Interlude 005
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『ハッチ開放――』
アリシアが自身の愛機――スマートな純白のボディラインに、真紅の赤いラインが走る《ブリュンヒルト》に飛び乗ると、球体のコックピットのディスプレイ・ボードを起動させる。
球体の操縦席の壁面――オールビューのスクリーン・モニターに《ブリュンヒルト》が見渡す三百六十度の光景が映し出さる。
操縦者の《アドミニスター権》を確認し終えたOSが――《ブリュンヒルト》の起動を終える。
《ブリュンヒルト》は格納庫の“ハンガー”を離れ、艦の後方へと射出される“カタパルトデッキ”へと移動する。
カタパルトには、すでに青みがかった白色の《パンツァー・ヘッド》――《ヴァリキリー》が、機体をカタパルトに固定して発艦の体勢に入っていた。
《皇国騎士》が乗る《パンツァー・ヘッド》――《ヴァリキリー》は、《ブリュンヒルト》を元に設計されているため、外見はブリュンヒルトによく似ているが、その設計思想はまるで異なる。高出力、高機動を活かした近接戦闘に特化した《ブリュンヒルト》に対して、《ヴァリキリー》は汎用性を高めたオールレンジの万能機であり、操縦士の特性によって容易に兵装を換装することが可能な汎用機だった。
オーファンの乗る先頭のヴァリキリー一番機は、ミスリル鋼の巨大な縦に、同じくミスリル鋼の大型剣、腰の武装ラックには圧縮したエーテルを発射するライフルが装備されていた。
「姫さま――」
オープン回線で通信が入り、アリシアのモニターにオーファンの顔が映る。
「本当に……よろしいのですね?」
オーファンが尋ねるが、アリシアは口を開かなかった。
そして格納庫の隅でこちらを窺っている少年の姿をちらと見て、翡翠の双眸を細めた。
所在無さ気な表情、覇気も自信もない顔立ち、女性のような容姿と体つきをしたい世界の少年。
あの少年、アオサキ・アオトは――アリシアがあれだけ《騎士》としての不適格さと無力さを教えたにもかかわらず、自分も出撃させて欲しいと懇願した。
「お願いします、アリシアさん――僕も出撃させてください」
理解できなかった。
いったい、彼に何の戦う理由があるのだろうか?
アリシアはその答えを知りたいと思っている自分に気が付き、そして、もしもその答えが自分の納得のいくものだったらと考えて――
“いけない”――と頭を振った。
そんなことは関係ない。
これは私の戦いであり、《クリムヒルト皇国》の戦いなのだ。
そして、私の復讐なのだ。
無関係なものを、それも無力なものをこの戦いに巻き込むべきではないと、アリシアは自分に言い聞かせた。
「これでいいのです。オーファン大佐、最前線には私が立ちます。大佐は隊を指揮して援護に回ってください。敵も海に出てしまえば《ナイト・ヘッド》だけはどうにもならないでしょう。私たちは艦の防衛にのみ力を注げばいい」
「了解しました。ご武運を――」
オーファンは頷いて敬礼を行った。
「“ヴァリキリー隊”全機に告げる、後部デッキでの艦の防衛のみに務め、敵を振り切ることだけを考えろ。無理をする必要はない、無駄死にはするなよ」
オーファンの指揮に即座に覇気のある「了解」という声が響いた。
《ヴァリキリー》一番機が出撃する。
そして自身の機体をカタパルトに固定したアリシアは――
ふと格納庫を見てがらんどうのハンガーに気が付く。
「この格納庫も……ずいぶんの物寂しくなったものですね」
《クリムヒルト皇国》を出た時――この《ニーベルング》には十機の《ヴァリキリー》が配備されていた。
それが今ではわずか四機しかないことに、アリシアは心を痛めた。
「もう……何も失いません。もう何も……失わせません」
アリシアは自分に言い聞かせるように言ってスーツのヘルメットをかぶった。
『カタパルト射出準備良し。発艦のタイミングはパイロットに移譲します』
スクリーンの一部に映し出されたウィンドウに、オペレーターであるギジェットの緊張した顔が映し出された。
『アリシア……無茶はしないでね』
「ありがとう。必ず無事に帰ります。ギジェットも頑張ってください」
アリシアは怖がる子供を宥めるような優しい口調で言った後、即座に全神経を戦場へと向けて研ぎ澄ませた。
「――アリシア・エル・クリムヒルト、《ブリュンヒルト》。参ります」
アリシアの発艦を告げる言葉と共に――弾かれたようにリニア式のカタパルトが動きだし、アリシアを乗せた機体がものすごい速度で甲板を滑る。カタパルトが終点を迎えると同時に、思いきり宙に向かって打ち出されたブリュンヒルトが、虚空へと飛んだ。
そして青空に赤い線を引きながら、敵へと向かって行った。