003
☆
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」
人が空を飛ぶことができないなんて知っていた。
生まれてから一度も空を飛んだことなんてない。
それでも飛べるような気がしていたんだ。
だけど、僕たちは今――
真っ逆さまに地上に向かって落下していた。
当たり前だ。
僕はみっともない叫び声を上げて足をばたつかせてみたり、平泳ぎのあおり足のような動作で必死に悪あがきを試みたが、状況はまるで変わらなかった。
それも当たり前だ。
僕が空に向かって飛び出した建造物は“塔”のように高い建物だったらしく、幸いなことに地上までの距離はまだ大分あるみたいだった。
おそらく東京タワーよりも高いだろう。
だけど、まるで気休めにならなかった。
僕たちは確実に地上に向けて落下していた。
そして、塔のような建物の周りでは未だに戦闘が繰り広げられ、離れた場所では機械の巨人たちが戦っていた。
森は燃えている。
空には黒煙が立ちぼっている。
冷たい風が頬を指す。
髪の毛が気流に煽られて逆立つ。
激しい風圧のせいで少女を抱えているだけで精一杯だった。
「この状況……どうしたらいいんだ?」
腕の中の少女に尋ねると、少女からの返答は無かった。
僕は不安になって少女の顔を覗き込むが、少女は目を瞑ったまあまで気を失っているみたいだった。
「げっ、そんな……嘘だろ?」
呆然と呟くと――
突然下から吹き上げる強風にさらされて、僕の腕の中から褐色の少女だけが風に巻き上げられてしまった。
「しまった」
風にさらわれた少女を追って、僕は身体を捩ったりばたつかせたりしてなんとか追い縋ろうとする。そして身体を大の字にして、下から吹く風の抵抗をもろに受ける姿勢をとって上昇する。
「ラーラ」
僕は声を張り上げて少女の名前を呼ぶ。
「ラーラ」
手を伸ばし、風にさらわれる褐色の少女を掴もうとする。
だけど乱れた気流に煽られて、後ほんのわずかな距離が埋められない。
ちくしょう、僕は何をやっているんだ?
彼女を助けたくて、彼女の声に応えたくてその手を取ったんだろう?
――だったら、掴んで見せろよ。
「ラーラ・ラティファ」
僕が大声を振りしぼって手を伸ばすと、僕の手を必死に握り返す少女の姿がそこにあった。
意識を取り戻した褐色の少女が、両手で僕の手を掴んでいた。
「――呼んでください」
目を覚ました少女が言う。
「……呼ぶって何を?」
「《ジークフリート》です」
「……《ジークフリート》?」
その言葉を発した瞬間――
僕は、僕の中に大きななにかが流れ込んできたような感覚に襲われた。
大きな流れの中にいるような感覚、僕自身がその大きな流れになったかのような感覚、ずれていた何もかもがピタリと重なり合うかのような感覚に――
僕は、何か大きな存在によって満たされていた。
「――《ジークフリート》」
僕は声に出して叫び――
そして呼んだ。
刹那――
褐色の少女が淡い緑色の光に包まれ、僕も一緒にその光に包み込まれる。
正確には、少女の首から下げた“指輪”――金の鎖に繋がれ、“翡翠”に似た美しい宝石があしらわれた指輪から、その光は発せられていた。
「これは……いったいなんなんだ?」
「“エーテル”の光です」
少女が告げる。
瞬間、空が黒くなり、僕と少女を覆うように巨大な影が僕たちを包み込んだ。
見上げると、そこには“機械の巨人”がいた。
