第三話 天真爛漫な生徒会長に邪魔されて部をやめられませんでした。
誤字脱字や読みにくい点などの不備があるかもしれませんが、ご了承ください。
「今日も元気に、生徒会活動をしようっ!」
生徒会室の扉は開け放たれ、チャームポイントである大きな白いリボンと二本のアホ毛を揺らし、輝く天真爛漫の笑顔を浮かべた生徒会長、夜海常夜が登場する。
「会長。今日を持って、俺はこの部をやめます」
そして間を作ることなく、俺は明るい茶色セミロングヘアーを持つ彼女に、そう断言した。
「……唐突にどうしたの?」
予想していた返答。しかし、彼女の表情に出来上がっている子供のように天真爛漫な笑顔は崩れず、癒しや元気を与えられるはずの表情が逆に怖く感じられる。
その笑みに一瞬だけ気圧されしたが、すぐに要件を話す。
「言葉通り、俺は『第二生徒会部』をやめる。そしてこの退部届を先生に渡しに行くところだ」
懐から昨日の夜書いた退部届を取り出し、ヒラヒラと見せ付ける。一週間前に、俺のいない間にカバンを漁って退部届を抜き取ったシイから教訓を得て、今回は常に身に付けるようにした。これで奪われる可能性はグッと下がったはずだ。
「本当は誰にも別れを告げずにこの部を去るつもりだったが、偶然お前がこの部屋に来てな。まあ要するに、別れの挨拶でも済ませてやろうかと思ったんだ」
「へぇ、それは律儀だね!」
納得したように相槌を打ち、会長は俺のそばまで来て手を刺し出し言う。
「退部届に記入漏れが無いか確かめてあげるよ!」
「断らさせてもらう」
きっぱりと拒否した。
「むぅ……どうして?」
常夜は頬を膨らませ、不平を口にする。
「どうしてって……。そんなこと考えなくても分かるだろ? この書類を退部反対組のお前なんかに渡したら、このあいだのシイの二の舞になるだけだ」
呆れた声色と視線を送ると、彼女はかわいらしい顔立ちに引かれた眉をひそめる。
「それは心外だよ。あたしがシイちゃんみたいにあんなことをすると思うの?」
「お前ならやる!」
迷うことなく断言すると、わあわあと常夜は騒ぎ出す。
「なんで芯くんはそうやってすぐに言い切れるの⁉ あたしみたいなうぶで清らかな乙女が、芯くんのことを押し倒してキスをしたり胸を押し付けたりするわけがないでしょ!」
「いや、絶対にやるだろお前。変態だし」
「なっ⁉ あたしみたいな美少女に向かって変態⁉ 失礼極まりないよそれは!」
興奮した会長は、さらにズイッと近づく。すでに手が届く距離であった会長と俺の間は、目と鼻の先になる。
「ちょっと近いから離れてくれ……」
「芯くんがあたしのことを変態と言ったことを撤回してくれたらいいよ!」
彼女は真っ直ぐっとこちらを見上げて凝視し、大きな瞳に俺の顔を映す。
「分かった、撤回する……。お前は変態じゃない、だから俺から離れてくれ」
要求通り、変態と呼んだことを撤回する。だが、常夜は不機嫌な表情を笑顔に戻すことなくぼやく。
「どうして芯くんは……そうやってすぐに諦めちゃうんだろうね……」
「はっ?」
疑問を表す短い声を漏らすと、ありがたいことに少女は説明を付け加えてくれる。
「こんなにかわいい美少女がこんなに近くにいたら、普通ならすぐさま押し倒すでしょ! そして終わった後には、『思わず襲い掛かっちゃいました!』とか、『間違ってヤッちゃいました!』とか、釈明の言葉が芯くんの口から溢れてくるものでしょ!」
「溢れてくるわけが無いだろ!」
とんでもない変態性を露わにする生徒会長。本当に、なんでみんなはこんなド級の変質者に票を入れたのか、理解に苦しむ。
離れてくれない常夜から、俺は後ろへと自ら下がって愚痴っぽく話す。
「たくっ……せっかく俺が別れの挨拶をしてやろうと思ったのに台無しにしやがって」
「それはこっちのセリフだよ! あたしのことを変態呼ばわりしてさ!」
同じように文句を喚く会長。
「まったくだ……。だがしかし、今日でこんなことは終わりだ。今からこの退部届を……ってあれ?」
ふと手元を見ると、握っていたはずの退部届が消失していた。どこかに落としたのか?
