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「――準備は、よろしいですか?」

 

《ニーベルング》の甲板(デッキ)に移動した僕とアリシアさんは――互いに“棒状の物”を持って向かい合っていた。

 

 真紅の飛行戦艦は、淡い緑色の光の帆や翼のようなものを発しながら空を駆ける。《ニーベルング》の甲板(デッキ)から見える景色は一面の緑で、遠くの方には切り立った山々の尾根や、どこまでも続いていく河などが見えた。

 

 向かい合った僕とアリシアさんから少し離れた所には、マーサさんと整備班の人たちがこちらを窺っており、その後ろでは《クリムヒルト女学園》の生徒たちが集まっていた。


「あの……これからいったい……何を?」

 

 僕は恐る恐る尋ねた。


 手に持った棒状のものは軽い金属でできた木刀程度の長さのもので、“訓練用の剣”ということだった。


「今から、私たち《騎士》がどのように“エーテル”を扱うのかを実践して見せます」


「何も……こんなところでやらなくても?」

 

 デッキの中心にいるとはいえ、もしも突然の乱気流などに呑み込まれたりして艦から落ちてしまえば、まず助からないだろうと思った。

 

 頬を撫でる風は穏やかだが、空を駆ける速度は決して緩やかという訳ではなかった。


「その理由は直ぐに分かります――まずは、この私をよく見てください」

 

 そう言うと、両手で剣を握ったアリシアさんの雰囲気が一瞬で変わり――僕は背筋を震わせた。

 

 アリシアさんの見開いた翡翠の双眸が強く輝き、僕を視界に収める。

 

 その瞬間、僕は本当に何かを包み込まれたように、体中に違和感のようなものを感じた。透明な薄い膜に包み込まれて、その中を液体で満たされるような感覚――どこなく息苦しく、それでいて全神経が過敏になるような感覚だった。


「どうやら、感じているようですね」

 

 僕の様子を悟ったアリシアさんが頷く。


「いったい……僕に何をしたんですか?」


「これが“騎士の瞳”で見るということです」


「“騎士の瞳”で……見る?」


「これが、《世界を見渡す眼(エーテル・サイト)》です。“世界の瞳”ともいわれる騎士の力の一旦――そして“四系統”の一つ、“接続”に位置する《スキル》です」


「《エーテル・サイト》?」


「アオサキ・アオト、あなたも《エーテル・サイト》で私を見てみなさい」


「……いきなりそんなことを言われても……僕にはそんな特別な瞳は――」

 

 僕は慌てて言った。


「何を言っているのですか。あなたのその瞳は――私と同じ“翡翠”でしょう? 相手のエーテルに接続するには十分長けているはずですよ?」


「……“翡翠”って、どういう意味ですか?」


「《騎士》の瞳には、その色や輝きによって《カラット》と呼ばれる“ランク”が定められています。私やアオサキ・アオトの《カラット》は“翡翠”。これは“紅玉(サファイア)”や“瑠璃(ラピスラズリ)”と同格の《ランク》に位置する上位《カラット》です」


「そんなことを言われても……どうすれば?」

 

 そもそも僕のもともとの瞳は黒色で、この翡翠の双眸はこの世界に来た時の借りものみたいなものだった。


「瞳に、あなた自身のエーテルを集中させて見ればいいんです。その時、私自身を見ようとするのではなく、私の中の本質を見抜こうとしてください。さぁ――」

 

 僕は言われたように瞳に力を入れて集中してみた、

 そしてアリシアさんを真っ直ぐに見つめて、見据えた。


「――――――――、?」


 すると、アリシアさんが纏った赤い制服の上にもう一枚――淡い光の膜のようなものが浮かび上がった。そして、白い手袋をつけたアリシアさんの左手には、眩い光のようなものが集まっている。


「どうやら……しっかりと私のエーテルに接続できたみたいですね? これが《エーテル・サイト》――騎士の瞳で見るということです」


「これが……騎士の瞳――《エーテル・サイト》?」


「そうです。しかし、より実践的に《エーテル・サイト》を使うには、かなり研鑽と修練が必要とします。初歩の段階としては《エーテル・サイト》で相手を捉えた時、相手の《ステイタス》――五項目が“五角形”の形で認識出来るようになれば、一先ずは合格といったところでしょう」

 

 五項目を五角形で認識する?

 つまり、“レーダーチャート”のようなものだろうか?


