戦馬(ウオホース)グランプリロード
昨年グランプリ六冠を成した戦馬が現れた……。『帝王神馬』(ミカエル)である。騎手『皇帝』(シュナイダー)、相棒『女王』(エスメラルダ)の物語は、騎手を夢見る子供達。若手騎手に衝撃を与えた偉業であった。しかし彼等に負けず劣らず名を成した真っ赤な炎のような毛並みの戦馬がいた。若き天才騎手と供に。『帝王神馬』を唯一苦しめた馬の名を……。
プロローグ
━━長きにわたる戦乱の世、
━━人々は疲弊し。
━━財政は破綻していった━━。
死と隣り合わせの日々に……。世界中の王達は話し合いの場を設けた。
……その結果王達は、戦争に替わる新たな解決法を模索した。
━━幾重に。議論を重ね。連日会議が行われていたが、誰一人満足出来る答えが見出だせなかった。このままでは……、そう思っていたある日のこと。小国の老王がある催しを提案した。各国の王達は、当初馬鹿にしていたのだが……、ためしにレセプションを開催したところ。
━━瞬く間に。その魅力に取り付かれていった……、それが戦馬レースである。
『第一コーナーを周り。ブリタニア号が、先頭に立つ。二番手にロアード、サナリア、カナードが続く』
全16頭が、全長10000m。一周1800mあるトラックを。5周半して無事に生きて。先頭でゴール出来れば優勝が決まるサバイバルレース━━。
━━レースを走る戦馬は、戦場を駆けた。生きた戦車と呼ばれた巨大な馬である。平均体重1200キロもある巨馬は、無尽蔵の体力、頑丈が売りの戦場に必要な道具として、産み出された産物である。
各陣営が騎乗する二人の騎手。それぞれ攻防を受け持つ。各国最強の騎士、戦士、魔法使い達。戦場を駆け抜けた猛者達である。
ここはファラソ共和国。戦馬場で開催されている。メインレースがスタートしたようだ。
レースレベルカウント3、重賞と呼ばれる共和国記念である。
レベルカウントとは、戦馬のレベルを表していて、レベルカウント10未勝利、新馬戦。5になるとオープンレース。
現在行われてるレベルカウント3とは。国際レースを意味していた。
最も権威が高く。騎手になる者が、一度は勝ちたいと思うのが、世界最高峰のレース。レベルカウント1。別名JP騎手になることを夢見ていた。無論JP1レースは少くなく。年に僅か6レースのみである。
しかしながら。レベルカウント3クラスとなれば……、毎月何処かの国で開催されていた。
戦馬に掛けるは騎手の命、得るは名誉、金である。主催側として━━、
莫大な収益を生み出す。レベルカウント3以上の国際重賞レースを。開催出来ることが、ステータスとなっていた。それだけで旅人を呼べ、また金を落としてもらえる。そうすれば国は潤い、自国の馬を育てる費用が出せる。自国の馬が国際レース。JPを勝てるよう各国の王、有力の貴族、自由都市、個人馬主、一口馬主は、金、時間、アイデアを駆使して、戦馬の育成に。身を削ること惜しまなくつぎ込んでいた……。
━━それこそが新たな外交。力である。
━━それが新たに国を潤おわせる方針。
━━それこそが人々を熱狂させた。その一方で、レベルカウント3以上のレースを開催して旅人を集め、自国の騎手が重賞レースで優勝出来れば……、国は有名になりさらに豊かになる。
だが一方で……、負け続ければ、それだけ国は衰退してゆくのが世の定め。勝負の世界は甘くない。ただ一攫千金を誰もが夢を見て、そのため馬主は、戦馬の育成、有力騎手の獲得に力を入れていた。
『3コーナーを周り。最後方にいたラノスタインが、魔法を展開。これは砲撃魔法か!』
各馬散会して、攻撃体勢に入る。分厚いプレイトメールに。身を覆う巨大な盾を構えたのは、先頭で逃げる。ブリタニア号の騎士団長ゴーラである。手綱を握るのは、魔法戦士ルーダ、素早く補助魔法を唱えて、馬の耐久力、次いで魔法耐性を付与してから、ちらりゴーグル越しに背後を伺っていた。
「おっと」
手綱を操り、放たれた魔法をギリギリかわしていた。しかし余波を受け。『各馬大きく体勢を崩した!。ラノスタイン号一気に進出。中段まで押し上げた』
ラノスタイン市の魔導師ギルド所属リーンマイヤは、砲撃魔法を放ちながら。同じ魔導師ギルド所属ローナに合図した。ローナがついで唱えていた雷撃の魔法を。左右から迫る戦馬に向け放つ。
「こいつはやべえ……」慌ててカナード号の傭兵隊長バナードが、危険を察して、血気盛んな正騎士リングウエイに合図して、素早く後方に下がらせて。難を逃れた。
『おお~っと、サナリア号のシーザランが、砲撃を開始。突然の爆風を受け、ラノスタイン号の近くに被弾。大きく後退していく!』
「チャンス、一番人気を蹴散らすチャンスだ!」開催国ファランソ共和国の騎手アザトは、膝で身を支えながら。鞍に着けてある弓を手にとると。腰の矢筒から。矢を一本抜いて、素早く矢をつがえ弦を引き絞り。ラノスタインの手綱を持つ騎手額に狙いを定め放つ。
『おお~っとラノスタイン号の騎手ローナが落馬、これでラノスタインの戦力大幅減』
「よし!、なんとしても勝たねば、いつまでもレベルカウント4の騎手なんかで、満足出来るかよ!」アザトの言葉に、ピランが同意した。波乱のオープニング。先頭を走るブリタニア号が、一周目の四コーナを周り。早くも二周目に入った。
ついで離された位置に。ラヌラヒィン、デリク、グラスバロンドール号と続く。一気に戦馬の数が半数に減り。ここから駆け引きが物を言う、
『各馬二周目を過ぎ、先頭で逃げるブリタニア号に迫る』
一見。戦意喪失したかに思われた、一番人気。ラノスタン号だが、
「ちっ、ローナが殺られたのは誤算だ、だがよ……甘いんだよ!」
砲撃魔法を得意とするリーンマイヤにとって、前を走る7頭を潰せば優勝出来る。にやり不敵に笑い。魔力を練り始めた。要するに自滅覚悟で、魔法を乱射する作戦のようだ。
早くも3周目3コーナーを回る先頭のブリタニア号、騎手ルーダは、各馬の戦力を計算に入れて、どうやって逃げ切るか策謀を巡らせる。
━━それは、各馬の騎手も同じである。二番手に上がった、ラヌラヒィン号の騎手マグナルドは、ラヌラヒィン教の導師である。神聖魔法の使い手で、聖なる拳を唱えながら、神官戦士サマリナが、モーニングスターを構え。頭上で回し始めた。
3番手デリク号、騎手ブランデル少尉は、部下のカザヴェルに命じて、ラヌラヒィン号を狙う。同じくグラスバロンドール号の騎手騎士ランドに。ちらり目配せをすれば、静かに頷いていた。
この2チーム。実は裏で同盟を結んでいた。理由はマグナルドの暗殺が狙いのグラスバロンドール側にとって、カウント3クラスのレースなど……、優勝する価値はなかったからだ。
━━今から半月前になるか……。
美しいと評判のバロンドール伯爵の娘を。あろうことかマグナルド司祭が強姦した。ラヌラヒィン教の教義は、自分の欲望のままとある。いわゆる狂信的な宗教であるのだ。グラスバロンドール号に乗る。魔道師ブラノーゼは、自殺したバロンドール伯爵の娘アミリアと婚約していた仲であった……。目に憎悪を宿して。デリク側が仕掛けるのを待っていた。
━━周回は早くも、4周目に差し掛かり。先頭はいぜんブランデル号、
……だが、3番手デリク号が仕掛け、2番手ラヌラヒィン号の外側から、デリク号が覆い被せるようにジリジリ内埒に寄せてきた。
「チッ、此方を落とすきか!、愚かな神をも恐れぬ所業よ」
騎手を勤めるマグナルドは、デリク号側の狙いを素早く察して、詰められる前に。デリク号を行かせるように馬を。いったん下げ。デリク号を行かせてから、今度はデリク号の外にだしていた。
周りから見ればデリク号が、ラヌラヒィン号をかわして、二番手に上がったように見えた。
━━しかし実際は……、デリクの騎手サロネ少尉の策略通りの行動をしていたのだ。ラヌラヒンのマグナルドは、舌打ちしたい気持ちで、仕方なくデリク号を狙う作戦に切り替えていた。
━━だが……、それこそが罠であったこと。最後まで気付くことはなかったマグナルド。グラスバロンドールのブラノーゼにとって、待ちに待ったチャンスである。獲物が攻撃範囲以内にわざわざ。殺られに現れた格好になる。
『魔導王』ブラノーゼの必殺魔法『集約の光』(キャノン)を放ち。一瞬にしてラヌラヒィン号ごと騎手、神官戦士の二人を。穴だらけにして、一撃で絶命させていた。
約束を果たしてくれた、グラスバロンドールの騎手ブラノーゼは、デリク号の騎手ブランデル少尉に目配せを送る。小さく頷いたブランデルは、先頭のブリタニア号を追い掛けるためスピードを上げた。3番手のグラスバンドール号は、デリク号を援護するため。後方の敵を追い落とす作戦に切り替えた。
━━先頭集団から、ラヌラヒィン号が消えたのを見て、中段に着けていたサナリア号。ついでカナード、ファランソ号が上がっていた。最後方にいたラノスタイン号は、いつの間にか……。三騎の包囲網の前に倒されており、残り6頭だ━━。
先頭を走るブリタニア号は、早くも終盤5周目の3コーナーを周る。ここからレースは、激しいデッドヒートが繰り広げられる。
━━みるみる。中段にいた三騎が、先頭集団に追い付いてきた、先頭内のブリタニア号に並ぶデリク号は、外側から押し込むように。馬体をぶつけながら、無数のナイフをカザヴェル上等兵が投げつける。しかしブリタニア号騎士団長ゴーラの手にしてる。巨大な盾に弾かれた、
恐ろしく固い守りである。逃げの戦法を得意としてるブリタニア号側としては、こうも早い競り合いは予定外である。騎手ルーダは、小さく舌打ちしながら、ゴーラに筋力アップの補助魔法を付与してから、残り半周を耐え忍び勝つ作戦に切り替えた。そこはゴーラも理解していて、盾を持つ手に力が入る。
三番手グラスバロンドール号の魔導師ブラノーゼは、格下のファランソ号に狙いを定め。わざとサナリア号の間に砲撃魔法を放つ。つんざくような爆発音。二騎は左右に別れたが、それぞれの騎手はハッとした。考えれば一番人気ラノスタンを倒した今。三騎が仲良くする理由がないことにようやく気付いたのだ。
「ちっ、やってくれる。流石は『魔導王』だぜ」忌々しいが、三騎が手を一時的に結んだのは、あくまでもラノスタンの騎手が厄介だったからだ。「ちっあざといな~チキショー!」
カナード号の傭兵隊長バナードは、ラストまでいけると踏んでいただけに予定が狂って。舌打ちしていた。希に騎手にも称号が与えられることがある。
過去レベルカウント2を複数勝つか、JP優勝するか、それに準ずる技量を満たした騎手に希に与えられる。グラスバンドール騎乗のブラノーゼはカウント1を。三度も優勝した経歴を持った一流騎手である。『神馬』の血統を受け継ぐグラスバンドール号は、まだ若駒なれど。レベルカウント3程度で負ける馬ではない。新たな相棒のランドは、引退した剣聖と比べれば、遠く及ばないが、彼の弟子である。高いセンスを感じていた。三騎相手だろうと。そうは後れは取らない。格の違いを感じてか、一瞬カナード号が怖じ気ついた。
「ちっ、しっかりしやがれ!」
槍の石突きで、カナード号の尻を叩いた。カッと目を開いたカナード号は、耳を絞り怒りを露にして、一時的にスピードを上げた。
「おい!リングウエイ」
相棒に合図を送ると。直ぐに察して、鞍から二分されたランスを外して。組み立てる。
すると━━戦馬の巨体よりも長いランスを手に、左手には、反対の鞍から外した盾があった、突撃を開始した。
ドドド━━
地を唸らせる重低音。戦場スタンド前で、今まさに惨劇が繰り広げられようとしていた。二番人気のグラスバロンドールに迫る。カナード号。今まさに━━。
カッン、カッン、カッン、三度甲高い音がして、いきなりカナード号のランスが消え……、
『おおっと!、カナード号のリングウエイ騎手のランスが、剣聖の弟子ランドの手で三つに分断!、スタンドに突き刺さる』
アナウンサーの魂の実況に。どよめきが上がる上がる大歓声。怒号のやじが、戦馬をもビリビリ煽り。体制を崩したのが、先頭を走るブリタニア号。まともに怒号を受けて、戦馬が驚いたようだ。その隙をデリク号のブランデルは見逃さない。素早く投げ槍を投げた、体制を整えようと意識が削がれた一瞬の隙を突いた。手綱を握る騎手のルーダ、バランスを崩して、ゴーラの掲げた盾が、下がった隙間を縫って、「がっ……」
首に槍を受けたルーダは、瞬く間に落馬していた……。再びあがるどよめきブリタニア号のスピードが、みるみる下がる様子を見て。怒号と馬券が空に舞う。
そして……、10番人気のデリク号が、先頭にたった、そのまま押しきり優勝。二着グラスバロンドール号、
三着サナリア号、
四着カナード号、
五着騎手を失いながらブリタニア号が入った。大穴の配当だった。
見事レベルカウント3を勝った。デリク号の所属は、馬の名前の通りデリク軍である。それは新たな有力馬と騎手が、またあのデリク軍に誕生したことを意味していた。今日にも瞬く間に他の強豪勢に。情報が広がることだろう……。
それは各国開催の戦馬レースを戦う上で、情報収集、同レース参加騎手を調べ。戦略分析、レース選択がレベルカウント3以上を勝つ必須条件である。選べる戦馬の戦術、騎手の共闘、騎手や馬の能力によって、展開、結果が大きく変わる。それが戦馬レースの醍醐味である。
また戦馬レースには、馬の称号ランクにより。レベルカウント1~10に分けられていて、
戦馬の得た称号により。出走出来るレースが変わる。
称号『戦馬』(うおーホース)未勝利、新馬戦
レベルカウント10。称号『一角』(ユニコーン)1~5勝
レベルカウント9~8。
称号『海馬』(シーホース』10勝以上オープンクラス、カウントレベル7~5招待国際レース指定。
称号『天馬』(ペガサス)60勝以上、レベルカウント3~2勝ちある馬。出走優先権のあるトライアルに出走出来る。
称号『神馬』(ゴッドホース)レベルカウント1優勝馬。
騎手も称号が変わることがある。それ以外は職業、所属、馬の名前で、実況アナから呼ばれることがある。さらに戦馬レースには、特殊フィールドレースと呼ばれるレースが存在する。
レベルカウント2~1のレースは主に。特殊フィールドレースで開催されるが、中にはレベルカウント1の出走優先権が、副賞に与えられるレースがある。
━━特殊フィールドレースは大間かに分けて5つあり、砂漠、山岳、森、海、空である。例えば海はその名の通り、海上を舞台にレースが行われる。参加側はそれに合わせた戦馬を育て、エントリーする仕組みである。称号の通り伝説の『一角』『海馬』『天馬』など無論戦馬に含まれていて、稀少な『竜馬』『麒麟』の血統を愛馬に保有してる馬主もいた。
戦馬場スタンド前━━、声援を受けるデリク号。騎手ブランデル少尉、カザヴェル上等兵は、晴れやかな笑みを浮かべていた。
「少尉、団長に良い報告が出来ますな」「ああ~これも。悪名高きマグナルドに感謝だな~」
軽口も飛び出す。二人はデリク軍所属の仕官である。デリク軍とは、一軍ながら領地を与えられた。地方領主扱いの傭兵師団で、団長デリク・ロアドジーニアは、戦馬を扱わせれば無双の乗り手と知られ。自身も竜馬を駆り。レベルカウント2優勝経験のある。元騎手であった。二人の騎手の実力は、騎手仲間の間ではまだまだである。しかしカウント3優勝経験は、有力騎手の仲間入りを果たしたと言えた。これでパトロンでも決まれば、騎手としても華々しく活躍出来る可能性が出たのだ。
元戦馬騎手デリク・ロアドジーニア子爵が納める地方領地は、大陸南西の端にある。近隣には小国ながら戦馬レースの産みの親。ルタニア王国があった。
━━デリク領。僅かな土地には、小さな村が一つと荒れた高地。近くに海岸があった。
当時━━戦乱も終わり。報奨が出せぬ小国は、所領を報奨に与えることも珍しくなかった。
デリクが仕えていた。ナバロン国も例に漏れず。ナバロン王は、デリクを地方領主に任じ。報奨に当てたのは言うまでもない。
━━しかし。傭兵のように。戦場から戦場に渡る者にとって。痩せて荒れていようが、安住の地を得れるならば、金には拘らない。だからデリクは喜んで、地位と領地をもらい受けた。それが10年前のことである。
世界中の国々が、長き戦乱に喘ぎ、財政難を抱えた大不況な中、ロアドは戦馬レースに出場することにした。無論勝算があればこそである。瞬く間にロアドは、スター騎手となり。一代で財を築いた。それを元に村を町に。荒れ地を戦馬用の牧場に。海岸に桟橋と船着き場を作らせ。輸送船を購入した。
そして……自身は、馬主となって。騎手と戦馬の育成を生業にしたのである。要するに戦馬を用いた傭兵と言えば分かりやすいか、デリク・ロアドジーニアがレースに出たのは……、名を上げるためも含まれていた……、ロアドの地位は、小国の貴族としては、もっとも低い子爵である。そんなこと今となっては些細なものであった。
