第八話 大切な人。
誤字脱字、不備な点や読みにくい個所があるかもしれませんが、ご了承ください。
最終話です。
「ここに来るのは……何度目だ……?」
自分以外が存在しない、虚空……。
そこで俺は、身動き一つできずに漂っていた。
死の境界、と俺が勝手に呼んでいる場所。まあ、ネーミングなどどうでもいいとして、いつものようにあいつが現れる。
「こんにちは、吸血鬼じゃない僕」
「……御託はいいから、とっととお前の力をよこせ」
目の前に佇む一人の女性に、俺は命令する。
「僕は君の中に眠る吸血鬼の力だよ。もう少し頼み方とかないのかな?」
「お願いします」
「素直でよろしい」
そう言って、女性は俺へと手を差し伸べ、頬に触れる。
「制限時間は一分だ。君はその間にあのむかつく吸血鬼を殺しな」
「俺の女体化と思えない、荒い性格だな」
……そう。彼女は俺の髪を長くし、身体付きと顔付きを女性へと変えた、もう一人の自分。初めて吸血鬼の繭に血を吸われた際に、俺の中で生まれた吸血鬼の力。
彼女曰く、吸血鬼に噛まれた人間の内、稀に吸血鬼の力を目覚めることがあるらしい。その理由は至極単純で、
「死に際に、噛まれた吸血鬼と約束を交わす。君が天童繭と『絶対に守る』って言う約束をしていなかったら、今頃君は死んでたね」
「その時はその時だ。お前がいなくても、幽霊になってでも守ってやるさ」
「本当に君は彼女が好きだね」
にたにたと笑いながら指摘されるが、否定する。
「残念ながら、俺は繭だけじゃなくて、シイも、常夜も大好きなんだ」
「おおぉ、ハーレム宣言」
もう一人の自分はわざとらしく驚き、そしてこちらの心情を見透かしたように言葉を投げ掛ける。
「で、君はどうするんだい?」
「……さあな」
答えない。正しくは、答えられない。
「俺は彼女たちを幸せにできるかは分からないし、彼女たちはそれを受け入れてくれるかも分からない。だから保留中だ」
「ふーん……」
「お前だったらどうする?」
問われた彼女は頬に触れていた手を離し、にっこりと笑う。
「自分で決めろ」
その言葉を最後に、死の境界、そして彼女は消えた。
◆◆◆◆
弾を込め直し、発砲。だが、
「これで終わりじゃぜ!」
男は山に生える木々をわたしへと向けて放り、それは一直線に飛翔。弾丸が二発当たり、『適応力』の効果で相手の能力を無効化し、大木は地面に転がる。
「中々の腕前だ。だが、所詮はその程度じゃぜ」
言い終わると、純血の吸血鬼はまたもや一瞬にして距離を詰め、強烈なこぶしが胸部に放たれる。
「はぐっ!」
勢いよく吹き飛ばされ、わたしは地面に転がる。
喉に違和感が走ると、反射的にそれを吐き出す。血だった。
「今の一撃で死ぬなじゃぜ、ハーフヴァンパイア。これからが面白いところなんだからなっ!」
吹き飛ばされ、結構な距離ができていたはずが、彼の能力を使われて一気に距離を狭まれ、倒れるわたしに向かってかかと落としを喰らわせようとするが、
「くぅっ!」
寝返りを打って間一髪のところで攻撃を避け、ガンホルダーに入ったもう一つのリボルバーを取り出し二連続で発砲。
「ふぐぅ⁉」
一発目は胸部、二発目は腹部に命中。しかし、
「純血の吸血鬼を舐めるなじゃぜ!」
ダメージを受けているはずだが、硬化能力使われて止血されているため、効果が無い。
「やられるわけにはいかない……。わたしも……芯を……」
連射。残り弾数六発をすべて相手に被弾させる。
「ぐぬぅううう!」
痛みに上げる声。怯むその姿。普通の相手なら勝っていた。だが、
「もう終わりか? 小娘」
「そん……な……」
全弾撃ち切った。しかも至近距離で……。なのに、倒せなかった……。
消沈するわたしに、すぐ目の前の吸血鬼の男は嗤う。
「無様じゃぜ。あれだけ息巻いていたくせに、呆気なく殺されるとは。しかし、安心しろじゃぜ、そう簡単に死なせないじゃぜ」
振り上げられるこぶし。諦めたい衝動に駆られる。でも、逃げても変わらないんだ!
