぶりだな」
ジーニアスが声をかけると。神経質そうな顔を。一応はジーニアスに向けて、一瞥してから、サフィーのブラシに目を細めた。
「お前さんも相変わらずだね~」
軽口を言ってると、首筋に視線が刺さる。そちらを見れば、少し背が伸びたパロマと、アデルが何やら言いたそうな顔をしていた。
「ふっ、まだまだ甘いな」
気を使えないジーニアスの一言に。アデル、パロマは同時に憮然とした顔をしていた。
「いきなりそれですかジーニアスさん!。頑張ったなくらい言えないんですか?」
不貞腐れたように文句を言ってみる。
「なぜ、そんなこと言わなきゃならない?」
逆に問われて、一瞬いいよどみ。顔がクシャリと泣きそうな顔をするパロマ、
「ちょっとジーニアス!、うちの騎手泣かさないでよね」
厩舎に顔を出したリーエンは、あきれた口調で口を挟む。
「そうだな……、パロマは、お前さんの牧場の騎手だ。だったら俺にとってライバルになり得るのに?。わざわざ塩を送る馬鹿はいないよな」
ピシャリ言って退けられて、口を挟んだリーエン、それどころかパロマ、オータムの世話をしていたサフィーが、ハッとした顔をしていた。三人はようやく気が付いた。今のジーニアスは三人にとって、知り合い以上の関係はもはやなくなっている事実に……。
「パロマ、お前さんはまだまだ全てが未熟だ。アデルお前……」
ジロリ睨み付けられて、ビクリ、ブルルと嘶いた。
「そんなにパロマが信じられないのか?」
衝撃の一言に。人馬は身を震わせた。
「ちょ、ジーニアス……」
「お前さんは黙ってな、アデル、パロマ、ちょっと顔を貸せ」
リーエンをピシャリ言い負かせてから。アデルに鞍を着けさせて、ジーニアスは坂路に連れ出していた。
「アデル最後に教えてやる。だから乗せろ」
ジーニアスの真剣な眼差しを受けて、元相棒の前に背を預けた。
パロマを前に乗せジーニアスが、後ろに座り。手綱を握っていた。
「いいかパロマ、一度だけだ。お前さんに一度だけアデルの本当の走りを見せてやる。アデル!?」
かつての相棒と、かつての案内人、だからこそ最後に贈る手向け……。ジーニアスが贈れる最後のプレゼント。パロマはどぎまぎしながらもジーニアスの心意気に気が付いて、その時、その時間一分。一秒を脳裏に刻むため。
「お願いします!」
強い決意を相貌に宿していた。
「アデル!、竜フォース」
気合いを付けられた瞬間。アデルは凄まじい気合いを滲ませて、深く馬体を沈ませ走り出した。
━━ゴゴゴ……、小さな鳴動をアデルから感じて、自分の体を覆う、澄んだ湖畔の水面のような魔力を初めて感じ。目を見開いていた……。
━━この時初めてパロマは、アデルと身も心も繋がたように感じた。
「こっ、これは……」
「いいか忘れるな、『竜馬』には契約を結んだ騎手と心を合わせることで、本当の力を引き出せることができる」
みるみる坂路を駆け抜けるアデルは、そのまま砂漠に出て、オアシスの街から渓谷に向かって、ジーニアスは走らせる。「竜フォースは段階がある。まずは自在に竜フォースを引き出せるようになって、初めて『竜馬』の契約者と呼ばれる」
「……はい!、ジーニアスさんありがとうございました」
ジーニアスと言う男は、気が使えないのではない、気付かれないようにそっと手を差しのべ、支えてくれていたからこそ。今の今まで気が付かなかったのだ。それ以上の言葉は、ジーニアスを失望させてしまう。だからパロマはジーニアスに勝つまで淡い気持ちを隠すことに決めていた。
━━秋。大障害最大の祭典、パラセイヌⅡ世王杯が開催されようとしていた━━。
今年のトライヤルは、フォーリニアス、オータムフォーリの二頭が勝ち上がり。JP三連勝を飾るレッドの最大のライバルと黙されていた。さらに昨年優勝したサロメ、古豪ゴールデンキンバリーの参戦と。激戦が予想されていた。
『第11回杯パラセイヌⅡ世王杯間もなく発走です。各馬を紹介いたします』
最初に現れたのはシデンリグラム、北方三国杯二着、真夏のグランプリ三着と着実に実力を着けている上がり馬。シルバーキンバリー、昨年の優勝馬サロメ、パランギース、クールジング、リンナチャン、パトリシア姫S優勝オータムフォーリ、ラノスタイン、パラセイヌ記念優勝二番人気フォーリニアス。リンラット、三番人気ゴールデンキンバリー、一番人気三冠馬レッド』
各騎手、戦馬関係者は、レッドを息を飲んで見詰めていた。纏う空気が別物のためだ。
『各馬、馬道を通り。ゲートに入って行きます。最後に外枠ゴールデンキンバリーが入り。スタートしました。ポンと好スタートゴールデンキンバリー』
押して、押して、ゴールデンキンバリーは逃げる。何時もの展開。二番手シルバーキンバリー、レッドはこの位置。見るようにサロメ、パランギース、シデンリグラム、リンナチャン、ラノスタイン、リンラット、クールジング、オータムフォーリ、最後方フォーリニアス。
