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「さて……まずは私たちの暮らす世界――《テラス》について話しましょう」


 僕たちは医務室から、黒板の置かれた広々とした一室に場所を移した。

 普段は、《クリムヒルト女学園》の生徒たちの簡易教室の一つだという部屋で、黒板の前に立ったマーサさんが、石灰石の白墨(チョーク)を持って講義を始める。


「この《テラス》は、基本的に“二つの大陸”によって成り立っているの。《テチス海》を挟んだ北の大陸《ローアシア》と、南の大陸《ゴンドワナ》ね。私たちが今いるのが……だいたいこのあたり――」

 

 黒板に巨大な二つの大陸を欠いたマーサさんが、南の大陸の一部に印をつける。

 短い海を挟んだ大きな二つの大陸があり、二つの大陸の中心は細長い“橋”のような陸地で繋がっていた。


「あの……《クリムヒルト皇国》はどこにあるんですか?」

 

 その質問に、アリシアさんだけでなく、マーサさんも少しだけ表情を強張らせた。


「《クリムヒルト皇国》は、ここね――《ゴンドワナ》の極東にあたる島国が、私たちの暮らしていた《クリムヒルト皇国》よ」

 

 マーサさんは“東の海”に印をつけた。


「そしてアオト君と私たちが出会ったのが……ここね――《ゴンドワナ北東》の“大森林”。私たち《テラス》で暮らす人々にとって“聖域”と呼ばれている《シャンバラの森》よ」

 

 南の大陸に丸印がつけられ、丸の中の一部に塔に似た絵が描かれた。


「俗に“鎮守の森”とも呼ばれるこの場所が、私たち《テラス》の人々に聖域と呼ばれている理由は、《エヴェレット》と呼ばれる塔に由来する――」

 

 僕は、ようやく僕がこの世界に召喚された場所――《エヴェレット》の説明とあって身を乗り出した。


「――遥か(いにしえ)、この《ローラシア》と《ゴンドワナ》の二つの大陸は、一つの大陸だった。一の超大陸《パンゲア》」


「……パンゲア?」


「この《テラス》が、まだパンゲアと呼ばれる“一の大陸”しかなかったころ、この《テラス》の人々は日々を闘争によってのみ過ごしていた」

 

 闘争? 

 つまり戦争ということだろうか?


「パンゲア人は“巨人兵”――今の時代でいう《ナイト・ヘッド》での戦いに明け暮れ、大陸を揺らし、森を焼き、海を穢した。それを見かねた天上の《アルテミシア》は、闘争を終わらせるために一人の英雄をこの世界に召喚した。そして長きに渡る戦争を終わらせた異世界の英雄は、自身が駆った“黒の巨人兵”の剣をもって大陸を二つに割り、争う人々を別った。英雄は二度と争いが起こらぬようにと巨人兵の剣を大地に刺し、これが《エヴェレット》となった」

 

 あの塔のような建造物が――巨人兵の剣?


「そして、戦いを終わらせた異世界の英雄は――“再び争いが起こるならば、この《エヴェレット》から新たなる英雄が現れるだろう”と言い残し、天上へと還っていった」


「そんなことがあったんですか?」


 僕は至極真面目に頷くと、マーサさんはくすりと笑った。


「……いいえ、これは数ある御伽噺の一つに過ぎないわよ」


「……御伽噺? もしかして“指輪の王”と同じようなものですか?」

 

 僕は拍子抜けして尋ねた。


「まぁ、そんなところね。《テラス》の各地でこれに似たような御伽噺が言い伝えられるわ。だけど、この話で重要なのは二つだけ――」


「……二つ?」


「つまり《テスラ》の各地には、異世界からの英雄が世界を救うために召喚されるという逸話や伝説があり、その場所は聖域である《シャンバラの森》――そして《エヴェレット》であるとされている。これが一つね」


「はい」


「もう一つが、実際に《エヴェレット》で“異世界の住人”であるアオト君が召喚されたということ。もちろん……アオト君が本当に異世界からの召喚者ならの話だけど」


「そこは……保留ですか?」


「まぁ、私も学研の徒だから、完璧に実証されていないものを丸っきり信じるってわけにはいかないわね」

 

 それに関しては実証できそうもないので、無理に説明するのはもうやめようと思った。

 いま大事なことは、そこじゃない。


「だけど、アオト君が本当に異世界からの召喚者だったのなら……私たちは今、御伽噺や伝説を目の当たりにしているということね。どうこの《テラス》の世界と、だいたいの地理、君の立場についてはだいたいわかったかしら?」