振り下ろされたこぶしを避け、わたしは回し蹴りを相手の首元へと喰らわせる。
「はぁっ!」
「っ!」
鈍い音が鳴り、男はよろめく。
簡単に死ぬつもりなんて無い。
体勢を崩した男のみぞおちに肘鉄を入れ、裏拳を腹部に叩き込む。
……あの日、芯に助けてもらって、わたしも戦う力を付けた。芯が死ぬ気で戦うなら、わたしも彼と並んで、戦って見せる。
距離を一旦取り、すぐに追撃を繰り出そうとこぶしを放つが、
「調子に乗るなじゃぜ」
腕を掴まれ、潰れるほど力一杯に握り締められる。
「きゃ、あああああああああ!」
山に響き渡る、わたしの悲鳴。抑えようとしても、痛みにこらえることができない。
「このまま四肢を引きちぎって、やるじゃぜ! ハーフヴァンパイアごときが、純血に逆らった罰じゃぜ!」
より一層、少女の腕に力が加えられたその時、
「俺の大切な人に、何してんだ」
「――っ⁉」
声にならない悲鳴を男は上げ、わたしを掴んでいた手は離れ、気が付くとわたしは好きな人にお姫様抱っこされていた。
「二度とその手で繭に触れるな……。いや、もう触れられないか」
好きな人――葉隠芯は背後に立つ吸血鬼を嗤う。
高宇都浩二の右腕は、切断された。
「芯……」
「待たせたな、繭……。あとは俺に任せてくれ」
そう言うと、ゆっくりとわたしを下ろし、首筋にそっとを歯を立て、優しい吸血を少ししてから彼は振り返る。
「制限時間は三十秒。俺を倒してみろよ。じゃぜ野郎」
◆◆◆◆
全身から破壊的な力が溢れ、俺は相手を圧倒する。
右腕を失った高宇都は、自身の能力を使って俺と渡り合おうとするが、それは無意味なことだった。
「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁああああああ!」
付近に生える木々を次々と能力を使って俺に飛来させるが、ことごとくそれをこぶしで粉砕させる。
「なぜだ! なぜなんだ! なぜお前は純血の吸血鬼であるおれを、ここまで追い詰めることができるじゃぜ! おれは、お前みたいに吸血鬼のなりそこないではないじゃぜ!」
喚きながらも、吸血鬼は自身の能力で攻撃を繰り返す。
「能力も、二つ持っているおれの方が強いはずじゃぜ! おれは天才じゃぜ! 何人ものの人間を殺してきたじゃぜ! なのに、なぜ勝てないじゃぜ! 一体、お前は何者じゃぜ!」
最後の木を破壊し、騒ぐ高宇都の前へと俺は辿り着く。そして俺は、静かに語り掛ける。
「教えてやるよ、傲慢吸血鬼。人間って言うのは、大切な人を守るときには信じられない力を発揮することができるんだよ」
攻撃の手をやめた高宇都に、俺はおもむろにこぶしを振り上げ、力一杯顔面を殴り飛ばした。
「あがっ!」
男は白目を剥いてその場に膝を着き、倒れた。
「やっぱり顔を殴るのは痛いな……」
呟くと同時に、身体中に溢れていた力は消え去った。
「これで終わり……にしたいところだが」
俺の元へと駆け寄る繭を背に庇い、こちらへと歩いてくる一人の青年を睨む。
「お見事だ、葉隠芯。まさかあんたにそんな力があったなんて、予想にもしていなかったぜ」
鸛波広は嗤い、ズボンのポケットから小型の拳銃、デリンジャーを取り出す。
「だが、言っただろう。オレはあんたらが憎い。家族を奪ったこと。オレの人生をめちゃくちゃにしたこと。すべてが憎い」
俺は鸛を睨んだまま、反論を吠える。
「そんなのお前の勝手な逆恨みだろ! これ以上お前が何かをして、何かが変わるのかよ!」
「変わる! いや、変えて見せる! あんたらを殺して、オレの中のすべてを終わらせてやる! そして、また新しくオレの人生を始めるんだ!」
青年は声を荒げ、訴える。
「第一、よくよく考えてみるんだな。あんたらのお仲間である天使も、戻ってきておらず、さらには二人ともすでに戦える状況ではない! そんな絶望的な状況下で、どうやってオレを倒すと――」
「訂正してくれ、天使は生きていると」
森の中から聞こえる、聞き覚えのある仲間の声。俺たちはその方向に顔を向けると、疲れたように肩を回す天使の少女、大空シイが歩いてきた。
「何……だと……」
目を見開き、声を漏らす鸛。拳銃を握る手は微かに震えている。
「大空シイ……。あんた、六両を一体どうした……もしかして、あんた……」
「ああ、あの少女か。あの少女なら殺したよ」
刹那、鸛は銃口をシイへと向け銃声を二発鳴らす。しかし、
「避け……られた?」
「私は人間ではないんだ。そんなことをするなど造作でもない」
青年は拳銃を地に落とし、シイに向かって襲い掛かる。
「よくも六両をぉおおおおおおおおお!」
