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退部ハーレム!  作者: シゲル
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第一話 吸血幼馴染の誘惑に負けて部をやめられませんでした。

 誤字脱字、読みにくい点があるかもしれませんが、ご了承ください。

「今日を持って、俺はこの部活動をやめる」


 窓の外では、放課後の部活動で青春を謳歌する野球部の掛け声が聞こえ、廊下では女の子たちが交わす楽しげなお喋りが、現在俺のいる生徒会室へと流れてくる。

「それで、(しん)はそんなことをわたしに言ってどうしたいの?」

 にこっと、優雅で愛くるしい笑みを浮かべて、片手にティーカップを持った幼馴染の少女は、澄み切った上品な声色でそんなことを尋ねてくる。

「どうしたいって……言葉のままなんだから、どうするかは決まっているだろ。俺は今日を持って、この『第二生徒会部』をやめる」

 今度は内容を付け加えて、目の前の役員席に座ってティーカップに入った紅茶を口にする天童(てんどう)(まゆ)に断言する。

 すると、彼女は艶やかな唇に当てていたカップを離し、白い素肌に浮かぶ綺麗な金色の眉をひそめ、赤い瞳で見つめる。

「もしかして、それって本気で言っているの?」

「本気だ。この部活動は俺に合わない」

 俺は顔の前で手を横に仰ぎ、呆れた声色で黄金色の長い髪を持つ幼馴染に続ける。

「何よりも、俺はお前らがいるからやめたいんだ」

「わたしがいるから? それってどういう意味……?」

 フランス人形のように、染みや傷一つ無い端整な顔立ちを持つ少女は、不機嫌色に染まった表情で追及し、俺はその問いを一蹴する。

「ただ一言、『面倒』だからだ」

 そう言って、俺は生徒会室の出口へと向かおうと踵を返し、歩き出した瞬間――、


「かぷっ……」


 唐突に俺の首筋に小さな歯が立てられ、それは快感を引き連れ容易に突き刺さる。

「くっ……はぁ……」

「チュウチュウ……チュウチュウ……」

 俺と繭しかいない二人っきりの生徒会室。かわいらしい音を奏でて、繭は俺を吸血する。

 ……今みたいな状況など、俺は一切望んでなんかいない。むしろ、普通の学園生活を送るためには、こんな非日常な光景と関係など、ドブ川に捨ててしまいたいほどだ。

 心の中でぼやきながらも、血を吸われる快感は神経を優しく撫でる。自身の吐息をこらえていると、急に全身に脱力感が襲い掛かり、足元がおぼついて片膝を床に着けてしまう。

「相変わらず芯の血は美味しいわ! 百点満点中、二百点をあげたいくらいに!」

「はぁ、はぁ……全然嬉しくないお褒めの言葉、どうもありがとうございますよ……」

 テンションが最底辺を彷徨う俺とは打って変わり、明るく歓喜に帯びた声で血液をテイスティングしてくれる天童繭。

「突然血を吸わないでくれ。こっちにも心の準備って言うものがあるんだから……」

 立ち上がりながら、そう背後の彼女に苦情の言葉をこぼす。貧血に似た症状で、目の前が一瞬だけグラッと揺れるが、毎度毎度のことなので身体がすぐに視界を正常の状態に戻す。ある意味などと言わず、完全に不必要な特技だ。

「ごめんね……。だけど芯がこの部活をやめるって言って、急に胸が締め付けられるように痛くなったの……」

 後ろに立つ少女は、切なそうな口調でそんなことを語る。見なくても、彼女から放たれる沈んだ雰囲気は感じ取れる。

 普通の男なら、一人の幼馴染の美少女が魅力的で魅惑的なそんなセリフを口にしてくれれば、すぐにでも『やっぱり、部活動はやめない』とか腑抜けた言葉を口から垂れ流した後、続けて『実は俺、お前のことが大好きだったんだ』とか、甘ったるくてむず痒い定番の告白をするだろう。