『やや縦長になりながら、前半の16キロは小回りコースを使います』
パラセイヌⅡ世王杯は、パトリシア姫Sで使われる小回りコースからレースは始まり。途中のS字川越飛障害から。左周りに変わる。
『記念すべき最初の竹柵障害、大竹柵障害、大穴障害と続きます。逃げるゴールデンキンバリー、追走するシルバーキンバリーと踏み切ってジャンプ!、後続も続きます』
全長42キロもある長距離レースである。各馬ゆったりとしたペースで、次の大竹柵障害に向かう。
今日は天気にも恵まれて、風も穏やか、遺憾無く能力を発揮出来る絶好のレース日和である。ドドド轟音たてながら。
『ゴールデンキンバリー大竹柵障害。踏み切ってジャンプ、シルバーキンバリーが続きます。後ろから二頭を見るようにレッド』
普段農道として使われているのか、柵の内側に近隣の村人が集まっていた。緩やかな下り。普段は木の橋が掛けられてる大穴障害。
『踏み切ってジャンプ!、後続も大穴障害を綺麗に飛越して行きます』
ここからいったん森を抜けて、河川に出た各馬は、北西に進路を取り。河川の狭まる場所から、飛越を二度繰り返すことから。S字障害と呼ばれる。
『ゴールデンキンバリー踏み切ってジャンプ、シルバーキンバリー、レッドと続きます。オータムフォーリが中団まで上がってきたか。最後方フォーリニアスは変わらず。縦長の展開』
進路は二度めの川越飛越から左周りとなり。何時もなら森に戻るのだが、畦道を抜けて北上する。
『二度めの川越飛越。ゴールデンキンバリー踏み切ってジャンプ、シルバーキンバリーと続いて、レッドも続きます』普段馬車が通るのか、轍がくっきり残る畦道を。北上しながらやや登り坂をゆったり走る各馬は。ここから大竹柵障害6連続、大穴障害3連続と難しい連続障害が続く。それを越えると心臓破りの登り坂が現れて。パトリシア姫Sの最後の障害。崖登り障害に出るが、本線では、崖下りと難易度が格段に上がる。
『間もなく大竹柵障害6連続。最初の障害が見えて来ました』
先頭は変わらずゴールデンキンバリー、シルバーキンバリー、レッド、見るようにサロメ、シデンリグラム、パランギース、オータムフォーリ、変わらぬ淡々とした流れ。最後方までほぼ変わらず縦長の展開。
『先頭のゴールデンキンバリー、6連続大竹柵障害最初の飛越…。踏み切ってジャンプ、安定した飛越を見せるゴールデンキンバリー。今年最初のヴァルクワールドカップ二着惜敗から。カウント2二勝を上げて、三冠馬レッドに雪辱を拭えるか注目が集まる一戦。続いて二つ目の大竹柵障害。踏み切ってジャンプ』
二番手追走のシルバーキンバリーは、馬主は同じだが、ゴールデンキンバリーにニ連敗、どうにか格好を付けたいが、馬が戸惑ってるのか、ゴールデンキンバリーを頼りに走ってる節があった。二頭は年は離れていはるが、父、母供に同じ。兄弟である。二頭を見る形のレッド、 「なるほど……シルバーキンバリー、あれは厄介かもな」
皮肉気に苦笑していた。まだまだ幼さはあるが、能力はゴールデンキンバリー以上。レースは拙いが、強くなる余地はあった。
「ロウザさん!最後の大落差お願いしますね」
「承知してるせサフィーちゃんよ」
何時もは兄がオータムフォーリに騎乗してるが、腰をやってしまい。療養中である。ただお陰様で、ロウザさんとのコンビは新たな一面を引き出していた。何だかタムタムは、兄よりもロウザさんを気に入ったようで、のびのび走るオータムフォーリは何時もより楽しく走ってる気がして、思わずクスクス微笑んでいた。最後方を走るフォーリニアスのアロバン、オーディンは、オータムフォーリの変化にいち早く気が付いていた。
「ほほ~うあの騎手。なかなか上手い騎乗だな」「確かに……、あの気難しいオータムフォーリを彼処まで気分良く走らせるとは、ジーニアスが選んだだけはある」
まず人を誉めないオーディンが、頻りに感心していた。実直過ぎる弟には出来ない。相手に合わせ。なおかつ力を引き出す騎乗は、自分を殺すことである。それを他意なく出来るのは才能に他ならない。騎手はいつ死んでも可笑しくない厳しい世界。1人残される場合。相棒を探すのはとても大変だが、彼のような騎手がいるのならば、非常に助かる。
『逃げるゴールデンキンバリー踏み切ってジャンプ、6連続大竹柵障害目を飛越。後続も続きます。ここから緩やかなに登りになっていて、3連続大穴障害に向かいます』
各馬順調にレースを進めた。間もなく見える3連大穴障害を越えると序盤の山場。崖下り飛越6連が現れる。難易度が高いため。失敗して競争中止する馬も多い。
『ゴールデンキンバリー踏み切ってジャンプ、ジャンプ、ジャンプ』
