表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
退部ハーレム!  作者: シゲル
4/8

第四話 退部不回避の運命。

誤字脱字、読みにくい点などの不備があるかもしれませんがご了承お願いします。


 雑踏に紛れ、楽しげな会話が交わされる駅前。

 ギターを手に路上ライブをする者や、少し離れた場所で似顔絵を描く者。ストリートアーティストたちを見物する人々に、見向きもせずに通り過ぎる人など、十人十色の景色が披露されている。

 そこから数十メートル先には、洋服店から本屋、レンタルビデオ店にファミリーレストランと、様々な店が並ぶ。

 ショーウィンドから覗く数々の商品は、どれも魅力的で思わず目移りさえしてしまう。

 沸き起こるそんな物欲を抑え、時には足を止める繭と常夜を引っ張り、ようやく俺たちはシイに指定された小さな広場に辿り着いた。

「とっ……。やっと着いたな」

 初夏の暑さはじんわりと服の中に満ち、この時期でもブレザーを身に纏う俺にとってはただ一言、辛い……。

「なんで芯くんはこんな時期まで冬服を着ているの? あたしは三日前に夏服に衣替えしたのに」

 首を傾げ、ぴょこぴょこと頭に生える二本のアホ毛を揺らしながら尋ねてくる常夜。

 冬服によって隠されていた少女の肌は日の下に晒され、健康的な雰囲気を放つ。また、半袖の白いワイシャツは胸の膨らみから腰のラインまではっきりと自己主張させ、さらには常夜の少しの幼さを漂わせるかわいらしい顔立ちも助長し、先ほどから周りの男性からの視線をチラチラと感じる。

 俺も生徒会長の姿に一瞬見惚れるが、彼女の本性が脳裏によぎったため意識を現実に戻し、問いに答える。

「まあ、あれだよあれ。ゲン担ぎって言うやつで、末永く健康でいられますようにとか、末永く安全でいられますようにとか、末永く怪我しないようにいられますようにとか、深い事情があるんだよ、うん」

「さすがに無理のある嘘だよ、芯くん」

「……分かった、本当のことを教えよう。実は俺、半分サイボーグでもう半分が人間の、改造人間なんだ! 長袖を着ている理由は、その身体を隠すためだ!」

「本当に⁉ それはもうカッコいいとしか言えない次元だよ芯くん!」

「そうだろう。しかも燃料は太陽光発電と省エネ仕様だ!」

「それはすごいよ芯くん! 太陽光発電のくせに長袖とか矛盾を少し抱えているような気がするけど、すごいよ芯くん!」

 的確なツッコミをしてくれる会長。

 すると、アホみたいな会話を繰り広げる俺と常夜を眺めていた繭は、にこにこと笑顔を浮かべて訊いてくる。

「それで、大空さんはどこにいるのかしら?」

 くだらない会話劇を行っていた俺は話しを中断し、その問いにポケットの手紙を取り出す。

「この場所って指定された以外、特に書かれていないな。たぶん、向こうから会いに来るか、それともどこか近くの店にでも入っているんじゃないか?」

 妥当な意見を述べ、幼馴染の吸血鬼の方に顔を向ける。

 彼女も夏服へと衣替えをしており、輝く太陽に照らされる色白の素肌が眩しい。

「しかし、不思議なものだよね! 物語とかで登場する吸血鬼は日光とか完全にアウトなのに、繭ちゃんは平気なんて!」

 ライトブラウンの髪色に似合う、大きな白いリボンと薄手のスカートをそっと吹く風に揺らし、いつもの天真爛漫な笑顔を浮かべる少女。

「所詮、物語は真実に似せた嘘……。吸血鬼っていうのは、ある意味人間が進化して生まれた存在なの。そしてお父様がその吸血鬼だったから、わたしは半分受け継いだってこと」

 根が真面目のためか、吸血鬼である少女は耳に掛かっていた黄金色のストレートヘアーを優しく手で薙いでから、常夜に詳細を教える。

「わたしに当てられている吸血鬼なんていう名前は、血を吸うあの行為を見て世間が勝手に吸血鬼と呼んでいるだけなの。だから日光に弱いわけでもニンニクに弱いとかは別にないわ」

「そうなんだ。じゃあ、正式名称とかあるの?」

 その問いに、幼馴染の顔に影が差す。

「別に吸血鬼の名前で通るようなことだから、名称なんてなんだっていいわ……。もしかしたらすでに決まっているかもしれないし、無ければ無いままでいいわ……」

 冷たく、淡々と答える繭。その言動を目にし、会長は「そう……」と言葉の裏を悟ってそれ以上の質問をやめる。

 昔あんなことがあったからな……。彼女がこんな状態になるのは仕方が無い。

「……よし」

 一人呟き、しんみりとなり掛けた空気を裂くように二人に提案する。

「シイを探すついでに、色々とちょっと見て回らないか?」

「えっ、わたしと芯の結婚式で着るウエディングドレスを?」

「どういう思考回路しているんだよお前は……?」

 先ほど表情に影が差していた繭は、きょとんと首を傾げて訊き返してくる。俺の心配を返しやがれ。

 そんな思いを胸の中に抑え、俺は周りに並ぶ店に視線を遣りながら呆れた口調で言う。

「いつシイが来ても分かるよう、この広場の周りにある店を見るんだよ。ウエディングドレスが飾られるドレス屋はここから結構歩いた場所にあるんだから、距離的に無理だろ……」