だが、俺のこの部活動をやめる決意はその程度では揺るがない。むしろ、三回ぐらい同じ手を使われているので、さすがに今回ばかりは引っ掛からない。

俺はクルッと身体ごと繭へと向け直し、はっきりと自らの意思を明示しようと――、


「ちゅっ……」


 しくじった……。頭の中でその単語が反響する。

 振り返ると同時に、俺の唇と繭の艶やかで桃色の唇は劇的に重なり、すぐ間近に目を瞑った綺麗な女の子の顔と、見惚れてしまうような透き通る金色の髪。そして鼻孔を撫でる、甘く、安らぐようなフルーツの香り。

 『心を打たれる』などと優しい言葉ではなく、『心を奪われた』と、刺激的な言葉がぴったり似合ってしまうこの状況。

 気が付くと、繭は俺の背中に手を回していた。

身体と身体が否定できないほどに密着しており、彼女の小ぶりながらも適度に膨らんだ柔らかい胸が押し当てられ、吸血による快感も手助けして男の理性の鎖が端から一つ、一つとゆっくりと確実に外されていく。

不意に繭は桃色のかわいらしい唇を離し、ほんのりと紅潮した頬を俺に見せ付け、せがむような言葉を発する。

「やめちゃ……ダメ……。行かないで……芯……」

 その姿とその声とそのセリフは、一つ一つ外されていた理性の鎖を一気に引きちぎり、暴れ出そうとする理性を必死に意思で制止させる。

「繭……」

 手を伸ばせば触れることのできる、一人の少女の名を俺は口にし、意思は理性に負ける。


「やっぱり、部活動はやめない」


先ほどの断言を断言で帳消しにし、俺は続けて禁断の甘い言葉をこぼす。

「実は俺、お前のことが――」


「それ以上その言葉を続けたら、貴様の命を私が頂くぞ」


 先ほど噛まれた首筋に添えられる、無機質で無悪意な無情な白銀の剣。

 俺はその脅しとその剣に黙らされ、引きちぎられた鎖は瞬時に驚愕な連携を行って、暴れだした理性を拘束する。冷や汗が背筋ににじむ。

 白い銀色の刃を目の前にしながら、身体を密着させている幼馴染の繭は、小首を傾げ、不機嫌そうに問い掛ける。

「突然現れて、どうしたのかしら……?」

「なに、大した理由では無いんだ。ただ、ちょうど生徒会室に入った直後に目の前で不純異性交遊が発生していたため、原因と考えられる男子生徒に制止を促しただけだ」

 はっきりと力強く、かつ凛とした声で、後ろで剣を構える少女は答える。

 ……まあ、確かに納得できてしまう理由だ。神聖なる学び舎で、若い男子と若い女子がイチャイチャとしていたら不謹慎だし、何より見ていてイラッと来る。特に、廊下で二人並んで『自分たちの世界に入り込んでいますよ』と言うオーラを放ちながら他人の通行の邪魔をしている奴らに対して、本気で殺意を覚えてしまう。というかこの前蹴っ飛ばした。

 首筋に無機質な白銀の剣が添えられ、正面で幼馴染の美少女が胸を密着させるように抱き付いていながら、俺はそんな意見を胸の中で語る。

背後で正当なことを口にした少女は、変わらぬ凛とした声で続けて言葉を発する。


「では原因である芯に、罰として私と男女の契りを交わしてもらおう」


「それはおかしいだろ……」

 俺は片手で自分の顔を覆い、頬と眉を引きつらせる。

「おかしくなどない。生徒会副会長である私と肉体関係を持てば、今後ほかの女子生徒と過ちを犯すことも無い」

「そこがおかしいんだよ。どうしてほかの女子生徒と関係を持たないようにするために、俺とお前が付き合うんだよ?」

「それは単純に、私が貴様のことが大好きだからだ」

 躊躇いや恥じらいを表すことなく言い切り、彼女はそっと首筋の剣を離して語り出す。

「こんな私を受け入れてくれた上に秘密を守ってくれる数少ない人間で、私が好きな匂いに声、性格に容姿。さらには生徒会に私の居場所を作ってくれただけではなく、仕事まで手伝ってくれる最高峰の旦那だ」