そんなことが頭によぎり、下を見て床を見渡すが目的の物は見当たらず、正面に立つ常夜に尋ねる。
「なあ、俺の退部――」
と、彼女に視線を向けると、生徒会の備品として置かれるシュレッターが稼働していた。
「んっ? もしかしてこれのこと?」
言葉は途切れたが、犯行の容疑者である夜海常夜は俺が最後まで言わずとも内容を理解し、そして返事を終えると同時にシュレッターは退部届を残すことなく食い尽くした。
「……」
うなだれる頭を押さえただ絶句し、生徒会長はいつもの笑顔で何事も無かったように喋り始める。
「よしっ! 今日も元気に、生徒会活動をしようっ!」
「……」
ハイテンションな常夜とは非対称に、俺のモチベーションは一気に下がり、彼女に何も言うことなく応接ソファに力無く腰を下ろし、深く背もたれに寄り掛かる。また、この部をやめることができなかった……。
「さあさあ! 芯くんも元気を出して!」
どんよりと落ち込む俺の気などお構いなしに快活な笑顔を向け、大きな白いリボンと二本の触手のようなアホ毛をぴょこぴょこと揺らす。
「お前が帰ってくれたら元気を出してやる……」
「そんなことを言ってたら、『第二生徒会部』にさっき来た依頼が片付かないよ」
彼女の一つのキーワードに、ソファの背もたれに寄り掛かっていた俺は気を引き締め、何気ない歩みで役員席に座る生徒会長に眼差しを向けて訊く。
「内容は?」
「無いよう」
「真面目に教えてくれ」
「シリアスな空気になりそうだったから、ついうっかりボケてみました! てへっ!」
ペロンと舌を出し、ウィンクしながら自分の頭をこつんと打つ夜海常夜。キャピッンという効果音が鳴った気がする。
しかし、そんなバカはスルーし、もう一度改めて問い掛ける。
「どういう内容の依頼だ?」
「仕方がないなぁ……」
相も変わらない軽口を叩いていた彼女だが、二度目の問いに対しては正確に答えてくれる。
「差出人は毎度の通り不明。そして内容の方だけど、学園近くに出没した暴漢の処置」
「面倒な仕事だな……」
ソファのバネがきしむような音が鳴り、深く沈めていた背を起き上がらせて普通に座り、膝丈の高さを持つ正面のテーブルを見つめる。
俺がこの部をやめたい理由の一つとして挙げられる要因、面倒な依頼。
『第二生徒会部』に寄せられる依頼の内、三割がまともで普通の内容、二割がデマや冷やかし、そして残る五割が非合法や危険を伴う仕事。
近隣に現れた不審者の対処や、夜中に住宅街にたむろする不良の帰宅促進。表沙汰にできないアルバイトを受け持つ学生の更生に、周囲のモラルを低下させる言動を行う人の抑制などなど、はっきりと言って学校の部が扱う範囲ではないことまで取り扱っている。
今回もそれに含まれる内容である、暴漢の処置。綺麗に完遂する自信は無いが、やれる仕事はやるのが俺のポリシーだ。
「はぁ……。まあ、学生や児童の被害を抑えるためには俺たちがやるしかないからな……。で、今回は俺と誰が行くんだ?」
ため息を吐きながらも俺は任務を承諾し、ライトブラウンカラーの髪を持つ生徒会長に訊くと、意表を突くような返事が返ってくる。
「あたしが一緒に行くよ!」
「はっ?」
予想と期待を裏切る、美少女の答え。息を飲んだが、すぐに立ち直って尋ねる。
「今……なんて……?」
「『あたしが一緒に行くよ!』と、言い切ったけど何か問題でも?」
不安や怒りなどの負の感情を表に出さず、ただ喜びや幸せの正の感情を露わにさせた、都合の良い天真爛漫な笑顔を浮かべ、常夜は訊き返してきた。
「は、はは……。問題ありまくりだ、変態少女……」
俺は頬を引きつらせ、苦情を垂れ流す。
「第一に、お前はこう言う依頼には向いていないし、大した能力を持っていない俺と組んだら逆に危ないだろ。あと、お前は生徒会の方もあるし学校を離れるのは……」
「今日は生徒会の仕事が無いから大丈夫! 最初に芯くんが言ってたことも、あたしがやる気を出せば全部円満解決だよ!」
こちらの忠告を意に介さず、笑顔を輝かせる。
「たくっ……」
目を伏せ、頭の後ろを掻く。
「あの二人には俺から話しておく。お前は出現しそうな時間と場所、被害状況とかを割り出してくれ」
「光月学園生徒会長であるあたしに指示……。本当に、芯くんは面白いね!」