ロアドのお陰で、戦馬レースにすら遅れをとり。財政難に喘いでいたナバロン国は、彼に救われることになる。
━━間もなく……。ナバロン王に請われて。国政に携わる地位を与えられた。普通なら増長しそうな所だが、ロアドは頑で、恩義を忘れない。義理堅い人物で、ナバロン王の臣下であることを誇りに。一度として謙虚な態度をえなかった。
━━さらに毎年欠かさず。莫大な税を納めていた。普通欲深い者ならば、望めば子爵よりも上の地位を得られたが……、あまり高い地位に拘らない性格のようで。王はそんなところも気に入って。宰相を兼任する外交官に任じていた。
彼が元傭兵でありながら非凡な所は、古くからいた国政を牛耳る貴族をも。たらしこむ強かさを持っていたことだろう……。彼が外交官に就任して僅か二年。国の財政を潤わせた立役者として。ナバロン王の絶大な信頼を得ていた…。
デリク軍の名前が、戦馬で有名なのは、かの軍に所属していた将兵達が……、あまりに優秀で。特にデリク牧場で育てた戦馬を。レースに出場させて、各地の重賞で優勝させた手腕は、大国の有力馬主おも舌を巻かせた。それほどの実績がデリク軍。強いてはデリク・ロアドジーニアにはあった。
━━現在ブランデル少尉を含め。騎手は16人在席していて、ほとんどがレベルカウント10~7で、凌ぎを削っていた新人騎手ばかりであるが、四人ばかり有名な騎手が在籍している。だからレベルカウント3の優勝など、そうは威張れないのが心情である。その四人の騎手の中で。二人が兄貴と呼び。尊敬するのが、デリク・ジーニアスである。領主で馬主のデリク・ロアドジーニアの歳の離れた実弟で、ロアドの後継者であった。
━━デリク領、青々した山あい一面の草原、
牧場の敷地、広さは、見える範囲全てである。
アホみたいな広さの土地をデリク牧場は所有していた。
草原の真ん中。大の字になって昼寝を楽しむ青年は、日に焼け、赤くなった茶色い髪を風に遊ばれながら。気持ち良さそうに寝息をたててたが、帽子がずれて、パチリ目が覚めて、眩しそうに目を細めていた。
グッと伸びをして。やっぱりまだ眠いのか、ズレタ帽子を再び顔に乗せ。ゆっくり瞼を閉じる。
━━すると……、どこら現れたのか、ぬっとした大きな影が、青年の帽子に。歯を引っかけひょいっと。帽子を取り上げてしまう。
「おいおいレッド。せっかくの休み時間だ~。寝かせろよな……」
仕方なく体を起こして、文句を言うと。ぱちくりしたつぶらな瞳が、実に可愛らしく。太い首を傾げていた。青年の主張に異議を唱えてるようである。仕方ないなと苦笑し、真っ赤に燃える炎のような赤い毛並みの馬体、腹に竜門と呼ばれる。珍しい白の翼竜を模したような。紋様がある馬を見上げ嘆息していた。
青年の名はデリク・ジーニアス。間もなく18になるが、昨年若くしてカウント2を6勝して、昨年JP全レースに出場。
優勝こそないが……、若き天才騎手である。今年もグランプリに挑戦したいところだが……、愛馬レッドの体調が思わしくなく。今年は休養することになった。
そうするとあんまりやることがなく。今日のように朝の仕事が終われば、日がな1日寝て過ごしていた。そんなジーニアスにかまってもらいたくて、ちょっかいをかけてくるのが愛馬レッドである。レッドは戦馬と呼ばれる馬である。戦馬とは普通の馬とは、大きさも寿命も違う。普通の馬の寿命は、だいたい15年~25年と言われるが、戦馬は人間と同じく50年~70年と言われていた。それを換算すれば、レッドは4歳。まだまだ子供である。馬の成長は早く。二年で大人と変わらなくなるが、中身は年齢に比例していた。ぬっとジーニアスに馬っ面を押し付け、ジーニアスが顔に捕まったのを目で確認してから。軽くひょいって首を振り上げた。すると身体の軽いジーニアスは、レッドの背に投げられ足から着地。
「いきなりはやめろよな~」
とりあえず文句は言ったが、しっぽゆらゆら、気にした様子はない。
「はあ~馬の耳に念仏とは、良く言ったものだ」盛大な溜め息混じりに呟き、肩を落としていた。「相棒散歩か?」
そうだと言わんばかりに首を振り、嘶いた。
「じゃ~仕方ないか」
諦めた口調であるが、ジーニアスも暇をしていたので。のんびり二人で散歩するのはいいかと。お気楽に考えた。だが……ジーニアスは忘れていた。愛馬レッドは恐ろしく気ままな馬で、自分がこうだと思うと……ジーニアスを乗せて、満足するまで走るのが大好きな馬である。
最近まで昨年の疲れがありしばらくは、遠出も自粛してたのだが……、レッドが我慢出来なくなったようだ。こうなるとレッドの気が済むまで、何処までも散歩するのが、二人の決まりごとである。
━━ナバロン国から数日後……。幾つか国を跨ぎ、北方まで足を伸ばしていた。ジーニアスは眼前に広がる砂漠を前に、小さく嘆息する。
━━10年前まで、北方のこの辺りは……、
広大な砂漠を国土に。3つの国々が、覇権争いを繰り広げていた。
北方の勇エルバドル、
堅牢のリグラム、
策略のパルサレムである。三国の仲は、戦後も悪く。そのため戦馬による代理レースが絶えない……。
それは、お互いの主張を飲ませるための外交レースが、毎日のように行われている為である。使われるフィールドは無論砂漠。戦馬場とはまた違った耐久レースのメッカである。
━━特殊フィールドレースには、主に5つに分けられていて。レース内容はフィールドごと。レベルカウントにより内容が変わる。
━━エルバドル国、オアシスの町サザラ近隣に。僅かな牧草地をもった。小さな牧場があった。サザラ町有数の勢いあった牧場は今や……。閑散としていた。その牧場の中で。ただ1人残る少女の前、巨大な戦馬が、ぬっと大きな首を伸ばしては、枯れた少ない牧草をムシャムシャたべていた。
「アデル……。ゴメンね……」
小柄な少女が、黒髪をターバンで束ね。哀しげな声音で瞼を閉じた。半年前に少女が、受け継いだ牧場だった……、
━━年明け、あんなに元気だった父が病死……、すると状況は一変━━。10頭もいた戦馬は、馬主の意向より他の牧場に移されてしまった。さらに10人いた、専属騎手。牧童。厩務員。長年父と苦楽を供に働いていた牧場長まで辞めてしまい。リーエンは1人寂れ行く牧場に残されていた。
━━悔しくて、悲しくて……、怒りを噛み締めていたこれも全て……、ガタン大きな音が、牧草地から聞こえてきた。また来たのだあいつらが……、
「メロウ……」
厩舎から飛び出して、一目散に駆け抜けた先に。嫌らしい笑みを浮かべた。中年男が立っていた。幾人もの元牧場の人間を連れて……、中には顔を下げる者もいたが、メロウに唆され。牧場を乗っとるために毎日、嫌がらせしに来るのだ。
「お嬢さん、そろそろわたしに牧場を譲る決心は付きましたかな?」
リーエンの肢体をねばつく視線で、嘗めるように見ていた。
「ふざけないで!、牧場は父さんの物だわ。お前なんかに譲る気はないわ!」
鼻息荒く言いまくるが、メロウは我が意を得たとニタリ。一枚のサザラ市発行の牧場引き渡し書をリーエンに見せた。
「なっ、なんですって?、5日以内に10万バレルを払えというの……」
「これは正式な差し押さえ書です。払えなければ直ちに牧場から退去くださいお嬢さん。貴女が跡を継いでから。一度も戦馬レースに出てもいない。それではサザラ市との契約違反になりますよ?。お嬢さんも知っての通り。牧場の経営者は、半年ごと納税の義務があるのはご存知ですな?」
「なっ、幾らなんでも10万バレルは高すぎるわ!」
「それはそうでしょうな。半年前から支払いされてない上に。半年後の納税がされなければ、お嬢さん貴女に、牧場の経営者たる資格は与えられませんから」
無情とも言える言葉だ、だが正論ゆえ言葉を無くす。羞恥に真っ赤になり……、ただ唇を噛んでうつむいていた。
━━サザラ市郊外、何件も戦馬宿が並んでいる。その日の夕刻━━、
炎のように赤い毛並みの立派な戦馬に乗る旅人が訪れた。砂漠を旅してるにしては、やけに軽装なのが気になったが、金払いもよく。戦馬も珍しい毛並みで、大切にされてるのが分かる。変わり者の客だと結論ずけた。
「なあ~この辺りで、一番有名な牧場って何処だ?」やはり自分の腕を売り込みに来た。流れの騎手なのか、
「それならリーエンの牧場なんだがね。売り込みにいくなら辞めときな」と、一応忠告してやる。
「ん?。そいつはどうしてだい」
逆に期待させ。興味を与えたようだ。サザラでは誰でも知ってることだ。だから一応教えてやる。
「先代の親父さんが、病で死んでから。歯欠けのように従業員がこぞって辞めてな……。いつ市に土地を奪われるか、時間の問題だろうさ」
宿の店主も厳しいことを言う、だが牧場の多くは国、市から多額の納税を支払う代わりに。広大で肥沃な土地を借りる立場である。そうして借りた土地で牧場を経営者する以上は、納税の義務が生じる。牧場としては高額な税を払うため。戦馬の育成を請け負い。馬主から毎月決まったお金をもらっているのだが。件のリーエン牧場は、馬主がある町の有力者に唆されて。一斉に持ち馬を移籍したため。最低限の収入のあてがっなくなり。牧場の存続が危ぶまれている。どこにでもある話だが、少しだけ捕捉がされた内容が。ジーニアスの気持ちをくすぐっていた。それは……。
『何でも竜馬を付けたって、噂があったんだがな……、残された馬はどう見ても噂の竜馬には見えない、駄馬だぞ』
色々話を聞かせてくれた店主に。やや割り増し料金を握らせて、ジーニアスは笑みを深めていた。
━━翌朝。戦馬を休養させる名目で、リーエン牧場を訪れると。固い表情の少女リーエンが応対に出て来た。
「申し訳ないのですが……、4日位しか」
「それで構わないよ~。俺はナバロン国で、騎手をしてるジーニアスてんだが、こいつが気ままな旅を好むんでね」
真っ赤な毛並みの美しい戦馬の首筋を叩く。すると心外だと言わんタイミングで、ブルル嘶いた。レッドの嘶きを聞いてか、人の気配を感じてかは解らぬが、厩舎からぬっと。大きな首を伸ばした戦馬がいた、栗色のクリクリした目をパチクリ。
「あっ、アデル?。あのアデルが顔だすなんて、珍しいわね」
驚いた声を出していた。すると戦馬が気になったのか、
「おっおいレッド?、お前どうしたんだ」我が道を行くレッドは、すたこら勝手に厩舎に向かい。アデルと呼ばれた戦馬と。鼻面を合わせていた。その瞬間ジーニアスはレッドの考えを理解して、相棒の隣に立つと。
「へえ~。やっぱりそうなのかレッド?」
そうだと首を振っていた。まるで騎手の言ってること理解してるかのような反応だ。リーエンは訝しげな顔をしていた。
「よお~前が、アデルって言う噂の馬か?、俺はジーニアス騎手をしてる。どうだお前、お前の主人助けるのにレース出ないか?」
なんてこといきなり言い出したから。
「ちょっ。いきなり来て、何勝手なこと言ってるんですか!、それにアデルは……」唇を噛み締めていた。思い出すのは、父が散々アデルは凄い馬だと言うから。リーエンは少しだけ期待したのだ。でも……詐欺師をみるような眼差しで、竜眉を逆立て、声を荒立てる。
「へえ~、お前さんの主人は、ああ言ってるが、お前さんはどうしたい?」
ただ真っ直ぐアデルを見つめていた。まるで本当にアデルと会話出来ると疑っていないように。それではまるで父みたいではないか……。大丈夫かな~この人?、ぶつぶつ呟きながらアデルの側に行けば、ちらりアデルはリーエンを伺っていた。━━アデルは、しばし瞬巡した。だが大好きなリーエンを守るには、竜馬と意識を通わす騎手が必要である。同じ竜馬のレッドを真っ直ぐ見つめて。お前の主が、信頼出来るか問うように見ていた。ブルルまるで大丈夫だとレッドは頷いて見せた。躊躇は一瞬。アデルは自分の意思で、厩舎から出ていき、そして……ジーニアスの前に出るや。背を託した。
「アデルが……、背を託すなんて」
驚いた声音を出していた。彼女も薄々アデルが普通の戦馬ではないとは思っていた。今まで何人もの騎手を会わせたが、一度としてアデルは厩舎から出もせず。騎手に見向きもしなかった……。だけど父はアデルを可愛がり。リーエンに言っていた。
『お父さん、どうしてアデルは、騎手を乗せないのかな~』
小さな疑問に、父はリーエンと目線をあわせて、
『リーエン、アデルはね騎手を選ぶ。今は自分を乗りこなせる騎手がいないと考えてる。それだけんなんだよ』
父はそう言っていた。この時ようやく父の言ってた言葉を理解した。彼がアデルが認めた騎手なんだと。
ジーニアスはゆっくりアデルの背に乗った瞬間。。凄まじい気合い乗りをアデルから感じていた。リーエンはその時の出来事を忘れない。一頭の馬と騎手に……。息をするのも見惚れていた━━。━━アデルの波立つような美しい青い毛並みが、強い砂漠の日差しを受けて、湖畔の波ものように見えたのだ。立ち姿は威風堂々とした王者の如しである。
━━戦馬には『竜馬』と呼ばれる稀少種がいた。戦馬の中の戦馬、王者と呼ばれる馬は、総じて生涯一度だけ。1人の騎手を選び背を託す。それが能力がある竜馬が、滅多に世に現れない理由であった……。
『竜馬』とは存在自体が特別である。普通の戦馬にはない。得意な特殊フィールドに応じた特殊能力を持った存在である。特化形と呼ばれる特別な戦馬と親いが、遥かに存在能力があり騎手の能力で、特殊能力を引き出すことが出来ると言われていた。あまり知られていないがそうした竜馬には、総じて見える特徴があった。アデルの左のお尻には、地竜を模した黒い模様があるのを見て。ジーニアスは笑みを深めていた。
「なあ~リーエンさんよ。今すぐエントリーしろや」
「なっ何ですって?、まだ訓練すらしてないアデルをレースに……」
今度こそ言葉を失う、いくら騎手が見つかっても。アデルは騎手を乗せたのも初めてなら、レースにでるのも、訓練すらしていないのに……。
「心配ないぜ、こいつは普通の馬じゃない。それにたかがレベルカウント10の『戦馬』レースなら圧勝出来る力あるからな」
傲慢とも取られかねない物言いだ。アデルはその通りと言わんばかりに胸を張っていた。ただただリーエンはあんぐりと惚け。騎手とアデルを見ていた。フンと鼻を鳴らした。どうせお世辞だわと。断ち切ろうとして、ジーニアスの真剣な眼差しに。言葉に詰まっていた。
「でも……」
ありがたい話だ。もしかしたら……。アデルが窮地を救ってくれたら。なんて夢のような願い。淡い期待を抱いたのも一瞬のこと。胸中にあったのは昨日の最後通知である。5日以内にお金を作るには……、もうレースを使うしかないことは理解できていた。でも……散々裏切られてきたリーエンは迷う、見るからに怪しいジーニアスに、警戒心を抱きつつ。背に腹は代えられないのも事実。砂漠の渓谷から岩だなにダイブする心境で、
「お願いするわ!。その代わり優勝以外、契約金は1バレルも出さないからそのつもりでね!」
元来気が強いのか、こんな時までしっかりしていた。
「へっ、上等だぜなあ~相棒」
ジーニアスがアデルの首筋を叩けば、そうだと嘶いた。
━━北方三国のギルドが運営するレースは、主に砂漠に点在する。マークと呼ばれる。ギルドの実況気球を目標に。案内人の砂漠を読む目を頼りに。広大な砂漠を駆け抜ける。耐久レースが一般的なレースである。無論砂漠には天然の落とし穴流砂群、砂漠固有の肉食モンスター、猛毒を持ったモンスター、競争相手がいるため。通常のバトルレースとは違い。騎手同士が競うことは意外と少ない。そのため砂漠を熟知した案内人と呼ばれる職業の者を雇うことが必要である。
しかし称号『戦馬』レースでは、そこまで広範囲の地域は使われない、オアシスの町をつなぐ。街道脇からスタート地点があって、ゴールの渓谷目指して、8頭~16頭が横並びに、一着を目指すストレートレース。エントリーはバラック小屋のような。各国の戦馬ギルドで行われる。
「はい確かに。リーエン牧場のアデル号。騎手はジーニアスね」
毎日30レースが行われるため。称号『戦馬』の受付はかなりずさんであった。無論賞金額も微々たる物で。一着賞金500バレルである。酒場なら。酒1杯とつまみ一皿でそれくらいする。
「んじゃ~行ってくるから。一着に賭けとけよ~」
にこやかに飄々と言うジーニアスを。きつい目でにらみあげて。
「ジーニアス勝ちなさい!。私のお金全額賭けたんだから」
「ニアで構わん。まあ~任せとけ」
ヒラヒラ手を振りながら、スタート地点に向かう後ろ姿を、フンと鼻を鳴らして、そっぽ向いていた。本当は無理しないでと言いたいが、素直でないリーエンはつい憎まれ口を言ってしまう。そんな女の子であった。
