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005


 ☆



 僕がラティファに呼ばれてこの世界を訪れ、そしてこの空飛ぶ戦艦にやって来てから三日が過ぎていた。

《ナイト・ヘッド》と呼ばれる機械の巨人――《ジークフリート》の操縦席で気を失って目が覚めたの昨夜のことだった。

 

 そして僕は、今――たくさんのベルトが取り付けられた拘束衣のようなものを着用させられ、そして椅子に座らされて、衆人環視の中にいた。口にはマスク型の猿轡(さるぐつわ)のようなものをハメられて言葉を喋ることもできず、これから僕自身がどうなるのかも分らない不安に恐れ戦いていた。


 僕はまるで捕虜か犯罪者のような扱いを受けていた。

 

 どうしてこんなことなったんだろう?

 もしかして、これから拷問のようことを受けるのだろうか?

 

 僕はまるで壮大な詐欺(ペテン)にでもあったような気分で、僕を取り巻く人々を見回した。

 

 目の前には、僕の頬を打った淡い桃色がかった金髪の少女が、翡翠の双眸を怪訝そうに歪めて僕を見つめている。今は真紅のユニタード式のスーツではなく、金モールと金ボタンのついた赤い制服に、白いタイトなズボンを着用していた。

 

 金髪碧眼の少女の隣には背の高い筋骨隆々の男性が立ち、茶色の瞳で僕を興味深そうに見つめている。濃い茶色の制服を身に着け、頭には制帽をかぶっていた。

 

 そして、この部屋に唯一置かれた大きな机の前に腰を下ろした壮年の男性は、逞しい髭を生やした武骨な顔に何の表情も浮かべず、僕をのことを冷やかに見つめている。

 

 他にも濃い茶色の制服を着た男性が数人と、白衣を着た女性、灰色の作業服を来た男性が一斉に僕のことを見つめていた。


 部屋の隅の方では、僕よりも幼い小さな女の子が二人いた。それもまるで同じ顔をした双子のような女の子が、僕を見て楽しそうに笑っている。双子のような女の子は、僕が通っていた中学校の制服によく似た、黒のブレザー制服に赤いプリーツスカートを着ていて、そこだけ切り取れば他愛もない学校生活の一部のようにさえ見た。


 僕はこの世界に来る前の平凡な学生生活を思い出していた。


「さて、どうしたものかな?」


 背の高い男性が顎を擦りながら首を傾げる。

 高い鼻と堀の深い顔立ちをしていて、まるでハリウッド俳優が演技をしているようだった。


「オーファン大佐、この少年は今直ぐでも独房に入れておくべきです。ラティファがあんなのことになったのも……この少年のせいなのかもしれないのですから。危険です」

 

 金髪の少女が声を上げた。


「――――、うッ、うー?」

 

 僕は「ラティファがあんなことに」というフレーズに驚いて目を見開き、声が出せない代わりに大きな呻き声を上げて体を揺すらせた。


「静かにしなさい」


 金髪の少女が不快そうに僕を諌め、部屋の隅にいる双子のような女の子が同じような仕草でくすくすと笑った。


「アリシア、その少年の口枷を外してあげなさい」


「艦長、しかし――」


 アリシアと呼ばれた少女が口を開くが、艦長と呼ばれた壮年の男性がゆっくりと首を横に振り、鳶色の瞳を細めて視線を厳しくした。


「アリシア・エル・クリムヒルト――あなたは、いずれ皇国を継ぐお方だ、それならば礼を重んじるべき時を学びなさい。それに我々は正式な軍組織ではなく、また捕虜を取るような権利もない。それどころか、その少年がラティファを《ニーベルング》まで連れてきてくれなければ、彼女は帝国の部隊によって身柄を拘束されていただろう」


「それは……そうですが――」

 

 アリシア・エル・クリムヒルトと呼ばれた少女は、悔しそうに唇を噛んで押し黙った。そして不服そうな表情を浮かべたまま僕に近づき、乱暴に僕の口枷を外した。


「うるさくしたり暴れたりしたら承知しませんよ」


「――あっ、あの……ラティファは、ラティファは無事なんですか? 彼女は、――教えてください」


 僕は直ぐにラティフアの無事を確認した。


「ああ、彼女は無事だ。まだ気を失ってはいるが、命に別状はないだろう。これも君のおかげだ。この《ニーベルング》のクルーの全員に変わり、この私がお礼を言おう――ありがとう」