俺はケータイ片手にゆっくりと立ち上がって踵を返し、意味の無い戯言をこぼす背後の会長と視線を合わすことなく嗤ってやる。
「なに、気にしないでくれ」
後ろで情報を整理する常夜とは別に、俺は少女二人を必死に説得した。
◆◆◆◆
私立光月学園から少し歩くと、幅二十メートルほどの川が流れている。
周辺には河川敷や隣の岸に渡るための橋はもちろん、野球やサッカーのグランドにゴルフ場などが作られており、休日などには汗を流す人々で賑わっている。
そして運動場が設置された河川敷に添って歩くと、仰々しい機械音や稼働音を奏でる工場に、役目を終えて静寂の雰囲気を流す寂れた廃工場などが密集しており、その一つである廃工場に俺と常夜は立っていた。
「ここを根城にしている何者かが、最近近所に出没する暴漢の犯人か……」
「学生内や近隣住民からの情報をまとめた結果、暴漢がこの周辺に度々目撃されることが多いみたいだね。お巡りさんもこの付近を調査していたみたいだけど、犯人との遭遇はまだ叶ってないみたい」
「まあ、現れる時間も時間だろうし、さすがにこの広い河川敷の上に逃げ場や隠れ場が豊富な廃工場だ。守備側の立地は最高だな」
そう言って、俺は周りを見渡す。寂れて今にも倒壊しそうな壁面に、破棄されず風晒しになっている金属部品。解体されていない工場と同等の大きさを持った、閉ざされた倉庫。
足元を見てみると、酒の空き缶にタバコの吸い殻、使用済みの吹き出し花火や丸められたブルーシートなどが無残に転がっている。予想だと、不良生徒や若い男女の溜まり場、もしくはホームレスの寝床として使われていたのだろう。まあ、今の俺には至極どうでもいいことだが。
一通り観察し、隣に立つ大きな白いリボンと二本のアホ毛を風に揺らす少女に尋ねる。
「それで、どうする? 一つずつしらみ潰しに回って探すか、それともどこかで待ち伏せするか、選択はお前に任せる」
明るい茶髪の会長は、問いにいつもの天真爛漫な笑顔で答える。
「最初に言った方がいいかな。今回はそこまでの相手じゃないと思うし」
「……お前はこの間まで中学生だったんだよな? なのに、どうしてそんな自身が湧き出てくるんだよ?」
「あたしの武器を知っている芯くんなら、そんなことぐらい分かるでしょ。逆に、芯くんのその行動力がどこから出てくるのかがあたしは気になるけどね」
こちらにチラリと目を遣り訊いてくる会長だが、俺はそんな期待には応えず正面の廃工場へと歩む。
「なら、どうしてお前が俺のわがままに付き合っているのかが、俺には不思議だけどな」
「質問に質問を返さないでほしいけど、それに対しての答えはあたしの気まぐれかな」
彼女もトコトコと後を追い、共に一つ目の工場に足を踏み入れる。
最初の廃工場は、学校の体育館を連想させるような作りをしており、唯一の違いは壇上が無いということと、生徒が誰一人として存在していないことだ。
「うぅ~……。あたしってこういうところ苦手なんだよね……」
唐突に不安げな唸り声を上げ、俺の腕に引っ付いてくる常夜。幼馴染の繭以上、クラスメートのシイ未満の平均的な胸が押し当てられる。
「今は仕事中だから、こういうことは控えてほしんだけど?」
「あはは、だからこそやるんだよ芯くん! あたしはこういう緊張感を持った状態で野外プレイするのに燃えるよ!」
純白とは明らかに相異する、真っ黒な精神を旺盛にする夜海常夜。通称、変態少女が欲求のまま騒ぐ。
「だから早く芯くんはブレザーとシャツのボタンを全部取って、ズボンをパンツごと下ろしてよ!」
「暴漢を相手にする前に、防寒を怠りたくないからやめておく」
「……うん上手いね芯くん。で、最近温かくなってきたから外でパンツを脱いでも大丈夫だよ!」
「今しがた確実に寒くなった気がするから遠慮しておく……」
俺は小さなため息を一つ吐く。ボケたのに反応が薄いと、こっちが滅入ってしまう……。
他愛もない会話を交わしながらも周りを警戒し、俺は腕に抱き付くアホ毛に言う。
「と言うか、邪魔だから早く離れろ」
「芯くんがあたしの野外プレイに付き合ってくれたら考えてあげるよ!」
「はぁ……もういい、勝手にくっ付いてろ……」