『第101750回『戦馬』レースを行います実況は、ムロカミが勤めます。各馬順調にゲート入り。一斉にスタート』
古びた柱に、錆びたスピーカーが取り付けられており。1800ある直線レースの実況がなされていた。砂塵が舞うストレートレースでは、先頭を走る馬がそのまま一着に来ることが多く。アナウンサーの言葉に耳を傾けるリーエン。
『先頭はミロード、半馬身差以内に。15頭が並ぶてんかい』
残念なことにやはりアデルは……、少しでも期待した自分が情けなく、失望を抱いた瞬間だった。『残り600m、先頭のミロードをかわして、一気にアデルが先頭に躍り出た。これは強い!、みるみる後続を離した』
ぐっと身を乗り出したリーエンの耳に。
『一着アデル。10馬身差の圧勝!』
どよめきがあがっていた。いくら称号『戦馬』のレースでも10馬身差で圧勝するのは稀である。アデルの一着オッズは1、9倍。2000バレルが、手数料が引かれ3700に増えた。
━━その日の内。午後までアデルは最大の5レースに出走。なんと5連勝を飾り。アデルの称号が『一角』にあがっる快挙を上げていた、10年の歴史ある戦馬レースに置いても。類を見ない出来事であった。
そしてリーエンは、アデルの勝ちに賭け続け。元手が僅か1日で、10倍近い19000バレルに増えた。
「これなら明日の『一角』レースで勝てれば……」
淡い期待は、少しずつ淡い希望に変わっていった。
「何ですって!。明日はレースに出ないって……」
眼を剥いたリーエンに、肩を竦めながら。
「お前さんも知ってるだろ?、『一角』(ユニコーン)クラスからは、内地の広大な砂漠地帯を使うことをさ~。すると案内人は必要だぜ?」
あっ……、浮かれていてすっかり忘れていた。悔しそうに唇を噛んで俯いていた。うかつだった……、本当なら自分が手配しなければならなかったのに。
「それから儲かった金で、アデルにもっといい餌を与えな。ともが流石に疲れてる。なるべくなら氷で冷やしてやりたいが、この地域では高い。だから今日は身体を冷やしてやりたくてな」
労るようにアデルの首筋を叩きながら。馬のこと話すニアの横顔を。ハッとした思いで見ていた。
『優しい眼をしているわ……』
とりとめないこと考えながら。戦馬と関わる上でとても大切なこと教えられた気がした。
「ごめんなさい私……」
「気にするなリーエン。確かに今は金が必要だからな、だが万全を期しなくては、手段さえ失う。それだけは覚えとけ」
「……うん」
素直に頷くと。ジーニアスはにこやかに笑っていた。
━━オアシスの町サザラの北西に。豪奢な屋敷があった。
「メロウ聞いたか?」いきなり部屋に入って来た男は、足を苛立たし気に踏み鳴らしながらカードに興じる。男たちを不満そうな顔をして睨む。
「……これは市長、どうしたんですかい」
明日は、市長の戦馬が『一角』レースに出ることになっていて。メロウ達。元リーエン牧場の厩務員達は、泊まり込みで、馬の世話をしていたのだ。
「あのリーエンの駄馬をレースに出して、今日5連勝させたそうだ!」
メロウはガタリ……、カードを落として、流石に驚きを隠せない。
「何ですって!?、市長本当ですかい」
ギリギリ、静かな怒りを相貌に浮かべたメロウは、詳しい話を聞くべく。先を促していた。エルバドル国のオアシスの町サザラは、町としてはさほど大きくないが、国内で三本の指に入る。戦馬レースのメッカである。他の普通の町と違い。住民の60%が、戦馬に関わる職についていた。また『戦馬』クラスのレースでは、誰でも騎手登録出来るため。子供がレースに乗ることも日常茶飯事である。
しかし……。称号が一つ上がったら状況は一変する。『一角』からが本当の戦馬レースと言えた。
カウント9『一角』レース。一着賞金2万バレル、
カウント8『一角』レース、一着賞金5万バレルといきなり高額になることからも分かる。レース内容が過酷となり。クラスが上がればそれだけで、命を失うリスクが増す。さらに他のレースと違う所が、砂漠のレースにはあった。
騎手とは別に、砂漠を熟知した案内人が必要となるのだ。それが砂漠地帯の戦馬レースである。
他国から来た騎手や、案内人を抱えていない牧場の為。ギルドでは専属の案内人を斡旋していた。その多くは、元砂漠を旅していた商人達である。
「何ですって!?、案内人がいない」
「はい、明日と言うことですが……、その日は誰も空いてませんな」
「そっそんな……」
リーエンは愕然と立ち尽くす。
「どうしよう……」
まさかレースに必須の案内人が、いないなんて……、
━━広大な砂漠……、東の原野。リグラム国━━。
国王のゴート・リグラムは、自身もカウント2を勝ち。カウント1で生き抜いた、超一流騎手である。
━━リグラムは他の北方三国に比べ。国土の10%以上が、巨大な岩山ばかりの荒れた土地と、60%の砂漠、僅かな水源と牧草地を所有していた。初代リグラム王は、巨大な岩山をくり貫いて、城を作らせた。それが堅牢の由来である。戦乱の世では、攻めるに難しき堅牢のリグラムと異名を持ち。外敵から一度として、国内に敵軍に落とされたことなしと。民は誇りにしていた。
戦後……さらに数十年をかけて、城の広大な地下洞窟に。戦馬用の育成牧場を作らせていた。
「若様、若様!、待ってください」ドドド猛然と若駒を駆りながら、パラム・リグラムは、来週ついに自国で行われる。初の重賞レースカウント3開催に。愛馬と供に追いきりを行っていた。
そもそも北方三国の中で、単独開催はレベルカウント4のオープンクラスまでしかなく。二国に先んじて開催出来るとなれば、誰もが喜んでいた。ましてや一流騎手を目指すパラムにとって、優勝することだけを考えていた。
「ついに自国で行われるのだ!。勝たねばならぬ」
若き騎手は、血気盛んに野望を抱き、浅黒い顔を高揚させていた。
━━エルバトル、オアシスの町サザラ、リーエン牧場。
早朝━━。日が登り間もなく小柄な人影が、砂漠で暮らす者が、顔の下をターバンで隠した。旅装姿の少女が、遠巻きに牧場の様子を伺っていた。
「おかしいな……、誰も居ないのかな?」
少し考えたが、本場の牧場に来るのも初めてなパロマは、こそこそしながら、牧草地から、厩舎を伺うと。中に二頭の戦馬がいた、
━━片や燃えるような赤い毛並みの美しい戦馬と。青い湖畔のさざ波のように澄んだ毛並みの馬が並んで、パロマを興味深く見ていた。
「あっ……、綺麗……」
目深に被ってたフードの下から。女の子の声がした。レッドは興味を抱き、少女にぬっと首を伸ばして、パクりフードを引っ張った。
「あっ、あう~やっやめてなの~」じたばたもがく少女を。ぶら下げてアデルに見せた。茶色の優しい眼をまん丸にして、食い入るようにパロマはアデルの目を見つめていた。
「おや?、なんか変なのが混じってるな、アデルお前さんの友達か?」
二頭の後ろから、人の声が聞こえたから驚いた。
「あっ、あれもしかして、昨日『戦馬』5連勝した騎手のジーニアスさんですかって、揺らさないで~」
レッドが面白がりゆらゆらさせていた。
だんだん激しくなるから、目を回し始めて……。「おいおいレッド、不審者からかうのは、それくらいにしてやれよ」
ジーニアスの注意を聞いた訳では無いだろうが、飽きたか、牧草の上に。ぽいって置いた。ボロが落ちてないところにしたのは、レッドなりに女の子だからと気を使ったのかもしれないな…。とか思いつつ。目を回してる少女を見下ろして、
「はてさて……、この子は何の目的で……、牧場に来たのやら」
とりあえずこのままにしとく訳にもいかず。仕方なく抱き上げて宿舎に使ってる。リーエンの家に向かった。
勝手知ったる他人の家とばかりに。気絶したままの少女を。居間まで運び。綺麗に使ってるソファーまで来てから、腕の中の薄汚れた旅装姿の少女と見比べ、舌打ちしていた。他人の家とはいえ、このまま寝かせるには、流石に汚いからな~と考えてから。不審者の身体を覆い隠す。砂漠地帯で着用する厚手フードを脱がしていると。「ただい……、何してるのニア?」
ちょうど帰宅したリーエンが、目に嫌を宿し、気絶してるいたいけな少女を汚そうとしてる。端からみればそう見えた。
「……一応言っとくが、こいつ勝手に厩舎に入り込んで、レッドにいたずらされてな、ご覧の通りさ、まさかと思うが、こんな貧相なのに。手を出すとか思ってないよな?」
ズバリリーエンの思ってたこと。言い当てた。
「あっ、いやその……」思ってたらしい。やれやれ……、俺ってそう見られてたのか、少なからずショックを受け。紛らわすように小さく嘆息した。
「ちょうどいい、お前さんが面倒みろよ。明日の準備してくるからよ」ジーニアスがそう言いながら、出てこうとした瞬間。リーエンが腕を掴んだ。訝しげに見ると。唇を噛んで、下を向いていた。妙に済まなそうな顔が印象的だ。ジーニアスが動こうとしたが、手を離す様子はない。流石に何かあったと考えていると……。ようやく意を決めたか、辛そうに。
━━ポツポツと理由を話した。結局話が終わった頃には、昼を少し回っていた。
流石に予想外な理由である。ジーニアスにはどうしょうもなかった。
「参ったな……、そう来たか」
牧場に来るまえに。色々と情報を集めていたジーニアスだったが……、中にはサザラ市長が、自分の牧場を欲しがってる話なども耳に挟んでいた。
多分だが……、あちらは小娘1人なら。どうとでもなると思ってたのだろうな…。そうしたら鋭い牙を隠しもっていて噛みつかれた。
だから裏から手を回した可能性を考えた。こればかりはジーニアスでもどうしようもない。
「せっかく力になってくれたのに……」
ポツポツ涙を流し。悔しがる姿を目にしたら、掛ける言葉すら思い付かなかった。
「あっあの~、よろしいですか?」
気絶してるかと思ってた少女は、パチリ目を開けて、そう声を掛けてきた。
「もしよかったら。私と案内人の専属契約してくれませんか?」
幼い浅黒い顔には、日に焼け薄汚れていたが、可愛らしい顔立ちをしていた。目に真剣な光が相貌に宿るのが、印象的である。二人は驚きながら、目の前の少女パロマを交え。改めて話を聞くことにした。
「え~こほん。ジーニアスさん、先ほどは失礼しました。それから……フードを脱がそうとしたこと。私は気にしてませんから…」
そう言いながら、頬を赤くしていた。随分前から気づいていて、様子を伺っていたのだろうか?。そうだとしたらなかなか食わせものである。
色々悩んだ末。リーエンは、彼女パロマを雇うことにした。
「た・だ・し~明日のレースで勝たなければ、専属契約なんて絶対にしないわ!」
それは噂話を聞いていたので、十分理解していた。
「承知してます。砂漠のことならどんと!。私に任せちゃってくださ~いですの♪」薄い胸を叩くパロマに、二人は大丈夫かなと苦笑していた。
何とか夕方までに、明日のカウント8にエントリーを済ませて。滞りなく準備を終えた三人は、翌日に向けて作戦を練ることにした。
━━レベルカウント9、8レースは、砂漠の危険地帯を駆け抜けるレースである。
しかも距離19キロもある長距離を駆け抜ける。耐久レースで、スタートから間もなく3つのコース選択。それから起伏が激しい砂山地帯に入る。
「パロマ、このコースだとどの辺りがモンスターの生息地だ?」
「はい、えーと先に質問に答えますが、モンスターの生息地は、砂山地帯の先にあります。でもジーニアスさん。問題はスタートしてから。ゴールの古代遺跡に渡る道が、全部で3つあることです」
手書きの地図を広げ、手近なパンを切って3方に印を付ける。それでジーニアスも気が付いた。一番の近道が存在する。直線コースだ。それを告げると━━。
「確かに直線なら近道ですが……、危険な流砂郡を通ることになりますので、オープンクラス以外はまず使いません」
バッサリ切られた。残る道は二つ。それが『一角』レベルで一般的なコースどり。
「一番安全で、走りやすいコースが、街道沿いを使って、1~2キロ近く余分に走るコースどりですが」
それでは勝つ可能性が低まるという。着の賞金を拾う馬主は、こちらを走らせる。
「勝つためには、三番目のコースを走るしかありませんが、ただし~モンスターの生息する。危険地帯を駆け抜ける覚悟が必要です」
「なるほどな~、俺としては、近道で行きたいが……」
「冗談ではないわ!」
「冗談ではないです~」
そんなコースを駆け抜ければ、死ににいくような物だ。二人の意見は一致していた。ジーニアスを無視して、作戦を立てていく二人に、憮然と頬を膨らませていた。
「俺達なら走り抜けれるのに……」
キッと二人に睨まれ、首を竦めていた。
━━翌朝、早朝から『一角』レースは行われる。それには理由があった。砂漠地帯のモンスターが、涼しい時間帯を好み。活動する時間帯である為で。レースは危険な時間帯に行われるのだ。「おやおやこれはお嬢さんではないですか~」
ねっとりした視線を感じ。身を引くリーエン。
「メロウ……、何でお前が」
親の敵を見るような、嫌悪感を隠しもせず。恰幅のいい中年男を睨み付けた。するとメロウはにやり嫌らしい笑みを張り付け。わざとらしく驚いたように肩を竦めながら。「無論今日レースをするためですよ。何せ市長の馬を世話してるのでね~。もしやお嬢さんもこのレースに出場でしたか?」
驚いたような顔で、白々しい台詞を吐いた。確かに無くはない…。それだけにリーエンがそれ以上問うことはなく。忌々しい気持ちをぶつけるように。
「失礼します!」
自分の馬がいる。パドックに向かって足早に立ち去る。
リーエンを見送るメロウに。頬に火傷の痕が残る。いかにも荒事に慣れてる雰囲気の男が近寄ると、
「レースに勝つついでに。お嬢さんの騎手と馬を始末してください」
「よろしいんですか?」
「ええこのレースに勝てば、市長の馬も『海馬』クラスに上がります。上を目指すなら牧場長の肩書きと、牧場専属騎手の肩書きは当然必要だろ?」
嫌らしく笑うメロウに。騎手のロウザは確かにとほくそ笑む。
『第10352回『一角』レースが間もなく出走となります。各馬ゲートに向かいます』
リーエンが見守るなか、11頭の戦馬達が、地平線に掛かる朝日の輪光を背に。次々とゲートに収まっていく。大外に入ったアデルは、6番人気、3ゲートに入ったのが一番人気リリアン。市長の持ち馬で、リーエン牧場の稼ぎ頭だった馬である。
直前オッズ。
リリアン1、9倍。
対するアデルは7、5倍と伏兵扱い。迷ったリーエンだが、二人とアデルを信じて、『一角』エントリー料3000バレルを払った残金。10000バレルをアデルの優勝に賭けた。これでアデルが勝てなければ、リーエンは全てを失うことになる。
『各馬ゲートに収まり、スタートしました。ややばらついたスタート━━』
ゴールは、三国中央にある。古代遺跡。距離にして直線19キロ。それだけの距離を走るのだ砂漠の中を……。最初のコースどりが勝負の分かれ道である
『安全な入着狙いの3コースを目指す5頭を除いて。優勝争いをするのは、2コースを選択した6頭に絞られたか!』
先頭はリリアン、ついでテンガ、シークエンド、エブリワン、アデル、チャラリギフト、コースを決めたら。もはや変更は不可能となるオープニング。
『各馬起伏が激しくなる。広大な砂漠地帯に間もなく入ります』
砂山が……、眼前のコースとして広がるからだ。高低差数百メートル。
先頭を走るリリアンが3つ、4つと砂山を越えた辺りで、ややスピードを落としていた。すると先手を取ろうとした。テンガ号が、先頭に躍り出た瞬間━━。
バスバス無数に砂煙が上がり……。砂塵の中から小さな無数の昆虫が、戦馬、騎手に向かって飛び出した。
「ニアさん。スカペラです!」
瞬く間に。生きたまま喰われて骨になってゆくテンガ号。
その隙をついて、リリアン号が無事に通り抜ける。
このままのタイミングでは、アデルが通り抜ける間に此方に攻撃が向かう。
そこで、アデルの後ろに付けたチャラリギフト。
━━ジーニアスにとって……、
それくらいのアクシデントは、想定内である。素早くパロマに合図していた。
砂漠の掃除屋スカペラの生態を知る物は少ない……。
例えば一度砂から出てしまえば、その食欲は、自分たちが死ぬまで止まらないくらいは、砂漠を旅する者なら誰でも知っているが……、「巣を蹴散らせアデル!」
わざと骨になりつつあるテンガ号に体当たりして、後ろに投げ捨てた。
『おお~っとアデル号。スカペラの巣ごと蹴散らし。構わず走り抜けた』
スカペラという昆虫は、巣にいる一匹の女王のため。雄達が巣を作るのだが……、蜂とは違い。すぐに反撃をしない。それは……新たな巣を先に作ることを優先する為である。その材料は自分たちのフンを唾液で固めたものを使う。すなわち先に巣を直そうとする習性がまさり。補食行動が収まるのだ。