3連続大穴障害を飛越したゴールデンキンバリーは、心臓破りの坂と呼ばれる。傾斜36度の急坂を駆け抜けた先に、崖下り障害が……、ここからがマラソンレースの真骨頂。持久力が問われる。
『やはり今年も心臓破りの坂で、スピードが落ちる。各馬も同様ですが、シデンリグラムがサロメ、レッドをかわして三番手に浮上』
ここだと思った。レッド……、いやジーニアスに勝つにはここで先手を取るしかないと感じた。シデンは障害向きの戦馬ではない。でもノーチャンスではないと。パラムは自分の勘を信じて、ただ無心に愛馬を駆った。
急に辺りから景色が消えた瞬間。強い浮遊かん。
「若!」
「わかってる!」
舌を噛みそうに鳴りがらもシデンリグラムを動かして、最初の着地。全身に掛かる衝撃を膝で殺しながら、シデンに負担を掛けないように最初の落下を上手く。着地を決めた。
「行けシデン!」
グッと馬銜を噛む。強い反応があって、 『シデンリグラム踏み切ってジャンプ。ジャンプ。ジャンプ。ジャンプ。ジャンプ。ジャンプ。6連続落下障害を見事クリア。先頭で駆け抜けます』
「シデンご苦労様」 愛馬を労う。やや口をわり。疲れが見え始めたが、最後の大落差障害まで。難しい障害は少ない。ここからは持久力が問われるが。前にいるほど有利となる。
「若。大落差はどうしますか?」
「シデンには無理だ。でも勝機か無いわけではないさ」
『おっとシデンリグラム押して押して、後続を離しに掛かる』
そう着差を広げて逃げ切る作戦。ゴールデンキンバリーとはまた違う中盤からの逃げ馬に成長していた。
シデンリグラムの逃げを見て、後方にいたフォーリニアスが徐々に上がって行く。ペースは予想外に早くなりつつあった。前残り濃厚なレース展開。
『竹柵障害を踏み切ってジャンプ、後続も続きます。逃げるシデンリグラム、間もなく鉄鋼石2連障害、崖飛越障害に向かいます』
それを飛越すると大竹柵障害、竹柵障害が交互に待つ幻惑障害。レース最大の障害。大落差障害が待っていた。
『シデンリグラム鉄鋼石障害2連に。差し掛かります。先頭は依然としてシデンリグラム』
ゴールデンキンバリー、シルバーキンバリー、レッド、オータムフォーリ、それを7馬身後方から見るフォーリニアスが中団まで上がる。サロメ、ラノスタイン、リンナチャン、クールジング、リンラッド、パランギースはズルズルおいてかれる展開。『踏み切ってジャンプ、シデンリグラム次の鉄鋼石障害に向かいます。再び踏み切ってジャンプ』
2連障害を終えて、高地に各馬は入る。
『先頭のシデンリグラム25馬身離してゴールデンキンバリー、見るようにシルバーキンバリー、レッドと先団形成。先頭のシデンリグラム間もなく崖飛越障害に差し掛かります』対岸の崖の間には、4、8mの飛距離を必要としていて、戦馬が少しでも戸惑った瞬間。崖の下に落下して命を落とす。『シデンリグラム踏み切って……、ジャンプ!。成功』
26馬身離して、ゴールデンキンバリー、シルバーキンバリー、レッド、フォーリニアスと続く。残るは竹柵、大竹柵障害が交互に並ぶ幻惑障害に向かう。
『ここからレッド、連れてフォーリニアスが一気に加速。末脚を伸ばして、シデンリグラムを追って、上がって行きます』後方の馬は足が止まり。優勝争いは、三頭に絞られていた。
竹柵障害、大竹柵障害がそれぞれ4つずつ交互に並ぶため。飛越が非常に難しい障害に。
『おおっとシデンリグラム、飛越を二度失敗。一キロ積量が加算されます』
終盤でのペナルティは、シデンリグラムの足を鈍らせる。
「くそ!、まだだラムザ」
「はっ」
初老の教育係りはキッパリ頷いた。楽観的にはなれないが、26馬身差をキープできれば、チャンスはある。大落差障害にチャレンジされない限りは、
『レッド、フォーリニアス二頭は大落差障害に向かいます。やや離されたゴールデンキンバリー、シルバーキンバリーは遠回りコース選択でそれぞれ500g積量が加算されます。その後ろからオータムフォーリも大落差障害に向かうもよう。レッドは一昨年。フォーリニアスはトライアルで大落差障害をクリアしております。優勝はこの二頭に絞られたか』
「タムタム!行くわよ」
かなり先を走る二頭の背を見ながら。サフィーは気合いを込めて押して行く。
「ロウザさん!私達をお願いします」
顔に火傷の残る顔に、実に楽しげな笑みを張り付け。
「任せなサフィーちゃん!、俺だって成長してるってところ見せてやる」
ジーニアスが作った駱駝の皮の外装。パラシュートをロウザは改良を重ね。ロープが自身の身体を食い込ますのではなく。バランスよく軽減出来る工夫を化せねていた。ロウザと言う青年は、一度煌めく星のような輝きを間近で見て、それをある程度。真似できる技量があると初めて知った。それこそがロウザの強み。騎手の技量とシンクロして騎乗出来る騎乗技術であった。
