Interlude 004
☆
《ニーベルング》の艦橋は揺れていた。
広々として見晴らしのいい艦橋は“展望艦橋”とも呼ばれ、三次元的な空間の使い方がなされている。
すでに艦橋のメンバーは、それぞれが担当するコンソールの席についており、現在《ニーベルング》に起こっている状況の分析に従事していた。
展望艦橋の中心には、球体状のスクリーン・モニター――“スフィア”が浮かんでおり、オペレーターたちが分析と共有を終えた情報や、地形のデータなどが映し出されていた。
指揮卓に腰を下ろしたウォーロック艦長を含め、ブリッジにはアリシアやオーファン――その他十名程度のオペレーターが総出で状況の共有を図っている。
その中には、《クリムヒルト女学園》の生徒も混ざっていた。
「来るよ」
「来るね」
スフィアの前に立ったオデットとオディールが、何かを感じ取ったように告げる。
二人は、手を繋いだまま遠くを見通すように紫水晶の双眸を輝かせていた。
「大きいの二つ」
「直ぐに追いつかれる」
双子の声が不気味に響く。
「やっこさん、どうしても我々《ニーベルング》がテチス海に出てしまう前に叩きたいようですね?」
ヘッド・スーツを纏ったオーファンが、神妙な面持ちで口を開く。
「海に出てしまえば、ここは大陸の果て――海洋部隊を派遣している時間的余裕はないだろうからな。《ローラシア》に入ってしまえば帝国と言えど容易には手出しはできないことを考えれば、ここが仕掛けるには最後のチャンスなのだろう」
「――だろう」
ウォーロックが頷いて同意する。
「このニーベルングがテチス海に出て、近海の諸島エリアを無事に抜けられれば――我々の勝ち。海に出るまでに落されれば――と、言う所でしょうな?」
オーファンが分析された状況から《ニーベルング》の勝利条件を口にしてみせた。
これにより、ブリッジのメンバーに共通の認識が生まれた、そしていざという時に艦の目的や優先順位を見誤らないための指針を、オーファンは素早く立ててみせた。
この艦の八割は女学生であり、本来戦場に出る必要のない者たちである。
そして自分を含めた《皇国騎士団》からなる《ニーベルング》の正規クルーも、実際には戦場の経験が豊富というわけでもない。戦闘経験の豊富な優秀な団員、そして皇国の数少ない《騎士》の称号を持つ者たちは、《クリムヒルト皇国》に残して来てしまった。
さらに言えば、《クリムヒルト皇国》から逃げ出す際に持ち出したのが、この進水式も行われていない新造艦《ニーベルング》であるため――そう言う意味では正規クルーたちも、女学生たちと練度自体はさほど変わらないことを、オーファンは常に危惧していた。
慣れない環境、慣れない艦、慣れない戦闘――
用心に用心を重ねなければ生き残れないことを、オーファンは皇国を出てからの僅かな間に、嫌という程思い知らされていた。
「敵影確認できました」
最大望遠が捉えた映像を処理し終えたオペレーターのステラが、敵影を“スフィア”に映しだした。
「この反応は――――《ナイト・ヘッド》? それも……二機です」
オペレーターの報告にブリッジが揺れた。
通常の《パンツァー・ヘッド》の数倍の速度で《ニーベルング》に接近する二機の《ナイト・ヘッド》――短時間での最高速度は《ニーベルング》を遥かに凌ぐため、このままでは追いつかるのは時間の問題だった。
「進路と速度を計算した所――会敵までは十五分を切っていると思われます」
「迎え撃つしかありませんね」
赤いヘッド・スーツ姿のアリシアが厳しい表情で頷く。
「オペレーター、整備班に出せるヘッドが何機あるのか確認してくれ?」
「はい」
オーファンがオペレーターのキッカに命じると、オペレーターは即座にヘッドセットを通じで整備班と連絡を取った。
「――六機、全て出せるようです」
「うちの艦の……全戦力だな」
オーファンが頷く。
「いいえ、大佐――五機です。《ジークフリート》は出しません」
アリシアの声がブリッジに響いた。
「姫さま、相手は帝国の《ナイト・ヘッド》が二機です。ここは頭数だけでも揃えて迎撃にあたるのが定石。それに我々の六機の内、半分はこれまでの戦闘で消耗しきっている。少しでも味方の負担は減らすべきです」
「いいえ、足手まといに出られては連携が乱れます。それでは戦線に混乱がきたすだけです。それに、我々は関係のない者を――私たちの戦いに巻き込むというのですか?」
それは紛れもない正論であった。
さらにアリシアの頑なとも言える態度と口調に、それ以上反論を述べるものはブリッジに誰一人いなかった。
「艦長、それで構いませんね?」
決意の籠った翡翠の双眸が問いかける。
「あなたがそう言うのならば、私に異論はない」
艦長は静かに頷いた。