「どうせ大空さんがここに芯を呼んだ理由は、二人っきりになって独占したい、とか不純な理由なんだから、放っておいて大丈夫」

 にっこりと上品な笑みを浮かべ、鋭い指摘を申す吸血鬼の幼馴染。まあ、その言い分は確かだと思うのでその通りなのだが、後日過激で過剰なアプローチを掛けられても困るので、今回は穏便に済ませたいというのが俺の意見だ。

 それについて説明しようと、口を開く。

「お前が言うのも一理あるが、ここならばあいつも変なことはできないだろうし、後々拉致監禁されても嫌だ――」

「よいしょ……」

 ……話している最中、何者かが俺の背中に乗った。

 柑橘系の爽やかな香りに、耳に吹き掛かる吐息。ぎゅっと首元に回る二本のほっそりとした華奢な腕に、黒のストッキングに包まれる美脚が俺の足に絡み付く。そして何より意識するべきものは、背に密着する柔らかな二つの塊。それは抱き付く力が増すたびに押し潰され、自然と男の興奮が溢れる。

「ふむ……。初めて誰かの背中に乗ったものだが、貴様の背中とは温かいものなのだな」

 凛とした少女の声が背後から聞こえ、俺は額に手を当てて呆れながらお礼を言う。

「どうも、ありがとうございます……」

「それで、貴様は今後私をどうしたいつもりだ?」

「……?」

 おぶさられる少女が発した問いに、首を傾げる。

「今後、どうしたい……? それってどういう意味だ?」

「そんなこと決まっているだろう。……私を毎日おんぶしたいか、したくないかだ?」

「ごめん、したくない」

 がつんっ――後頭部に激痛としか例えられない衝撃が走り、良い効果音が奏でられる。

 俺は頭を押さえながらうずくまって呻き、それとは対照的に背中から颯爽と飛び降りた少女は不満百パーセント(濃縮還元ではない)の口調で振る舞う。

「私のような美少女ロリ巨乳をおんぶして、なぜ毎日おんぶしたいと答えない? 貴様は変態か? 熟女好きか? 貧乳愛好家か? それともロリ巨乳は反対派か?」

「ううぅ……そんなわけないだろ……。と言うか、お前何で俺の頭を殴った? 絶対に鈍器なようなもので殴ったよね?」

 表情が引きつるほどの痛みにこらえながら俺は喋る相手、大空シイの方に振り返って訊く。一瞬、彼女の手に白銀の剣、『天羅』が見えたが、虚空へと消える。

「おいっ! お前今、自分の剣をしまったよな!」

 痛む箇所から手を外し、剣が現存していたはずのシイの手元を指差して声を荒げて申す。だが、彼女は「はて……?」と前台詞を置いてしらばくれる。

「何のことやらさっぱりだ? 第一どこにそんなものがあるというのだ?」

「目撃者! 繭も会長も見てただろ!」

 俺は二人の方へと視線を向け、証言を求める。しかし、

「えっ……何を言っているのかしら? わたしは何も見ていなかったけど?」

「同じように、あたしも何も見ていなかったよ!」

 口を揃えて各々答える。えっ、なにこの疎外状況? 定番のいじめ?

 しかし、無理にここで食い下がれば一層深く、自分の埋まる墓穴を掘ってしまう可能性があるので、あえて何も言い返さずにため息をこぼしてからシイに向き直る。

「はぁ……。これ以上気にしても仕方がないから、諦めておこう……」

「……そこで諦めるのが、貴様の悪いところだがな……」

「んっ? 何か言ったか?」

 ぼそっと、目の前の美少女が何か言ったように聞こえたので尋ねると、

「私は何も言っていない、気にするな」

 そしてシイは頬を膨らませ、そっぽを向く。何か彼女から苛立ちを感じるのだが、勘違い……ってわけじゃなさそうだな。だがまあ、あまり深く突っ込んだらもう一度殴られてもおかしくないので、そこまで追求しないが。

 不機嫌にそっぽを向く少女と俺は向き合い、別の話題に切り替えるために疑問をぶつける。

「で、お前はどうして俺たちをここに呼び出したんだ……?」

「それは間違っているぞ、芯。私は貴様たちではなく、貴様だけを呼んだのだ。なのに、なぜこんなにも大所帯でくるんだ」

 視線を合わせていなかったシイは、切れ長の目に浮かぶ灰色の大きな瞳に俺を映す。その奥にも不機嫌不満不服が秘められており、上機嫌なんて言葉が当てはめる気配は一切無い。