アデルの後ろから同じようにしようとした。チャラリギフトだが、騎手は大きな過ちを犯していた。確かにスカペラは巣を壊されたら直そうとする習性がある。しかし巣を襲う、危険性のある敵が迫れば、一丸となり敵を殲滅する。
ようするに……攻撃性が増してしまうのだ。この場合━━多少ロスはあるが、遠回りすれば助かる。
『おお~っと!。テンガ号につづきチャラリギフト号も喰われていく!。その間に。無事スカペラの巣を抜けて4頭が抜けた』
空に浮いてる気球のマークから。町に実況が伝えられる。
四番手、無事なアデルをチラリ伺い見て、驚いた顔をした。
「あちらの案内人……、若いが、スカペラの生態をよく知ってたな」
ここからレースは、戦馬の持久力と。案内人のコース取りが、後半のモンスターエリアを走り抜ける。体力を温存出来るか、勝負の鍵になる。「次は、右の砂山に」「ほいきた」
巧みにアデルを操り。パロマのおもい描く理想のコース取りを。いとも簡単にしてしまうジーニアス。かなり驚きながら。パロマはこの若く。ちょっと気が回らない騎手の腕を、見直していた。
レースも中盤に差し掛かると13キロにも及ぶ。砂山地帯を走る各馬に異変が起こる。案内人の力量が低いと。余計な体力を失った馬が脱落し始めた。
『おお~っとシークエンドが遅れだした。アデルが三番手に上がる!。先頭は依然リリアン、騎手は先日500勝を飾ったロウザ・カベル。リリアン号がこのレースを勝てば、昨日に続き2連勝。さらに称号『一角』から『海馬』に上がります』
ちらりロウザは、二馬身離してるエブリワン、その後方をピッタリマークしてる。アデルを伺い。地形から今どの辺りか大まかに把握していた。空に浮かぶマークの色が変わったのを見逃さない。
「残り3キロで、砂山地帯を抜ける。そろそろ誰かが仕掛ける可能性があるな……」
「ロウザさんこの先、右に修正を。左に進むと、砂山を抜けた先に流砂がありますので……」
案内人の言葉通りなら、うまくタイミングが揃えば、二頭を弾き飛ばして流砂に落とせる。ニタリ嫌らしい笑みを張り付けた。
時間がたつにつれ……。太陽が顔を出した。刺すような強い日差しが、戦馬と騎手を苦しめる時間帯。すると段々と辺りの景色が変わり始めた。まだ遠くだが砂山地帯最大の難所が、見えてきたのだ。「ニア!、あれを越えるとモンスターエリアです。それから進路を真ん中にしてください。左は新しい流砂がありますが、右側は昨夜雨が降ったので、モンスターが集まってる可能性があります」
小柄なパロマが、風に負けない大声で、情報を伝えてくれた。顔はフードで隠し。ゴーグルしてるので表情は分からないが、目は生き生きしていた。
「はいよ~任せときな」
恐らく仕掛けてくるなら。パロマの言う流砂のある難所を抜けた瞬間。
「その時だろうな、俺なら間違いなくそうする」
まっすぐ進路を取るアデルと違い。先頭のリリアン、二馬身後ろのエブリワンは、右に進路を取る。
一気に深い下りを駆け降りながら。今度は凄まじい傾斜のある坂を。三頭はほぼ同時に登り始めた。しかし三頭のスピードは落ちる。徐々に三頭の差は無くなり。二馬身程度の間を開けて、横並びでかけ上がる。
間もなく砂漠地帯最大の砂山を駆け登る……、エブリワンの騎手は、一瞬気を抜いた。そんな騎手の心理を読んでいたロウザは、リリアン号をエブリワンに寄せ。左に大きく弾いた。
『おお~っとエブリワン、体制を崩し左に大きく斜行した。間一髪アデル号は駆け抜け。リリアン号をもかわして先頭に立った!』
「なに!、今のをかわすのか!?」
驚き目を見張るロウザの遥か左前方を。5馬身以離された状態である。しかし進路が違う、リリアンがアデルと再び合流するのは、残り1キロ。モンスターエリアを抜ける寸前である。
『エブリワン、エブリワンが流砂に捕まった!。これで優勝争いはアデル号、リリアン号の一騎討ちだ』
お互いモンスターエリアに入るため。気にしてる余裕は無くなるのだ。
「パロマ、お前さんは何もするなよ~ここからは俺と、アデルの仕事だ」
「あっ、うんわかった」流石に恐怖を感じてるようだ。そんなパロマを好ましく思いながらも。俄然やる気が出た。
ジーニアスは鞍から。投げ槍と長剣を抜いて、辺りを警戒する。
━━砂漠地帯のモンスターには、猛毒を持つ巨大サソリ、砂蛇、海に住むエイに似た姿の砂鮫。ダンゴムシに似た肉食昆虫。その他擬態植物モンスター等。砂漠に合わせた生態のモンスターが沢山いる。
「ふん!」ザシュ、飛びかかって来た砂蛇を次々に切り倒し。瞬く間に10匹をほうふる。
その間も血の臭いを嗅ぎ付けた砂鮫が、遠巻きに見え隠れし始めたので、急ぎアデルを先に行かせた。
━━バフン!!、砂煙を上げて、三頭の砂鮫の内一頭が、アデルを追いかけて来た。徐々に追い付かれ。背鰭が銀光を閃かせる。砂の中を泳げる砂鮫は。戦馬のスピードに劣らない早さで追走していた。ザザサッ砂をわり半身が僅に見えていた。
「ニア、鮫が……」
「大丈夫、任せとけ!」飛びかかってくる鮫を、巧みな手綱捌きで、右に左とかわしながら。長剣を鞍にしまい、投げやりを片手で構えなが、膝だけで身体を支える。その間も手綱さばきは一向に衰えず。大きく口を開け迫る砂鮫を軽やかにかわした。相当な技量である。
再び砂鮫が、口を開けアデルに飛び上がった瞬間。狙いすましたような勢いで槍を放つ。交差して砂煙がもうもくと上がるなか、もう一本の槍を外して次に備えた。視界が晴れて後方を伺えば、砂鮫は口から額にかけて貫かれ絶命していた。
「うわ~ぁ、凄い!、あの砂鮫を一発で仕留めるなんて……」
驚くパロマに。肩を竦めながら。不遜な口調で、
「あの程度ならば、さほど苦にしないさ」「……え~とニア、かりにも砂鮫だよ?」
動じないにも程があるジーニアスに。何だか不機嫌な口調になっていた。
リリアン号を駈るロウザは、魔物の群れの中を、決死の覚悟で走り抜ける。沢山用意した。炸裂弾は既に底をつき、剣を持った右肩を負傷していた。リリアン号も擦り傷を受けていて、案内人の少年は、モンスターの餌になっていた。
「まさか昨日雨が降ったとは……」
このままではロウザとて生き残れるか、可能性はかなり低い。
「くそ諦めてたまるかよ!」
叫びを上げて、疲れた身に鞭ふるう。騎手の気合いを感じて、戦馬はブルリ身を奮わせた。すると走る力を増したみたいに。みるみる迫る砂蜥蜴を。置き去りにしていた。
「これは……、お前……」
馬が騎手のために隠された力を振り絞り頑張るならば、騎手は答えなくてはならない。
「行くぞリリアン!」
ブルル!、馬銜を噛んで、手応えが強くなる。これなら行ける。強く確信して、モンスターエリアを駆け抜けた。
『二頭が、モンスターエリアを駆け抜け。残り1キロの直線を残すのみですが、依然先頭はアデル、その差は12馬身、このまま逃げ切れるか』
「ちっ、そうはうまくいかないか……」
アデルはどう見てもまだ余裕がある。対してリリアンはいっぱいいっぱいだ。それでも諦めず気合いをつけて、手綱をしごいた。
『ここで1コースを回っていた5頭が合流。3番手争いを演じております』
先頭をゆくアデルは、余力を残し。あと3000mを残すばかり。ここで手綱を押さえることは、先々を考え良くない。だからジーニアスは、あえて力の限り手綱をしごき。アデルを追い込んでいた。
『強い強い。これは強い!。アデル20、30馬身離して今……ゴール!?、圧勝です』
スタート地点にいた、リーエンは、涙をこらえ日が昇る太陽を手で遮りながら、そして……静かに涙を流していた。
「そっ、そんは馬鹿な、メロウ!、お前が優勝は確実だと言っただろ。お前のせいでわしは……、大損だぞ」
「いっ、いやそっその……」大騒ぎが繰り広げられる。
━━夕方。無事に市に納税を済ませたリーエンは、牧場の存続が確定したので、アデルの世話を済ませてから、改めて恩人のパロマ、ジーニアスを連れて、酒場に繰り出していた。
「じゃあ~、正式にパロマを雇うわね♪」
リーエンが、にこやかに告げるや、砂蜥蜴の煮込みを頬張り。目をパチクリ。
「ほんと~でふか?」
ゴックンしてから、パッと目を輝かせた。
ええ~と頷きながら、我関せずとエールをちびちび唇を湿らせてるジーニアスを伺う。
「ニア……。あのねお願いがあるんだけど……」
「いいぜ~、ただし年内だけな」皆まで言わさず。あっさり了承していた。勢い込んでただけに肩透かしを食らった感じである。
「そんなあっさりと……、こっちとしては有り難いけどさ……。まあ~いいわ!、じゃ正式に私の牧場の専属騎手ってことで、もう一度~」
立ち上がり蜂蜜酒の入ったカップを手にしていた。
「はい!」
嬉しそうにパロマも立ち上がり、二人はジーニアスをキラキラした目で急かす。
「はいはい、やりますよ~」
仕方無さそうにしながら、二人のために立ち上がり、杯を合わせた。
━━翌日から、リーエン牧場への周りからの扱いが当然変わった。
若い牧場主でしかなかった少女など、そもそも底辺扱いだったが……、駄馬アデル号を彗星のように現れた。凄腕の騎手を見出だして、怒涛の6連勝を飾る経営者としての手腕は、高く評価されたのだ。今まで塩対応だった飼い葉の納入業者。近隣の牧場主から、挨拶されたりと対応の変化に戸惑っていた。
「おお~リーエンちゃん。今日も可愛いね」
「リーエンさんや困ったことがあれば言うんだよ」
下心満載な近隣の住人にとりあえず挨拶だけはしたが、心の中で舌を出していた。
「あっ、あのお嬢さん……」
日が昇る前の砂漠はかなり寒い、色々思うことはあるがリーエンは、厚手のフードで全身を包み、アデルの世話をしようと。家から出た所で……、声が掛けられた。
「あなた……ロウザ?」
頬に火傷がある特長的な顔は、一度見たら忘れられない。その後ろに。戦馬を連れていた。
「リリアンお久しぶりね♪」
声を掛けるとブルルと嘶き、前足をかきながら。首を振るう、その後ろに、父の牧場で働いていた……、数名の男達が決まり悪そうに下を向いていた、
「どうしたの貴方たち……、こんなに早くから?」
訝しげな目で、ロウザを見れば、実に決まり悪そうな顔をしたが、ロウザが代表して訳を話始めた。
サザラの町は、戦馬レースのメッカである。毎年莫大な利益を上げて、国に税を納めているのだが……、その一部を市長が着服していたことが、昨夜判明……、数時間前に国軍が屋敷を囲み。市長は捕縛されたとのこと。流石に驚きはしたが、黒い噂は昔からあった。
「それでですね……。昨日かなりの金を。リリアンの勝ちに賭けていたそうで……」
来週リグラム国で、国際レースカウント3が行われることになって。エルバドル国王も負けられぬと。カウント3レース開催に向けて、動きだしていた。すると前々から市長の動気が怪しいと感じて、身辺調査をしていた。
「調べてたら。怪しい金の流れがあるぞと。そんなところか?」
あくびを噛み殺しながら、ジーニアスは居間にいる男達を順に伺う、
「その通りだ……、お嬢さん!、頼めた義理じゃないが……」いい淀むロウザ、戦馬と供に行くところを失った騎手、厩務員は昨夜から散々行く宛を探した。
……でも。市長の汚職。それに関わったと見なされた彼らを受け入れるとなると。噂で自分たちの牧場が、ダメになる可能性が高い。だからではないがリーエンも考えてしまう。
「いいんじゃないか?。今さら失うような面子。あんたには無いんだしさ~」
ジーニアスの言い方には正直ムカついたが、彼等の心情を思ってのことだと言うのは分かる。それにリーエンの心配が、無意味だと伝えていた。ハッとしていた。確かにその通りだと思ったからだ。
「それによ。俺の他に走れる専属騎手がいれば、馬主が馬を預けてくれるし、優秀な厩務員がいたら休養場所、育成の仕事とか増えるんじゃないか」
悔しいことに。ジーニアスの言うことは、的をえた正論である。
「━━はあ~、わかったわ、貴方達を雇います。その代わり、しっかり働いて貰いますからね!」吐息を吐き出すように。過去を忘れて、新たな一歩を踏み出す覚悟を決めていた。
「ありがとうございます!」
ロウザが頭を下げて、安堵の笑みを浮かべていた。
「それはそうとお嬢さん。北方三国杯以外で、国際レースが行われるというのを知ってますかい?」
「へえ~そうなんだ」
リーエンも戦馬に関わる者だ。自国開催ではないが……、俄然興味を抱いた。
どうやら話がまとまってくのを見ながら、ジーニアスは馬たちの世話をしに出ようと。ジーニアスが玄関に向かおうとした時だ。視線を感じてそちらをみれば、ロウザと目が合った。肩をすくめ笑みを残してジーニアスは出ていく。
「………」
何処かで彼を見た気がした。
「お嬢さん聞いていいかな、あいつ名前なんてんだ」
「ん?、彼はジーニアスよ~、そう言えばあんまり詳しく聞いてなかったわね」
名を聞いた瞬間、ロウザの顔がひきつっていた。同じように顔を見合わせる厩務員達を訝しげに。リーエンは首を傾げていた。
『どおりで……見たことがあるはずだ』
ロウザは嘆息していた。━━ロウザが、ジーニアスを見たのは一度だけ、去年のことだ。
北方三国杯と呼ばれる重賞が、毎年初夏に開催されている。砂漠レース最高峰のレースで。レベルカウントは2、別名トライアルレースである。1~3着以内に入ると副賞で。真夏のグランプリと呼ばれるカウント1に。優先出走権が与えられる。
その年。まだ無名の若手騎手デリク・ジーニアスが出場していた。
あのレースには、前年のグランプリ優勝神馬まで出場していた。結果ジーニアスが勝利してしまう。
━━後に。真夏のグランプリで、神馬3頭との熾烈な叩きあいを。半馬身届かず三着で終わったレースは、未だに語り草である。
━━誰が言ったか分からないが、伝説の始まりとまで言われていた。その後━━ジーニアスは、愛馬レッドと年末に行われた賞金王杯で二着するなど、全JPレースに出場。『帝王神馬』(ミカエル)『皇帝』(シュナイダー)『女王』(エスメルダ)に唯一苦戦を強いた。無冠の神馬主戦騎手デリク・ジーニアスは、若手騎手の生きる憧れであった。
「お嬢さん……、あんたとんでもないの引っかけましたね……」
ロウザが言えば、揃って男達は頷いていた。案外戻って正解だったと。後々思い出したロウザであった。
━━二日後。『一角』レース。『砂山地帯を越えたところで、先頭はリリアン、リリアンが先頭、後続をみるみる離していく。そのまま独走でモンスターエリアに突入』
二日前とは大違い、リリアンにはまだまだ余裕があった。
「お嬢ちゃん、お前さんたいした案内人だぜ!」手放しで褒めるロウザに。パロマは居心地悪そうにしていた。
「そんな軽口言わないでください!。本当だったら後10馬身は、余裕で離せるだけの力。リリアンあるんですから」
調子に乗ってるロウザにぴしゃりと言っていた。
「へ~いへい、ジーニアスの旦那にはまだまだ敵わないが、任せな!。俺だってもっと上手くなるさ」ガハハとばか笑いしながら。その目はジーニアスの背を追っていた。
━━1日前。リーエン牧場。
リグラム国から正式な招待状が、アデル宛に届いた。
「へえ~『海馬』クラス扱い特別レース招待か」かなり珍しいことではあるが、先日の『一角』レース30馬身圧勝したのが、エルバドル戦馬ギルドに評価されたと書いてある。無論勝てば『海馬』クラスに上がれ。賞金も高く着でも『一角』レース優勝賞金と変わらない。悪い話ではない。
「悪い話ではないんだけどね……」
アデルが選ばれた理由が気になる。そんな感じだろうか、ちらりリーエンの手元を覗いき推薦者の欄を見て、ジーニアスは小さく嘆息していた。「なんでギルド長が、名指しで招待してくれたのかな……」
不思議そうな顔で、首を傾げた。
「まあ~いいじゃないか、牧場の名を知ってもらうチャンスだろ?」
「それはそうだけど……、ねえそれより気になったんだけど。最近何があったの?」
「ん?。何がさ」
「だってあのロウザが、あんたのこと旦那とか呼ぶし~。みんなが、あんたに任せれば大丈夫なんて言い出したのよ~。あんたいつの間にみんなと仲良くなったのよ?」
疑問だと。自分には出来なかったこと、あっさりやりのけたことが、気に入らなくて不機嫌なのだろう。それに肩をすくめながら、
「俺が、一応この牧場の先輩騎手だからじゃないか?」惚けたことを言ってみる。
「……はあ~、そうよね~。あたしもそれくらいしか思い浮かばないわ」
とりあえず話は決まったようだ。
「じゃ招待を受けるから。今週のレースはやめて、招待レースに備えましょう」
決まりとばかりに手を叩く。
「それはそうとその書類。リリアンをお前が買ったのか?」
「ええまあね……。色々考えて、あんたいなくても稼がなきゃならないからさ」