「そうさせてもらいます!」
呆れる俺とは真逆に、常夜は上機嫌でスリスリと抱き付く腕に頬を擦らせる。
他者から見れば、否定のできないバカップルだな……。まあ、こいつは繭やシイに匹敵する綺麗に整った顔立ちと、幼い女の子らしいかわいさがあるから、そう思われても悪い気はしない。
懐いた子猫のように擦り付く少女の横顔を見つめながら安堵の笑みを浮かべ、心の中でそんなことを思う。
その後、くっ付く生徒会長と共に廃工場を一つ一つ歩き回り犯人を捜すが……。
「どこにもいないな……」
疲れを帯びた声を漏らす。すると、腕に引っ付く華奢な女の子が真剣な面持ちで「そうだね……」と意味深に呟いてから、にっこりと笑う。
「それじゃあ最後に、あそこに行ってみよっか!」
ビシッとある一点を指差す常夜。そこには今まで探し回った廃工場とは違い、固い金属の扉によって閉ざされた、工場と同じ大きさを持ったあの倉庫だった。
「別に大丈夫だが、あそこには入れるのか? 見た限りだと中に入れる気配は無いぞ」
疑問が混じった言葉を口から漏らす。
常夜が言った倉庫は、確かに暴漢を探していない唯一の場所だ。しかし、あの強固な金属の扉は見る限り鍵が掛かっているはずなので中に入ることはできない。
そのような問いを投げ掛けた俺に、生徒会長は大きな白いリボンとセミロングヘアーを風になびかせて笑いながら指摘する。
「芯くんは本当に、あの扉に鍵が掛かっていると思ってるの?」
「……違うのか?」
腕にしがみつく少女に首を傾げて訊くと、眉をひそめてしまうような答えが返ってくる。
「さあ、それは分からないかな」
「おいおい……」
ツッコミを入れると、彼女は突然目的の倉庫へと腕を引っ張る。足がもつれて転びそうになるが、何とか踏みとどめる。
「お、おいっ! 急に引っ張るなよ!」
そう文句を唱えるがスルーされ、彼女に腕を引かれて倉庫の前へと辿り着く。
外に放置されている金属同様、扉は錆びれて表面はガザガザとした感触を放っている。
「普通に南京錠で鍵が掛けられているぞ……」
俺は倉庫への侵入を防ぐために取り付けられた南京錠を見て呟き、腕にくっ付く常夜に目を遣る。
「そうだね、確かに付けられてる。でもさ、それはただパッと見ただけで、本当にそれで鍵が掛かっているのかな?」
そう言うと俺の腕から離れ、南京錠ではなく扉のノブに手を伸ばし、
「ほらっ、この通り!」
横に金属の扉を少しスライドさせ、こちらへと振り返る。
「……つまり、それは南京錠で閉められていなかった、と言うことなのか?」
「そうだよ! 芯くんはただ、『錠前が付いた扉』イコール『鍵が掛かっている』と思い込んでいただけだよ!」
納得できる理論を披露し、二本のアホ毛をぴょこぴょこと揺らしながら少女は口を開く。
「それじゃあ芯くん! 依頼をクリアしようっ!」
その言葉に、俺は口元を緩ませた。
◆◆◆◆
倉庫の中は、自分自身の手を眺めることが容易なほどに明るかった。しかし、その光の元となっているのは天窓から差し掛かる太陽の日ではなく、天井にぶら下がった数々の照明が光源となっており、倉庫内に処分されなかったたくさんのコンテナや木材、立て掛けられた金属棒などが照らされる。そしてそれの意を指すのは……。
「こんにちは! 現役犯罪者さん!」
「っ⁉」
あたしに背を向けタバコを吸っていた一人の男が、ビクッと身体を震わせて慌てて振り返る。少しくたびれたスーツを着用しており、ボタンを留めずに内側に着ている水色のワイシャツが正面から覗ける。見た限りでは、どこかの会社に勤めているサラリーマンだろう。
警戒心を剥き出しにしてあたしを睨む男は言葉を発しようとするが、先にこちらが口を開く。
「安心してね! あたしはあなたを捕まえるためでも警察の方々にも通報するつもりは無いからさ!」
「お前は誰だ……」
低い男の声。顔に刻まれるしわの数や老け具合を見て、大体三十代前半。指輪は身に付けていないから独身で、四時半にも関わらずこんな場所にいるということは会社を早引きでもしたのだろう。
一通り観察を終え、あたしは笑顔を崩すことなく質問に答える。
「あたしはただの通行人だよ!」
見抜くことなど容易い、わざとらしい嘘。正面に立つ男は険しい表情を作り、吸っていたタバコを床に落として踏み消す。