まるで洗練とされた黒の鎧を纏ったかのような機械の巨人――翡翠の宝石があしらわれたような複眼を備え、黒の兜をかぶったような頭部には鶏冠に似た兜飾りが配されている。金色の刺繍のような紋様がスリムな漆黒のボディの至る所に描かれている。羽を髣髴とさせる肩鎧からは、擦り切れた黒のマントが靡き、竜の爪に包まれたような引き締まったボディラインを、その機械は巨人は備えていた。
黒い騎士のような巨人が、両腕を広げて僕たち二人を迎え入れようとしている。
「……これは、いったいなんなんだ?」
僕は思わず声を上げた。
「《ナイト・ヘッド》――《ジークフリート》です」
「《ナイト・ヘッド》? ……《ジークフリート》?」
《ナイト・ヘッド》と呼ばれた機械の巨人の胸部――竜の爪のように鋭い外殻が解放され、人間でいところの鳩尾のあたりに設置された“扉”が自動で開いた。
「僕に……乗れって言っているのか?」
僕は開いた扉の縁に手を伸ばして、先に褐色の少女を扉の奥――恐らくこの機械の巨人の“操縦席”と思われる場所に押し込んだ。
そして、僕も操縦席に乗り込んだ。
半径二メートルほどの円形の操縦席には、人が座れる席は一つしかなかった。
席の正面にはディスプレイ・ボードのようなものが三つならび、多くのボタンがついた“操縦桿”が二つと、車のアクセルとブレーキペダルの様なものが並んでいた。
「さぁ英雄さま、座ってください」
「座ってって言われても……僕に動かし方なんて分らないし。それに僕は英雄でもないし。ラーラ、君が座って操縦したほうが。そもそも……これ動かせるのか?」
「ラーラじゃありません」
僕の言葉に首を横に振った少女が、操縦席の後ろに隠れるように身を潜めなながら続ける。
「ラーラは《オラトリア》の“最高神官”に与えられる象徴としての名前です。私の名前は――ラティファです。ラーラ・ラティファ・フォ・ラーニエ」
「ラティファ。ラーラ・ラティファ・フォ・ラーニエ」
不思議な名前だった。
聞き覚えのない、それでいてどうしてかとても心が落ち着く、心地の良い響きの名前だった。
「僕は碧人。青崎碧人」
「アオト。アオサキ・アオト」
ラティファは少し外れたイントネーションで僕の名前を呼び、そして僕の頬にそっと手を振れた。
先ほどラティフアを抱えて逃げた時の銃撃で傷ついたのか、僕の頬からが赤い血が流れていて、その血が少女の手を赤く染めた。
ラティファは、三つ並んだボードの中央のボードに手を伸ばし、僕の血がついた指先で触れてみた。
その瞬間、まるで機械に動力が送り込まれたかのように操縦席に光が灯り、球体の操縦席の壁面全体に外の景色が投影された。まるでオールビューのスクリーン・モニターのようだった。
そして三つあるディスプレイ・ボードの全てが起動して、見たこともない象形文字にも似た文字が並び始めた。
そして僕の血が付着した中央のボードには、複雑な文字と図案が重なり合ったロゴマークの様な紋様が浮かんでいる。
まるでコンピューターのOSが起動した時によく似た、見慣れた光景に見えた。
「さぁ、座ってくださ――追手が来ます」
「追ってって?」
操縦席に“警報”のような音が鳴り、スクリーンと化した操縦席の壁一面のディスプレイの一部にウィンドウが立ち上がり、自動で拡大さた。
そこにはこちらに向かってくる人影のようなものが克明に映し出されていた。
砂色の機械の巨人が三機、両手に自動小銃のような武器を携えて物凄い速度で迫ってきていた。
拡大されたウィンドウの画面や、各ディスプレイの中で象形文字が慌ただしく踊ったり点滅したりを繰り返している。おそらくこの機体と、こちらに向かってきている機体との距離や、会敵までの予測時間などが表示されているのだろうが、僕にはその文字を読み解くことはできなかった。