「褒められているのは嬉しい。だが、最後の言葉だけは訂正してくれ」

 そう言って、俺は顔を覆う自分の手を外し、繭と離れて背後に立つ(おお)(ぞら)シイと向き合う。

「訂正をする必要などない。この国の法律を無視して今から結婚をし、貴様は私の家で生涯日の光を浴びることなく、私の世話になっていればいいのだからな」

 繭とは比べることもできないほどふくよかな双丘を偉そうにぷるんと張りながら、俺の胸ぐらより低い童顔のシイはこちらを見上げてそう宣言する。

「ご苦労なことで。まあ、俺は監禁されるのが嫌なので、心からお断りさせていただきますが。……あと、ほかの生徒に万が一でも見られたら騒ぎになるから早くその剣をしまえ」

 背丈が小さなシイの言葉を濁すことなく却下し、彼女の華奢な手に握られる物騒な代物を指差す。

「その指摘を素直に受け入れよう。私も面倒事を起こすのは趣味ではないのでな」

 そう言うと、白銀の剣は一瞬にして光の粒子となって虚空に跡形も無く消え去り、空いた手をほっそりと無駄な肉付きの無い腰に当てる。

「まったく……。必要でもないのに、なんでお前は剣を出すんだよ」

「何を言う。貴様はあと少しで、天童繭の虜になり掛けていたのだ。むしろお礼を言ってもらいたい」

「うっ……」

 色白の肌と調和する白銀の眉根を不満げに曲げて、痛いところを突いてくるシイに、思わず呻きをこぼす。確かに、こいつが来ていなかったら、今頃俺は繭の手中に収められていたかもしれない。

 奥歯を噛みしめながら、胸の前に立つ銀色の髪をポニーテールにしている少女に、お礼の言葉を口にする。

「どうも、ありがとうございました……」

「偉いぞ、芯。頭を撫でてやるからしゃがめ」

 宝石のように整った幼い顔立ちから不機嫌の色が消え、鼻を鳴らして命令する。だがもちろん、そのような指示に従うほど俺は従順でもない。

「俺の頭を撫でたければ、もう少し身長を伸ばせ」

 皮肉げに笑う。すると切れ長の目に浮かぶ大きな灰色の瞳で俺を睨み、シイも笑う。

「命の助けてやったのにその反抗的な態度。そんな貴様の態度も私は大好きだ。へし折って、ひん曲げて、ぼろぼろに壊して私のものにしたい」

 危険な思想を明らかにする、一般人とは異なった銀色の髪を持つ美少女。そして、それに対抗心を燃やす背後の金髪の美少女。

「残念ながら、あなたのその野望はわたしが相手では絶対に叶わないわ」

「ほう、天童繭。貴様は胸が無いくせに相変わらず良い度胸をしている」

 挑発的な売り言葉に、挑発的な買い言葉を投げ交わす二人。

 いつものことだと悟り、彼女たちが対峙できるように間を空けてやる。

 これも……俺がこの部活をやめたい理由の一つだ。

止める気にもなれず、ただ睨み合う天童繭と大空シイを眺める。そしてさっそく、二人は生徒会室内で口喧嘩を勃発させる。

「はぁ……」

 騒がしい部屋の中で、自然とため息が一つこぼれてしまい、上の空になりながらふと思ってしまう。


 この世界は、奇想天外(ふつうではない)で溢れていると。


 例を挙げてみればきりがない。電気と呼ばれる存在で物体に働きを促し、ガスと呼ばれる気体で火を起こす。薬草を組み合わせて病気を直し、失った身体の一部を新たな細胞によって再生させる。何も無い白い紙の上に絵を描くことで人々の心を楽しませ、音だけで人々の心を感動させる。