「お前は何を言っている! 本当のことを話せ!」
苛立った喋り方。こちらのペースに乗ってきていると確信してから、今度は嘘と真実が混ざった答えを口にする。
「あたしがどこの誰なんかよりも、なぜあたしがここに来たのか、と言う方が重要じゃないですか?」
それを聞いたスーツ姿の男は、だらりと垂らしていた二本の腕に力を込め、こぶしが固まる。
「そんなに警戒しないでくださいよ。あたしはしがない普通の女子高生なんですから」
クスッと笑い、男を見つめる。対し、彼は相変わらずの硬い表情。
この反応からして、限りなく黒に近い……。あとは時間を稼げばあたしたちの勝ちだ。
「肩の力を抜いて下さいよ。別にあたしがあなたのことを取って食べるわけでもありませんし……。あっ、でも待ってください。実はあたし、魔法を使えるんですよ」
「はっ……?」
突拍子の無いあたしの発言に、男は声を上げる。
「分かります、唐突にこんなことを言われても実感がありませんよね。でも、『あたしは魔法が使える』と言うのは真実ですよ」
男を自分の瞳に映し、笑みを絶やさずに言い切る。そして男は口を開く。出てくる言葉など、ある程度に限られる。
「何を言っている、大人をからかうんじゃない!」
「からかってなんかいませんよ。あたしは紛れもない事実を述べているだけで、あなたが望むのならばその魔法と呼ばれる代物を見せてあげますよ」
あたしもあらかじめ用意していた、反論の言葉を返す。
「ばかばかしい。そんなものあるわけ――」
パンッと、火薬が破裂する音が倉庫内で響く。男の言葉は途切れ、身体をビクッと震わせる。
「なっ⁉」
「言ったでしょ。あたしは魔法が使えるんですよ」
余裕の笑みが自然と浮かぶ。ここで目の前にいる男は、今のトリックに対しての推論を申し立てるだろう。
「こ、こんなの、お前の仲間が火薬を爆発させただけだ! 魔法でも何でも――」
パンッ、パンッと、男が立つ左右離れた場所で火薬が爆発する音が二回連続で鳴り響く。男の目は見開かれ、あたしは笑顔で何度か手を叩いてから祝福する。
「名推理おめでとうございます! これはあたしの仲間が放った火薬の音。でも……」
あえて言葉を止め、ブレザーのポケットから火薬を爆発させる鉄砲型のおもちゃを取り出し、それを天井へと向けて引き金を握る。
「そうすると、今あなたを取り囲んでいるのはあたしだけではなく、たくさんのあたしの仲間が取り囲んでいる、と言う結論が出てくるよ」
言い終え、引き金を引いて火薬の音を鳴らす。同時に、男の近くに立て掛けてあった金属の棒が突然倒れる。
「うわっ!」
心の底から驚いたような声を上げ、反射的に倒れた金属棒の方へと振り返る。
「どうする? あたし一人が相手なら何とかなったけど、ほかに誰かがいたらあなたが負ける可能性は大だよ」
周りに神経を回し過ぎて反応を示すことができないのか、振り返らない。まあ、あたしにしては好都合なので、その背を見つめながら問う。
「あなたに選択肢をあげるよ。ここであたしたちにリンチにされるか、警察に突き出されるか、それとももう悪事を働かないと約束するか、その三つの内で選んでいいよ!」
「ふ、ふ、ふざけるなぁああああああ!」
動揺を隠しきれずに叫び、踵を返してあたしの方へと殴り掛かってくる男、もとい暴漢。
あたしはいつものように笑い、そして殴り掛かってきた暴漢のこぶしを避け、カウンターで相手の耳元で火薬を鳴らす。
「っっっ――⁉」
「芯くん! あとはお願い!」
「了解、だ!」
と、声にならない悲鳴を上げて耳を押さえながらよろめく暴漢に、物陰から駆けてきた芯くんが首を掴んで押し倒し、うつ伏せで地に伏せさせる。
「罪を犯し、捕まるという不安で神経質になっていた状態で、あえてストレスを掛けてそれを無理やり爆発させる……。何とも、奇想天外なやり方だ……」
彼は犯人を押さえながら自虐的に嗤い、続けて呟く。
「まあ、それに付き合ってる俺も、どこか頭のネジが外れているかもしれないがな」
「芯くん独り言が激しいよ!」
「気にするな。これが世間に理解されない、俺みたいな人間の言動なんだからな」
「それは大変だね! まあ、あたしには至極どうでもいいことだけど!」