「うっ……。そ、それは……だな」

「それは……で、どうした?」

 冷たく俺を睨み付けてくる、銀色の長い髪を束ねポニーテールにしている美少女。

 ここで正直に答えたら、再び暴力沙汰に発展してしまう。何か、何か良い言い訳は……。

「まあいい。それについて話すのは時間の無駄だ。早く本題に入ろう」

 こちらが思考しようとしたところで、シイは都合が良いことを提案してくれる。正直ありがたいことだが……。

「どうせ貴様のことだ。私に襲われる可能性を配慮した上で、二人を連れてきたのだろう」

「せ、正解だ……」

 控えめな笑みを浮かべて正直に答える。「ふんっ」と彼女は鼻を鳴らし、見透かしていたと言わんばかりの冷やかな視線を俺に送った。


    ◆◆◆◆



「こっちとこっち、どちらが私に似合う?」


 シイは左右の手にデザインの異なる洋服を持ち、それをズイッと突き出して選択を俺に委ねる。

「迷うな……。お前はスタイルが良いから、どっちを着ても正直言って似合うし……。しいて選ぶのならば、俺はこっちだな」

 俺は彼女の右手にある、アンサンブルセット……要するに、上着と下着がセットで付いた服の方を指差す。因みに、もう一方の手にあるのは黒を調とした長袖のワンピースだ。

「ふふっ……貴様は良い目を持っている。私もこっちの方が好みだったのだ」

 考えが一致したことが嬉しいのか。大人びた雰囲気を放つシイの表情に微笑みが浮かぶ。

「なら、それで決定だな。試着するんだろ?」

「もちろんだ」

 浮かべたかわいらしい笑顔を崩すことなく、彼女はワンピースを元あった場所に戻してから試着室の方へと早足で向かう。見ていると、その足取りは軽い。

「……しかし、まさかこんな普通な買い物だったとは。思いにも寄らなかったな」

 先ほどまでの騒ぎを思い出し、自分自身を鼻で笑う。

 あの後、俺たちは通行人の邪魔にならないよう広場のベンチに座ってシイの目的を訊いた。そして返ってきた答えはこれだった。

『私は芯と買い物をするつもりで呼んだんだ。だから二人はどこかで待っていてほしい』と。

 最初は怪しんだもの、彼女の真っ直ぐな想いが込められた瞳で見つめられて思わず了承してしまい、現在に至る。因みに繭と常夜は待ち合わせ場所であるカフェで時間まで待機している。話では、規定時間内までに戻ってこなかった場合はあらゆる手を使ってまでも探し出して俺を連れ帰るらしい。

「穏便に済ませられたら、嬉しい限りだな……」

 独り言を呟き、シイが入った試着室の前で待つ。店内BGMとして、流行りのポップミュージックが流れ、聞き入る。

 季節が夏に入ったためか、その曲は恋人同士が楽しげに遊びの計画を立てる歌詞だった。

 クリーム色の天井を見上げ、考えに耽る。

 俺は三人と、どう付き合って行けばいいのだろうか……?

 きっと他人の目から見る限りでも、三人が俺に対して異常な固執……いわゆる恋愛対象として狙っていることは明らかだ。俺自身もそれを認識しているし、応えてやりたいという思いもある。