 普段から目利きしているそれらすべては、見方を変えれば全部普通ではありえないことだ。

 そして今、俺の目の前で新たな奇想天外(ふつうではない)が始まる。


 吸血鬼を連想させる漆黒のマントと、天使を連想させる純白の翼。


 天童繭と大空シイ。二人の背に突然現れたそれらは、日常の中では滅多に目にすることが無い、完全に奇想天外の産物であった。

「あなたみたいななんちゃって天使じゃ、芯のことを幸せになんかできないわ。だからさっさと目障りな羽をむしり取って、この学校から立ち去って」

「スモールサイズな胸を張りながら、良くそんな愚かなことを堂々と言える。貴様のような不完全吸血鬼は、一人でハリボテの古城にでも帰っていろ」

「天使のくせに日光が嫌いな大空さんは、芯の迷惑になるので家で引きこもっていたら?」

「天童繭よ。貴様が芯の血を吸うと彼が迷惑なんだ。私が貴様の心臓に杭を打ち付けてやるから、おとなしくくたばれ」

 バチバチと火花が飛び散る。というか、先ほどしまったはずの白銀の剣が再びシイの華奢な手に握られている上に、繭の細く色白な手にも銀でできたリボルバーが握られている。

 さすがにこれ以上続けたら、学園内に発砲音が響いてもおかしくは無いレベルなので、俺は手をパンパンと叩いて間に割り込む。

「はいはい、ここまでここまで。二人ともクールダウンだ、クールダウン」

 俺が介入すると同時に出した指示に、二人は素直に従う。シイは虚空へと剣と翼を消し、繭は制服のブレザーの内ポケットに拳銃をしまい、羽織っていたマントを霧散させる。

 それを確認し、危険が無くなったと自己判断してから説教を始める。

「喧嘩をするのはお前らの勝手だが、無関係な人間を巻き込むようなことをするな。ただでさえ学園内、学園外で問題を起こしまくっているんだから少しは自重しろ」

「「……」」

 注意を促すも、繭とシイから了承の返事は返ってこない。二人の顔を交互に見てみると、先ほどの喧嘩などまるで無かったかのように、美少女二人は獲物を狩る獣のように目を輝かせ、それを俺に向けていた。耳を澄ませば、『グルル……』と唸り声が聞こえてきそうだ。

「はぁ……」

 美少女でありながらバカな二人を見て、頭を押さえてどっぷりと深いため息を吐いてしまう。

 その時、ハツラツと明るい声色とやかましく開け放たれる扉の音が生徒会室に響き渡る。


「今日も元気に、生徒会活動をしようっ!」


 頭が痛くなる人物が、もう一人来てしまった……。マジで帰りたい……。

 俺は頭を押さえながら、たった今登場したセミロングヘアーの少女の方に向き直る。彼女のチャームポイントである頭に付けたかわいらしい大きな白いリボンと、触角のような二本のアホ毛が揺れる。

「こんにちは、生徒会長……」

「生徒会長ではなく、常夜(とこよ)さまと崇拝していいよ!」

「今日はもう帰りますので、後はよろしくお願いします。それじゃあ」

俺は入室した生徒会長の言葉を無視して、自分の要求を押し付けてそのまま部屋から出ようとするが、

「芯くんは野外でプレイするのがお好みなのかな?」

「予想もしていなかった斜め上で唐突な発言は、勘弁していただきたい」

 常夜の隣を通り過ぎようとしたところで、天真爛漫で悪意が感じられない笑顔で告げられたセリフに、表情を引きつらせて立ち止まってしまう。

 そんな言葉をこぼした俺に対し、まるで絵の中から飛び出してきたように綺麗な顔立ちを持った女の子は、不満げに口から反論を返す。

「斜め上とは失礼な! あたしはただ、帰り道に暴漢に襲われないように注意を促しただけだよ!」

「あからさまな嘘を吐くな。ならばなぜ、『野外プレイがお好み』という奇妙奇天烈なワードが含まれているんだよ」

「暴漢の正体はあたしだからです!」

「できればそれは、嘘であってほしかったよ……」

 俺は露骨に頭を抱えて落ち込む。

 この状況から打破できるならば、普通の暴漢なんていくらでもウェルカムだが、さすがに常夜が暴漢ではノットウェルカムだ。

 そんな真剣でありながらくだらない会話をしていた生徒会長に、副会長と呼ばれる役職を持ったシイは凛とした声で問う。

(よる)(うみ)常夜。何かしらの事件(・・)はあったのか?」

 常人からしてみれば、違和感を得てしまう質問。だが、明らかに常人の域ではない繭と、質問者であるシイはもちろん、唯一純血の人間であるはずの常夜は、動揺を一切見せずに笑顔を浮かべ直してその問いに答える。