あたしは笑いながら言い、芯くんは皮肉げに笑って暴漢の目の前にデジカメと投擲タイプの火薬を置いた。
◆◆◆◆
吸血鬼の本能がうずくたびに、わたしは芯の首筋や腕を噛み、血を吸った。その味は、初めて彼の血を味わった時と同様、形容詞で飾るのは無粋なほどに絶品だった。
こんな幸せな生活がこれからもずっと続く……。幼いわたしは、純粋にそう思っていた。
……だけど、ある事件がそんな日々を無慈悲に裂く。
当時十一歳のわたしが、深夜二階の自室から一階のリビングへと下りた時、目にした最悪な光景。
血を流して床に倒れる、息絶え絶えなお母様の姿。
そしてそれを取り囲む、黒いガスマスクで顔を隠し、警察の特殊部隊が着ているような漆黒の防具を身に着けた、屈強な体格を持つ三人。その手には拳銃が握られている。
身体付きから男だと判断するが、誰なのかは分からない。だけど見つかったら絶対にいけないと反射的に察知して、物陰に気配と身体を隠し、三人が交わす会話を盗み聞く。
「こいつのガキが起きる前に早く血を調べろ。もしも吸血鬼だった場合このまま連行。違かったら殺せ」
「了解いたしました」
「……っ⁉」
息を飲む。背筋に冷たいものが走る。
その会話が終わると、ドサッと何かが床に落ちる音がしたすぐ後にカチャッと音がわたしのいる廊下まで届き、すぐにお母様の「ううぅ……」という苦痛に帯びたうめき声が耳を撫でる。
「採血します」
部下と思われる一人の事務的な言葉が聞こえると、キーボードを叩く音がしてから不快な機械音が奏でられる。
耳に入ってくる情報だけでは状況を確認できないと認知し、わたしはそっと顔を覗かせる。
そこで目の当たりにしたのは、倒れて血を流すお母様の傷口にチューブを突き差し、その先にはパソコンとキャリーバッグを組み合わせたような機械。声からして三人の内、一人が謎の装置を操作し、もう一人がお母様に銃口を向ける。そして残る一人が、二人の様子を眺める。機械と銃口を向けている二人は部下で、それを見ているのがリーダーだと把握する。
何とかしなくちゃ……。
その時のわたしの意思は、力が無くてもお母様を助けなければいけないと、幼いながらそう思った。
覗いていた顔を戻し、どうするか考えようとする。だけど、わたしは何も考えることができなかった。そして気が付くと、わたしはばれてもおかしくないくらいに荒く呼吸をしていた。
漏れていた息を、慌てて手で押さえる。その押さえる手も震え、膝が笑う。
わたしの身体に、何が起こってるの……? お母様を助けなくちゃいけないのに、わたしの意思に反して身体が動いてくれない。
勝手に震える身体を、必死にコントロールしようとする。だがそれは拒否され、壁に寄り掛かったまま滑るようにしてペタンと音無くお尻を床に着く。
力が……入らない……。
お母様が大変なことになっているのに、助けてあげないといけないのに、身体に力が入らない。
自分の震える両手を見る。……そして、実感した。
恐怖。
生まれてから二度目となる、その感情。しかし、それは一度目とは明らかに違った感情だった。
「恐い……よ……」
呟いたのかどうかも分からないほど微かな声を漏らし、小刻みに揺れる身体を震える手で抱きしめる。泣き虫が視界をにじませる。
気弱になる心……。しかし、時とは無慈悲で残酷で、どんな場面であろうがシナリオを刻む。
「採血の結果を知らせます。……この女は吸血鬼ではありません」
「うむ、やはりそうか。……と言うことは、男とガキが穢れた吸血鬼の血を引いた怪物か」
リーダー格と思われる人がそう納得したように答え、そして聞きたくない言葉が流れた。
「吸血鬼じゃなければ、こいつは殺せ」
「っ……!」
わたしは涙が溢れる目を見開き、立ち上がる。
「助け……なきゃ……」
そしてか細い声で呟き、お母様が倒れるリビングへと足を運ぼうとしたその時、
「私の娘にはっ……、手を出さないでっ!」
お母様は、家中に響き渡る声で叫んだ。
「あの子は関係ないっ……だからあの子には手を――」
「死にぞこないは黙ってろ!」
リーダー格の男の怒鳴り声がお母様の声を掻き消し、そして床に何かを叩き付けたような鈍い音が鳴る。