 だけど、俺が彼女たちの想いに応えてしまったら今の関係は一気に壊れ、みんなの心に傷を負わせてしまう。それだけは絶対にしたくない。

ならばどうすれば……。


「着替え終わったぞ」


 不意に声を掛けられ、ビクッと身体を震わせて振り向く。

「あっ、すまないシイ。ちょっと考えごとを……して……た……」

「貴様は相変わらずだな。……んっ? どうかしたのか?」

 ジッと見つめる一人の美少女。俺は彼女の姿に見惚れた。

 首回りが大きく開いた長袖の服から覗く、色白で豊満な胸の谷間。それを作り出すのはぴっちりと肌に密着する女性用タンクトップ。

 それは色っぽさとスタイリッシュな雰囲気を両方醸し出す、最高にかわいらしい服装だった。

「貴様、もしかして私の格好に見惚れたな……?」

 ニタリと口元を緩ませ、優越感に満たされた視線を送る少女。何も俺は言い返せない。

「ふふっ……黙るということは、それは正解と言うことか。卑しい奴め」

「うっ……。そ、そんなことはどうでもいいだろ!」

「ふふっ……照れた顔も好みだぞ、芯」

 上から目線な言葉遣いでそう言って微笑こぼす。その姿もかわいらしい。

 俺は顔を少し熱くさせながらも彼女から視線を逸らし、ちゃんと一言感想を告げる。

「まあ、その……似合ってる……」

「むっ……れ、礼は言わない……」

 小さく天使の少女は唸り、上ずった声で返事をした。

 ……いずれ、彼女たち一人一人と初めて会った時のように向き合い、話そう。

 熟れたトマトのように甘い沈黙の中、そんなことを脳裏によぎらせた。


    ◆◆◆◆


「……で、吸血鬼のあんたはオレたちに手を貸してくれるんですかね?」

 肉付きが少ない細身な身体に、街中で見かける女性と同等な背丈を持った小柄な若者が口を開いた。

「さあな……」

 若者の話し相手であるダンディな声色と真っ赤な短髪を持った中年の男は、頭に被った黒い戦闘帽と同色トレンチコートを羽織った背中を見せながら平坦に返す。

 それを聞き、グレーのワイシャツとジーパンの組み合わせをした若者は嗤う。ちょうど、彼らが立っている高層マンションの屋上で強い風が吹き、互いの服がなびく。

「お前らがおれを納得させる金と女……そして()りがいのある獲物次第じゃぜ」

 車の走行音が聞こえ、太陽に反射するガラス張りのビルが建つ街を見下ろし、男はそのような言葉を背後の青年に提示する。

()りがいのある獲物ねぇ……。まあ、オレはしがないただの斡旋屋なんで、それに関してあんたに詳しく話せるものはそこまで無いんですがね」

 自身から五メートルほど離れたトレンチコートを羽織った男を視界に捉え、若者は答えると、男にある一点を始めに反論される。

「おれの素性を知りながら、そうひょうひょうとしていて、何がしがない斡旋屋じゃぜ」

「ひょうひょうなんてしてませんぜ。内心ガクブルですし、今すぐ逃げ出したい思いで一杯ですしね」

 吸血鬼の男が言うも、青年は嗤った顔を崩さずに同じように答える。

「ふんっ……今まで何人もの馬鹿を見てきたが、お前のような奴は初めてじゃぜ」

 男も変わらぬ態度で応答し、話題を元に戻す。

「しかし、あいつらはこのおれに依頼を頼みながら、お前みたいな雑魚をよこすなど何様のつもりじゃぜ……」

「どうしてでしょうかね? まあ、オレは超能力持ちじゃないんでそれについての情報は分かりませんが、渋るあんたを乗り気にさせる科学的で確信的で決定的な情報でしたら持ってますぜ」

 そう言うと、街を見下ろすトレンチコート姿の男が立つ隣へと歩き、背丈が頭一つ分以上高い男の胸元に数枚の写真とメモを差し出す。

「……っ⁉ これは⁉」

 驚きの声を含んだ言葉を漏らす吸血鬼に、斡旋屋は要求を口にする。

「依頼内容は三つ。吸血鬼であるこいつを捕縛。邪魔する奴らは勝手に処理していい。そして最後に、絶対にこちらの秘密を漏らすな。ほかがダメでも、それだけは守ってくださいぜ」

「……分かったじゃぜ」

 斡旋屋である若者の予想通り、吸血鬼の男は写真と数枚のメモを受け取り了承する。

「これはあんた……いや、高宇都(たかうど)浩二(こうじ)の腕に見込んでの依頼だ。ヘマはするなよ」

「その減らず口を閉じろじゃぜ。お前と話していると気分が悪くなるじゃぜ」

「おっと、それはすまねぇな……。じゃあ、後は任せましたぜ」

 青年は踵を返し、階段へと歩き出した。


   ◆◆◆◆


 昨日は待ち合わせ場所であるカフェに戻り、生徒会室で行うような雑談をして解散になった。

 いつもよりは平和な一日だったが、雑談の合間に行われたさりげない繭とシイのスキンシップが人目を引いた。

 まあ、そんなことはさておきとしてだ……。


「今日のなーちゃん先生は、ブルマですよっ!」


 デデーン、という効果音が鳴り響いてもおかしくない発言と格好で、俺の目の前に登場するなーちゃん先生。因みにここは廊下だ。体育の授業では使われることが無いはずの廊下だ。

「……なぜに、その格好でいるんですか、先生?」

 至極真っ当な質問をぶつけると、なーちゃん先生は幼い顔立ちに満面の輝く笑顔を浮かべて素直に答える。

「ご存知の通り、なーちゃん先生は保健体育の先生ですからね! これから校庭で女子サッカーをします! 楽しいですよ! 面白いですよ!」

「あ、あはは……。そうですか……」

 曇りの無い彼女の笑顔に対し、頬を引きつらせた苦笑い。理由は明確に、このあいだカフェ『クロック』で起こった出来事だ。


『なーちゃん先生が間違えたら、また葉隠くんが手取り足取り教えてください……』


 あの時は、完全に選ぶ言葉を間違えた……。そのせいで、廊下や教室で会うたびに色々とどうでもいい話しにつき合わされ、挙句『クロック』に行くたびに手作りサンドイッチやトーストなどを食べさせられ、こと細かく味の感想や好み、さらには俺の趣味なども詮索し、明らかに学生と教師の壁を乗り越えようと必死だ。

 まあ、そのアプローチは別にそこまで悪い気はしないし、先生自身も確かにかわいいのだが、やはりなんかずれているため、俺はかなり神経を擦り減らしている。周りの冷たい視線が辛いということもあるし、この前下駄箱に『ロリコン野郎』とか『殺すぞ』って血の色をしたマジックで書かれた手紙が数枚入っていたしね、うん……。

 しかし、そう簡単になーちゃん先生のこれを無下にするわけにはいかないので、毎回のように聞き役として徹し、流すようにその場から離れている。

「――それで先生は、電車通学の女の子たちに注意を払ってください……って、葉隠くん聞いてますかぁ?」

「はい……聞いてますよ……。それより、早く授業に行かなくて大丈夫なんですか?」

 中学生程度の背丈しか持たない、なーちゃん先生にそう指摘すると、思い出したようにポンっと手を打って「そうでした」と言葉を漏らす。

「好きな人……じゃなくてかわいい教え子と楽しくお喋りしていたら、時間が経つのも何をやるのかもうっかり忘れていました! それじゃあ、葉隠くん! 先生は行っちゃいますね! 授業に遅れないようにしてくださいね!」

 曇ることが無い幼く無垢な笑顔を浮かべたままそうなーちゃん先生は言い、校庭へと続く廊下へ走って行く。角を曲がるところで一度俺の方に振り返り、子供のようにバイバイの手を振る。

