008
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朝、目を覚ますと部屋の中が騒がしかった。
部屋といっても――取り合えずあてがわれた艦内の倉庫の埃臭い一角に、土嚢を積んで簡易ベッドとしたのが僕の部屋だった。
まるで馬小屋か牛舎だなと思いながらも、僕はこの艦では居候みたいなものだしなと自分に言い聞かせて、昨夜はそこで夜を明かした。
「――いったい、なんだ?」
倉庫の丸窓から差し込む日差しを浴びて目を凝らすと、僕の顔を覗き込んでいる四つの紫の瞳と、僕の視線が交錯した。
「起きたよ、オデット」
「起きたね、オディール」
土嚢の上に横になった僕を屈みながら覗き込んでいるのは――
双子のような女の子オデットとオディールだった。
すでに《クリムヒルト女学園》の制服を着て、頭にリボンをつけておめかしをしたした女の子二人が、なぜか僕の部屋にいて僕のことを楽しそうに眺めていた。
「……やぁ、おはよう」
僕は何だかとても穏やかな気持ちになって朝の挨拶をした。
「お兄ちゃん、おはよう」
「お兄ちゃん、おはよう」
二人が声を揃えておはようの挨拶をした。
とても良い子たちだった。
「君たち二人は、どうしてこの部屋のいるの?」
「オデットよ」
「オディールよ」
二人は楽しそうに名前名乗った。
鏡に映したように同じ顔をした可愛らしい二人だったが、僕はようやく二人を判別する方法を見つけることができた。
「……わかった。白いリボンがオデットで、黒いリボンがオディールだね。二人は、双子なのかな?」
「正解」
「正解」
二人はきゃっきゃっと喜んだ。
「僕は青崎碧人だよ」
「お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ」
「そう。お兄ちゃんは、お兄ちゃんよ」
家族のいない僕には、“お兄ちゃん”と呼ばれることがとても新鮮だった。
「そうだ、二人とも昨日はありがとう。オデットとオディールの二人が、僕が嘘をついてないって信じてくれたから、僕は枷を外してもらうことができたよ」
「だって、お兄ちゃんは嘘をついてなかったもん。ねぇ、オディール?」
「そう、お兄ちゃんは嘘をついてかったわ。ねぇ、オデット?」
「嘘をついてなかったって分かるの?」
「うん。お兄ちゃんのエーテルは綺麗なままだったもん」
「そう。嘘をつくとね、心の中のエーテルは汚くなっちゃうの」
「エーテルが汚くなる? うーん?」
僕は二人の言葉に頭を悩ませた。
二人の紫水晶の双眸は無邪気ながらも妖しげに光っていた。
「――アオサキ・アオト、起きていますか? アリシアです」
不意に、ノックの音と共に扉の外からアリシアさんの声が聞こえた。
「アリシアさん? はい、起きています」
「入ってもよろしいですか?」
アリシアさんの声が聞こえると、オデットとオディールは何故か僕の背中の後ろに回って小さくなった。
僕はこの光景を見渡して大丈夫だろうかと思案したが、考えたところでどうにかなるわけでもないなと頷いた。
「――どうぞ」
倉庫の自動ドアが開いて、扉の向こうから赤い制服姿のアリシアさんが現れた。
「よくもこんなところで眠れたものですね?」
部屋に入って開口一番、アリシアさんは倉庫の中の様子を見て驚いたように言った。
「アオサキ・アオト……まだそんなだらしない格好をしているのですか、それに髪の毛も梳かしていませんし、顔も洗ってませんね? 私は、明朝迎えに行くので支度をしておくようにと言ったはずですか? ……そこにいるのは……オデットとオディールですか?」
まるで母親のように一頻りの小言を呟いたアリシアさんが、僕の後ろに隠れた二人を目ざとく見つめて顔を顰めた。
「二人とも、何をやっているのですか? あなたも、こんな小さな子供を部屋に入れて……いったい何をしていたんですか?」
「いや、これは……その?」
アリシアさんの剣幕に押されて僕がしどろもどろになると、僕の後ろからオデットとオディールが飛び出した。
「お兄ちゃんは悪くないもん。ねぇ、オディール?」
「そう、私たちが遊びに来ただけだもん。ねぇ、オデット?」
「アリシアなんかほっといて行こう」
「アリシアとはお話ししてあげない」
つむじを曲げた二人が、まるでつむじ風のように倉庫を後にして行った。
「こらっ。二人とも待ちなさい。もう、まったく――」
アリシアさんはひどく疲れたように額に手をついて、そして怒ったような顔で僕を見た。
「何を笑っているんです?」
僕は自分の顔が無意識に緩んでいることに気付いた。
「いや、アリシアさんって……何だか大変そうだなって思って」
「私をバカにしているんですか?」
「まさか?」
僕は両手を上げて降参の姿勢を取った。
「もう、いいです。とにかく……アオサキ・アオト、そんなだらしない顔と服装で艦内をうろつかれては困ります。この服に着替えてください。あと、髪の毛を整えて、顔もしっかりと洗うように」
不機嫌そうに手に持って洋服を僕に押し付けて、アリシアさんは倉庫を後にした。
僕は、早速あてがわれた新しい服に袖を通した。
黒のブレザー制服にフリルのついたドレスシャツ。タイトな黒のスラックスに黒革のブーツで――まるで中世の貴族が着るような服装だった。
「……アリシアさんが選んだのかな? さすがはお姫さまって感じだけど……どう考えても僕には似合っていないような?」
僕は着なれぬ服装に戸惑いながらも、しっかりと身なりを整えてからアリシアさんと再会した。