『レッド、フォーリニアス二頭並んで踏み切ってジャンプ』 二頭は合わせ馬のように並んで、崖から踏み切ってジャンプした二頭。
「竜フォース」
気合いを着けた瞬間。空をまるで草原を駆け抜けるように。走り行くレッド。
「なっなんと!、レッドは『竜馬』であったか……」
「オーディーン!」
「むっ、承知」
『オータムフォーリ踏み切ってジャンプ』
23m下にある平地までは、まさに一瞬に落ちて行く感覚であろうか、二人が見る先に炎のよう毛並みを輝かせるレッド。長年尊敬する兄の背を認め。ようやく追い付いたと晴れやかに微笑みながら。
「ロウザさん!」
「おうよ」
チェニック下の仕掛けをほどいた瞬間。凄まじい風圧を受け。落下スピードが緩やかになっていた。 『レッドが先頭。7馬身差でフォーリニアス、さらに8馬身離してシデンリグラムがこの争いに加わる』
先頭から29馬身差でオータムフォーリは四番手。
後続も来てはいるが。5番手のゴールデンキンバリーまで52馬身離されていた。ステイヤーレースも残り二キロを残すのみ。各馬の底力が問われる。
『先頭のレッドにみるみる差を詰めるフォーリニアス。シデンリグラムは足が止まりオータムフォーリと三着争いか』
「来たなオーディーン!」
獰猛に笑うジーニアスに、不敵に微笑みオーディーンは、渾身の力を込めてフォーリニアスを追う。馬も相棒の期待に答えるべく気合いを表に出して、二頭はほぼ並び馬体を当てながら。残り1キロを切っていた。
『先頭は僅かにレッド。しかし外からフォーリニアスが差し足を伸ばす。二頭の叩きあい。残り5000mを切ったか』
「くそ!これだけやっても勝てないのか」
パラムは悔しそうに唇を噛み締めていたが、なんとしても三着は欲しい。同年代と分かる女騎手を負けてたまるか睨み付けた。相手のサフィーも負けたくないと。キラキラした眼差しを受けたら。パラムも彼女には負けたくないと強く感じていた。二人はただお互いに勝ちたいとただ願う。
炎のように真っ赤な馬体、気合いのある鋭い顔が、苦痛に歪む。二頭の戦馬はお互いを認めたようににらみあったが、グイッとフォーリニアスが半馬身抜ける。
「レッド!」
グイッと気合いを込められて追われる。最後の力を吐き出すようにジリジリ伸びてきた。
『しかし勝ったのは、フォーリニアス!、フォーリニアスが初優勝』
三冠馬レッドを破ってフォーリニアスが、念願のJP初優勝を飾る逆転劇。見応えのあるレースに。15万人もの観客は惜しみ無い拍手を送る。
同日夜……。パラセイヌ王国が誇る。堅牢無比な城の大広間。戦馬関係者が呼ばれて、閉会式がしめやかに行われていた。
『余は今日と言う日を忘れないだろう。新たな一流騎手の誕生を祝したいと思う』
国王自らによる祝賀の挨拶に。来場者の顔に。こやかな笑みがあった。
改めて表彰式が行われて。残念ながらジーニアスは、今宵の主役にはなれなかったが、レースの結果に不満はない。きらびやかな衣装に身を固めたオーディンは、緊張を隠せず。国王自らによるメダリオンの授与がなされた。長いフォーリ王国の歴史の中でも。今日と言う日は特別な日になったことだろう……、これで六冠の夢は絶たれたが、まだ2つ勝ちたい相手、レースが存在していた。
「相棒次は天空門賞だ」
「するとあいつらが相手か……」
オーレンの呟きに。相貌が厳しくなっていた。
━━大陸北部。山岳地帯。天空門賞が行われる舞台は、天空騎士団の本拠地。フラべリア王国。天空騎士団厩舎。
数多くの天馬が、天空騎士見習いに世話をされていた。ひときわ奥の厩舎に。黄金の鬣美しい。竜輪の紋様を馬体に持つ一頭の美しい馬がいた。
「おはようアースガルド」
ブルル相棒の大騎士メテオラ・リレーヌが顔を出すや。前足を描いていた。
「分かってるわしっかり調教して、来週に備えましょう♪」 大きく首を振って、気合いを見せる相棒の首筋を叩き、楽しげに目を細めた。彼女とアースガルドこそ。一昨年の天空騎門賞まで、6連覇の偉業を成し遂げた伝説の大騎士であった。惜しくもあの年三着と惜敗していたが、レッドが参加すると聞いて、引退を一年先伸ばししてアースガルドで参加することを表明していた。
「おはようリレーヌ、アース」
「おはようフレイベ、今日は早いのね」呆れたような口調で、もう1人の大騎士でり相棒をなじる。 「しょうがないでしょ~、突然の復帰にまだ体が戻らないんだから」
不貞腐れて頬を膨らませる。天空騎士団の多くは女性である。フラべリア王国の為政者が女王であることから。女性社会と言う珍しい王国で、大陸でも数少ない。
「リレーヌもいきなり復帰決めるから。アースも戸惑うわよね~♪」
フレイベは懐から塩の結晶を取り出して、アースの鼻っ面に差し出した。ブルル♪、嬉しそうに早速塩の結晶をがりごり噛み砕く。戦馬は走るとそれだけ塩分、水分を失う。だがらレース前に塩分を補給させることがある。
