Interlude 001
Interludeは三人称で進みます。幕間って意味です。
混乱したかたすみません。
☆
オルランド・オルランドゥは、《ゴンドワナ》大陸全土の地図を眺めながら顎に生えた無精髭を擦っていた。そして面倒くさそうに、整っていないぼさぼさの髪の毛をかいた。
「さて、どうしたものかな?」
移動要塞《ラタトスク》の指令室で呟く。
今は砂色の鎧甲冑は脱ぎすて、《ゴンドミレニア帝国》の黒と銀の軍服を身に纏い、その胸元をだらしなく開けっ放していた。
オルランド・オルランドゥ大佐は、《ゴンドミレニア帝国》の《騎士》であり、作戦を指揮する隊長だった。
今回、彼に与えられた任務は三つ――
《クリムヒルト皇国》から逃げ出した皇女殿下アリシア・エル・クリムヒルトの捕獲。皇女殿下が《クリムヒルト皇国》から持ち出した最古の《ナイト・ヘッド》――《ジークフリート》と《ブリュンヒルト》の回収。そして、《オラトリア》の最高神官ラーラ・ラティファ・フォ・ラーニエの捕獲だった。
《シャンバラの森》での作戦は万事が上手くいっていた。
オルランドが網を張ったポイントに、まんまとアリシアとラーラを乗せた航空戦艦《ニーベルング》は誘い込まれた。そして独断専行した《ジークフリート》と、《ニーベルング》を分断することにも成功していた。
この時、冷静に戦況を見通したオルランドは、自身が立案した作戦において無理をするつもりは毛頭なかった。
分断した戦線の一つ――《ニーベルング》には《ラタトスク》からの長距離砲撃と《パンツァー・ヘッド》による波状攻撃を行って《エヴェレット》に近づけさせず、足止めに専念すること部下たちに厳に命じた。
オルランド自身は、《エヴェレット》に向かったと思われるラーラの捕獲と《ジークフリート》の回収のみに専念した。
与えられた三つの任務に優先順位はつけられてはいなかった。任務の半分を成功させれば、まず本国への帰還が許され、《ラタトスク》に配属された部下たちにも休暇が与えられるだろうと考えていが、結果は失敗に終わった。
小僧と侮った少年がまさか《ジークフリート》を起動させ、別働隊として動かしていた三機の《パンツァー・ヘッド》――《パンター》を一瞬で失ったのだった。
「まさか……あの場に《ジークフリート》を起動させられる《騎士》がいたとはな?」
この《シャンバラの森》での任務を告げられた時、オルランドはそれまで《クリムヒルト皇国》から逃亡した《ニーベルング》を追っていた別の隊から、戦闘報告及び戦闘データは全て引き継いでいた。
《二ーベルング》に、最古の《ナイト・ヘッド》を操縦できる《騎士》は、アリシアしかいないことは間違いなかっただから、オルランドは《ジークフリート》が単独で《エヴェレット》へと向かった時、それが全ての《ナイト・ヘッド》の“起動鍵”を持つラーラであると確信していたのだ。
「あの小僧は……いったい何者だ?」
オルランドは広げた報告書の山に目を通す。
「《エヴェレット》を捜索させたところ、異常とも言える量のエーテルが検出された。おそらく《エヴェレット》が正常に起動したことは間違いないだろう。そして何かの《エーテル儀礼》が行われた。それだけでも驚きだが……まさか、あの小僧が“指輪の英雄”だとでも言うのか?」
オルランドは幼いころから聞かされ続けてきた御伽噺を思いだし、下らないと自嘲気味に笑う。そして机の引き出しの中から煙草を取り出し、机の上の地図を照らしていているランプで火をつけた。
オルランドは煙草を口元に運んでゆっくりと吸い込み、煙を肺の深くに入れてくゆらす。
《ミドガルズ社》の煙草で、銘柄は“トリネコ”。《ユグドラシル》の葉を乾燥させてつくられた最高級の紙巻タバコで、深いリラックス効果と強力な覚醒効果がある。主に軍人に愛用されている嗜好品だった。
「ふう、《クリムヒルト皇国》が落ち、ラーラは《オラトリア》を逃亡した。《エヴェレット》に現れた少年、ここにきての帝国の勇み足…………やれやれ、なにかが持ち上がっていると言ったところだな。しかし、これ以上の詮索は……不味いのだろうな?」
オルランドは煙を吐きだしながら言う。
「私は“指輪”の追跡のみに精を出すとしよう」
オルランドは、地図の上に模型として置かれた《ニーベルング》を、帝国での呼び名である“指輪”と呼んで、自分を諌めるにとどめた。
不意に、指令室にノックの音が響いた。
「――――入れ」
オルランドが言うと、指令室に副官であるファーレンハイトが現れて敬礼をした。
「どうした?」
オルランドは気の抜けた調子で尋ねた。
「たった今、本国よりティア・ヴァナルカンド少尉が到着いたしました。さっそくオルランド中佐に会いたいと申しておりますが」
「で、少尉はどこにいる?」
「格納庫で自身の《ナイト・ヘッド》の調整を行っております」
「働き者だな。私としては部下が働きすぎると困るんだがな」
「彼女は、《騎士》とは言っても戦闘のみを評価されて配属された《ウールヴヘジン》です。所詮は獣の身、自身の価値というものを弁えているのでしょう。結果が出なけれな――」
「ファーレンハイト、貴官がどのような思想をもとうが、私は一向に構わん。帝国に忠誠を誓っているのなら、大抵の発言は許されるだろう。しかし、私の前でつまらない発言はやめておけ」
「も……も、申し訳ありません」
琥珀の双眸で凄まれたファーレンハイトが、顔を引き攣らせて頷いた。
「せっかくのタバコがまずくなるからな」
にやりと笑みを浮かべたオルランドが、副官の肩を叩いて指令室を後にした。