「かわいいんだけどな……」

 彼女の行動に応えるようにして俺も手を振り、別れの合図を送って教室へと歩き出そうと踵を返すと、

「相変わらず僕のお姉ちゃんと仲が良くて嬉しいよ、葉隠」

「困っている親友をほっぽいて、いつから見てたんだよ千凪……」

 目の前に現れた、爽やかな笑みを持つ一人の男子生徒……千凪古代に首を傾げて質問をぶつける。

「最初っから最後まで……と見せかけて、本当はたった今ここに来たって言うのが正解だよ」

「真実が分からない限り、その証言は信じてやる……。でもまあ、お前の変な差し金を入れながら嘘を吐くなら、もう少しまともな内容にしたらどうだ?」

「嘘? 純白と潔白、男女問わない信用度が最も高い僕が、親友である君に嘘を吐くわけがないだろう?」

「二階に職員室があり、当然のごとく校庭は一階にある。なのに、なんでブルマに着替えた先生が、一年の教室が並ぶ五階に来ているんだ?」

「さあね……。僕でもお姉ちゃんの行動を理解することができないから、理由なんて分からないよ」

 童顔に嘘偽りの無い微笑みを浮かべる千凪を見つめ、俺はため息を吐く。

「……まあいい。で、何か用なのか?」

 長髪でも短髪でもない清潔感の含んだ髪型をした彼は、壁に寄り掛かって目をそっと瞑り、こちらに顔を向けることなく答える。

「僕を通じて、『第二生徒会部』に外部からの依頼だよ」

「外部だと……?」

 俺は千凪が言った単語を呟く。彼はこちらの心情を悟ることも、表情を変えることなく詳しい説明を始める。

「口でこの仕事は伝えるなと言われてあるからメモを葉隠に渡すけど、僕的にはこの仕事を受けるのはオススメしないよ」

「……そいつはどういう奴だ?」

 真っ直ぐと壁に寄り掛かる千凪を凝視し、訊く。

「赤い髪に白い肌。黒い戦闘帽に黒のトレンチコートとサングラス。髪と肌以外全身黒い格好をしていたよ」

「赤い髪……白い肌……」

 最初に挙げられたそれを反芻するように口からこぼすと、正面に立つ千凪は目を開けて推測する。

「吸血鬼……しかも、君の幼馴染にいる天童さんよりも各上の力を持った……」

語るその瞳には普段とは違う、刃物のように鋭い殺意のようなものが垣間見える。

「格上……ってことは、繭みたいにヴァンパイアの血を半分受け継いたわけじゃなくて、本体が何かしらによって進化したって言うことか」

 と言うことは、昔……繭を襲ったあいつらとは関わりが無いってことか……? だが、あいつらが狙っていたのは繭だ。だったらそれに関係する可能性は無くも無い。

「……その依頼、断ることはできるのか?」

「……どうだろうね? でも、これはある意味宣告だ。『この要求を飲まなければ、次は実力行使に出る』っていうね」

「ふざけた野郎だ……」

「相手は人間じゃないし、雰囲気を見ただけで分かったよ。こいつは人を殺しているってね」

「……くそったれが」

 歯ぎしりを鳴らし、こぶしを固く握り締める。

 つまり、この依頼を受けなければ周りの人間に危害を加えてもおかしくない。『第二生徒会部』内の俺たちならばまだしも、学校に在籍する生徒や周辺の人たちはそのような術は無いため、そんなことをされれば……。