僕はラティファに促されるままに操縦席に腰を下ろし、訳も分からないままに操縦桿を握る。
瞬間、僕の身体を固定するように操縦席が動きだした。
三つあるディスプレイ・ボートが自動で移動して、僕の顔の正面と左右に配置された。
「ラティファ、これ……どうなっているんだ?」
僕は、両手両足と頭部を操縦席に固定されて不安の声を上げた。
すると機械の方が僕の声に反応して、ディスプレイの画面を書き換える。
そして僕の全身をスキャンするように、眩い翡翠の光で僕を包み込んだ。
『《アドミニスター》の《エーテリア》反応検出・生体データスのキャンを完了・OSとの同期を確認・ナイト・ヘッド――《ジークフリート》と《アドミニスター》の《エーテル回廊》の構築を完了・《アドミニスター》への全フィードバック終了・《ジークフリート》起動確認・全ての権利を《アドミニスター》に移譲します』
操縦席の拘束が解けてディスプレイ・ボードが元の位置に戻ると――ディスプレイ・ボードを凝視していた僕の双眸と、固定されていた右手に激しく燃えるような熱を感じた。
それは、双眸と右手に何かが深く刻印されたような痛みだった。
「ッ―――ア、アッ」
そして僕の頭の中、脳みその中に直接大量の何かが入り込んでくるかのような感覚に襲われた。
後頭部を鈍器で思いきりに殴られたような衝撃と、それと同時にひどい乗り物酔いのようなものを味わった。
思わず吐きそうになる動悸を抑え込んで、僕は振り返ってラティファを見た。
「ラティファ、いったい僕に何をしたんだ?」
ラティファは困ったように細い眉を下げた。
瑠璃色の双眸にはうっすらと涙のようなものが浮かんでいた。
「申し訳ありません……アオトさま。今は詳しい説明をしている時間はないのです。けれど……だいじょうぶ。きっと“エーテル”が全てを教えてくれるはずです――」
その言葉を最後に、ラティファはもう一度気を失った。
まるでこの儀式めいた一連の動作が終わるのを必死になって見守り、見届けていたような、そんな気の失いかただった。
きっと、今まで無理をして必死に意識を保っていたのだろう。
僕は気を失ったラティファを膝の上に乗せて、操縦席と向き合った。
相変わらず操縦席壁一面のオールビューのスクリーン・モニターや、手元のディスプレイ・ボードには訳の分からない文字が表示されている。操縦桿や足元のペダルも、どのように動かせばいいのか全く分からない。
だけど、そんなことを迷っている暇も余裕もなく、僕とラティファの乗り込んだ機械の巨人――《ジークフリート》の目の前に、“砂色の機械の巨人”が現れた。
正確には目の前じゃない。
スクリーン・モニターが映し出している操縦席の外では、この映像と同じことが実際に起こっている。
丸みを帯びた形状の砂色の巨人が、幅広の両腕両手に抱えた自動小銃によく似た武装をジークフリードに向けて放った。
瞬間、操縦席が激しく揺れて攻撃の衝撃が襲いかかる。
「――ぐっ、うあああ」
まるで強く蹴り出されたボールの内側にいるかのようだったけれど、僕が腰を下ろした操縦席は衝撃に合わせて体を固定し、エアバックの様な装置を作動させて操縦者にかかる衝撃を最低限に軽減してくれていた。
だけど――
「くそっ、このままじゃ……僕は良くてもラティファがもたない」
僕の膝の上で激しく揺らされるラティファを見て、僕は焦りを強めた。
戦うのか?
