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013



 ☆



 僕は物思いに耽りながら、食堂の隅に腰を下ろしていた。

 先ほど、アリシアさんに告げられた言葉が頭から離れなかった。


「――アオサキ・アオト、あなたは、確かに異世界から来た召喚者なのかもしれません。けれど、あなたは英雄でもなければ騎士ですらない。それどころか、戦う力すら持たない……ただ弱いだけの男の子です」


 確かに、僕は何もできないただ弱いだけの男だった。


「ラティファを助けてくれたことは感謝していますし、お礼も言いました。けれどアオサキ・アオト、これ以上……私たちの戦いに首を突っ込まないでください。部外者であるあなたが戦う理由は、ここにはありません。そして、エーデルや他の生徒たちを……これ以上期待させたりしないでください」


 この《テラス》でも、僕は誰からも必要とされない、ただ中に浮いただけの存在なのかもしれない――そう思うと、どんどんと気分が沈んでいき、食事もまるで喉を通らなかった。

 

 ラティファは僕を必要としてくれた。


 僕をこの世界に呼び、この星を救ってほしいと言ってくれた。

 あの時、ラティファの声に応えたいと思った気持ちに、差しだされた手を握ったことに嘘や迷いはなかった。


 それでも、あの甲板(デッキ)の上でアリシアさんに圧倒的な現実を突きつけられて、僕は完全に意気消沈していいた。


 これから僕は、この世界で――この《テラス》で、いったいどうなるんだろう?

 そんなことを考えては、まるで出口のない迷宮の中を彷徨っているような気分だった。


「――アーオト、なに暗い顔してるの?」


「へっ?」


 ふと顔を上げると、そこにはエーデルが食事の乗ったトレーを持って立っていて、エーデルの後ろには制服を着た女の子たちが数名いた。


「一緒に……食べてもいい?」


 艦内の食堂の長椅子には僕だけしか座っておらず、エーデルは僕の隣の席に視線を向けて尋ねた。


「……ああ、うん。どうぞ……」


「よかった。さぁ、みんな一緒に座って食べよう」


 エーデルが微笑んで席に着くと、他の女の子たちは嬉しそうに笑い声を上げながら席に着いた。

 一瞬で食卓が華やぎ、女の子たちの視線が一斉に僕に向けられた。


「あ、あの……青崎碧人です。よろしく」

 

 僕は気恥ずかしさを抑えて自己紹介をした。

 すると、女の子たちから「きゃー」という歓声が沸き上がった。


「かわいいー」

「えー、英雄なのにぜんぜん英雄っぽくないー」

「《騎士》なのにぜんぜん偉そうじゃないし、威張ってもないしね?」

「この艦の男どもとは全然違うねー」

「しんせーん」


 僕はマシンガンのように放たれる女の子たちに会話に目をまわしていた。


「こらこら。レディたち、清く正しく慎ましくが理念の《クリムヒルト女学園》の生徒が、ゲストをほったらかして好き勝手に会話したらダメでしょうが」


 戸惑っている僕に、エーデルが救いの手を差し伸べてくれた。


「アオト、私から紹介するね――ポーラ、エイラ、ミーシャ、ステラ、ダリア、キッカ、ギジェット、ミリアリア、ナオミよ」

 

 エーデルが一人ずつ紹介していくと、名前呼ばれた女の子はそれぞれ手を振ったり、挨拶を返したり、頬を赤らめたりと、それぞれのリアクションを返してくれた。


「仲良くしてあげてね。それよりも……アオトぜんぜん食べて無いじゃん?」

 

 エーデルは、僕のトレーを指していった。

 

 今日の献立は鶏肉を牛乳で煮込んだようなスープに、揚げた芋、石釜で焼いたようなパン、緑色のジュースだった。


 食事の内容は、僕のいた世界とそれほど変わらないみたいだった。


「いっぱい食べないと大きくならないよ。それに、今日の給仕当番は私たちだったんだから、そんなんじゃ傷つくなあ。もしかして、口に合わなかったとか?」


「そんなことないよ」

 

 僕はそう言って、木でできたスプーンに似た匙を手に取り、皿の中の料理を思いきり口の中にかきこんだ。先ほどは物思いに耽っていたせいで味なんか気にしていなかったれど、味わってみるとそれはとてもおいしかった。


「これ、めちゃくちゃおいしいよ」


 僕はそう言いながらどんどんと皿の中の料理をかきこむ。


 濃厚なスープの中にゴロゴロとした肉と芋が入っていて、素朴ながらも食欲をそそる味だった。揚げた芋のような料理には、チーズに似たとろけるソースがかかっていて、スナック感覚でいくらでも食べられそうな気がした。


 なんだか、本当に久しぶりにまともな食事をしているような気がした。


「うっ……げほっ」


 僕は勢いよく食べたせいで食事が喉に詰まり、思いきりむせた。


「あーもー、慌てて食べるから。ほら、これ飲んで――」


 僕は手渡されたコップに入った緑色の液体を飲み干した。

 爽やかな味のする柑橘系の果物のジュースみたいだった。


「これ、エーデルたちがつくったんだ。本当、すごくおいしいよ」


 僕は皿の中に入ったシチューのような料理を見て言った。


「ミッド(ちょう)の“フリカッセ”。この《テラス》では定番の料理なの。最近はモームのミルクが切れてきちゃったからご無沙汰だったんだけど……アオトのために私たち奮発したんだよ」


「僕のために奮発?」


 僕は驚いて言った。


「そうだよ。私は一生懸命、馬鈴薯(ばれいしょ)の皮を剝いたよ」

「私はねー、ミッド鳥をさばいて血抜きまでしたんだよ」

「あーしなんか、シーブの実をこれでもかっていうくらい絞った。シーブの実っていうのは、アオト君が飲んだジュースね」

「私わねー、いっぱい味見した」


 そこで、女の子たちが一斉に笑った。


「まぁ、私たちはさ――料理つくったり、洗濯したり、掃除したりとかしかできないからさ。だからさ、アオトにも元気になってほしくて、みんなで一生懸命つくったんだよ。もちろん、他のクルーにも精力をつけてもらって、元気になってほしくてね」

 

 エーデルが申し訳なさそうに瞳を伏せて続ける。


「アオト、何か……ゴメンね。私、軽々しくアオトに期待してるなんて言っちゃって。アオトはこの《テラス》の人でも、《クリムヒルト皇国》の人でもなくて、私たちのために戦う理由なんて……何も、ないのにね」

 

 エーデルは心から悔やんでいるように、僕に謝罪の言葉を述べた。

 

 おそらくエーデルは、あのデッキでの僕とアリシアさんとの出来事を見て、そして僕の不甲斐無く、情けなさすぎる姿を見て、申し訳なさや罪悪感を覚えたのだろう。

 

 僕が、エーデルたちが幼いころから聞かされてきた御伽噺の英雄なんかじゃなく――

 それどころか、まともに戦うこともできない、ただ弱いだけの男の子だということを知り、理解して。

 

 エーデルの言う通り、確かに僕はこの《テラス》の人間でもなければ、《クリムヒルト皇国》の人間でもない。

 

 僕が戦う理由なんて、ここには何一つない――


「エーデル――」


 僕がエーデルに向き直り、何を告げたらいいのかも分らないまま口を開こうとすると――

 急に艦内が揺れだし、甲高い警報のようなものが鳴り響いた。



『緊急警報を発令します。艦内の全てのクルーに告げます。本艦はこれより戦闘配置へと移行します。総員持ち場についてください。繰り返します。本艦これより戦闘配置へと移行します。総員――――』


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