「あぐぅっ……!」
お母様は口から苦痛の悲鳴を漏らすし、痛みに耐えるうめき声が廊下に立つわたしの耳に届く。しかしそれはすぐに止み、お母様は屈せずに叫ぶ。
「あの子は関係ないっ……お願いだから、あの子には手を出さないでっ……!」
悲痛の叫び。だけどそれは、子であるわたしを守るための叫び。
「死にぞこないは黙ってろって言っただろ!」
怒声と鈍い音が同時に鳴る。だが今度はお母様の苦痛の声は聞こえず、代わりにわたしを守るための声を上げる。
「黙らないっ……! あなたたちが、娘に手を出さない約束するまではっ!」
リーダーの男が舌打ちをし、指示を出す。
「おいっ、早くこいつを殺せ! そして上で寝ているガキが起きて暴れる間に、早く退散するぞ!」
「了解しま――」
「繭っ! 逃げてっ!」
喉がはち切れてもおかしくないほど大きな声。わたしはそれに発破を掛けられ、玄関の戸を開けて裸足のまま走った。
そして外へと出た瞬間、家の中で銃声が無情にも響いた。
◆◆◆◆
首筋に突き刺さる小さな歯。痛みは感じず、鳥肌を立たせるような快感が全身に駆け、顔を熱くさせる。
「くうぅ……!」
漏れそうになる吐息を、歯を食いしばってこらえる。
「チュウチュウ……チュウチュウ……」
噛み付く美少女は、かわいらしい音を鳴らして吸血する。彼女の黄金色に染まる、きらびやかで神秘的な長い髪から心地の良いフルーツの香りが鼻を撫でる。
「チュウチュウ……チュウ……ぷはぁ……。はぁ、はぁ、はぁ……」
幼馴染の少女は吸血を終え、生温かで妖艶な息を耳元でこぼしてからそっと囁く。
「ふふっ……本当に芯は美味しいわ……」
心臓を昂らせるほどの快感から解放され、熱い顔の筋肉を緩ませながらも俺は文句を垂らす。
「吸い……過ぎだ……バカ……」
「ごめんね、芯……。でも、芯の血がヤミツキになっちゃうくらいに絶品なんだから、わたしを虜にするような血を持ったあなたにも責任があるのよ」
「なんだよ……その無茶苦茶な、理由……」
とろけた顔で、俺は耳元で囁く少女にまたもや文句を言う。
「ふふっ、こうやって倒れないようにしてあげてるんだから許してよ、芯」
彼女の言う通り、快感に支配されていた俺の足腰は自分自身の身体をしっかりと支えることはままならず、抱き付くように立つ繭に寄り掛かって何とか立たせてもらっている。
「くぅっ……お前が血をあんなに吸わなかったら、こんな風にはなっていなかったんだからな」
反論を口にするが、それは空にこぶしを振るうがごとく、現状況で優勢に立つ天童繭には通じない。
「でもそのおかげで、芯はまともに身体を支えられないくらいに気持ちの良い快感を味わえた……。それはさぞかし幸せでしょう?」
クスッと、幼馴染が笑い声をこぼす。悔しさが湧くが、彼女の言うことが大方当てはまっているため、何も言い返せない。
すると、耳元で囁いていた少女は、フランス人形のように綺麗で形整った顔を、快感に緩み熱くなった俺の表情と向かい合わせ笑みを浮かべる。
「何も言い返さない……。つまりそれは、芯が立てなくなるくらいに感じてしまうあの快感を味わえ、心底幸せだった……そう言うことかしら?」
「なっ⁉ そんなわけが――」
異議を唱えようとしたが、細く触れただけで折れてしまうのではないかと感じてしまう人差し指を俺の口元にそっと当てられ、思わず口を閉ざしてしまう。
「ふふっ……冗談よ、芯……。すぐにむきになって、本当にあなたは子供みたいね……」
うっとりと、愛おしそうなものを見るような表情を浮かべた彼女は、ほんのりと赤くなった俺の緩んだ顔を瞳に映して静かにそう告げ、艶やかな唇を俺の少し硬い唇と重ねる。
「んっ……」
口と口が合わさると、少女はそっと目を閉じる。俺の腰に回る腕に力が入り、逃がさないという意思表示と察する。
間近で美しい繭の顔を直視し、鼻を撫でる女の子らしい甘い香り。寄り掛かる身体は華奢で柔らかく、唇から伝わる彼女の想い……。
すべてが毒のように俺の意思を麻痺させ、男の中に眠る野生を興奮させる。
彼女にならば、自由を奪われてもいい……。それが、俺の本望だ……。
堕落……そう実感したその時、
「はいっ、カットカット! 今日の繭ちゃんの吸血シーンは終了でーす!」