「僕の方でも協力するよ。毒を食らわば皿までって言うし、しかも連絡のパイプとして使われた以上、あいつに消されても不思議じゃないしね」

「すまないな……千凪……」

 俺は溢れる怒りを抑え、彼に頭を下げる。俺の部活のせいで、部員でもない千凪をこんな最悪な状態に入れてしまったのだ。

「大丈夫だよ、葉隠。僕は一億人の人口の中で、百万人の死亡者に入る自信は無いからさ」

「怖いことを言わないでくれ……」

 頭を上げて俺がそう言うと、千凪は相変わらずの爽やかな笑みを浮かべていた。

 ……俺の大切な奴らを守るためにも、死ぬ気でやるしかないな。

 怒りを何とか静め、俺は千凪からメモをもらってから生徒会室に赴いた。


   ◆◆◆◆


 生徒会室の扉を開けると、そこには一人の少女が役員席に座っていた。

「どうしてお前がここにいるんだ? 今は授業中だぞ……」

「それはこっちのセリフよ、芯」

 澄み切った上品な声色で、天童繭は正論を唱えた。

「たくっ……。で、なんでお前がこんな早い時間にここにいるんだよ?」

「わたしの欲求を満たすのはあなただけよ」

 簡潔にそう答えると、彼女は黄金色の長い髪を耳に掛けてからにっこりと微笑み、待っている間に入れた紅茶を優雅に飲む。それを聞いた俺は目を伏せる。

「要するに、お前は俺の血を吸いたいばかりにここで待機していたと……」

「正解。さすがわたしの芯だわ!」

「別に俺はお前のものじゃない……」

「そう思っているのは芯だけよ。クラスの大半が、あなたとわたしが付き合っているって考えているもの」

「それは単純に、クラス全員に目の異常が発生しているんだ」

 適当な嘘を吐いて繭の言葉を流し、俺は応接ソファに腰を下ろして先ほど千凪からもらったメモをポケットから取り出し、一人でその書かれている内容に目を通す。

「…………っ⁉」

 記載されている文字を読み、そしてある一文で目を見開く。

「何、だよ……これは……」

 様子を眺めていた繭も、紅茶を飲む手を止めて俺に尋ねてくる。

「どうしたの、芯……?」

「繭……」

 その声の方向へと顔を向け、彼女の人形のように整った綺麗な顔立ちを真っ直ぐと見据えながら、一言告げる。


「お前の命が狙われている」


「えっ……どういうこと……?」

 上手く飲み込めていない繭。だが、俺は彼女に説明をすることなく、返答を待つ。

「……。……もしかして、昔あの事件に関係しているの?」

 彼女は赤い瞳でこちらの目を見つめ、表情に不安そうな影をよぎらせる。

「そうかもしれない……。繭もこのメモの内容を読んでくれ」

 そう言って俺はソファか立ち上がり、椅子に座る繭に手渡すと、早々にそれを読み始める。

「……」

 しばらく生徒会室に沈黙が満ちる、がすぐに目の前の美少女が口を開く。

「本当……みたいね……」

 読み終えた繭は椅子に座りながら重苦しい声色でそう呟き、苦い笑みを浮かべてこちらを見上げる。

「どうすれば……いいかな?」

 その声は、いつもの澄み切った綺麗な声とは違い、涙ぐんだような引っ掛かりを持ち、メモを握る手も微かに震えている。

 そんな幼馴染見て、そっと抱きしめてやる。すると彼女も、力を加えたら折れてしまいそうな細い女の子の腕を俺に回し、耳元に感じられる息遣いと共に口から不安の言葉が溢れる。

「こわい……こわいよぉ……」

 ぎゅっと、少女の腕は強く離れないように抱き付き、恐怖によって微かに震える身体を俺の身体をさらに引き寄せることで慰める。

「芯……。あんなことになるの……もう……やだ……」

 一人の少女の、涙と共にこぼれる悲痛の嘆き。

 その意味を知る俺は、ただ彼女を安心させるために抱きしめる。

「心配するな。俺がずっと、お前のそばにいてやる」

「芯……」

 俺の名を口にし、繭はしばらくの間涙を流し続けた。


   ◆◆◆◆


 公園の草むらに息を殺して身を潜め、凍えるような空の下でわたしは膝を抱えていた。

「足が……冷たい……」

 靴も履かずに一目散に逃げ出してきたため、わたしの素足は泥や小石などを踏み、汚れにまみれ、擦り傷から点のような血が流れている。

「お母……様……」

 足の痛みがじんわりと伝わってくるが、それよりも強い痛みがわたしの心の中で氾濫する。

 どうして……? どうしてこんなことになったの……? お母様は何か悪いことをしたの? 誰かに嫌われるようなことをしたの?

 抱える膝に顔をうずめ、自分の考えを作り出す。

 どうしてお母様はあんな目に遭ったの? どうしてわたしはこんな目に遭うの? どうしてあの人たちはひどいことをするの……?

 答えは……分からない。本当は分かっているが、分かっちゃいけないから分からないフリをする。そうしないと、わたしはきっと――、


「この辺りだ! この辺りをくまなく探せ!」


 背筋に悪寒が撫でる。うずめていた顔を持ち上げて草むらの影から外の様子を見て、全身が強張り目を見開く。

「あ……あ……あぁ……」

 瞳に映るのは、家に侵入していたあの三人の男たち。

「なんで……なんであの人たち、わたしがここにいることが分かるの……?」

 手ぶらで来たので、手掛かりになるようなものは落としていないはず。だったらどうして……。

「ワンっ!」

「⁉」

 公園の入り口から一匹の犬が姿を現し、理解する。

「もしかして……わたしの匂いを辿ってここまで来たの……」

 血の気が引く。彼らは、完全にわたしを狙っている。そして、先ほど自分が出したくなかった答えが意思を反して突き付けられる。


 全部、わたしが悪いんだ。


 信じたくない現実。

 わたしのせいでお母様があんなひどい目に遭い、そしてあの男たちがここに来たということは、お母様はすでに……。

 冷たい一筋の雫が頬を撫で、か細く風に掻き消されてもおかしくない小さな声が漏れる。

「わたしのせいだ……。わたしの……せいだ……」

 固まっていた身体は小刻みに震え、両手で自らを抱く。

 あいつらはわたしを狙っていたから、そのせいでお母様が巻き込まれた。あの時、わたしが最初に捕まっていれば……いや、わたしのこの血さえなければ、お母様は無事だったはずだ。