 艦長と呼ばれた男性が制帽を外して頭を下げた。


「よかった。よかってです」


 僕は安堵の吐息をついた。


「私は、この《ニーベルング》を預かる艦長ウォーロック・ブランド。我々もまだ現在の状況をよく掴めていなくてね。ラティファも眠ったままだし、君のことを教えてくれると助かんだが、良いかね?」


「はい。僕は青崎碧人。ラティファに呼ばれてこの世界に来ました」


「ラティファに呼ばれてこの世界に来たとは?」


 ウォーロック艦長は慎重に言葉を発し、その表情を険しくした。

 そしてこの部屋に集まった全ての人が――


 一様に顔色を変えた。


 空気が重くなった気がした。


「僕はこの世界の人間じゃないんです。“地球”って言う、この世界とは別の世界から来ました。それ以外のことは、僕にも何もわかりません」


「信じられません。あなた、嘘を吐くのはやめなさいっ」

 

 アリシア・エル・クリムヒルトが信じられないと首を横に振った。


「本当です。僕は……嘘なんて――」


 ラティファの口から直接説明をしてくれたならば話は早いだろうけど、そうもいかないこの状況ではどうやって僕の状況を説明をしたらいいのかと頭を悩ませた。


「アリシア、この子の着ていた衣服や持ち物を検査してみたんだけれど……どれも、この《テルス》のものとは思えなかったわ」


「……マーサ、それは本当なのか?」

 

 マーサと呼ばれた白衣の女性が言うと、オーファン大佐と呼ばれた男性が瞳を持ち上げて尋ねる。

 アリシア・エル・クリムヒルトはとても大きなショックを受けた様子で口元に手を当てたままでいた。


「ええ、持ち物に関してはね。けれど身体検査の結果では、この子に身体的な特徴は見当たらず、今のところは私たちと何も変わらないわね」


「ふーむ、これは少しばかり驚いたな。やはり……《エヴェレット》は正常に起動した。そしてラティファは“異世界”の扉を開いてこの少年を《テラス》に召喚したってわけか? それだったら《ジークフリート》を起動せたことも頷けるな」

 

 オーファン大佐は一人ごちた。


「ちなみに、《ジークフリート》との《エーテル回廊》はしっかりと繋がっているわよ。《騎士刻印(きしこくいん)》もしっかりと刻まれているしね」

 

 白衣のマーサが付け足した。

 

 僕には、《エーテル回廊》だの《騎士刻印》だの言われても何がなんだかさっぱりわからなかった。


「それに関しては整備班からも同意しておきますよ。《ジークフリート》の《アドミニスター権》は、完璧にそこの坊主に移譲されています。今後、《ジークフリート》はその坊主以外は動かせませんよ」

 

 灰色の作業服の男性が手を上げて口添えた。


「ねぇ――」

「ねぇ――」


 部屋の隅に立っていた双子のような女の子が、楽器を鳴らしたような可愛らしい声をハモらせた。


「そのお兄ちゃん、嘘はついてないよ」

「ぜんぶ、本当のことしか言ってないよ」

「だから、早く拘束を解いてあげて」

「早く自由にしてあげて」

「そのままじゃ苦しそう。ねぇ、オディール?」

「うん、そのままじゃ可哀そう。ねぇ、オデット?」


 オデットにオディールと呼びあった黒い髪の毛に紫水晶(アメジスト)の双眸をもった女の子が、鏡合わせのような瓜二つの可愛らしい顔で言って頷き合い微笑んだ。


「そうだな……些かこの仕打ちは大袈裟過ぎた。姫さま、構いませんね?」

 

 オーファン大佐がアリシア・エル・クリムヒルトに尋ね、少女は険しい表情のまま頷いた。


「少年、すまなかったな。こちらも空に出てからといもの、ちょいと戦闘続きで……少しばかりナーバスになっていたようだ。そのせいで……必要以上に手荒な真似をしてしまった」

 

 僕の拘束衣のベルトを解いて、両手と両足を動かせるようにしてくれたオーファン大佐が謝罪の弁を口にした。


「いえ、特に気にしてません」

 