サッと、抱き合う俺と繭の間に生徒会長もとい、夜海常夜が割り込んで割く。アダルトな雰囲気が粉々に砕け散る。
「常夜……。なんでいつもあなたは、肝心なところでわたしと芯の愛の吸血行為を邪魔するのよ……」
止めに入ってきた会長に、幼馴染は少し赤く染まる頬を不満げに膨らませて苦情を申す。
「繭ちゃんと芯くんの吸血行為は、前半部分ですでに終わってたでしょ? 後半は完全にあたしの許容範囲外だよ!」
にこっと、子供のような笑顔を見せ付ける。「まったく……」と繭が呆れながらも納得する。
放課後の私立光月学園生徒会室。
俺と常夜が暴漢犯と対峙した件から一週間が経ち、依頼者に対して報告などはすでに済ませ、依頼も無く現在は騒がしいながらも普通の日常を送っていた。
因みに、あの時の事件の結末は、暴力を振るう犯人の証拠写真を撮影し、今後このような犯行をしないという条件で解放した。約束が果たされるかどうかは定かではないが、現在のところ暴力事件が発生していないので、それは守られているということだけは認知している。連絡先も押さえたので、いつでも確認することができるがする必要もないだろう。
「……というか、シイはまだ来てないのか?」
ようやく身体を動かせるようになり、噛まれた首筋を拭いながら二人に尋ねる。
「わたしは何も聞いていないわ」
先ほどの吸血行為など無かったかのように、生徒会役員席に座って優雅に紅茶を飲む天童繭。
「あたしにも連絡は来てないよ。芯くんなら着信やメールの一通、もしくはカバンの中にラブレターとかシイちゃんの脱ぎ立てのパンツとか入ってるんじゃない?」
「さすがにあの変態でも、脱ぎ立てのパンツを入れるわけ……無いよな?」
さらっと発せられた言葉に、俺は自分のカバンの中身を念のために確認する。幸いなことに、パンツは入っていなかった。代わりに、半分折りにされた一枚の白い手紙が忍ばされていた。
「たくっ……勝手に人のカバンの中にこんな物入れやがって……」
ぶつぶつ愚痴をこぼしながらも、二つ折りの紙を開いてみる。
『最愛なる旦那、葉隠芯。私は急な用事ができたため、今日の部活動には参加することができない。しかし、貴様が万が一でも私の行方が気になるのならば、この指定する場所に来い』
手紙に記述されていた内容を読み、とりあえず今日の部活にシイが来ないことを理解してから、文面の下方にある地図に視線を遣る。
手書きの地図は、電車通いの生徒が登校時に利用する駅周辺が大まかに記されており、目的地とされる場所には赤い点のマーカーが施されている。
「ここは……駅チカのショッピングモール?」
独り言を思わずこぼす。
すると、それを耳に拾った美少女二人が、各々声を上げる。
「これはもしかして、芯がわたしとした、『今度遊びに付き合う』っていう約束を実現させるタイミングかもしれないわ?」
「そうだ! あのショッピングモールに、一度食べてみたいスイーツがあったんだよね!」
悟らなくても分かる。こいつら、完全に付いて来る気満々だ。
まあ、今日は依頼も無くて暇だったし、繭との約束を果たす良い機会な上、シイや常夜が妙な行動をしないか見張ることもできて一石二鳥だ。
読んだ手紙を折り直してポケットにしまい、自分のカバンを肩に掛けて立ち上がると同時に振り返る。
「行くんだったら早く準備しろ」
「はーい!」
毎度変わらない天真爛漫な笑顔で会長が返事をし、幼馴染はにっこりと上品に微笑んでから、「分かったわ」と返してくれる。
個性豊かな二人の声を聞いて口元を緩ませ、俺は生徒会室から先に退室した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
日常からバトル要素に入ってきましたが、いかがですか?
今回は生徒会長です。不思議なキャラクターですよね。作者である私も思います。というか扱いづらいです。初投稿の『アブノーマルガールズ』に出てくる風火さんと同じ扱いだったらきっと楽だと思うんですが、実力を上げるため無理でも頑張りたいです。ご存じでない方は、ぜひ『アブノーマルガールズ』を読んでくださいましたら嬉しいです!
最後に、この作品を読んでくださいまして誠にありがとうございました!