「《エーテル・サイト》によって《騎士》の《ステイタス》を判別し、その戦闘方やエーテル特性、使用法、《スキル》などから相手の《クラス》を特定するのが、一般的な《騎士》同士の戦闘です」

 

 戦闘中にそんなことをしながら戦えるのだろうかと僕は疑問に思った。

 今も、アリシアさんを《エーテル・サイト》で見ているだけで精一杯な上に、僕にはアリシアさんの《ステイタス》がどのようにランクによって成り立っているのかまるで分からなかった。


「上位の騎士になれば、自身の《ステイタス》を隠すことに長けているのは当然のことです。《隠蔽》の《スキル》をもつ騎士ならば、完全に自身の《ステイタス》を隠すことも可能になります。だから戦闘方法や戦術によって相手のエーテルを引き出し、徐々に《ステイタス》を判別していくんです」

 

 アリシアさんが僕の胸の(うち)を読むように言った。

 

 確かに、僕にはアリシアさんの《ステイタス》はまるで分からず、アリシアさんの肉体(からだ)が物凄い量のエーテルに満たされているということしか分らなかった。


「しかし、一つだけ気を付けてください――通常、《騎士》同士が互いを《エーテル・サイト》で見るということは、剣を抜いたことと同義です。それは即ち戦闘の開始を告げます。そして《エーテル・サイト》で相手の騎士を見れば、相手はどのような位置にいたとしても、何者かが自分のエーテルに干渉し、接続されたことを理解します。つまり奇襲や強襲などには使えないということです」

 

 なるほど、なかなか難しい制約があるんだなと思った。

 つまり、基本的には面と向かった相手にしか使用してはいけないということだろう。


「アオサキ・アオト、これでお互い《エーテル・サイト》で相手を見たことですし、さらに実戦のレベルを上げましょう」


「実践のレベルを……上げる?」


 僕は戸惑いを浮かべた。


 刹那、僕の体中を締め付けるかのようにアリシアさんの視線が鋭くなり、僕は海底にいるような息苦しさと寒気を感じた。

 アリシアさんの言葉通り、《エーテル・サイト》で見るという行為も一段レベルを上げたようだった。

 

 剣を目に見えない鞘に納めるように、手に持った剣を腰から下に下げて構えたアリシアさんが――覇気を纏って僕を見据える。


「構えなさい」


「構えろって、そんな急に――」


 そう言った瞬間、アリシアさんは僕の目の前にいた。


 僕とアリシアさんの距離は、少なくとも五メートルは離れていた。

 それをたった瞬き一つ程度の間に埋めてしまうなんて、信じられなかった。


「これが“強化”の系統による、“身体能力の向上”です。エーテルのブーストを得た今の私の身体は、一時的にですが通常の数倍の身体能力を発揮します。そして――」

 

 いつの間にか下げて構えた剣を僕の首筋にあてたアリシアさんが、冷ややかに言う。


「アオサキ・アオト、これであなたは一度死にましたよ」


 そして一瞬で元の位置に戻ったアリシアさんが、再び剣を下げて構えた。

 まるで居合を行う剣士のようだった。


「初めに言った通り、この場所で行う意味は理解できましたか? 艦内でやっては、私が艦を沈めてしまいます」

 

 おそらく、その言葉に誇張は無いんだろうと思った。


「次は当てます。怪我をしたくなければ――剣を構えなさい」


「いきなり、そんな――ぐっ」


 次の瞬間、僕の鳩尾に凄まじい衝撃が走った。


 またしても一瞬で僕の間合いに詰めたアリシアさんが、構えた剣を僕の鳩尾に当てていた。

 おそらく当たる寸前に衝撃を押し殺したのだろうが、それでの僕の肉体に与えられるダメージは凄まじかった。

 

 僕はその場に膝をついて大きく咳き込む。

 視界が歪み、平衡感覚が失われていく。

 胃の中の物を全て吐き出してしまいそうだった。


「――――、ぜぁ……ぜぁ」


「さぁ、立ちなさい。そして剣を構えなさい」


 まるで血の通わない機械のように冷たく告げる。


 アリシアさんはすでに元の位置に戻っており、再び下げた剣を構えていた。


 僕は剣を杖代わりにして立ち上がり、そしてゆっくりと剣を構えた。

 次の瞬間、アリシアさんが僕の間合いに現れ――剣を腰に下げた鞘から抜くようなモーションで繰り出した。僕は咄嗟に反応し、構えた剣を下げた防御を行う。

 

 僕とアリシアさんの剣が交錯するが――僕の剣は衝撃に耐えられずに弾かれ、まるで下から巨大なスコップか何かで救い上げられるかのように、僕の身体は宙に投げ出された。


「――――、ぐっ、つぁ……はっ」


 デッキに叩きつけられた衝撃で上手く呼吸が行えず、僕は苦しみに喘いだ。


「立ちなさい。そして剣を構えなさい」


 またしても機械のように告げる。


 僕には、今行われていることがいったい何であるのか、何の意味があるのか、まるで分からなくなっていた。自分が何故こんなことをしているのか、そんなことも思い出せなくなっていた。

 それでも、僕は言われるままに立ち上がり剣を構えた。

 

 それからも僕は立ち上がり剣を構えるたびに、アリシアさんに突かれ、叩かれ、吹き飛ばされ続けた。


 そして仮面をかぶったかのように表情を殺したアリシアさんは、僕を叩きのめす機械にでもなったかのように、立ち上がり続ける僕を叩きのめし続けた。


 「さぁ、立ち上がって剣を構えなさい」


 「……ぜぁぜぁ、ひゅー、…………ぜぁ」

 