「ちょっと調教前に……」
「まあ~いいじゃないのさリレーヌ」
クスクス朗らかに微笑む顔を見てると。何となく復帰したことを強く意識していた。本当は迷っていたのだが、あのジーニアスと再びレースが出来る。それだけで胸が熱くなっていた。恋する乙女のような顔をしてる。相棒を見ながら、一昨年のレースをフレイベは思い出す。
天空門賞に出るには、方法は幾つかあるが、『天馬』(ペガサス)種以外の種がレース、トライアルに出ることも稀で、まさか勝つことなど今まで一度として無かった。それをレッドはやってのけ。さらにミカエル、レッド、アースガルドの三頭によるマッチレースは、思い出すだけで胸を熱くしたものだ。
「リレーヌあんたジーニアスとデートの約束してたから。参加するんじゃ無いわよね?」
「ばっ」
ボンて音がしそうな勢いで、首筋まで真っ赤である。分かりやすい女であった。確かにフラべリアの男にはいないタイプだし。少し強引なところも好感が持てる。何より狙ってる女が何気に多いのも。刺激的である。
「まあ~朴念人のあんたに女らしい顔をさせるだけでも。大した物よね」
「なっなな、そっそんなことは……」
ゴニョゴニョ言い訳してるが、見てれば分かる。
「はっきりしとかないと。彼に言い寄る女達に盗られるわよ」
ギクリ身を震わせた相棒に。ただただ苦笑して。深々ため息を吐いていた。
「明後日来るんでしょ彼?」
「うっうん……」
彼も憎からず思ってるようなんだが……、どうも煮え切らない。
「リレーヌがいらないんなら私が立候補しよう……」
ガシリいきなり肩を掴まれ泣きそうな友人の顔を見て、やれやれ困った子である。
「彼に誘われてデートするんでしょ?」 耳まで真っ赤にして、頷いていた。密かに手紙のやり取りをしてたのも驚きながら。そういう関係になってたのも意外過ぎて驚いていた。
「彼なら家柄。地位も問題なさそうだし何が貴女をそんなに躊躇わせるのよ」
仕方なさそうに口を開けば、
「そっその……、両親に会いたいって」
アングリ惚けていたフレイベだったが、なるほど緊張してたのかと笑っていた。
「彼を離すんじゃ無いわよ」
そっと肩を抱いていた。
━━晴れた爽やかな日差し。優しい風に日に焼けた茶色い髪を赤くして。痩せすぎた青年ジーニアスが愛馬レッド。友人のオーレンとデリク軍の輸送キャラバンに囲まれ、フラベリア王国に到着していたのは。翌朝のことである。
「兄貴!、ようやく着きましたね」
黒髪、笑うと幼い印象を与えるブランデル・サロネ少尉に。 「確かに2週間は遠かったな……」
デリク軍の所領から。輸送船を使って。レース一週前に到着出来てホッとしていた。
「ジーニアス兄~フラベリアギルドに連絡してきました」
息を切らせながら走って戻って来た、カザヴェル・ルロ上等兵にご苦労様と労を労い。しばらく待っていると。艶やかな赤い髪の女性が息を切らせながらやってきた。思わず優しい笑みを浮かべたジーニアスは、恋人でライバルのリレーヌと再会を果たした。
「兄貴レッドの世話を任せて下さい」
「ジーニアス兄、ゆっくり楽しんで」
意味ありげな弟弟子達に見送られて、二人は照れくさそうに顔を見合い。
「悪いなサロネ、ルロ。行こうかリレーヌ」
「あっはい!」
真っ赤になりながらも嬉しそうにはにかむリレーヌを連れて、フラベリア王国。西の町ランデルの大通りを歩く二人は、実に一年振りの再会である。近況は手紙で知っていたが、正直安堵していた。
「そっその……リリム様とは」
「心配するな、あの方のは、ただの気紛れだから」
心配そうな彼女の顔を見ていると。安心させるように彼女を引き寄せていた。
「天空門賞が終わったら結婚してほしいリレーヌ」
「えっ……、はい!」
晴れやかな笑顔が眩く。それ以上に彼女が笑ってくれるのが、嬉しく思う。
━━その日の夜……、王都にある彼女の実家を訪れたジーニアスは、カウント1に出走する以上に緊張していた。
「似合うよニア♪」 髪は後ろに撫で付け、フォーマルな衣装を着る彼を見るのは初めてのこと。それだけでに新鮮である。メテオラ家は、フラベリア王国有数の大騎士の家系である。厳格なイメージを抱いていたのだが……、
「おお!、よくぞ参られたジーニアス殿」
ざっくばらんな性格の父、優しい笑顔で出迎えてくれた彼女の母。戸惑う弟達に、緊張しながらジーニアス一世一代の挨拶をしていた。
「なんと娘を……、それはめでたい!」 「あらあらまあ~リレーヌがね」
「スゲーあのジーニアスが、俺たちの兄ちゃんかよ」
「姉さんのくせにやるじゃないか」
大騒ぎの中祝福の声がいつまでも響いたと言う……。