内緒にしてたのだが、ようやく前市長から。リリアン号の馬主登録を切り替えが終わったと。正式な書類に目を通していた。代わりに早速明日の『一角』レースにエントリーを決めて、騎手はロウザ、案内人パロマと記入。「じゃエントリーに行ってくるから、アデルの調教頼んだわよ」
はいよ~っとリーエンを見送り。厩舎に向かった。
厩舎では厩務員が、新しく入居が決まった新戦馬を出していた。放牧地に連れてくようだ。
「兄貴おはようございます!」
「ニア兄さん、おはようございます」
『おはようございます』
朝から元気な挨拶に、軽く答えつつ奥に行くと。真っ赤な馬体の相棒レッドがぬっと顔をだし。ついでアデルが、一番奥にいたリリアンが、女の子らしくちょこんと此方を見たが、直ぐにロウザの方に顔を戻す。
「おはようロウザ、明日レースだってさ」
知ってると思うがとりあえず。
「そうですかい……、ようやく復帰戦が決まりやしたか、これで俺達も『海馬』(シーホース)に上がるな」
愛馬の首筋を叩きながら、静かに闘志を燃やしていた。
「それよりジーニアスの旦那、お嬢さんに言わないんですかい?、あんたが一流騎手だと」
リーエンが出かけてると理解して、口に出していた。
━━それにと思うのはロウザが知る限り。『天馬』クラスの騎手は、恐ろしく傲慢で、『一角』クラスの騎手など。路傍の石扱いである。それだけの格差が存在していた。
そもそも騎手に必要なのは、乗った経験のある戦馬の称号と、優勝したレースで、騎手の扱いは極端に変わるのだ。お嬢さんは知らないだろうが、称号を与えられる騎手など……、国のお抱えか、大牧場の専属騎手である。もしもジーニアスクラスの騎手に。騎乗依頼したら……。報酬もべらぼうに高いのだ。
「まあ~気付かないなら、それで構わんさ。その方が俺は気楽で楽しいし。それに……」
頼まれた馬とは違う。新しい名馬との出会いは、ジーニアスにとって、金以上の報酬である。何となく顔を見れば、ジーニアスが何を考えてるのか、ロウザにもわかった。
「でしたら……、敢えて俺は何も言いませんぜ?。此方としては一流騎手の技が、ただで見れるんです。遠慮なく盗ませていただくだけですから」強かさを覗かせるロウザ。ジーニアスとしては強面で癖はあるが、本人に向かって堂々と言える人物はそうはいない。だからにやり楽しげに笑っていた。
「盗める程度なら構わんさ、お前の腕が良ければな~、そうだな……。もう一人の相棒に選んでやるぜ」
一瞬何を言われたか、理解出来なかった。次の瞬間━━胸が熱くなるような、不思議な気持ちが沸き上がる。
「……もしかして旦那。アデルが……」
「ああこいつならなれるさ、上手く育てばカウント1を狙える名馬さ」
驚いたように立ち尽くしていた。
━━かなり前になる。牧場の前オーナーも、こうしてアデルを構いがら、ロウザに言ったものだ。『お前にはまだわからんだろうが、アデルを乗りこなせる騎手さえいれば、カウント1を狙える名馬さ。ロウザお前には才能がある。それまで腕を磨けば、一流騎手の相棒くらいには選ばれるかもな。頑張りなさい』
そう言って、見習いだったロウザを激励してくれた。
「……旦那。本当にアデルがそこまでの馬になるんなら。俺の実力で旦那から。相棒に選ばせてみせますぜ」
ふてぶてしく言ってのけた。軽く二度ロウザの肩を叩き、アデルを連れて厩舎を出た。
━━4日後……、
リグラム国際レース開催。数日前━━。
同日行われる『招待レース』に出場のアデルは、前日輸送のためジーニアスと先に出発する。砂漠地帯の戦馬輸送は、レースに参加する戦馬を。ギルドが輸送隊を使って行うのだが……、戦馬の中には、特定の騎手、厩務員以外身体に触らせないプライドの高い馬もいる。そうした戦馬には、必ず騎手が同行するのだ。
「じゃ~行ってくるぜレッド」
ブルル首をふり前足をかきながら。レッドはアデルの首に額を当てた。多分頑張れとかそんな感じであろうか、
「レッドは勝手に自分の面倒を見るから、飼い葉と水よろしくな」
『はい!兄貴、頑張ってください』
厩務員総出のお見送りに。軽く手を上げる。
「じゃ~、私達は後で行くから。粗相はしないでよね」あくまでも上から目線。雇ってあげてるのよと、言わんばかりのリーエンに。
「はいよ~」
お気楽に返事をして、アデルを促せば、ポクポク歩きだした。
「牧場初つの『招待レース』あんな流れの騎手で、大丈夫かしらね?」
お嬢の言葉に、厩務員逹は揃って顔を見合せて。小さく苦笑していた。そもそもリーエンが正式に牧場の後継者として、仕事に携わるようになったのは、つい半年前。最近である。事務仕事を覚えてこれからと言うときに。父を病で失った。だからではないが、あまり騎手のことや戦馬の血筋に無頓着な所がある。騎手の世界にも国際レースに乗るには、最低限の条件が存在していて、騎手の戦績も考慮されることを。リーエンは知らなかった。騎手の戦績は無論登録しているギルドに問い合わせすれば、直ぐに知ることが出来る。その為国際レースに騎手登録されれば、戦績は直ぐに調べられ。騎乗出来るか合否が出されるのだ。
━━エルバドル戦馬ギルド長、オーレン・カルテは、輸送隊を遠目に見送りつつ。赤い毛並みを探していたが、しばらくして自分の間違いに気付き、小さく苦笑して。嘆息していた、
「全く君は……、友人に断りも入れず。新しい馬でレースに出るなんてね。それに……」
一番下の妹が、村から飛び出して、まさかニアの案内人をすることになってるとは、
「昔から無鉄砲な妹だったが、とりあえずニアが一緒なら大丈夫だろう……」
小さく嘆息していた。それにしても良いときにジーニアスが来てくれた……。オーレンはにこやかに輸送隊を見送っていた。
━━活気賑うリグラムの国。城下町。
町は、明日の夜に行われる。国際レースに出場する。招待国の輸送キャラバン、レース観戦に来る旅人。参加する関係者相手に。商売に勤しむ屋台が、早くも所せましと店を出していた。しかしそうしたお祭り騒ぎを楽しめないのが、騎手と言う職業の悲しさである。ジーニアスとアデルは、招待レースが行われる明日の夜まで、寝泊まりするのが戦馬場側の厩舎である。そこで終日缶詰にされ。騎手と案内人は厩舎に寝泊まりするのだが……。それは不正が行われないよう。戦馬ギルドの決まりでありる。今頃パロマはコースを説明されるころか、案内人は夜に騎手と合流することになっていた。
リグラム国の『海馬』コースはエルバドル国とは、根本的様相が変わってるため。招待された側の案内人は、緻密な下調べが不可欠である。準備時間を多少必要とする。その為招待側の騎手と戦馬だけは、早めに厩舎に入居することが一般的である。
「やはりというか……、ぼろちい厩舎だな~相棒。ちと飼い葉と寝藁くすねて来るから待ってな」
パンパンと三人の男達をふんじばり。小さく嘆息していた。ジーニアスが厩舎に入った瞬間襲いかかって来た者達の懐をあさり。財布を見つけて、中を確かめると。リグラム戦馬ギルド所属を示すバッチが、財布から出てきて流石に呆れていた。
━━北方三国は、つい10年前まで戦争をしていた。上っ面では和平を結んでいるが、長年血を流しあった敵国の騎手に。最低限の場所を用意したに過ぎない。さらに騎手を痛め付けてやろうか、そんな感情を抱くやからも実は多い。こうした環境に慣れてないと。国際競争に参加する騎手なんて勤まらず。またどうにか出来なければ、勝ち上がれないのが『招待』レースである。
ジーニアスは、さっさと試合に必要な荷物を持って、リグラム側のギルドに顔を出した。
「よお~、俺はエルバドル国の『招待』馬に騎乗予定の騎手なんだが……」早速文句をいいに来たか……、あくまでも冷たい対応を心掛け、
「此方に書名を。それからどんなことかお話を伺います」
一瞥してから。自分の名を記入するよう、名簿を渡してきた。
「な~に簡単な話さ。騎手に暴行を働こうとしてた三人を。身ぐるみ剥いで、預かってるんだが……、そいつらなんとお宅のギルド関係者なんだがな~、あれ報告して良いのかな?」
ギクリ、まともに顔色を変えた受け付け職員。
「因みに。俺はリグラム王とは、旧知の仲でよ~。俺の馬に何かしたとかバレると、あんたら首落とされるが構わないよな?」
名を書いて、職員に見せた。何を馬鹿なそんな顔をしたが、名簿に掛かれた名前を見て━━。
人間が本当に真っ青になる瞬間を。ジーニアスは初めてみた。やり過ぎたかと同情したが、ギルド職員をみてると、口をパクパク半開き。目をこれでもかと見開き、
「ギ、ギルド長!」
と悲鳴のような、かな切り声を上げていた。
何事かとざわめく受け付けに来ていた。招待レース関係者達や、ギルド職員が見守るなか、厳めしい顔のギルド長が、急に呼ばれて、不機嫌な顔を隠さず現れたのだが……、どうみても相手は、見るからに若い騎手に対して、不遜な態度をとっていたが、いきなり態度が豹変。
「もっ申し訳ございませんでした!、まっ、まさか貴方が、騎乗されるとつゆとも知らず。此方の不手際で御座いました」土下座する勢いのギルド長。さすがにざわめきが大きくなる。
「それは構わないさ~。うちの馬に良質な寝藁、飼い葉さえ用意してくれたら。場所はそんなに気にしない」
「それは勿論で御座います!。直ちに厩舎も御用意させて頂きます。少々御待ちください」
寛大な言葉に。自分たちが悪いのだが、勝手に感謝され。そそくさ最上級の対応が始まった。
国際レースにおいて、参加した国、騎手、戦馬の格が高いほど。後々評価されることがレースの格を押し上げる。そうした一流騎手が、開催国にわざわざ参加する場合……、王公貴族に対するような対応が、行われること決して珍しくない。またそうした一流騎手を。国際レースに送り出すことは、招待を受けた側の面子を保つ意味が含まれていた。リグラムギルドに貸しを作った形である。
━━同日の夜━。
めちゃくちゃ落ち込んでたパロマ・カルテは、城下町に入ってから突然変わった対応と。宿舎として通された厩舎を見て。ポカーンと見上げ呆けていた。
「ささパロマ殿。お疲れでしょう。お風呂の用意をさせております。どうぞ」
さっきまで散々……嫌みたらしい口調のリグラムギルドの職員から。明日のコース説明を任せられていた男は、町に着いた途端。兵士に連れていかれて、新しく現れた男のあまりに違う対応の変化に。戸惑っていたが……、こうなると何が何だか、理解不可能である。
「あっ、あの~ジーニアスは?」
「はいパロマ様。ジーニアス様でしたら、戦馬場で最終追いきりを行っておりますぞ」
慇懃に一礼されてしまい。どうしていいか固まっていたパロマは、ついで現れた三人の侍女に連れてかれて。湯あみ。今まで一度もしたことがなかった。爪の手入れ。髪は綺麗に櫛を通され。毛先まで、丹念に香油を塗られると言う。まるでお姫様にでもなった気分だが、されるがままになっていた。ようやく解放された頃には、変に疲れた……。
「おっ、ようやく来たかパロマ。んでコースはどうだ?」
いつものように。気を使えないタイミングで、ジーニアスの声を聞いて、こんなにもホッとする日があるとは……、パロマは考えもしなかった。
それよりもなんでこんなに、リグラムギルドの対応が変わったのか?、正直知りたいところだが、レースは明日の夜である。時間は限られていた。二人は早速パロマの手書きの地図を広げて……、『海馬』招待レースコースについて話し合った。
コースはリグラム戦馬場からスタートされる。
一周1400mのダートコース。スタンド前からのスタート、
━━コースを半周して郊外に出る。各馬は古代遺跡に向かうまでは『一角』(ユニコーン)レースと共通である。しかし『海馬』(シーホース)クラスは往復する。
『第1回リグラム国際招待レース。間もなくスタートです。各五ヵ国から5頭の馬が参戦。中でも注目はなんと言っても……』
実況アナウスに、ざわめきが上がる。
「ニアあんた招待騎手だからって、だらけてんじゃないでしょうね?。あんた達の優勝に1万バレル賭けたんだから、勝ちなさい良いわね!」
いきなり現れたかと思えばこれである。
「まあ~泥舟に乗ったつもりで安心しな」
綺麗におめかしして、心なしか誉めて貰いたそうな顔をしていたが、口を開けばこれである。
「ちょっと!、泥舟ってなによ、負けたらあんたの給料天引きだからね」強気に怒鳴る少女を。周りの競馬関係者は、畏怖すら抱き。唾をのんで少女に戦いた。
『各馬ゲートに収まり……、スタート、綺麗に揃いました』
スタンドから半周まわり。一斉に各馬は、郊外に出ていった。馬群は一団。踏み固められた街道沿いを通り。砂漠に入る。ここから各馬はコースの選択に入るが、『海馬』クラスで勝つには、最も危険な流砂地帯を抜ける覚悟が必要である。それも往復で……、
戦馬の背。二人乗り専用の鞍に座るパロマは、流砂に沈まない特性の革鎧を着込んでいた。パロマにとって、流砂を越えるのは初めての経験……。不安を抱いていた。
━━パロマの生まれは、北方三国と距離を置いている幻の一族。カルテ族の村で生まれ育った。
カルテ族は、砂漠の案内人と呼ばれていた一族で。現在ギルド所属の案内人は、主に三国の元商人達である。希にカルテ族が所属しているが、圧倒的に数も少なく。また優秀な案内人ばかりで、牧場の専属になる村人は、片手で数える程度である。パロマには年の離れた兄がいた。
「オーレン兄さん……」兄がエルバドルのギルドで、要職に就いてること、母から聞いた。何としても兄と会って、兄の婚約者リアナのこと、知らせなくては……。
『先頭はハワードリグラム、ついでコールブレスト、アイアンロブ、カルマンドス、ラグマンディ、パナップ、ログワンまでが先団グループ』
『中段にナムバンディー、パディリア、アデルはこの位置。見るようにオータムフォリー、後ろから三頭目サーザリア、タウンデット、最後方ディスザウ。先頭は依然として、我が国のハワードリグラム』
先団は、早くも砂山地帯に入る。
「この辺りにスカペラはいないそうです。一応私も見ましたが、痕跡はありませんでした」
「そいつはありがたいな。じゃ~予定通り真っ直ぐ向かう、パロマ揺れるから振り落とされないよう。今のうちにベルトで繋いどけ」
「うっうんわかった……」
やはりと言うか、歯切れが悪い。
「不安だろうが、俺とこいつを信じとけ」
「……うん」
今回アデルが中段に付けたのは、足を溜めるためである。戦馬が流砂地帯を抜ける方法は、大きく分けて3つある。先頭で駆け抜け、流砂が始まる前に抜ける先行策。
流砂に捕まらず足を溜めて、一気に流砂地帯を抜ける。差し。
先行するスピードはないが、一度トップスピードに乗れば、流砂すら物ともしない追い込みである。
『全馬コースを選択。流砂地帯を抜けるもようです!、間もなく最初の難関を駆け抜けた先頭のハワードリグラムが、流砂地帯に入ります』
ドドドド轟音、砂煙が後方に流れる。1200キロ以上もある巨大馬が、複数駆け抜ければ、流砂が刺激され動き出す。
ズザーっと。流砂の中心が抜け落ち、まるで渦潮のように砂を吸い寄せる。少しでも立ち止まり足を取られれば、流砂の中に飲み込まれかねない、緊張の一瞬。
『全馬危なげなく流砂地帯を抜けて行きます。おおっと後方からアデル、ついでパディリア、ナムバンディー、遅れてオータムフォーリが仕掛けた。これは一気に先団が替わる勢い。さらに最後方からサーザリア、タウンデット、ディスザウが、流砂地帯を駆け抜ける』
「うっわわわわわぁあ~りゅ流砂に入ってますよ!」
パロマが恐怖で絶叫する。足元から凄まじい振動を感じて、体がシェイクされていた。
「舌を噛むぞ黙ってな」
「だっだだだだだて怖い~~!痛っ」
舌を噛んだらしい。やれやれ苦笑しながら、アデルが秘めた本当の能力を堪能していた。パロマは気付いていないようだが、アデルはいつの間にか先頭を走っていた。『こっこれは凄い!、流砂地帯をごぼう抜き、瞬く間に先頭に躍り出たアデル、みるみる後方を引き離す』
20馬身以上引き離して、全長18キロもある距離を。アデルは、流砂地帯を駆け抜けることで、僅か6キロの距離に縮めて。見事流砂地帯を抜けていた。
辺りの景色が一変。砂風で削られた。岩礁地帯が広がっていた。
「ギボチワルイ……」
「吐くなよ!、アデルが汚れる」
「う゛ぁいじょうぶれす」
「この辺り、モンスターは?」
「ぼっぼとんどいませんが、ロック蝶、ハパイズ虫くらいでず」
どちらも攻撃力が低く。群れで襲ってくるのが厄介なモンスターである。
「一気に抜ける。今のうちに酔い止め飲んどけ。帰りはもっと揺れる」
ジーニアスの言葉にさっと青ざめて、口を押さえていたパロマは、急いで薬を探すが、そうこうしてる間に折り返しを回る。
━━ギルドの戦馬実況のマーク。気球の真下を抜けた。