 僕は立ち上がって剣を構える。呼吸がおかしくなっていた。アリシアさんの技量の賜物なのか、僕はこれだけ叩きのめされてもほとんど目に見える外傷は無く、血の一滴もこぼれてはいなかった。


 それでも肉体は確実に破滅へと向かい――骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げ、体中の血管が千切れそうなぐらい収縮していた。

 

 心臓はもはや早鐘を通り越して狂ったように唸っていた。


「次の一撃を、私はあなたを殺すつもりで撃ちます――――」

 

 そう言うと、アリシアさんは下げていた剣を掲げて見せる。

 

 瑠璃を散りばめたように青く美しい空に掲げられた剣は、うっすらと淡い翡翠の光を纏っていた。


「“強化”、“放出”、“構築”――三つの系統を同時に発動させることで創りだされる“エーテルの刃”です。切れ味は“ミスリル鋼”を打って鍛えられた剣の刃の数倍に相当します」

 

 エーテルの刃を纏った剣を下げ――アリシアさんが剣を構える。

 

 殺気というものを、僕は生まれて初めて感じたような気がした。

 瞬間的にこれが危険であることを悟り、僕は剣を構えた。

 

 僕の中の全神経が目の前の剣にのみ集中し、体中の全ての回路がアリシアさんから繰り出される一撃を回避し、そして反撃することに費やされる。


かちりと、スイッチが入ったように――

 

 目の前が急に鮮明になり、僕の身体からは一切の無駄が省かれて行き――ただ攻撃を返す機械へと変わった。

 

 僕の翡翠の双眸――《エーテル・サイト》がアリシアさんを捉える。

 

 膨大なエーテルが彼女の剣に渦を巻くように集中していく。

 

 そして、アリシアさんの腰から下げた剣の先から、まるでジェット噴射のように高密度のエーテルが放出される。

 今までよりも高速で僕の目の前に移動した。

 

 ―――――剣の軌道は見えていた。

 

 鞘を使用しない居合抜きのように、下から大地をすくい上げるような斬撃がアリシアさんから放たれ――“エーテルの刃”は迷いなく僕の首筋、頸動脈へと向けられる。

 

 僕は手首を返して刃をいなし、文字通りの返す刀でアリシアさんへと剣を振るう。


「――――――ッ、?」


 無我夢中だった。

 

 しかし、僕の剣はアリシアさんには届かず――

 僕の剣の刃は柄の先から消えていた。


 背中に、切り伏せられた僕の刃が地に落ちる甲高い音が聞こえた。


 僕の瞳に、アリシアさんの翡翠の双眸の輝きが瞬き――

 アリシアさんが片手で持った剣でデッキを突き刺した。


 すると、僕とアリシアさんの足元から間欠泉のように大量のエーテルの吹き出し、僕はエーテルの波に飲み込まれるようにして宙に飛ばされた。

 エーテルが噴き出したデッキ一面が、まるで地割れでも起こしたかのように歪んでいた。


 デッキに背中から激突して、ついに僕は立ち上がることもできないほどに叩きのめされた。


「――――アリシア、いい加減にしてよっ」


  倒れる僕の前に誰かが立ち塞がって、アリシアさんに声を上げた。


「アオトは……この世界に来たばかりなんだよ。それなのに……こんなふうに意味もなく痛めつけて――いったいどういうつもりなの?」

 

 エーデルだった。

 彼女は両手を広げて、僕を庇うようにしてアリシアさんと対峙していた。

 

 エーデルの小さな背中を見つめて、僕は胸の中で思った。


 エーデルは、僕に期待しているって言ってくれたけど、僕は彼女の期待に応えられそうもなかった。

 情けないな、ちくしょう。


 僕は震える拳を握ろうとしたが、まるで力が入らなかった。


「エーデル、意味はあるわ――」


 アリシアさんは足を進めてエーデルを通り過ぎ、仰向けに倒れ込む僕を翡翠の双眸で見下ろした。


「――アオサキ・アオト、あなたは、確かに異世界から来た召喚者なのかもしれません。けれど、あなたは英雄でもなければ騎士ですらない。それどころか、戦う力すら持たない……ただ弱いだけの男の子です」

 

 冷たい言葉が、雨のように僕の体と心を打ちつける。


「ラティファを助けてくれたことは感謝していますし、お礼も言いました。けれどアオサキ・アオト、これ以上……私たちの戦いに首を突っ込まないでください。部外者であるあなたが戦う理由は、ここにはありません。そして、エーデルや他の生徒たちを……これ以上期待させたりしないでください」

 

 そう言い残し、アリシアさんはデッキを去って行った。


 呆然と空を見上げた僕は、自分が何をしていたのかも、これから先どうしたいのかも分らないまま、たたただ青く美しい空を見つめていた。



 残酷なくらい、空が青かった。


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