それとも逃げるしか――
「――違う、戦うんだ」
僕は勇気を振り絞って声を上げる。
「さっき、この機械の巨人は、《ジークフリート》は――僕に全ての権利を委譲すると言った。だったら、僕に動かせるはずなんだ」
僕は意を決し、そして焦り逸る気持ちと鼓動を抑え込んで操縦席と向き合った。
不意に、ラティファの声が聞こえたような気がした。
「エーテルが全てを教えてくれるはずです」
僕はその言葉を信じて操縦桿を握り、足元のペダルを思いきりに踏み込んだ。
途端、ジークフリードは物凄い速度で加速を行い、大きく上昇して一直線に空へと向かって行った。
「――動いた? やっぱり、こいつ動かせる」
スクリーン・モニターを見渡して現状を確認すると、スクリーンの一部にウィンドウが立ち上がり機体の背部が映し出されている。
機体の背中に取りつけらえられた翼のような射出口から、翡翠の羽のような光が広がっていた。
片鎧から棚引かせる黒のマントが、翡翠の光を反射させている。
そして上昇する《ジークフリート》の速度に砂色の機体はまるで付いて来ることができず、遥か下方に留まったままだった。
「だけど……これ、いったいどこまで上って行くんだ?」
思わず口に出した疑問は、直ぐに解消された。
おそらく上昇することに全てのエネルギーを費やした機体が、今度はエネルギーを失って墜落を始めた。
「……ウソだろ? 落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、おちる、おちる、おちるううううううう」
僕は声を上げて操縦席に取り付けられたありとあらゆるボタンを押したりレバーを上げ下げしたり、操縦桿やフットペダルを動かした。落下する機体の操縦席にけたたましい警報が鳴り響き、スクリーン・モニターには再び砂色の巨人が三機映し出された。
砂色の巨人は落下するジークフリートにライフルの目標を定めている。
今度こそ絶体絶命だった。
しかし、そう思った刹那――
僕の双眸が燃えるように熱く滾った。
「これは――」
心臓の鼓動が右の拳に移ったように激しく胎動した。まるで何か新たな扉を開いたかのように、途端に目の間の光景が鮮明になり、そして多くのことが明らかになり、全てが詳らかになった。
「――動かせる? 僕は、これを理解っている」
確信があった。
僕はディスプレイ・ボードに触れてを画面を操作する。使い慣れたスマートフォンのタッチパネルの要領で画面は思うように動いた。画面の中に武器の形状をしたシルエットを見つけて、それを即座に選択する。
表示されている文字が読めるはずもないのに、僕にはそれが――
――――《滅竜の聖剣》だと理解った。
機体の左肩の付根に設置された“武装ホルダー”から、《滅竜の聖剣》を取り出したジークフリートが、青い宝石の埋め込まれた剣の柄によく似た“発生器”から――エーテルの眩い光を放つ。
翡翠の光が広がってゆき、巨大な剣の刃を構築する。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
僕は獣のような雄叫びを上げながら、本能――
胸の奥底、まるで魂と呼ばれる部分に刻まれた無意識の知識を呼び起して、僕はそれに従う。
操縦桿を思いきりに握り、フットペダルを踏み込んで空中で待ち構えている三機に向かって突撃する。
「――邪魔だああああああ、どけよおおおおおおおおおおおおおおお」
砂色の巨人三機が放つライフルの銃弾と共に、光の刃を放つ《滅竜の聖剣》で三閃――
一瞬にして、砂色の機体を三機を切り裂いた。
濃い橙色の爆発ともに黒煙が巻き起こり、《ジークフリート》の背後で物凄い衝撃が巻き起こった。
空が焼けるように凄まじいものだった。
「――はぁはぁ、やった……のか? できたのか?」
僕は荒くなった息を整える。そして、今起こった一瞬の出来事の全てを未だ完全には呑み込めず、心のどこに落ち着けていいのか分からないまま、僕は――次はどうすればいいと当たりを見回した。
機体の制御は何とかこなすことができるようになっていた。
このたった数瞬の間に、《ジークフリート》の操縦の方法が僅かながら体に刻まれていた。
僕は自分の身体が、今までの自分の物ではないような感覚に襲われながらも、この現状をどうやって抜け出そうと頭を働かせていた。
『――ラティファ、今の操縦はラティファなのですか?』
すると、突然に女性の声が操縦席に響き渡った。