 自らを抱く手に力を込め、あえて自分の身体を痛め付ける。

 憎い……。あいつらが憎い。自分の中に流れる血が憎い。そして何よりも、わたしが生きていることが憎い。

「やだ……やだよ……」

 弱音を吐く。そして、自然と願望がこぼれる。


「こんなに苦しいなら、もう死にたい……よ」


 辛い想いをしたくない。これ以上するなら、この世から消え去りたい。

 そう思った、その時――、


「そんなこと言わないで。繭ちゃん」


「えっ……」

 座り込むわたしの後ろから聞こえる、男の子の声。

「芯……?」

 顔だけ振り返ると、そこには幼馴染である葉隠芯が静かに寄り添い、そして手を差し伸べる。

「早く逃げよう繭ちゃん」

 だけどわたしは、出されたその手を掴まずに見つめた。芯を巻き込みたくない。だが、

「逃げよう」

 抱く思いとは裏腹に、彼はわたしの手を無理やり握り締め、引っ張った。

「っ⁉」

 意識していなかったため、バランスを崩し男たちにばれるかと思ったが、運良く物音は立たなかった。

 もしかして、わたしはまだ……。

 芯に手を引っ張られるまま夜道を駆け出す。

 しばらく人の通りが無い道路を走り、公園から少し離れた芯の家の前まで辿り着く。

「はぁ、はぁ、どうして芯が……?」

 荒い息のまま幼馴染の男の子に尋ねると、同じく荒い息をこぼす彼は笑顔を無理やり浮かべて答える。

「はぁ、はぁ、窓から外を眺めていたら、繭ちゃんが走って行くところを見たんだ。そしてすぐに知らない人たちが繭ちゃんの後を追うから、はぁ、はぁ」

「つまり、芯はわたしのことを助けに来てくれたの?」

「そうだよ、繭ちゃん」

 笑顔で頷く。チクッと、胸が痛んだ。

「……なんで」

「?」

 わたしはこぶしを握り、芯を睨み付けた。

「なんでわたしを助けに来たの⁉」

 今まで抑え付けていた感情を解放するように、わたしは芯に向かって様々な言葉をぶつけた。

 怒りの言葉。苦しみの言葉。悲しみの言葉。関係ない八つ当たりの言葉。そして、お母様が死んだことも。

 それらをすべて数秒の内に吐き、助けに来てくれた芯にぶつけた。

 全部言葉を出し切ったわたしはまた荒い息で呼吸を整え、俯く。

「……わたしは最低だよね、芯。助けに来てくれたのに、ひどいことを言って」

「……」

 俯いているため、彼の顔は見えないが、きっと怒っているだろう。叩かれてもおかしくない。そう確信する。が、


 そっと、芯はわたしのことを抱きしめた。


 予想していたこととは違い戸惑うが、抱きしめながら芯は言う。


「大丈夫……僕が守ってあげるから……」


 小学生の力じゃ大人には敵わない。だけど、その言葉を信じたくなってしまう。

「芯……」

 わたしも、彼のことを強く抱きしめる。だが、あいつたちが追って来てもおかしくないので、一旦芯の家に隠れようとする。

「繭ちゃん早く家に入って」

「うん……」

 そう頷いたその時、

 夜の空の下。鈍い拳銃の音が耳を撫で、そして目の前に立っていた幼馴染が倒れた。

「……芯っ!」

 わたしは膝を落とし、撃たれた足を抱えて倒れる芯の容体を見る。すると、あの男たちの声が聞こえる。

「吸血鬼。お前の周りにいる人間を殺されたくなければ、俺たちに付いて来い」

 リーダー格の男が拳銃を片手に暗闇の中から現れ、脅す。続けてその後ろから二人の部下と一匹の犬が姿を現す。

「……どうして、わたしを狙うの?」

 身体が震える。だけどわたしは、湧き出る恐怖を押し返して尋ねる。

「お前の血を調べ、人間社会を進歩させる。それだけだ」

 簡素に、残酷に男は告げ、わたしの方へと歩を進める。

「繭ちゃんに……近づくな……」

 血が流れる足を無理に動かし、苦痛に表情を歪めながら芯はわたしを背にして立ち上がる。

「足を撃たれて立ち上がる……。ガキの根性でどうとかの問題じゃないな」

 芯の行動を見た男は少し驚きを含んだ声を唱えるが、予想をすぐに口にする。

「このガキも何かしらの人外……もしくは、吸血鬼に血を吸われた人間……。まあいい」

 そして男はおもむろに銃口を芯へと向け、躊躇無く発砲した。

 わたしの顔に血が飛び散り、目の前で力無く倒れる大切な幼馴染。

「……」

 血を流し、地面を赤く濡らす。助けに来てくれた芯は、指を一つ動かすことない。

「ガキの死体と吸血鬼を連れて行け。これ以上目撃者を増やすのは好きじゃない」

「了解しました」

 人を殺したことなど、気にも留めずに部下の二人はわたしたちの元へと駆け寄ってくる。

 おかしい……よ……。

どうして、どうして、どうして?

 どうしてこんなことになっちゃったの……? わたしが吸血鬼だからこんなことになっちゃったの……? それとも芯がわたしのことを助けに来たからこんなことになっちゃったの……?

 胸が締め付けられ、喉が詰まって吐き出したくなる。

 気が付くと、わたしを捕まえようとガスマスクを着けた男の人が手を伸ばしていた。


 このまま捕まっちゃえば、楽になれるのかな……?


 悲しい気持ちも、苦しい気持ちも、辛い気持ちも、全部無くなって、楽になれるのかな……?