『早くも先頭のアデル、折り返しを回り、凄まじい勢いで流砂地帯に再び戻って行く!、これは凄まじい強さです。まさかまさか!、歴代最速レコードを出すつもりか』
戦馬場では、実況アナウンスを聞いてどよめきが上がる。
「へえ~ジーニアスてば、なかなかやるわね」
妙な感心をしながら、不遜な物言いをしたのが、見目可愛らしい少女をギョッとした目で、信じられないと揃って首を振る。彼女の周りでは、次走の準備を整えていた関係者がいて、身を震わせていた。この子相当な後ろ楯があるんだ……、リグラムギルド職員密かに思って。
「リッ、リーエン様、馬主席にどうぞ」
思わず敬語になる職員を、誰も責められないだろう……。
「いいえ結構よ!、あの馬鹿が、失敗したら殴ってやるつもりだから気にしないで」
「なっ、あのジーニアス様を」
絶句していた。何やら恐ろしいこと聞いてしまい。顔をひきつらせた。
「そうよ!。何か文句あるかしら?」
じろり睨まれて、とんでもないと慌てて首を振り引き下がる。こうしてリーエンはリグラムギルドから。エルバドルに恐ろしい女馬主がいると。噂が広まるが、本人が知るのはかなり先になる。
『二番手集団はようやく折り返しを回るなか、先頭のアデル、早くも流砂地帯に入る。全く脚色は落ちません、むしろ後続を引き離す勢いで、スピードを上げた』
二番手先頭は、5番人気のオータムフォーリ、フォーリ王国からの招待馬で、騎手はバルテロ・リンチョ王国騎士である。 フードから覗く碧眼を楽しげに細め。
「こいつはスゲー馬だな、桁が違う。なんであの馬がまだ『一角』クラスだったのか、理由が分からないが、『炎の将軍』(フレアジェネラル)が選んだだけはある」このレースに出ていた騎手は、何れも一流になる可能性を見込まれた腕利きばかり。目の前で見てる一流騎手と名馬の力を前に、誰もが胸を熱くした。
二着以下は━━接戦であったが……、
二着はオータムフォーリ、
三着ハワードリグラム、四着、五着同着、パルディリア、ナムバンディーが入り。各国の面目を保った。
『これは強い強い、1人旅。まさに格が違う!、アデル、アデル、アデル、戦馬場に入り独走。持ったまま。圧勝です』
実況にも熱が入り。観戦に来ていた人々は、大歓声を上げた。
凄まじいアデルコールに、一度止まり。ジーニアス、パロマが手を振って答えるや、万雷の拍手が贈られた。アデルはまるでそれを楽しむように。悠然と馬場を後にした。
一部始終━━実況に。聞き耳を立てながら。
開催国王ゴート・リグラムは、苦笑を滲ませた。何せメインレースを前にメインが、終わったような空気を感じたからだ。
「やれやれ……、相変わらず驚かせてくれるわい」
昨年何度も凌ぎを削った相手。ジーニアスの飄々とした顔を思い出しながら。予想外だが……彼のお陰もあり、国際レースは間違いなく……、
「大成功なのだがな……」
つい苦々しい口調になった。これではパラムの初陣が霞むかと溜め息が漏れた。
━━無事に帰ってきた二人を出迎えたリーエンは、満面の笑みである。
「よくやったわニア、ご苦労様パロマ♪」
ホクホク顔のリーエンを見て、しっかり儲けたなと察した。
「賭けるのもほどほどにな~」
一応……釘を差しておく、フンと鼻で笑われてしまい。なんともしまらないなとか思ってると。
「わっわたし……頑張りました、ガク」
ブクブク泡を吹いて気絶したパロマ。
「あらパロマ?。ちょっとちょっと大丈夫~」
パロマの状態が分からないリーエンは、ガクガクパロマを慌てて揺する。
「もっ……うぶ」
「えっ、ちょっちょっと待って!」
ようやくどんな状態か気付いたリーエンは、パロマから逃げようとしたが、アデルから下ろされた安堵のままリーエンに抱き着き。まるでわざとだと言われるタイミングで、盛大な噴水を吐き出していた。
━━小一時間。諸事情で、表彰式に遅れたリーエンとパロマは、アデルの勇姿を見損ない。結果……色々と残念な二人であった。
第1回リグラム杯の結果は……、開催国リグラムの王子パラム・リグラムが見事優勝した。『招待レース』が終われば、関係者は王宮に呼ばれて。パーティーに参加する。
リーエンの予定が変わり。予備の質素なパーティードレス姿に着替え。同じくドレスに着替えさせられて、戸惑いが隠せないパロマは、揃って訝しい顔を。ある一人に向けていた。
━━何故か沢山の騎手、貴族に挨拶されてるジーニアスを見つけたのだが……、一応招待騎手だからそこは分かる。でも妙に……パーティーなれしてる様子に、二人は顔を見合せていた。きっと流れの騎手だからだと…。とりあえず自分達を納得させていた。
二人がいるのは、招待レースの関係者が集められた王宮の大広間。立食形式で、テーブル毎にテーマと料理が目を楽しませる。正直なところ場違いな……、とは思ったが、リーエン牧場の生産戦馬が勝ったこともあり。
「これはリーエン様!、此度はおめでとうございました」
相手が、エルバドルギルド関係者だと分かるや。「あっありがとうございます」「いやはや貴女のような若く美しい牧場の経営者が、あれほどの名馬を育てられた。我が国として感謝致しますぞ!」
「そんな大袈裟な…」めちゃくちゃお礼を言われるから、居心地悪くて目を白黒していた。
「初めまして、貴女が、あのアデルのオーナーとか」
「あっ、はい!」
振り返ると、ビシっと一本筋が入った。いかにも武人といった感じで、されど柔らかな印象の品のある顔立ち。見たことない白の軍服姿から、他国の方だと当たりをつける。
「さようでございます騎士様。わたしはリーエン・リカルド、失礼でなければお名前をお聞きして宜しいでしょうか?」
いきなり口調・雰囲気まで一変させたリーエンに。パロマは唖然とした。さらにリーエンの顔を見上げあんぐり。華やいだ美しい笑みを称えるリーエンに。恭しく胸に右腕を当て一礼した騎士は、
「これは……、見目麗しい女性から。名を聞かれること誉れに思いまするぞ。我はフォーリ王国騎士団所属バルテロ・リンチョ、バルテロと及びください」
「そうでしたかバルテロ様。ご丁寧にありがとうございます」
「いえこちらこそ突然リーエン殿にお声を掛けたのは、感謝を伝えたく思いまして」
いきなりバルテロは膝を着いて、リーエンの手を取るから。戸惑っていると。手の甲にキスされてしまい。頬が赤くなるも疑問を抱いた。
「バルテロ様……お礼とは、当方に心当たりがありませんが?」
疑問を口にした。これは失礼をと立ち上がり。
「我も騎手の端くれ、何れはカウント1を目指しております」招待レースに出ているのだ。かなりの腕前なのだろうと察した。
「この地で、肌で、一流騎手の業見れましたこと。リーエン殿のお陰とリグラム陛下から聞きました。それで感謝を言いたくて……」
全く意味が分からなかった。何処に一流騎手が要るんだ?、首を傾げて聞いてると。
「その若さで、『炎の将軍』を顎でこきつかうと聞いた時は、どれ程恐ろしい方かと。恥ずかしながら我はびびっておりましてな」
いやいや全く意味が分かりませんから。『炎の将軍』なんて呼ばれる人に。全く心当たりが無かった。誰かと勘違いしてるのか?、そう思ってると。
「リーエン殿の牧場には、ジーニアス殿の愛馬『無冠の帝王』(レッド)が休養されてるとか、それを知ってれば、北方三国杯に出場の機会が得られましたら、是非とも我が愛馬の世話を、お願いしたい!」
熱く語る騎士の言葉は、もはや聞こえていなかった。その時━━。
「おお~ジーニアス久しいな」
「よお~リグラム王、国際レース開催おめでとうさん。去年の三国杯以来か?」
「そうだぞあれ以来カウント1ばかり出おって、貴様が活躍したせいで、柄にもなく国際レース開催を決意したわい。まあ~そのお陰で、ジーニアス殿と再び会えたんだからな!。感謝しなくてはならぬかあっははははは」
「相変わらずだなリグラム王は」呆れた口調のジーニアスにまあなと答えつつ。
「時に貴殿、あのレッド以外の戦馬に乗ったそなたを初めて見たが……、鞍替えか?」
伺うようなリグラム王の眼差しに肩をすくめ。
「あいつは、今年休養でな、ブラブラしてたらいつの間にかエルバドルにいた。ちょっとした縁だったが、でもなかなかスゲー馬だぜアデルは」
「ほほ~う貴殿が、そこまで他の馬を誉めるか……、珍しいことであるな」
興味深いと口調からもわかる。リグラム王も一流騎手で興味を抱いたようだ。にやり不敵に笑ったジーニアスは、
「アデルなら。真夏のグランプリを狙えるぜ」豪胆に言ってのけていた。ほほ~うと随分と大きな風呂敷を広げたが、これは面白いと内心に深く刻み。
「今年のトライアルに出すつもりだな?」
鋭く核心を突いた。しかしジーニアスは、ただ笑みを深めただけである。
ジーニアスとリグラム王の話を耳にして、頭真っ白になったリーエン、パロマを他所に。
「なんとアデルとはそれほどの馬とは……、無精このバルテロ。是非ともリーエン殿の牧場で修行させて貰えないだろうか?」
歓喜極まったバルテロの申し出に。
「まあ~いいんじゃない」
深く考えもせずOKを出していた。
「ありがとうございます!。このバルテロ粉骨砕身の気持ちでリーエン殿のため勝ち続けましょう!!」ガハガハばか笑いしてるバルテロの言葉は、後々凄まじい力を持つことになるのだが……、それを知るのは数日後になる。
見事『招待レース』で優勝したアデルは『海馬』クラスに称号が上がり。レベルカウント3、トライアルに出場資格が与えられる。
「アデルを北方三国記念に出すからよ。そのつもりでいろよな」
あのパーティーの日から、数日後……、悶々としていたリーエンに。寝起き最初の言葉がこれである。
「本気で言ってるの?」
「ああ!アデルには、無敗のまま最短で重賞を勝ってもらう。そのつもりでいてくれ」
前々からおかしいなところはあったが、アデルを無敗のまま重賞に出すつもりだったとは……、「やっぱり流れの騎手ね。そう簡単にカウント2なんて出れないわよ?」
根本的な毎にまるで気付いてない。鈍感なリーエンだからこそ。無茶苦茶なことも言える。
「ああ~そこでカウント3にエントリーしてもらいたい」
「なるほどね……、それで……どのレースに出すつもりよ?」
トライアルにエントリーするよりは、現実的である。優勝なんて無理だろうが、リーエンだって夢は見たい。だからそう尋ねた。
「ちょうどいいのがあるだろ、あんたが引っ掛けた騎士の国のレースがさ」
にやりと不敵に言っていた。
━━北方三国の東に。美の女神アフロディーが、あまりに美しい森を認めて。その国を納めたフォーリ王に。加護を与えたと伝説が残る。
王宮に呼び出された騎士団長オーディン・リンチョは、銀色に見える美しい髪を短く整えた。見目麗しいと評判の団長である。美の女神の加護があるからか分からないが、国民の多くは美しい人々ばかりで、別名美の王国と呼ばれてる。
「陛下。オーディン参上致しました」
雄壮な絵画のいち場面。そう言われる謁見の場に。平にかしずくと。豊かな髭を蓄えたマナウ王は、
「間もなく我が国のレースが開催される」
「はっ、準備は滞りなく進んでおります」
「先だって、北方三国が一つ。リグラムに『炎の将軍』(フレアジェネラル)が出場したと、バルテロより聞き及んでおるな?」「はい、まさかあやつが出てるとは知らず。愚弟に任せてしまい申し訳ございません」
深く頭を下げたオーディンに対して、実直過ぎると苦笑を浮かべた。
「あいすまぬ。誤解させた」
ん?、と陛下は謗る為に、自分を呼んだのではないと分かり、顔を上げた。
「バルテロからある頼みを受けてな、我もよい機会と思うて、前向きに考えておるのだが……」
バルテロが、エルバドルのリーエン牧場で、修行したいとの胸伝えると。
「ほう……、あやつがその様なことを」
驚いたようだが、存外悪くない考えだと感心していた。騎手は自分を高めるため。他国で腕を磨くこともある。
「それとは別に。件のリーエン牧場から、我が国のフォーリ杯にエントリー申し込みがある。これはよい機会だと思わんか」
「ハッ、リーエン牧場の馬が優れてるならば、確かに我が国と交流を持たせる良い機会かと」
騎士団長の了承を得れば、ことは簡単である。
「騎士団長オーディン・リンチョよ。我が名において許可すると。リーエン牧場に伝えよ」
「ハッ直ちに」
深く一礼していた。
━━後日。正式にフォーリ杯参加許可書が、リーエン牧場の元に届いた。
━━数日後……、輸送のため、アデルはジーニアスそして……、
「なっなあ旦那。本当に俺で良いのかよ」頬に火傷のあるロウザが、不安そうな顔で言う。
「とりあえず牧場には、他に騎手はいねえだろ?」
「……だろうな」
自嘲気味に笑う。だが例え補欠だろうと『天馬』クラスに出場出来るのはチャンスである。
「それによ~フォーリ杯は、競技の側面が強い」
森林レースは、特殊フィールドの中でも。様相がかなり違う、別名大障害レースと呼ばれるもので、主に森の地形を利用して、開催国が用意した障害を飛越させる物である。その為最低限のルールとして、二人の騎手の内。1人でも残り。落馬せずゴールを目指すレースである。無論森の中には、川、小さな山、モンスター、危険な猛獣もいる。それを回避しつつまた戦い。開催国が、用意した障害を飛越してとなると、騎手の技術と何よりも、馬と一つとなって、初めて可能になる。難しいレースである。
「そんな訳でアデル、お前さんにもこいつを乗せて、追いきりに出てもらう」
ジーニアスはわざわざ厩舎にロウザを連れて、レースの説明を始めたから。目を白黒させていた。
ブルルルと嘶きアデルはロウザを見ていたが、隣のレッド、さらに奥の馬房にいるリリアンを伺い。リリアンが首を振るとようやく納得して、前足をかいた。
「よしよし納得してくれたようだぜ、良かったなロウザ」
「はっ、はあ~……」いまいち理解は出来ないが、リリアンが許してくれたようだと何だか安心していた。
「リリアンお前さん頭いいな~、レッドが感心してる位だ」
ジーニアスがそう問いかけると。プイってそっぽを向いて、ちらりロウザを伺う。
「あららフラれちまったぜ、なあ~ロウザ覚えとけよ。戦馬に信頼されると言うことが、どれだけ得難いかをな」
バシン背を叩かれたので、むせたロウザを残して、ジーニアスはすたすた輸送の準備に戻る。
今回招待ではないので、輸送他必要な現地の入居厩舎。餌の飼い葉、寝藁、騎手の服まで準備することが沢山あった。また森林レースには。レガートと呼ばれる戦馬専用の革鎧。足元を守る特殊な衝撃吸収用の蹄鉄をはかせる。それはフォーリ王国の装丁師にたのむのだが、色々と出費がかさみリーエンは朝から不機嫌である。
「はあ~、以外とお金掛かるのね」
何だかんだ前回の儲けと賞金が全て、準備に消えていた。
「はあ~3着以内に入らないと。大赤字だわ」
世知辛いため息を吐いていた。
翌朝━━、
ジーニアス達は、フォーリ王国に向け出発した。
3日後……、無事到着。レースは2日後になるので、
「じゃあリーエンよ。アデル運動させてくるから。パロマと手続き頼むわ」
「はいはい行こっかパロマ」
「はっはい!」初めて砂漠から国外に出たパロマである。緊張していた。
「お前さんは後衛になるから、アデルに乗って、呼吸を合わせる訓練な」
「はっ、はい……」
目をパチクリさせるロウザを乗せて、アデルをジーニアス自らひいて歩いてく、その少し前を。フォーリギルド職員が案内してくれていた。
フォーリ王国には、レース専用の戦馬場もあって、毎日腐葉土にウッドチップを敷いた。一周1700mのコースを走る『戦馬』『一角』レースが行われていた。
「やはり人気は、オープンクラスの障害レースですね。戦馬場で行われるレースもありますが、やはり森の中を使った。長距離レースは格別ですよ」慣れた土地勘のある騎手でも季節、天候により苦労すると懇切丁寧に教えてくれた。
「明後日行われる。フォーリ杯では、障害の上空にマークを飛ばしてあります。万が一飛越しなかった場合は、ペナルティとして、500gづつ鞍の積量が増えますので了承を」
大まかな説明して。大障害は全部で16個。全長25キロの森林コースを。一周してなおかつ、障害を飛越しなくてはならない。ましてやそれほどの距離を走る以上、ペナルティはなるべく避ける必要があった。
『第8回フォーリ杯、間もなくスタートです』
天候はやや曇り空。レース中に雨が降る可能性もあるため。騎手の力量が試される。全14頭の馬が、パドックを周回していた。一番人気リリムダイナマイト。ラムダリア王国第1皇女リリム時期女王陛下の持ち馬である。リリム皇女陛下が、フォーリ王国まで足を運ぶことすら珍しい事である。ブルネットの御髪を。小ぶりなサファイアがはめ込まれた王冠美しく。豊かな胸を申し訳程度のドレスで隠す姿は、まだ10代とは思えぬと羨望を抱かせる美少女である。またラムダリアは世界有数の海運国で。財は凄まじく。リリムは五指に入るほどの資産家であらされる。愛馬リリムダイナマイトの観戦に訪れた。外交上はそうなっていた。