『第11回天空門賞間もなく発走です。今年はなんと言っても我が国が誇る二頭が出走致しますが、三冠馬レッドが再び参戦致します』
晴天に恵まれた晴れやかな空。ニヤケ顔がなんとも締まらない相棒のリレーヌに、小さく嘆息を漏らしながらフレイベは肩を竦めていた。
『全12頭を紹介致します。二番人気アポロニーズ昨年の優勝馬、フレイミング昨年二着、アフロディーア、プライデルト、テトテト、アンドロディナ、プラネタリア、カルラレンド、一番人気アースガルド、ルタレスタ、三番人気レッド、イーエッド』
ランデルの町から程近く。北方一帯の山岳地帯を望める。
天空門賞の舞台は、山岳地帯を駆け抜ける空に分類されるレースで、魔物の住まう危険地帯もあるが、いかに効率よく風を捕まえて、空を駆け巡り。規定のポイントを通過するかをを競うスピードレースである。マークと呼ばれる気球の数百メートル側を通過すると。各騎手に配られたカウンターが反応して、開催ギルドに知らされる。規定のポイントを通過出来ない場合はロスタイム15秒が加算されるため。レースに勝つにはただ早くコースを走るだけでなく。きちんとマークを通過するかが問われるレースである。全長28キロある山岳地帯の中をコース順に走ると、32キロもの距離を駆け抜けることになるのだが……、空は天気とは関係なく。風に左右されるため。見た目以上に難易度は高い。だから騎手に求められるのは、風を読む力である。
『本日は、一番人気アースガルド号の騎手リレーヌ様の父君。アザルク天空騎士団長が、ゲストでお越しくださいました。おはようございますアザルク卿』
『おはよう』
厳かな声音いかにも武人らしい口調である。
『本日は何やら発表があるとか』
『うむ。本日のレースが終わればアースガルド号が正式に引退するのは知ってるな』
『はい、我が国が誇る天空門賞6連覇の偉業を上げた『神馬』ですので、レース後。戦馬場で表彰式が行われますが、引退式のセレモニーも予定されてますね』
『うむ。その場でもうひとつあるイベントがあってね……。実は我が娘とジーニアス君が、今宵結婚することになっている』
『なっ……、なっなっなっなんと素晴らしい!、誠におめでとうございますアザルク卿閣下』
『ゴホン、うむ、ありがとう』
実に嬉しそうな口振りのアザルク卿、放送を聞いてたジーニアスは苦笑したが、一斉に視線を感じ見ると。周りの騎手達が突然。
「リレーヌ姉様のことよろしくお願いしますね」
アポロニーズの騎手ジーン・ミミア、相棒のテムザににこやかに挨拶された。ジーニアスは気がついた。真っ赤なリレーヌと目があって目で会話してると。好意的な視線に。
「そう言えば、天空門賞に出場する馬って天馬ばかりだよな……」
オーレンの指摘にあっと気付いた。レースに出場する戦馬は、レッド以外天空騎士団所属である。先ほどまでのよそよそしい雰囲気が、消えていた。まるで家族を迎えるかのような暖かな空気であった。
「なるほどね……、それは気付かなかった」
天空門賞に出場する騎手はほとんどが女性で、フラベリア王国の騎士でありリレーヌの同僚であることに。思わずリレーヌと目があって恥ずかしそうにしてるから。肩を竦めて見せた。
『各馬、馬道を通りゲートに向かいます』
翼を持つ天馬は戦馬の中でもボリュームがあるので、ゲートはかなり大きく作られていて、レッドが入るとすかすかである。またスタートは、実はゲートから出てかなり先にあって、天馬は飛行するのに助走が必要なための処置である。
『各馬ゲートに収まり。スタート、ややばらついたスタート』
ポンと飛び出したレッド、アースガルド、アポロニーズが早々に飛翔を初めて先行する。
「レッド、竜フォース」
グッと体を沈めて気合いを露にしたレッドの身体から。炎のような真っ赤な魔力が立ち上ぼり、空を捉え。かけ上る。
レース序盤は、最初のポイントに行くまで、いかに風を捕まえるかである。
『先頭のレッド。逆巻く風を捕まえ。上昇して行く。ピッタリマークするアースガルド。昨年優勝馬アポロニーズほぼ同時に風を捕まえた』
「へえ~相変わらず上手いわねジーニアスてば♪」
じっと彼の手さばきを見つめ赤くなる相棒のリレーヌに。苦笑しつつも確かにスタート、風を捕まえるスピードが、歴戦の天空騎士並であると認めていた。でもそれくらいで勝てるほどレースは甘くない。
『中団に付けたアフロディーア、テトテト、フレミング、イーエッド、アンドロディナ、プラネタリア』
『やや離れて、カルラレンド、ルタレスタ、プライデルト』
各馬見事に風を捉えて、上昇気流に乗って、山間の山岳地帯入り口に向かう。
無数に並ぶ剣山のような鋭い岩山。それらが山岳地帯の入り口に騒然と入る者を拒む。地上を走ること叶わず。そう呼ばれる切り立った山々の峰に先頭のレッドが、足を踏み入れた。
