004
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転送された位置情報を頼りに指定された合流場所に辿りつくと、そこに在ったのは――
“空飛ぶ巨大な船”だった。
船というよりは空を飛ぶ巨大な戦艦と呼んだ方が正しい“流線型の真紅の船”が、そこには堂々と浮かんでいた。
『どうやら、無事に辿りつけたみたいですね』
「はい。何とか」
無線越しに真紅の操縦士と会話を行い、僕は《ジークフリート》を空飛ぶ真紅の戦艦の船首へと移動させた。
『着艦の仕方は分かりますね?』
「……わかりません」
『そんなことも分からないでナイト・ヘッドに乗っているのですか? それに先ほど敵機を三機も撃墜しておいて……私をからかっているのですか?』
苛立った声が返ってきた。
僕は体中にどっとした疲れを感じていた。
「すいません。本当に……よく分からないんです」
『では、こちらから着艦誘導ビーコンを射出します。あなたはそれに従って機体を動かしてください。後は機体が自動で行ってくれます』
「わかりました」
僕はとりあえず頷いておいた。
『姫さま、念のため着艦用のネットを用意しておきましょうか?』
『必要ありません。子供のおもりではないのですよ』
無線の向こうでは何やら口論のようなものが始まったが、僕は気にせずに誘導ビーコンなるものが射出されるのを待った。
暫くすると槍の穂先のような船首から、船体腹部の平らな部分――おそらく空母などで言う所の甲板やカタパルトと呼ばれる箇所に向けてレーザー光線のような光が伸びた。そして空中に光のレールのようなものが引かれた。
僕は、恐らくそれを辿ってデッキ部分に着艦しろという意味なのだろうと理解した。
光のレールの先には大きく口を開けた艦内の入り口があり、《ジークフリート》の操縦席のモニターを拡大してみたところ、この機体とは違う種類の機械の巨人のシルエットが見えた。
おそらくこの戦艦の格納庫に当たるのだろう。
『さぁ、誘導ビーコンに添って着艦してください。私たちもいつまでもあなたにかかりきりになるわけにはいかないんです』
僕は言われるままに光のレールを辿り、戦艦のデッキの上を滑るように飛行して格納庫に向かって行った。
「――うっ、何だ……これ?」
しかし不意に僕の身体を急激な疲労が襲い、視界が揺れてぼやけて見えだした。凄まじい悪寒と吐き気が僕の身体を包み込んだ。額に手をついて頭を振った瞬間、僕は足を踏み外したようにフットペダルを思いきりに踏み込んでしまい、機体はデッキの上で加速した。
『何をやっているのですか――』
「――――――――、?」
僕は訳も分からないままに慌てて機体の制御を取り戻そうとするが、混乱した頭ではまるで正常な思考ができず、ただただ慌てふためくことしかできなかった。
その間にも機体の加速は続け、格納庫の入り口が目前に迫っていた。
「――――――――、ダメ……だ」
僕が諦めの声を上げた瞬間――
《ジークフリート》の眼前に“純白の機械の巨人”が現れて、加速する機体を受け止めた。
激しい衝撃に操縦席が揺れる。
『早く機体を制御しなさい。このままでは二機ごと格納庫に激突してしまいますよ。落ち着いてやりなさい』
僕は言われるままに落ち着いて機体の制御を取り戻し、機体の両足をデッキに着陸させた。
膝をついたみっともない格好で機体が制止すると、僕は安堵の息を吐いて額の汗を拭った。
そして僕の膝の上で眠っているラティファの無事を確認した。
「――ふう、よかった」
『良くありません』
厳しい声が操縦席に響き渡り、スクリーン・モニターに視線を向けると――膝をついた《ジークフリート》の目の前に立ち尽くした、純白の機体の操縦席のハッチが開いた。
それは赤いラインの走ったシャープなボディの純白の機体だった。、美しい白の鎧甲冑を纏った騎士のようで、真紅の十字架が描かれた巨大な盾を装備している。《ジークフリート》に良くに似た、鎧兜をかぶったような頭部には、やはり鶏冠のような飾りが配され、《ジークフリート》と比べる曲線的なラインのボディをもち、女性的なシルエットを備えていた。
その純白の騎士の中から、赤いスーツを着た操縦士が現れた。
それが僕をここまで誘導してくれた女性だと直ぐに気がついた。
赤いスーツの操縦士は、外の空気を吸うように真紅のヘルメットを脱ぎ捨てる。
ヘルメットの中からは淡い桃色がかった金髪が零れ、空中を揺蕩った。
そして精悍な顔立ちに浮かんだ美しい翡翠の双眸が、突き刺すように僕を見つめた。
おそらく僕と差ほど歳の違わない少女だった。
金髪碧眼の少女は、器用に機体の上を滑り下りて《ジークフリート》に乗りつくと、僕の乗る操縦席のハッチを外側から開いた。
『あなた、いったいどういうつもりです? あんな雑な操縦を行ってラティファに何かあったら、どうするつもりだったのです?』
「――――ッ?」
操縦席越しに金髪の操縦士と向かい合ったのも束の間、僕は身を乗り出した少女に思いきりに頬を叩かれた。
甲高い音が脳と鼓膜を震わせる。
そして、その瞬間――
僕をここまで保っていた緊張の糸が全て断ち切れ、僕はその場で気を失った。
深い靄に包まれて真っ白になっていく意識の中で――
――ただ目の前の少女のあまりの美貌だけが、僕の脳裏に焼き付いて離れなかった。