「ソロ、ロードリアナ!あの方がおりましたわ♪」
艶やかに頬を染めて、うっとりと見詰める先に。美しく湖畔のような毛並みの馬に乗る。ジーニアスに向けられていた。
「リリム皇女様!、お声が出てますよ」
慌てたようにロードリアナがたしなめた、
「あら構いませんわ、だってあの方は、私の許嫁なんですから♪」
フフフフっと嬉しげに笑うリリム様に。二人は嘆息していた。確かに二人は許嫁ではある。あくまでもリリム様の一方的な理由で……、
あれは昨年の春ごろ……。我が国で行われるカウント1、海神ラムダリア記念にジーニアス、レッドのコンビが参加した。無論その時はリリムダイナマイトではなく。『神馬』ネプチューンに騎乗したソロ、ロードリアナが騎手として参加。後に六冠を達成した『帝王神馬』(ミカエル)、『無冠の帝王』(レッド)『海王神』(ネプチューン)の壮絶なおい比べによって、二年連続優勝のネプチューンを抑え。ミカエル、レッドがハナ、ハナ、クビ差の決着に。リリムが大変興奮したのは、言うまでもない。
「リリム様いくら姫様の思い人と言えども、我等勝ちを譲るつもりはありませぬ了承を」
武人らしい。飾り気のないソロの口調に。
「ええわかってますわ。それにジーニアス様は、手加減を好まれません。存分にやりなさい」
その上で、ジーニアスが勝つと。疑っていない口振りであった。
『各馬順調にゲートに入ります。最後の一頭大外枠にパランギースが入り……スタート。おおっとサメロタイミング悪く出遅れた』
第8回フォーリ杯がこうして始まった。
『ぽんと飛び出したのはリリムダイナマイト、二番手にリンラット、ロロバン、ロマリア、コロニシア、クルメザウイン先団を形成』
やや離れてアデル、フォーリニアス、ウインザロック、タアマサ、ヒユン、テルテルミナオ、パランギース。最後方にサロメ、馬郡はほぼ一団となり森の中を走り始めた。
森と一口に言っても。鬱蒼とした木々がぎっしり詰まった森から、立派な木々が主張するように。間隔を開けて、まるで森道のような森もある。アフロディーナの森と呼ばれる。美しい森もある。『先頭は、依然としてリリムダイナマイト、間もなく第一障害、『大地の裂け目』に差し掛かります』 第一障害は別名地獄の穴。全長4m弱の突然現れる穴は、横に40mもありまた。地下80mにも及ぶ裂け目には、無数の切り立った昌石が並んでいた、天然の罠のように突然と現れるため。何人もの騎手、馬の命を喰らった障害である。
『踏み切って~ジャンプ!、次々と各馬第一障害を飛んで行きます』
最初の障害を飛び越えると。次の障害まで、1キロの緩やかな登り坂、そこから下り。2つの障害が連続して現れる。
『ここで先頭に立ったのは二番手を追走していた。リンラット、さらにロロバンが上がっていく。リリムダイナマイトは三番、ロマリア、コロニシア、クルメザウイン、中団は横一線。依然として最後方は出遅れたサロメ』
アデルは7、8番手、ロウザは馬の呼吸に合わせることだけ考え。ジーニアスの手捌きをただ無心の面持ちで見ていた。 僅かに重心は後ろ。ジャンプの瞬間は、膝をクッションのように曲げた他は、ロウザとさほど騎乗スタイルは変わっていない。
「悪くないぜロウザ!、アデルが気持ち良さそうに走ってやがる。いいかお前さんはアデルに呼吸を合わせてろ。後半こそお前の働きが必要になる。それまでは俺の騎乗と走るペースを肌で感じるんだ」言われるまでもない。ロウザは砂漠以外のレースに出ることが初めてである。そんな自分が、役に立つなどつゆとも考えていなかった。
『間もなく坂を登りきり下りに入ります。先頭のリンラット踏み切って~ジャンプ』
二連続の竹柵障害。後続も次々とジャンプして障害を飛越してゆくが。すぐに同じ竹柵障害がせまる。しかしやや高さがある幅もやや大きい。最初の障害と同じタイミングで……、
『リンラット踏み切って~ジャンプ、おおっと着地に失敗。騎手二人が投げ出され。後続の馬に踏みつけられた!』
さらにコロニシアが落馬。二頭減ってのオープンニング、12頭はここから序盤の9キロ内にある。7つの障害が続くが、最大の難所は、女神アフロディーナの名が冠せられる。茨に包まれた鉄鉱石の柵だろうか……、馬は尖った物が苦手である。自身を傷付ける可能性のあるものを恐れるからだ、少しでも血を流せば、自然界において、猛獣やモンスターに襲われる可能性が劇的に増える。本能で知っているからこそ恐れる。さらに茨に隠されたて見えないが鉄鉱石の柵、それは天然の槍が茨の中に隠されてると言うこと。馬が踏み切るタイミングを少しでも躊躇ったら、馬と騎手両方とも命を落とす可能性があった。
「いいぞアデル、やっぱりお前さんは、地を走る力がある」ジーニアスに宥め誉められてると。アデルは安心して、ただ自分の役目を果たす。
『ここから大地の穴三連、先頭のロロバン踏み切ってジャンプ、ジャンプ、ジャンプ』
三連続の穴を飛び越えるとなると。多くの騎手が体制を崩すなか、いつの間にか、アデルが三番手、フォーリニアスが五番手に上がっていた。
「ほ~うジーニアス、相棒もなかなかやるか」
オーディンは楽しそうに目を細めた。
━━障害レースは通常のレースよりも。馬に掛かる負担が大きい。特にジャンプして障害を飛び越え着地した場合は、背にいる騎手の能力が大きく。いかに馬に負担をかけず障害をクリアするか、これに尽きる。『各馬。森を一旦抜けて、川沿いを北上します。一番川幅の狭い川の上流に。川越えの障害があります』
川面が近いせいか、足元が滑る丸い石が多く。それを嫌い自然と馬は木の根が張ってるが、右側を走るためスピードが落ちた。しかしリリムダイナマイト、アデル、フォーリニアス、パランギース、最後方にいたサロメが、中断まで上がってきていた。
『ここで再びリリムダイナマイトが先頭、アデル、フォーリニアス川を飛び越え。向こう岸に着地。後が続きます』
この先しばらく森から抜けて、荒れ地を走ることになる。
『先頭間もなく大竹柵障害に差し掛かり。踏み切って~ジャンプ』
アデル、フォーリニアスも危なげなく障害を飛び越えた所で、ロロバン、ロマリア、クルメザウインが一気に先頭を交わして前に出た。
『おおっと一気に先頭が入れ替わる』
先頭はこの先小高い崖を登り。狭まる崖を飛び越えると。なだらかな岩だなの下り坂の途中にあるのが、前半最大の難所『女神の槍 』である。横幅30m、長さ4m、高さ2mと見た目のインパクトもあり。下りのスピード、踏み切りのタイミング、馬と騎手が一体化しなくては、飛び越えることは難しい。
『ロロバン『女神の槍』で急停止、後ろから来ていたロマリアと激突!』
二頭は麻痺毒を持った。茨の柵に縺れるように激突、避けたクルメザウイン何とか飛んだが着地に失敗落馬。
アデルは、前の三頭が失敗したことで身を固くしていた。
「大丈夫だアデル!。お前には俺達がついている。怖いなら眼を瞑るといい。タイミングは俺が教えてやる」
迷いも一瞬のこと。風変わりだが、大好きなリーエンを救ってくれたジーニアスを信じて、アデルは眼を瞑っていた。
ドドドト轟音を立てながら、遂に━━。ジーニアスの合図があった瞬間……、
『アデル踏み切ってジャンプ!、さらにリリムダイナマイト、フォーリニアス』
あまりにも綺麗な飛越をしたアデルに。思わずアナウンサーが興奮していた。
「なんと……」
驚きの声を発したソロは、隣で綺麗な飛越をしたアデルを見ていた。何をそんな……、ハッと息を飲んでいた。ロードリアーナが目にしたのは、馬が眼を瞑り騎手に全てを託した姿に驚いていた。一頭の馬が、騎手に身を任せることなど。そうは成せる技ではない。人馬一体と言われる理想だが、そうそう出来ることでは無いからだ。
『崖に挟まれた細い坂を一列になりながら。各馬後半に差し掛かります』
この時点で15キロを走破している。残る障害は6つ。最大の障害が、大落差と呼ばれる最大の難所である。それさえクリアできれば、ゴールの森の出口まで目と鼻の先である。
崖を抜けて、後方にいた馬達が徐々に進出してくる。
『四番手に上がったサロメ、パランギース、ウインザロックが続き、大竹柵障害二連続を目前に6頭が並ぶ!、踏み切って~ジャンプ』各馬綺麗な飛越をして、次の大竹柵障害を同時に飛んで飛越した。二頭が大竹柵障害を回避して、ペナルティを受け、見るからにスピードが落ちていた。
『この先大地の穴三連が続きます』
さらにその先には1キロの直線があって、心臓破りの急坂を上がり。19mにジャンプするというよりも。落下するのが、最後の障害大落差である。しかし大概の騎手は、遠回りだが、ゴールに向かう下り坂があり、そちらを選ぶ。やはり馬にかかる衝撃が凄まじいためで。大落差を飛んだ馬は故障する馬が多く、だから……最後の大障害を回避して、長い直線を選ぶ騎手も多いのだ。
━━過去8年の間。大落差をクリアした馬は、僅か2頭のみ。果たして……、
『大落差を選んだのはアデルのみ、もし見事成功出来たら。優勝はアデルでしょうね……』
「愚かな……500gのハンデを捨てて、馬の命を失うか」
残念そうに呟くオーディン、ジーニアスの騎乗が素晴らしいだけに。無謀な行動と憐れんだ。そう……この時誰もが思った。アデルは失敗するのだと……。気持ちは遠回りを選んだ四頭の争いと黙され。アナウンサーも実況を繰り広げる。
『先頭はフォーリニアス、並んでリリムダイナマイト、サロメが二馬身差で追走。パランギースと続く』
「ロウザお前さんに全て掛かってるだ。頼んだぜ!」
「承知してるぜ旦那」ロウザは上に着ていたピッチリした。チェニックを脱ぎ捨てると。下からだぼりとした。砂漠で全身を覆う旅装姿が現れる。素早く鞍と体をベルトに繋ぎ━━、
アデルは踏み切って大ジャンプしていた。
「今だ!」
ロウザが仕掛けを解放した。砂漠の旅装はパッと広がって、凄まじい風の風圧を全身に受けた。
「ぐっ、グオオオオー!」
みしみし骨が締め付けられる音を耳に。悲鳴を噛み殺したが、全身に掛かる想像を絶する痛みに。パキリと奥歯を噛み砕いていた。時間にしてほんの数秒のことであるが、アデルの馬体重+ロウザ、ジーニアスの体重が掛かる重みは、そのまま身体を引きちぎるような負荷を。ロウザ一人に与えていた。「今だ、ロウザ切り離せ!」
「……喜んで」
腰に刺してあったナイフで、パラシュートのように広がる旅装を切り離した。途端に落下スピードは上がり。アデルは見事着地に成功。他馬の15馬身先を走り始めた。
『なななななななななななななんと!、アデル見事着地に成功!、6年振りに大落差を成功させた馬が現れました。騎手は『炎の将軍』(フレアジェネラル)、ジーニアスと新しい相棒ロウザ!、後続をぶっちぎり。見事一着でゴール!』
戦馬場でアナウンスに耳を傾けていた。リリム皇女は艶やかに微笑んでいた。
「流石はジーニアス様ですわ♪、新しい馬のアデル、ジーニアス様が選んだのです。間違いなく竜馬ですわね」確信を持って呟いていた。惜しくもシーホースの子供リリムダイナマイトは、三着に終わる。
「あの子にはよい経験になった筈ですわ。夏のグランプリには出せませんが、来年のラムダリア記念で、レッドと競いたいものですわね♪」
クスクス笑い。うっとりとした眼差しをここにいないジーニアスに向けていた。
「………」
ブルリ身を震わせたジーニアスを。不思議そうに見ていた。ロウザが訝し気に首を傾げる。
「どうしました旦那?」疑問を口にしていた。しきにり腕をさする姿が、奇妙だったからだ。
「いや……、今寒気がしてな、多分気のせいさ~」そう言ってみたが、どうにも寒気が治まらない……。そうこうする内にゆっくりジーニアスがアデルを引きながら。戦馬場が見えてくるや大歓声が聞こえてきた。既に最終16レースが終わり。間もなくメインレースの表彰式が行われる。
「アデルもう少し頼んだぜ」
ブルルル任せろと嘶いた。さっとアデルに乗り上げ。
「行こうか相棒」
後ろのロウザにニカリ男の笑顔を向けると。
「……へい旦那…」
胸が熱くなっていた。少しだけ認められた気がしたのだ。
王宮に呼ばれたバルテロ・リンチョは、幾分緊張しながら登城して、謁見の間に通された。
「表を上げよバルテロ」許しを受けて、顔を上げると、王座の間には、兄のオーディン、相棒の宮廷魔導師アロバンを認めやや驚いた。
「そなたより修行先に上げられていたリーエン牧場へ、そなたの兄オーディンと認める運びとなった」
「まことでございますか!?」
「うむ。詳しい話はジーニアス殿と間もなく謁見をする予定である。その場で話を詰めるゆえに心得よ」
「はっ!、有り難き幸せ」
バルテロは、生真面目に深く一礼していた。
「さてオーディンよ……、そなたもジーニアス殿に色々と聞きたいとこであろうが……」
意味ありげな眼差しを受けて、つい仏頂面をしていた兄オーディンは、
「陛下……、確かに色々と聞きたいことはありますが……」特に最後の障害をどのような策で潜り抜けたか……、アナウンスも注目してなかったために。まるで分からず。そうなるとどうしても知りたいのが心情である。
オーディンは、秋口にあるトライアル。パラセイヌ記念に出場予定である。同じ森林コースが使われ、最後に待ち構えられる大落差障害は、フォーリ杯ととても似ているため。改めてオーディンは、パラセイヌギルドに問い合わせたところ。開催以来あの大落差障害をクリアした馬は…、
━━昨年の二頭だけ。一頭はあの『帝王神馬』(ミカエル)一頭は『無冠の帝王』(レッド)のみである。
そして……我が国のフォーリ杯のコースは、トライアルのパラセイヌ記念。JPパラセイヌⅡ世王杯で、実際に使われるコースに似せて造らせていた。そのため毎年JP出場を目指す。一流騎手、未来の名馬を引き連れ、有力馬が一堂に会する。人気レースである。
オーディンとしてもカウント1の出場を狙いたい立場である。ジーニアスは愛馬以外の馬で、再び再現してみせた手段……、聞ける物ならば、是非とも聞きたいのが心情。陛下はその辺り察して、おっしゃったのだろう。
「兄上それでしたら。リーエン嬢にお聞きなさるがよろしいかと……。あの方は、あのジーニアス殿を、顎でこき使える数少ない御仁でございますから」
弟の言葉ではあるが、俄に信じられず。
「ジーニアス殿を顎で?」「はい、あちらではかなり有名な話でして、不覚にも……、我もリーエン嬢に会うまでは、チビるかと緊張してました」
恥ずかしい当時の心情を吐露するバルテロに、思わず目を丸くした陛下は、ブフっと吹き出して、ゲラゲラ笑い始めた。
「そなたがチビるかとっとと……」
笑いがなかなか治まらず身を震わせていた。
「それはもうリグラムギルドでは、ギルド職員までもが、びくびくしてましたので……」
しみじみと言うのである。ジョークとは無縁なバルテロにここまで言わせる以上は、なかなか見所のある牧場主であるのだろう。
「良かろうそなたの愛馬と、相棒の妹を修行に行かせること認めよう、のうオーディン」「はっ、陛下の恩情に感謝いたします」
兄オーディンが認めたので、正式に決まった。晴れやかな顔をした弟が、退席したのを見送りつつ。オーディンは少し羨ましい気持ちを抱いていた。
━━後日。王宮で開かれたパーティーに招待されたリーエン、パロマ、ジーニアス、ロウザの四人は、その場で正式にバルテロの修行をリーエン牧場でお願いすると国王直々の願いに。
「光栄ですわ国王陛下♪。私共で力になれるか解りませぬが、善き経験になるよう誠意を持ってお受け致します」
「おお~それはありがたい!、そなたのような美しい牧場主だとわかっていたならば、我れが変わりたいところじゃの~オーディン」「はっ、さようですな陛下」
「まあ~♪、ありがとうございますわマナウ陛下」
恥ずかしそうに微笑むリーエンを見て、ジーニアス、パロマ、ロウザの三人は唖然としていた。 「なあ~あれ、本人だよな?」
「はい……、一応本人です」
「そう言えば、お嬢さんは昔から外面は良かった……」
失礼なこと言ってる三人を一切無視して、にこやかに話を詰めていた。
後日━━、
バルテロ・リンチョ、サフィー・リンチョ、愛馬オータムフォリーの入居が決まった。サフィーは短めにしたブルネットの髪、小柄な体躯の可愛らしい風貌のかったつな女の子である。
「皆さん、おはようございます♪」
「サフィーちゃんおはよう~、今日は『戦馬』戦頼んだよ」