『剣の峰に入ったレッド、山岳地帯をは乱高下の乱気流が流れており。風を読む腕が問われます』
いきなりガクンと下降始めたレッド、逆に二番手アースガルド、アポロニーズは上昇を始めた。どちらの風が良いとはこの時言えないが、ジーニアスはわざと下降を選んでいた。レースは入り口の峰を抜けて、右周りに剣山のような峰を抜けて行くが、『天馬』、アースガルドのような『麒麟』(きりん)とは違い。空を長時間駆け抜けると。あっという間に体力が失われる。それよりも足場のある岩場の近くの方が、レッドの能力が伝わりやすい。ほんの一瞬。岩場に足を付いては飛翔するレッドは、徐々にスピードをあげていく。
『竜馬』の能力は、種によりかわると言われていて、レッドは翼竜・炎馬種と呼ばれる血統。飛行能力もあるが、どちらかと言えば岩山ギリギリを飛ぶことを得意にする。旋回能力にすぐれていた。だからではないが、上空を飛ぶのではなく多少なり足場のある低空を選んだ。対して三番手アポロニーズは、天駆ける天馬の中でもスピードに特化した。黒点と呼ばれる真っ黒い馬体に、白銀の流星が鼻っ面を走る。珍しい可愛らしい風貌の天馬である。二番手アースガルドは世界に僅か二頭しか確認されてない。希少種『麒麟』とよばれる馬で。竜にみられる竜鱗が全身を覆い。鬣がない代わり。竜髭と呼ばれる触手のように自在に動かせるヒゲが伸びていて、空を駆けるとき雲を足元に生み出すと言われている。
『間もなく第1ポイント、『天空滝登り』が見えてまいります』
標高6200m、深い霧の漂う幻想的な霧の海。それを生み出すのが、世界に一つだけある山の山頂より。滝が流れ落ちる『天空の滝』。吹き下ろしの中を逆らい。平均標高800mはある。山岳地帯から一気に。5000m以上をかけ上がる。凄まじいスピードと持久力を必要とする前半の山場である。
『先頭のレッド。下方からスピードに乗って、『天空の滝』をかけ上る』
3馬身離れてアースガルド、アポロニーズが追走する。
「竜ホーム!、駆け巡れレッド」
ぐっと深く沈むや魔力が立ち上ぼり。まるで炎の矢のごとくビュンとスピードを上げていた。怖いのが水に混じる落石、流木である。騎手の多くは肉厚の盾を装備していた。
「相棒」
「はいよ友人」
赤錆色の六連式拳銃を渡していた。素早く魔力をチャージして、落下してきた巨石に向け。
『ジーニアス巨石を粉砕!、その勢いのまま『天空の滝』を瞬く間に登りきり。『竜の自由落下』(ドラゴンフリーホール)』
一気に登りきりと5000mを自由落下しながら。風に乗って、凄まじいスピードのまま滑空するのだが、第四ポイントまでに二ヶ所。ポイントがあって、いかな取りこぼさずポイントを通過するかが、騎手のコース取りが問われる。
『二番手アースガルド、アポロニーズが並んで、先頭のレッドをかわしにかかる』
加速して末脚を伸ばす二頭に対して、レッドは譲らずさらに突き放す。ここで先手を取らすのはレッドの勝機を無くすことに繋がる。いくら婚約者と言っても負ける気はない。
「やっぱりジーニアスね。私達に勝つつもりよアース!。私負けたくない」
愛馬にリレーヌが語りかけていた。愛する人だからこそ騎手として、ぶつかっていきたいと考えていた。ガキリ馬銜を噛んだアースガルドは、みるみるレッドを追い詰め。ほぼ一団で、第二ポイント。第三ポイントを通過していた。
「流石はリレーヌだ。そう簡単に勝たせてはくれないか」
不敵な笑みを浮かべながら、第四ポイント霧の海の中。モンスターエリアに入る。
山岳地帯のモンスターは、主に肉食の猛禽類型が多いのだが、厄介なのが群れで現れる妖鳥ハーピー、空の捕食者ヒポグリフ、石喰い鳥である。霧の海で、最たる危険なモンスターがいた……。
「クッ、魂喰い(マンイータ)」
アンデットに分類される闇のモンスターは、集団で襲い来る死霊の群れで。多少攻撃されても疲労する程度で済むのだが、聖に属する天馬に憎悪するため。執拗に追い掛けてくる。三頭の中で、堕天馬の異名があるアポロニーズにわらわら集まっていた。
「相棒!」
「甘いね~親友」
そう言いながらオーレンは、優しい笑みを浮かべつつ。赤錆色の六連式拳銃を抜いて、バスン、バスン。凄まじい反動を後方に流しながら。炎のブレス弾を連続で放つや。数百もの魂喰いを焼き付くしていた。やや熱風に煽られたが、アポロニーズを操るテムザ、ミミアは恐怖の顔を強張らせながら。真っ赤な馬体レッドの背にいる。日に焼けた精悍な顔立ちの青年オーレンの笑顔を見て、
「あっ……」
「……」
二人の胸に今まで聞いたこと無いようなキュウウウンってな音を。聞いた気がした。
『これはオーレン、アポロニーズに群がる魂喰いを蹴散らし救った。なんと言う紳士的行い。カッコいい……』