 近づく手に、わたしは抗うことなく腕を掴ま――、


「――っ!」


 近づいていた手はどこかへと吹き飛び、ガスマスクの男は嗚咽の声を上げて膝を着こうとするが、無残にもその試みは達成しなかった。

 上半身だけがわたしの真横へと落下し、下半身は血液を吹き出しながら倒れる。

 そしてその先には、見知った一人の男の子が立っていた。


「はぁ、はぁ……繭ちゃんに……触るな……」


 返り血を浴びて狂気の色に染まる、葉隠芯。

「芯……?」

 彼の名を口にするが、そこには芯の姿は無い。

 周りを見てみると、先ほど芯を捕まえようとしていた男は血を流して倒れ、主を守ろうとした犬もすぐ近くで生気なく地に伏せる。そして、

「がはぁっ!」

 リーダー格の男の腹に芯の腕が貫通しており、ガスマスクのレンズが赤く染まる。

「あがっ……ぁぁぁ……」

 肺を潰されて言葉を出せないのか、男は嗚咽だけ溢す。

 腕を突き刺した芯は、それを真横へと引き抜き、止めを刺した。


◆◆◆◆


 青年は人の気配が無く、薄らと暗い森の中に佇む寂れた研究所を見つめていた。

 それは雨風に打たれ風化しながらも、所どころ崩れ落ち、柱となる鉄筋コンクリートが黒く焦げて空の下に晒される。

 過去にどのような経緯があったのかを、明確に伝える建物の欠損。

 青年は嗤い、吹いた風によってそよぐ草と共にグレーのシャツが揺れる。

「……親父を殺し、オレを不幸にした吸血鬼を殺す。それで……すべてが終わる」

 そう呟き、木々に隠れる青空を見上げる。

 オレの親父は、仕事に忙しくて、子供のころのオレが見ても乱暴で残虐だった。しかも母さんが死んだ時も、その姿を見ることなくわけの分からない仕事をしていた。

 だがそれでも、唯一オレが一人じゃないって、不幸じゃないって思える、血の繋がった肉親だった。だけどそれを……。

六両(ろくりょう)……あんたもオレに手を貸してくれるんだよな?」

「当然です。わたくし花園(はなぞの)六両は、幼少のころから鸛波(こうのとりなみ)(ひろ)様。あなた様のお力になることだけを旨として生きてきました。波広様が望むがまま、わたくしは剣を振るう所存です」

 気配無く青年の背後に片膝を着き、鈴の音のような綺麗な声色で返事をする十代半ばの少女。

 膝を着けて座りながらも、ショートスパッツから伸びるスラリとした脚線。透き通るような綺麗な地肌を強調する太ももには無駄な肉付きは存在せず、膝丈までぴっちりとストッキングが張り付く。

 色気を放つ足回りとは裏腹に、上半身は夏でありながらもサイズに似合わぬスウェット。しかし、その衣服の上からでも分かる、彼女の持つ年に似合わぬ女性らしい二つの膨らみは本人の意志に反して自己主張する。

 また、少女の顔立ちは繊細かつ丁寧に造形された彫刻のように美しく整い、小動物のようにかわいらしい大きな瞳に筋の通った鼻、そして潤った唇と水色のセミロングボブカットは自然と調和する。

 そんな彼女の腰には、鞘に収まる一本の剣が携えられている。

「そう言ってくれると信じていたぜ。あの吸血鬼とオレだけじゃ正直不安だったんだ。だから六両が力を貸してくれるのは本当にありがたい」

 そう言って青年は笑いながら少女の方へと振り返り、彼女の頭を優しく撫でる。

「お、お役に立てられ、こ、こ、光栄の限りです……!」

 少女は煙が出てきてもおかしくないほど耳まで真っ赤にし、俯いて青年に頭を撫でられる。

 かわいらしい花園六両の姿を見て、彼は微笑みながら告げる。

「今回の仕事が終わったら、六両の願いを一つだけ聞き入れてやる。今までオレに力を貸してくれた分、今度はオレがどんな願いでも叶えてやる」

「ほ、本当ですか……⁉」

「ああ。あんたには嘘は吐く気は無いんだ、安心してくれ」

 すると少女は勢いよく朱色に染まった顔を上げ、瞳をキラキラと輝かせながら願いを口にしようとする。

「で、で、でしたらですね⁉ あの……わた、わた、わたくしと……!」

 興奮する花園六両の顔の前に、鸛波広は制止の意を示す手をかざし、優しい口調で言葉を唱える。

「落ち着け六両。そんなに興奮したら、今回の仕事でミスすることになるぞ」

「あっ……は、はい……。と、取り乱してしまい申し訳ございません……」

 シュンとうなだれる少女。それ見て青年は微笑みを崩すことなく、「仕事が終わったら言ってくれ」と告げた。

 ……もう少しだ。

 六両の負担もこれが最後となり、オレの親父を殺した天童繭も始末する。


 これで、すべてが終わるんだ。


 青年、鸛波広は心の中で決意を固め、この一時の安息を噛みしめた。





 最後までお読みしていただき、ありがとうございました!

 急展開です! 衝撃的展開です!

 ここからファンタジーっぽい展開が始まるかもしれません!

 次回も飽きずに読んでくださいましたら嬉しいです!

 最後に、私の作品を読んでくださいまして、本当にありがとうございました!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