凛とした綺麗な声だった。
『――ラティファなら応答してください。《エヴェレット》での《エーテル儀礼》は成功したのですか? ラティファ、応答してください』
「……あ、あの――」
『あなた……誰です? どうして《ジークフリート》に騎乗しているんです? ラティファはどうしたのですか』
即座に詰問調の強い声が返って来た。
「……あの、ラティファならここにいます。けど……気を失っていて」
『――気を失っている? あなた、ラティファに何かしたのですか? 答えなさい。それよりも、まずは顔を見せないさい』
「顔を見せろっていわれても……」
僕は、右のディスプレイ・モニターに表示された文字が点滅していることに気が付いて、何気なしにその点滅に触れてみた。
「これは?」
『嘘? まさか、あなたが《ジークフリート》の起動を?』
スクリーン・モニターの一部が切り替わり、この操縦席とよく似た景色と――恐らくその操縦席のパイロットであり、この声の当人であろう人物が映し出された。
映像の女性は真紅のヘルメットと、同じく真紅のスーツを着込んでいた。
『まさか……この子が? いえ、こんな幼い男の子が……まさか、そんなはず? 今、それどこではなく――』
小さく呟いた後、映像の女性は首を横に振って見せた。
『ラティファは無事なのですか?』
「あの、ここに……」
僕は自分の膝元を指した。
『――あなた、そんな破廉恥な格好のままラティファを膝に乗せて。どれだけの……恥知らずなのですか』
突然に女性が声を荒げて怒りを露わにする。
ようやく一連の危機と戦闘の興奮の治まった冷静な状態で、今の僕とラティファを俯瞰してみると、たしかに破廉恥極まりないというか、何とも言い訳のしがたい光景だった。
僕のブレザーを羽織っているとはいえ、ほとんど布きれ一枚を肌蹴させた状態で褐色の肌を露わにし、無防備に僕の膝の上に乗っている姿は、確かに映像の女性の言う通り破廉恥極まりなかった。
「あの、その……これは色々あって、説明が難しいんだけど」
『つまらない言い訳は後で聞きます。こちらの戦線は大方蹴りがつきました。別働隊だったパンツァー・ヘッド――《パンター》三機は、どうやらあなたが撃墜したようですし、当面の危機は去ったと言えるでしょう。ラティファを連れて《ニーベルング》に帰投してください』
「帰投……っていわれても、僕にはここがどこで、《ニーベルング》が何なのかも」
『私の《ブリュンヒルト》からそちらに《ニーベルング》の位置情報を転送します。それを辿ってくることぐらいはできるしょう?』
「……たぶん、できると思います」
僕は《ブリュンヒルト》や《ニーベルング》が何なのか分からないまま頷いた。
『男の子なのにハッキリしない物言いですね。優柔不断は嫌いです』
「できます。帰投します」
ずいぶんハッキリした女性だった。
竹を割ったようって言葉がぴったりだった。
『それでは《ニーベルング》で合流しましょう。映像は切りますが通信は切らないようにしてください』
その言葉を最後に女性との映像は途切れ、その代わりにこの辺りの地形データと共に、映像の女性が言っていた《ニーベルング》と呼ばれる場所の位置情報が映し出された。
僕は送られてきた読めもしない位置情報と、心許無い地図を頼りに《ジークフリード》を操縦して、目的の場所へと向かって行った。
僕とラティファが出会った“高い塔”のような建造物を背にして、戦闘の爪痕が残る煤けた森の上空を飛行する。
そして僕が腰を下ろした操縦席では、戦闘が終了したことでいくつかのシステムがダウンしたのか――
僕は暗くなった左側のディスプレイ・ボードを不意に覗き込むと、そこに映し出された自分の姿に驚いた。
「なんだこれは?」
少し長めの黒い髪の毛に、中性的な幼い顔立ち――
そこまでは良い。
頬にできた赤い血の滲んだ切り傷――
それも良い。
だけど僕の黒かった二つの瞳が――
今は“翡翠の双眸”に変わっていた。
そして《ジークフリート》を操縦する僕の右手の甲には――
ラティファが《ジークフリート》を起動させた時に、中央のディスプレイ・ボードに映し出された複雑な紋様が刻まれていた。
「……ほんと、なんだこれ?」
僕は変わってしまった自分の姿を呆然と眺めながら、いったいこれから自分がどうなってしまうのかを考えた。
この機械の巨人が戦う不思議な世界で――
――いったい僕は、どれだけ数奇な運命に巻き込まれてしまったのか、今はまだ知る由もなかった。