「はい……何となく分りました」


「それで……今私たちが向かっているのが、ここ――北の大陸《ローラシア》の海運の拠点である商業都市《エルメス》。ここで、とある人たちと内密に会う約束をしているの」


「マーサ」


 マーサさんが北の大陸の一部に印をつけて説明すると、アリシアさんがそれ以上の説明を止めるように声を上げた。


「分かっているわよ。これ以上は……今のところ秘密ね。アオト君、何か質問は?」


「はい――」

 

 僕は少し考えてから口を開いた。


「……どうして《ニーベルング》は《シャンバラの森》に向かったんですか?」

 

 これまでの話しぶりから察するに《ニーベルング》のクルーは、アリシアさんやマーサさんも含めて異世界から英雄が召喚されるという御伽噺を信じておらず、まさかラティファが異世界の人間を召喚するとは夢にも思っていないようだった。ならば、どうして《ニーベルング》は《シャンバラの森》に向い、ラティファを《エヴェレッ》に連れて行こうとしたのだろうか?


「それは、ラティファの“神託”ね」


「……“神託”?」


「ええ……だけど正直な所を言うと、私たちもどうしていいのか分からなくなっていた。そんなところ……かしらね?」


「どうしていいのか……分からなくなっていた?」


「ええ。この《ニーベルング》が《クリムヒルト皇国》を出てから一か月……私たちは行き場もなく、寄る辺もなく、あてもない逃亡を続けていた。そんな中……ラティファが《大エーテル》からの“神託”を受けて……私たちはそれに縋った」

 

 マーサさんが複雑な表情を浮かべると、アリシアさんは悔しそうに表情を歪めてみせた。

 そこには長きに渡る逃亡生活と戦闘の苦難と苦労の色が、濃く浮き出ていた。


 僕はこれ以上この話を聞くべきではないと判断した。


「じゃあ、この《ニーベルング》が《シャンバラの森》で戦闘を行っていたのは……どこの勢力や組織なんですか? 《エヴェレット》でラティファを拘束しようとした兵士たちは、“帝国”って言っていましたけど」

 

 僕の質問に、マーサさんとアリシアさんが目配せをして、アリシアさんが頷く。


 どうやら、僕には秘密にしておきたいことがあるようだった。

 それが僕だけに秘密にしておきたいことなのか、この《ニーベルング》全体に秘密にしておきたいのかは、今のところ分らなかった。


「――《ゴンドミレニア帝国》よ。《ゴンドワナ》大陸全土を支配する、この《テラス》で最も巨大な超国家よ」


「……《ゴンド……ミレニア帝国》? どうしてそんな大きな帝国が、ラティファや、この《ニーベルング》を追っているんですか?」


「そうねぇ、理由は――アリシア自身と、アリシアの持つ“二つの鍵”ね」


「アリシアさんと二つの鍵?」


「ええ、アリシアには皇国を継ぐための“王位継承権”があり、ゴンドミレニアはその継承権を手に入れたい。そして“二つの鍵”は《ジークフリート》と《ブリュンヒルト》。この二体の《ナイト・ヘッド》は、クリムヒルト皇国が所有する、最古の《ナイト・ヘッド》の二機で、《世界の鍵》とも呼ばれている」


「……《世界の鍵》?」


「ええ、《アーキ・シリーズ》と呼ばれる《最古のナイト・ヘッド》は、《パンゲア》の時代に製造された巨人兵であるとされ、この世界の“エーテル”に接続する力があるとされているの」


「……世界の“エーテル”……接続?」

 

 僕はだんだん話が難しくなりはじめ、ついていけなくなっていた。


「“エーテル”については……この後詳しく説明するから、今は無理に理解する必要はないわ。ただ、ものすごい力を秘めた《ナイト・ヘッド》であると覚えていてちょうだい」


「……わかりました。それじゃあ、ラティファは何で狙われているんですか?」


「《オラトリア》の最高神官だからよ」


「その《オラトリア》って何なんですか?」


「さっき、パンゲア時代の御伽噺をした時に、天上の《アルテミシア》が異世界の英雄を召喚したって話したでしょう? 《オラトリア》はその《アルテミシア》の教えを信仰する神殿のことを指し、ラティファは《アルテミシア》の末裔で――《オラトリア》の現最高神官なの」

 

 オラトリアとは、この世界で言うところの宗教みたいなものだろうかと思った。


「《オラトリア》の神官は《大エーテル》に接続することができ、それによって多くの“神秘”や“奇蹟”をなすことができる。その中でも、最高神官であるラティファは――最高位の“奇蹟者”といってもいい」


「……《大エーテル》、神秘、奇蹟……奇蹟者?」

 

 僕はついに訳が分からなくなって爆発した。


「……さて、ここでようやく“エーテル”と呼ばれるものがいったい何であるかの説明に繋がるの」

 