「はい!頑張ります」ジーニアスがカウント3を勝ってから。新たに4頭の新馬が入居していて、見習い騎手のサフィーにとっては、環境も変わり毎日が新鮮で楽しかった。
「おはようタムタム♪」サフィーが声をかけると、一番奥にいるリリアン、レッド、アデル、そのとなりにオータムフォリーが、ひょっこり顔を出した。青と黒の中間の青影と呼ばれる毛並みをしているが、気弱なと印象のある愛馬の手入れを始めた。
「おはようサフィー、オータムフォリーも」
「あっ、おはようございますジーニアスさん!」くあ~っと欠伸を噛み殺しながら。眠そうな顔で現れた。
「今日は『戦馬』に二頭乗るんだってな、ソロンとパルパルは上手く先行出来れば勝ち負け出来るだけの力ある。頑張れよ」
「はいありがとうございます!」
フォリー王国では、あまり他馬に乗る機会が少ないから、毎日こんなに沢山レースに乗れるのが、楽しくて仕方ないのだ。
「障害レースと違って、砂漠のレースは馬のダメージがさほどではないから。わりと早いインターバルで乗れるのが魅力だよな」
楽しさが伝わって来たのか、サフィーの心情を察して聞いてくれた。
「本当に楽しいです!。早く『一角』にもチャレンジしたいです」
「二頭ならそれも可能さ、うちには有能な案内人もいるしな」
同じ女性で自分より年下のパロマの素朴な笑顔が脳裏に浮かぶ、彼女とは職種も違うし。女性が少ない世界である。正直戸惑ってもいた。でも話して見ると……素朴で、可愛らしい性格だし。歳も近いせいか、早くも友人関係を築いていた。
「じゃタムタム行ってくるね♪」
ブルルル嘶くオータムフォリーに、クスクス微笑みながら、サフィーはレースに乗るため出かけて行った。
最近専属騎手1人と流れ者だが、凄腕一流騎手に加えて、他国から期間限定だが、二人の騎手が所属したリーエン牧場は、生産馬が、カウント3を勝つなど。目覚ましい活躍をしていた。来月行われる北方三国杯にアデル号をエントリーの申し込みがギルドになされ。書類が上がってきていた。ただし案内人はまだ未定とのこと。
『最後の難関モンスターエリアを抜けて、フロンターレが先頭。騎手はバルテロ・リンチョ、フォリー王国有数の障害騎手が、我が国が誇るリーエン牧場に所属した。これはこのまま優勝を飾るか!』
熱のこもった実況を聞きながら、パロマは不機嫌そうな顔をしていた。
「ワハハハハさすがですぞパロマ殿。ギルドの案内人とは雲泥の差です!」
「それはどうも……」
不機嫌さを隠そうともせず。唇を真一文字に噛み締めていた。
『あの馬鹿……、私じゃダメだと抜かして……、他に案内人なんているって言うの?』
何だかもやもやした気持ちを抱えて、今朝のこと思い出していた。リーエン牧場の事務所では、北方三国杯が再来週に迫るなか、リーエンとジーニアスを交えて、パロマは話し合いをしていた。
「なんですって!?。案内人がパロマでは、不足だと……」
「ああはっきり言って、トライアルレベルでは実力不足だな。第一に体力が持たない、第二に武器が扱えない、よって最大の難所。砂海や砂竜の巣を走り抜けるには、お荷物だな、連れてくだけ死なせにいくような難所だ」
キッパリと言われてしまい……、言い返せない自分の不甲斐なさに。ジーニアスへの憤りを感じていた。
『明日奴が来るから。リーエンあんたも会ってから判断しな』
意味ありげに笑うジーニアス。釈然としないながらも。
『わかったわ。明日会ってから判断します』
『一着はフロンターレ、騎手はフォーリ王国からの刺客。バルテロ・リンチョ!』
アナウンスの声も今のパロマには、虚しく聞こえていた。
「今頃……」
ぽたり今になって涙が溢れてきた。
「初めましてリーエンさん、オーレン・カルテともうします」
にこやかに笑うと誰かにそっくりで……、何となくからくりが見えて来た。
「貴方……パロマの?」「やはり、似てますかね~クスクス」
悪戯が見つかりまたか、そんな口振りである。
「そいつが、この間アデルを『招待レース』に捩じ込んだ張本人。エルバドルのギルド長さ」
「あらギルド長さんが、こんなに若いなんて驚きね……」流石に目を丸くしていた。
「早速で悪いが、オーレンお前の返事が聞きたい。まだパロマには内緒なんだろ?」
意味ありげな視線を受けて、思わず苦笑していた。
「そうだねジーニアス。当たり前だけとやるよ~。君の案内人は僕なんだからさ!」
「てな訳で、リーエン」 「何か訳ありなのね……、分かったわいいでしょう……。ただしジーニアス」
ビシリ胸を叩きながら、鋭い眼差しを浮かべて、「パロマは、あたしの牧場の案内人よ!。あんまり内緒話ばかりだと。あんたを追い出すからね」そう言われてしまい。二人は意外と優しい少女リーエンの気持ちに。顔を見合せ微笑んでいた。 「じゃオーレン・カルテギルド長。書類はこのように。よろしいでしょうか?」
突然ジーニアスは仰々しい口振りて、深々と一礼していた。
「はい確かに。書類の不備は……ああ僕のサインを」
悪乗りしてオーレンまで、仰々しい口振りで対応する始末。
「仲がよろしいのね……」
呆れたように言えば、二人は顔を見合せ。
「そら~親友だし」
「そら~相棒だからな」 二人は再び見合い。にやりと笑い会う。やれやれとリーエンは肩を竦めていた。
オーレンが書類を手に帰宅した後。バルテロ、サフィー供に初勝利を上げて、意気揚々と帰ってきた。
「ご苦労様ねバルテロ殿、初勝利おめでとうサフィー」「はっ有りがたき幸せ。流石はリーエン牧場の馬ですな、グワッハハハハ、グワッハハハハ!」
馬鹿笑いする兄に。サフィーは眉をしかめたが、騎手として初めて1人で走らせ。自分の力で勝てた喜びは、格別である。 「パルパル、ソロンに勝たせて貰えて、本当に最高の1日でした!」
晴れやかなサフィーの笑顔を見てると、こちらまで嬉しくなっていた。晴れやかな場に、1人座り込むパロマ、何だかいじけてるようにも見えた。
━━瞬く間に。二週間が過ぎて行く。パロマは誰がジーニアスの案内人をやるか、そればかり気になっていた。
━━北方三国杯のコースは、三国の中央にある古代遺跡をスタート地点に。モンスターエリアを抜け。最長6キロにも及ぶ流砂地帯。砂鮫がうようよする砂海と呼ばれるエリアを抜けると。岩床地帯に入る。その先には数百年の年月で、研ぎ澄ました剣山が並ぶような渓谷。砂竜の巣と呼ばれる。巨大な洞窟を抜けた先がゴールとなっていた、自作の地図を広げて、
「はあ~」
唇を噛み締めていた。
スタートは明日の朝。全8頭が参加する。
『第9回北方三国杯、各馬の紹介です。1枠ラノスタイン号、ラノスタイン市所属騎手は魔導師リーンマイヤ』
『2枠カナード号、カナード共和国所属騎手は元傭兵隊長バナード』
『3枠サナリア号、サナリア連邦所属騎手は海兵長シーザラン』
『4枠ファランソ号ファランソ共和国所属騎手は弓兵アザト』
『5枠1番人気グラスバンドール号、バンドール伯爵の持ち馬騎手は騎士ランド』
『6枠二番人気シェイドリグラム号、リグラム国所属騎手はゴード・リグラム国王陛下』
『7枠三番人気8戦8勝アデル号、リーエン牧場所属騎手は『炎の将軍』ジーニアス』
『8枠ブリタニア号、ブリタニア王国所属騎手は騎士団長ゴーラ。間もなく発走します』
パロマは不機嫌な顔のまま。リーエンとともに三国ギルドが運営する。特設ステージに招待されていた。
「はい飲み物と新聞ね♪」
「あっありがとうございます……」
「ねえ~新聞読まないの?、貴女が気にしてるジーニアスの案内人の名前出てるけど」ギクリ身を震わせたパロマ、
「あら……もしかして気づかれて無かったとか思ってたの」
カーっと顔を真っ赤にして、俯いたパロマ達の元に。
「リーエン殿、パロマ殿、間もなくスタートですぞ!、まさかジーニアス殿の案内人が、ギルド長のオーレン・カルテ殿とは知らず。驚きましたぞガハハハハハ」豪快に笑い出したパルテロの言葉に。
「えっ……、まっまさか!」
慌てて新聞を開いて、アデルの……、
「うっ嘘!、お兄ちゃんとジーニアスがコンビだったなんて」
プロの予想屋が発行してる新聞には、各馬のプロフィール、騎手の戦績、案内人との過去のプロフィール等も載せられていて、
『昨年彗星の如く現れた無名の新人、無名の馬、無名の案内人は、最低人気を覆し見事優勝』の文字を見て、とても驚いていた。
「あらパロマ知らなかったの?」
「はっはい」
素直に頷くパロマに。上から言うリーエンとて、とても驚いていた。
「まあ~所詮はジーニアスだし、期待しないで待ちましょ」
「おお~さすがはリーエン殿!、豪気ですな」高らかに笑うバルテロを鬱陶しく思い。サフィーはやれやれとため息を吐いていた。
『全馬ゲートに収まりスタート、綺麗に決まりました』
古代遺跡からスタートした各馬は、モンスターエリアに突入して行く。トライアルに騎乗する案内人は、そこらの戦士では足元に及ばない一流の戦士である。ジーニアスは真っ直ぐ走らせ。オーレンは目深に身体を覆う旅装の下から。右腕を出して、黒光りする6連式リボルバーを引き抜き。空気が抜けるようなパスパスパス瞬く間に六発の圧縮エアーガンを放っていた。肉食蜥蜴の頭蓋を撃ち抜き、3匹を仕留めた。安堵したのもつかの間、無数の肉食昆虫が集まっていた。素早く弾装から薬莢を抜いて、次弾を装填していく。
ドゴン!、前方にいた昆虫の群れに命中。爆炎が上がる。見れば右目に眼帯した。ラノスタインの魔導師リーンマイヤの砲撃魔法らしい。
「相変わらず派手だね~」
「あの人、カウント3で死にかけたようだが……、あの様子では、背に気を付けとくべきだな」
「へっ、だろうな、後気になるのはグラスバンドールのランドだが、『魔導王』の新しい相棒だろ、剣聖の弟子かもな」
「多分ね。それに少頭数は荒れる。それが戦馬レースの格言だろ」
オーレンが、おどけたように言うから。昨年を思い出して、にやりと笑い。違いないと呟いた。『各馬の騎手は、流石は一流騎手ばかりモンスターエリアを抜けると最初の難関。流砂地帯に間もなく各馬突入します』
トライアルともなると。お互いの手の内を知っている。まずは馬の体力を浪費しないよう案内人の腕が問われる。
「コースはやや右に修正、ジーニアスあれやるつもりだろ?」
「よく分かってるな」
にやり不敵に笑い。先頭を走るブリタニア、カナード、その後ろグラスバンドール、ファランソ、サナリアが先団を形成、シェイドリグラム、ラノスタイン最後方アデルは足を溜めていた。
「なら流砂を一気に抜けて、逃げ切ろうぜニア」
「おうよ!、アデルの本当の力を見せつけて勝つ、それに耐えられる案内人は、お前しかいないからな」
信頼を込めた言葉に。オーレンは昨年を思い出していた。彼は案内人でありながら、ジーニアスの相棒として、レッドが参加した全てのレースに騎乗した。またガンマンとしても超一流の腕前を誇り。彼だけが唯一レッドの能力全開状態に。唯一耐えられた稀有な人材でもある。
『先頭のブリタニア、カナード並んで流砂地帯に入ります』
先行馬は、流砂が動く前に流砂地帯を走り抜けたい算段であろう。
『全馬流砂地帯に入り。徐々に流砂が動き始めた』
ズザザザサ……、轟音をたてて渦を巻き始めた。
流石はトライアルに出場する馬、騎手である。馬の能力を最大限に引き出して、流砂群を軽快に駆け抜けていく。早くも先行馬が中断に差し掛かる頃。
「アデル!」
鋭く激を飛ばした瞬間。グッと気合いを込めて、体が沈み込む。朝日に照らされたアデルの馬体は、湖畔の水面のように波打ち。地竜の能力を解放する。アデルの能力は、地の属性である。考える汎用は、地に足が着くならば例えば、流砂の中心。崖の側面。渓谷の岩だなであろうと走れる能力であろうか……。
『大外から一気にアデル!、アデルが全馬を飲み込むように。差しきる。ここで先頭はアデル、アデル、アデル、アデルが先頭。みるみる着差を広げて、二番手のブリタニア号をみるみる突き放し。その差は20馬身以上離して。砂海に突入』
足元からの振動は消えていた。だがアデルのスピードは衰えない。
「ひゅ~こいつはスゲーな!、レッドの能力に匹敵するんじゃないか」「当たり前さ。こいつは今年のグランプリを勝つ馬だぜ。なあ~相棒」
気合いの乗った嘶きが聞えて来そうである。
「ジーニアス!、そろそろ来るぜ」
「わかってる。行くぜ相棒」
グッと馬銜を噛んで、手応えが強くなる。
「やや左に舵をとれ。6秒後に。右から現れる」
オーレンが注意を促した。それを聞いて「へん」と懐かしそうに笑みを浮かべた。
「了解」
僅か一馬身左に移動して、慣れた手つきで、投げ槍を鞍から抜いて、見もせず投げた。
ばざぁ~、まるで海中から頭上の獲物を狙うかのようなタイミング、口を開けた砂鮫の頭蓋を一撃で、見事射抜く。
「左から二頭。4、7秒の順に」
一馬身右に移動した瞬間。まるで砂中を見てるようなタイミングで、砂鮫が飛び上がる。パシュパシュ二連続の圧縮空気が発射された音がした。砂鮫の頭がぶっ飛ぶ。さらに一馬身右に移動。
今までで一馬身大きな砂鮫が、大ジャンプ、アデルの頭上を越えながら━━砂を撒き散らせ。砂海にダイブ。砂波がアデルの蹄に触れた。
「大物だ!。あれだけの大物は、あいつを呼ぶ。オーレン注意を」
「承知してる。こいつは追っわれてるんだな」
砂漠最大の捕食者に……。砂鮫すら獲物にする怪物が。砂漠には存在していた。「ジーニアス!、後方7秒、砂鮫を追いかけてる。奴が来る」
「わかった」
砂鮫を追って砂中から。無数の触手が飛び出した。奴は砂漠モンスターの頂点に君臨するもの……、砂漠大王烏賊しかも一匹ではない。ジーニアス、オーレンが仕留めた砂鮫にも。一抱えある触手が伸びてきて、砂鮫を砂中に引っ張り込む。凄まじい勢いで砂波が、津波となってアデルを押し流しにかかる。
「こいつはいい、ちょうど良いぜ!。俺たちにとって追い風だ」
『おおっと、砂漠大王烏賊のダイブが発生。二番手以下。足並みが遅れた』
先頭のアデルと二番手では、50馬身以上離れた計算になる。剣山の渓谷を抜けて、先頭を駆け抜けるアデルは、大洞窟に歩を進めていた。
「相変わらず臭いな。ガスマスク越しでも鼻が曲がりそうだ」
「……長くいたい場所では、無いね~」普通の馬では、竜が吐き出す硫黄によって死に至る。時間は掛かるが、渓谷の出口で馬にもガスマスクを着けることが許されていた。しかし竜馬であるアデルのスピードが上がった。戦馬にとっては毒でも、竜馬にはダメージにはならない。それどころか逆に力に換えてしまう。
━━グァアアアアアア、竜の咆哮が、洞窟内に響き渡る。
「おお~あいつら、空腹のようだぜ相棒」
「こんな前哨戦で、殺られる訳にはいかないな~」
二人は不敵にニッと笑い。それぞれの武器を手に。アデルは竜の蠢く真っ只中に突っ込んで行く。
━━僅かに見える外への光明。竜が7体も出口を塞いでいた。
『アデル、アデル、アデル、アデルが出てきた。優勝は無敗馬アデル!』
レースの結果は次の通り一着アデル
二着シェイドリグラム
三着グラスバンドール
以上三頭には、真夏のグランプリへの優先出走権が与えられる。ジーニアス、オーレンの二人は、盛大な歓声に出迎えられていた。
エピローグ
『第10回真夏のグランプリ間もなく開催されます』
フルゲート全16頭による、南の楽園ルタニア王国の海岸線を走る。全長32キロのコース。一番人気は『神馬』ゴールデンキンバリー。昨年二着。一昨日優勝した実績馬。二番人気は彗星の如く現れた無敗馬アデル。湖畔の水面ような美しい馬体を波立たせ。気合いを見せる。
馬上のジーニアスは不敵な笑みを。相棒の1人ロウザを後ろに乗せて、静かにその時を待っていた。
「兄さん……」
一月前の北方の三国杯後…、久しぶりに会った兄に。許嫁のマイリアが、兄の親友オーベンと駆け落ちしたことを告げたら。
「はあ~ようやくオーベンのやつ決意したのか」
驚きもしない兄に。随分と戸惑っていた。
「にっ兄さん」
「お前は知らなかったのか……」
オーレンはなぜ村を出たのか、その理由をパロマは初めて知ったのである。何だか色々と馬鹿馬鹿しくなっていた。
「ジーニアス!、優勝しなかったら赦さないからね」
パドックを歩くアデルとロウザ、そしてジーニアスは、ふてぶてしく笑っていた。本当に気が利かない男である。何だか可笑しくなりクスクス笑っていた。
そして……、
真夏のグランプリが、間もなく発走される。私達の馬と。ドキドキさせてくれる魅力ある騎手達が、熱いレースを繰り広げるのだ。みんな緊張の一瞬を待ちわび。その瞬間を待っていた。
無敗のまま戦馬レースに出ることになった馬がいた。愛する馬主のため。本当の相棒となる騎手を育てるため。湖畔のような青い馬体を。王者のごとく胸を張り。瞬く間にかけ上がる馬が、天才騎手と出会った。彼の名を……。