雄たけび、青年は自らの手でシイを殴り掛かろうとする、だが――、
「やめてください、波広様」
疾風のごとく、殴り掛かろうとした鸛の前に殺されたと伝えられた少女、花園六両が現れる。
「六両……」
「何でしょうか、波広様」
にっこりと、少女は微笑みを浮かべ。鸛波広の瞳から、大粒の嬉し涙がこぼれていた。
シイはしてやったと言わんばかりに、にやっと笑みをこぼし俺たちの元へと戻ってくる。
「シイ? 殺したとか言ってなかったけ?」
笑顔で尋ねると、彼女は表情を崩さずに答える。
「殺し損ねたみたいだ」
繭とシイ、そして俺は互いに笑い合った。
◆◆◆◆
あの後、俺たちは駐車場で待機するみんなの元へと戻り、すべてを終わらせた、と伝えた。
常夜からは何度も抱き付かれ、なーちゃん先生は号泣し、千凪はそんな光景を隠し持ってきていたカメラで撮られ、正直散々な幕下ろしとなった。
そんな奇想天外な出来事が終わった後日、差出人不明の手紙が届いた。
書かれている内容は、ただ一言『悪かった』と記されており、中には鸛と花園が腕を組んでいる姿だった。その表情は嬉しそうだったので、きっと繭が命を狙われることも無いだろう。
吸血鬼である高宇都浩二の行方は知らないが、このあいだ千凪の元へと来て『一生おれに関わるなじゃぜ』と伝達された。
そして、俺たちはと言うと。
「やっぱり、お客さんが込み合っていると、店員としては嬉しい限りだね!」
いつものように爽やかな笑みを浮かべ、窓際の四人掛けに席に座る俺たちに言う。
「と言っても、あそこのおとなしそうなカップルと、俺たちだけだろ?」
「細かいことを気にしないでよ、葉隠。それで、注文の方は?」
「わたしはフレンチトーストにストレートティー。デザートにパフェでお願い」
「私はサンドイッチに二人前にミルク。同じくパフェだ」
「あたしはモーニングセット! 二人と同じパフェも!」
「……三人とも? ここのパフェって、少し割高だって知ってる……よね?」
俺は控えめな笑みで訊くと、三人は頷く。
「芯がわたしたち三人に告白したんだから、それぐらいで文句を言わないでほしいわ」
「貴様は私たち三人を幸せにして見せると言ったあの言葉、忘れたのか?」
「まあ、あたしは単に嫌がらせで頼んだんだけどね!」
「……」
呆気を取られるような発言だが、それはすべて事実だった。
俺はあの事件の後、三人を呼び出して自分の心の内のことをすべて話した。全員にフラれるかと思ったが、答えは違った。
「わたしも、誰かが傷付くのは嫌だわ。むしろ、これが一番いい選択肢かもしれないしね」
繭は頬を朱色に染め、そんなことを口走る。
「それは嬉しいぞ、天童繭。私も貴様と同意見だからな」
腕を組み、豊満な胸をあえて強調する、余裕ありげな笑みを浮かべるシイ。
「まあ、さすがに結婚に関してはできないけど……どうする? 海外行っちゃう?」
天真爛漫な笑顔を輝かせ、子供のような純粋な意見を口にする常夜。
そんな活き活きとする彼女たちを見て、俺は千凪に注文する。
「……トーストで」
「パフェ付き?」
「いらない」
不満げに即答で返し、それを見た千凪はクスッと笑い、厨房へと向かう。その入れ替わりで、なーちゃん先生が慌てて登場する。
「ど、どういうことですか、葉隠くん⁉ みなさんと付き合ったって言う話は⁉」
「うっ……。あいつ、伝えるなって言ったのに……」
「先生の話を聞いてますかっ! 葉隠くん!」
小さな先生は声を荒げ、俺はたじたじな態度で笑顔を引きつらせる。
「な、なーちゃん先生……? これには事情がありまして……」
「どんな事情があろうと、女の子三人と付き合うなんて不純ですよ!」
「……そうです、はい。ごめんなさい」
なだめられないと悟り、俺は諦めて説教を聞くことにする。
そんな俺を見て、三人の少女たちは楽しそうに会話を交わす。
この世界は、奇想天外で溢れている。
幼馴染の天童繭が吸血鬼で、クラスメートの大空シイが天使で、一年である夜海常夜が生徒会長を務め、そしてそんな三人は俺の彼女で……。
まるで嘘のような世界で、本当の世界。
部活をやめたいと思っていたが、こうなっては仕方が無い……。
俺は窓から見える青空を見つめ思う。
絶対にこいつらを、俺は守ってやるさ。
最後までお読みしていただき、誠にありがとうございました!
最終話は、結構短いです! 投稿用だったので、少し駆け足になってしまいました!
やはりまだまだ未熟ですね。
また、連載中の小説も書きあがりましたら投稿する予定なので、少々お待ちしていただければ幸いです!
それでは、今回も私の稚拙な作品を読んでいただき、本当にありがとうございました!