 僕の混乱を予想していたかのように、マーサさんが頷く。


「“エーテル”とは――この《テラス》の全てであり、星であり、空気であり、海であり、大地であり、私たちであり、この宇宙そのものである」


「――――、…………?」

 

 まるで意味不明だった。


「つまり“エーテル”とは、この宇宙を構成する“最小単位”のことを指すの。この黒板や、この机、そして私や、アオト君――この部屋に充満している空気でさえ、全て“エーテル”で創られている」


 つまり、原子や素粒子のようなものなのだろうかと思った。

 原子や素粒子が具体的になんであるかは、僕にもよく分かっていないんだけど。


「基本的にこの世界の全ては、形の無い“無色のエーテル”に、温冷乾湿の四つの性質を与えられることで具象され、具現される。そして、その“エーテル”に影響を及ぼし、自在に操ることができる存在を――この《テラス》では《騎士》と呼んでいるの」


「“エーテル”に影響を及ぼし、自在に操ることができる存在が――《騎士》?」

 

 ということは剣を振り回したり、戦ったりするだけが騎士の役目じゃないということだろうか?


「私たち《テラス》人は、もともと生まれながらにエーテルに影響を及ぼす力を備えてはいるんだけど、騎士と呼ばれるものたちは、直接に《大エーテル》との“回廊”を繋げることによって、その力を何十倍、何百倍にも引き上げ――それを“スキル”という形で行使しているの」


「……“スキル”? その《大エーテル》っていうのは何なんですか?」


「《大エーテル》っていうのは、“始原にして終焉の座”――“星の記憶”とも呼ばれる形のない世界」


「形の無い……世界?」


「ええ、《オラトリア》の教えではでは――この宇宙の始まりの場所にして、全ての終わりが行き着く場所とも言われているわね」


「……………………?」 


《大エーテル》に関しては、僕程度の頭脳では理解できそうもないので、一時保留ということにしておいた。


「その《大エーテル》との“回廊”――通称、《エーテル回廊》を繋いだ《騎士》には、その奇蹟の証明となる《騎士刻印》が刻まれる。つまり――アオト君の右手の紋様のことよ」


「これが――――《騎士刻印》?」


 僕は自分の右手に刻まれた紋様を眺めて、ようやくその意味をすることができた。

 この刻印が、僕と《大エーテル》とを繋ぐ“回廊”の役目を果たしているのか?


「通常、《大エーテル》との“回廊”を繋いで《騎士刻印》を顕現(けんげん)させることができるのは、数千人に一人と言われ、最大規模の騎士団を誇る《ゴンドミレニア》でさえ、《騎士》の数は二十に満たないといわれている。そして、《騎士》一人と《ナイト・ヘッド》一機で――国一つが崩れることもある」


「………《騎士》一人で……国が崩れる?」

 

 僕は呆然と、そしてどこか愕然と右手の刻印を眺めた。


「僕には……“エーテル”を自在に操るなんてできそうもないんですけど?」


「《ナイト・ヘッド》に騎乗してみせたじゃない」


「《ナイト・ヘッド》の……騎乗ですか?」

 

 僕は自分が操縦した《ジークフリート》を思い出した。


「《ナイト・ヘッド》に騎乗できるのは騎士だけよ。量産型の《パンツァー・ヘッド》なら……そこらへんの操縦士でも操れるけど、《ナイト・ヘッド》に騎乗できるのは《騎士刻印》をもち、《ナイト・ヘッド》との《エーテル回廊》を繋いで、《アドミニスター権》を得た《騎士》だけなの。」


「《騎士》にしか操縦できない?」


「ええ、《騎士刻印》を通じて《ナイト・ヘッド》との“回廊”を繋ぐことで、《ナイト・ヘッド》は初めて起動する。そして《騎士》たちはその回廊によって、より自在に、より精密に、《ナイト・ヘッド》の操縦を可能にするの。そして、《アーキ・シリーズ》と呼ばれる最古の《ナイト・ヘッド》に騎乗できるのは、“霊核”に認められた――――選ばれし《騎士》のみ。」

 

 マーサさんは戸惑う僕を見つめて続ける。


「さぁ……これで、アオト君がどれだけ特殊なケースであるかは分かってもらえたでしょう? 通常、普通の人間が一生をかけても得ることができない《騎士刻印》を有し、最古の《ナイト・ヘッド》の《アドミニスター権》を得た――異世界の召喚者。私たちが君の存在に驚くのも……無理はないのよ」

 

 僕は返す言葉が見つからなかった。



「さて、私の講義はこんなものかしら? あとは実際に《騎士》であり、最古の《ナイトヘッド》――《ブリュンヒルト》に認められて《アドミニスター権》得た、アリシアに説明してもらったほうが……分かりやすいでしょう」


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