 僕がそう言って立ち上がると、武骨な大きな手が差しだされた。


「俺はオーファン・ブルーム。ラティファを無事に届けてくれたことを感謝する」


「青崎碧人です」


 僕が名前を名乗って差しだされた手を握り返すと、背筋が凍るような嫌な音が鳴った。


「ぎゃー」


「ずいぶんひ弱だな、少年。そんなんじゃ立派な《騎士》にはなれないぞ」


 僕は手の骨が粉々になるかと思えるような激痛に叫び、僕の手を強く握ったオーファン大佐は大口を上げて笑っていた。


「それにしても……アオサキ・アオト? 不思議な名前だな。発音もし辛い」


「アオトって呼んでください。ラティファもそう呼んでくれました」


 僕は涙目になって解放された右手を擦りながら言った。

 やはりアオトのイントネーションがおかしかった。


「それで、艦長――このアオト少年は、今後この艦でどのように扱いますかな? よければ私が面倒を見ましょうか?」

 

 僕の肩をがっしりと掴みながらオーファン大佐がウォーロック艦長に尋ねてくれた。


「アオト君には、他のクルーと同じ待遇でこの《ニーベルング》に乗艦することを許可しよう。差し当たっては、この《ニーベルング》に慣れてもらうことが必要だろう。それに、本当にアオト君が異世界からの召喚者なら、我々の世界――このテラスにも慣れる必要があるだろう」

 

 艦長は鳶色の双眸で僕を見つめて頷いた。

 その口ぶりから察するに、艦長は僕が異世界の人間だということに関しては、態度保留ということにしたらしい。


「アリシア、彼の面倒はしばらくあなたが見るといい」


「私が、アオサキ・アオトの面倒をですか?」


 アリシア・エル・クリムヒルトは、完璧なイントネーションで僕の名前を呼んだ。


 ――――青崎碧人と。


「そうだ。そもそもラティファを《オラトリア》から連れ出し、この戦いに巻き込んだのはあなただ――」

 

 そう言われたアリシア・エル・クリムヒルトは、悔しそうに唇を強く噛み、両手を強く握って身体を震わせた。


「単独で《エヴェレット》に向かったラティファの暴走を止められなかったのも、この少年を今回の戦闘に巻き込んでしまったのも――あなたに責任がある」


「艦長、いくら姫さまに落ち度があるとはいえ……さすがにそれは言い過ぎでは?」

 

 オーファン大佐が庇うように言った。


「構いません、大佐。全て……私の至らなさが招いたことです。わかりました、アオサキ・アオトの面倒は私が見ます。それで……結構ですね?」

 

 アリシア・エル・クリムヒルトは気丈に振る舞ってそう告げると、この場に集まった一同が頷いた。

 

 僕は、これでようやく僕の処遇を巡る話がまとまるんだと、ほっと一息を吐きそうになった、その時――


 僕が背にしていたこの部屋の扉が、不意に音を立てて開いた。


「ちょっと……押さないでよ」

「ダメだってば……」

「バレちゃうよ」

「きゃー」


 そして扉の外からは、なぜか大量の女の子が雪崩のように部屋の中に転がり込んできた。

 

 女の子たちの悲鳴と共に、キャッキャッと笑い合う黄色い声や、歓声のような声が部屋の中に響き渡った。部屋の中に雪崩込んできた女の子たちは、みんな一様にオデットとオディールと同じ、黒いブレザーに赤いプリーツスカートを着用していた。


「なんなんだ……この女の子たちは?」

 

 僕は驚いて声を上げた。


「お前たちなあ、自室でじっとしていろって言っただろうが」

 

 オーファン大佐が怒鳴り声を上げると大量の女の子たちが楽しそうに「きゃー」と笑った。

 部屋の中の一同は一様に溜息を浮かべ、アリシア・エル・クリムヒルトはやれやれと首を横に振って額に手をついた。

 

 そして最初に部屋の中に雪崩込み、後から転がり込んで来た女の子に潰されていた亜麻色の髪の毛の女の子が、立ち上がって乱れた服装を直した。


 そして僕の前に立つと、スカートの裾をつまんでちょこんと挨拶をする。


「はじめまして、私はエーデルワイス・グレートヒュン。君が……噂の英雄君かあ? うーん……想像していた感じとは違うけど、なかなか可愛い顔を顔をしてるんだね――――ようこそ、《クリムヒルト女学園》へ。そして学園艦《ニーベルング》へ。歓迎するよ」

 


 そして、僕は大量の女の子たちの歓声に包まれた


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