女性アナウンサーの呟きは、しっかり放送されていたが、女性の強い国フラベリアでは、守られることが稀で、騎士団に在籍する騎手達に。ありだと思わせた伝説の色男オーレンが、密かに人気となるが、本人がしるのはかなり先の話になる。
モンスターエリアを抜けたが、僅かにアースガルドが先頭。クビ差でレッド。3馬身離してアポロニーズである。四番手以下はほぼ一線。レースは中盤に差し掛かる。
『乱気流エリアに入った各馬は、チリジリに四方八方に離れて行く』
第五ポイントは乱気流エリアに入った時点で、自動的にチェックされるが、問題は第六、第七ポイント。流された場所によっては。遠回りになることもあるため。運が問われる。
「グッ相変わらず凄まじい風だ…」
フードの上からゴーグルをしていたが、息をするのも憚られる烈風にさらされ。上。下。時に戻されたかと思えば。強烈な吸い込みにより真上に引っ張られたりと。巨大な渦巻きに翻弄される木の葉のようである。どれくらいそうしていたかと思うたが、実際には数分である。
『真っ先に第六ポイントをクリアしたのはアポロニーズ、ついでアースガルド、半馬身遅れてレッド』
レースは第七ポイントを過ぎるとスピード勝負になる。いかに前にいて、良い風を捕まえられるかである。
『先頭はアポロニーズ、第七ポイントを通過。残るは折り返しの第八ポイント。そこからは直線を残すのみ』
四番手に上がったフレミング、アフロディーア、六番手以下ほぼ一段である。
折り返しに使われるハンマーのような形の岩山を右回りに旋回しながら、アポロニーズ、二馬身差でアースガルド、半馬身遅れてレッドの三頭による優勝争いになった。残るストレートだが、下方はやや気流が荒れていて、上空の方が安定している。アポロニーズは迷いなく上空8000mまで飛び上がる。ついでアースガルド、レッドも上空に上がったが二頭は4000mより上空に上がろうとしなかった。
半馬身後ろのジーニアスを認めて、リレーヌは不敵な笑みを浮かべていた。
「良いの?」
「ええ風が出るから。これより上は偏西風が発生して、西に引っ張られるの」
要するに上空は、寒気が流れて来てるので、上空に上がり過ぎると流される風に捕まり、抜け出せなくなるのだ。
「あらそうなの?、私には分からないけど……」
困ったようなフレイベの呟きに。クスクス笑っていた。多くの天空騎手は上空4000m以上を選び。流されてしまう。『おおっと、先頭はアースガルド、二番手クビ差レッド。それ以外の戦馬が流されていく二頭のマッチレースになったか!?』
なんとか抜け出したアポロニーズが三番手に残るが、流石に20馬身以上離されては、逆転は不可能である。
『先頭はアースガルド、レッドがジリジリ追い上げる。
しかし一着はアースガルド!、天空門賞7勝を上げた戦馬は史上初。ハナ差二着レッド』 ラムダリア皇女には出来なかった。ジーニアスに勝って、見事結婚式当日に華を添えた。
「ジーニアス!。貴方は私だけのものよ」
恥ずかしげもなく艶やかに言われてしまい。ジーニアスは肩を竦めていた。
残念ながら。2つのJPを取りこぼしたレッドだが、ジーニアスを取り巻く華やかな恋の物語に。様々な噂が飛び出した。なかでも注目は……、
年末の賞金王に。『帝王神馬』(ミカエル)、『皇帝』(シュナイダー)、『女王』(エスメラルダ)の参戦が表明されていた、瞬く間に話題は賞金王に飛んでいた。
━━大陸中央。ギレミア帝国。例年になく18万人もの旅人が集まっていた。理由は━━。豊かな胸を強調する隠す面積の少ないドレス姿で、貴賓席に座るは、世界有数の財をもつラムダリア王国、皇女リリム様である。賞金王に愛馬リリムダイナマイトを出走させるため来日という。一応の建前はあるが、政治の世界での建前的なにこやかな笑みはあるが。その目はいらいらと真っ赤な馬に向けられていた。まさか自分がフラレるとは。爪の先程も信じていなかった。子供のように不貞腐れていた。彼女と同じく目を引くのが、個人馬主ながら昨年賞金王優勝したアデルの馬主リーエン嬢である。彼女はまだ十代後半であるが、北方三国のギルドを裏で牛耳る大物である。何となくこの二人の女傑に近付いてはいけない気がして、大貴族バロンドール侯爵は苦笑していた。彼の愛馬グラスバンドール号が、賞金王に出走するため。久しぶりに表舞台に出てきたのだが……、なかなかどうして面白い話を聞いて。年甲斐もなく胸踊らせていた。様々な物語が渦巻く、賞金王は間もなく出走を迎える。
そして……沢山の感動と。命の削りあい。新たな物語をつぐむため……、騎手達は戦い。戦馬を駆る。
『ゲートに入り……、スタートしました』
終
一流騎手が、一堂に会する6つのグランプリレース。レッドでグランプリロード制覇を目指すジーニアスは、ライバル達としのぎを削り。様々な駆け引きをもってレースに挑む。また違う物語で背徳の魔王でした。