「ちょうど、面白い事件(・・)が『裏目安箱』に入ってたよ!」


 ……この世界は、奇想天外(ふつうではない)で溢れている。

 例を挙げるならば、品があって明るい金髪幼馴染が三大怪物の一つとして恐れられる吸血鬼で、クールなロリ巨乳のクラスメートが純白の翼を持った天使のような存在で、天真爛漫で地味にあくどい同級生が一年生でありながら私立光(しりつこう)(げつ)学園(がくえん)生徒会長を務めるなど、全部普通ではありえないことだ。

「どんな事件だったの? できればわたしのリボルバーを存分に使える内容がいいかな」

 繭は優雅で愛くるしい笑みをにこっと浮かべ、懐から銀の拳銃を取り出す。

「私は愛剣『(てん)()』を暴れさせられれば不服はない」

 シイは内側に宿る感情をあまり外に出さず、鋭い目付きでおもむろに剣を出す。

「まあ安心してよ! みんなが喜びそうな内容だからさ!」

 常夜は真意が読めない満面の笑みで、『裏目安箱』に入っていた思われる一枚の用紙を俺たちに見せ付ける。


『白い猫を探してください! お願いします! ~匿名希望~』


 書かれた内容を読み、少女たちは各々やる気が帯びた声を上げる。

「その猫って、かわいいのかしら?」

「愚問だぞ、天童繭。猫はかわいい生物なのだ」

「写真も添付されてたけど……見る?」

 ぴょこぴょこと二本のアホ毛を揺らし、依頼内容が書かれた用紙の裏に重ねていたカラー写真を一枚露わにさせる。そこにはソファに寝転ぶ、柄が一つも無い白い毛並みの猫。種類は知らないが、『ザ・普通の猫』と呼んでもおかしくないほど、どこにでもいるようなタイプの猫だった。

 俺はさらさらとした白い毛並みを持つ写真の猫を見つめ、短く唸る。

「う~ん……別にかわいいか、かわいくないかと訊かれても返答に困る、至極普通の猫だな……」

「芯は昔から、かわいいものを見る目が無いからね。わたしの家でその目を養う?」

「お前の家に行ったら、大量に血を吸われて貧血になるだろ」

 繭のさらっと発した下心満載の提案を、俺は顔を向けることなくさらっと断る。すると、凛とした声の横槍が俺に突き付けられる。

「天童繭の誘いに乗らないというその判断は懸命だぞ、芯。だが、かわいいものを見る目を養うというのは、崇高で知性的な案だ。だから天童繭の家などではなく私の家に来い」

「お前の家に行っても、鳥目しか治らないだろ」

 先ほどと同様、顔を向けずに銀色のポニーテールの少女の誘いをさらっと断る。因みに、シイは天使のくせに日差しが嫌いで、自宅は日があまり当たらない場所にある。そのため昼夜問わずに薄暗く、夜目を鍛えるなら最適なところだ。微塵もそんなつもりは無いが。

「みんな積極的だねぇ。まあ、あたしは芯くんが夜道歩いている時に押し倒して、芯くんの全部を蹂躙するつもりだけど」

「それはただの犯罪者だろ……」

 大きな白いリボンに繭やシイに匹敵するかわいらしい顔に笑顔を浮かべながら、危ない発言を口から放り出した常夜に、呆れた声色で返す。

 ……くだらない茶番はこのくらいにしておき、帰ることが不可能になった俺は近くにあった応接ソファに深く座り込み、天井を見上げながら尋ねる。

「……今回の仕事内容については理解することができた。それで、その猫を探す当てでもあるのか?」

 「そうだねぇ……」とライトブラウンカラーのセミロングをサラリと横に揺らし、生徒会長は貧乳でもなく巨乳でもない胸の前で腕を組み考える。

「『第二生徒会部』に寄せられる仕事内容って、大半がワケありだから細かいことまでは書かれていないんだよね。一応、依頼書の端には見つける期限と発見した際の取引場所が書いてあるだけで、これ以上の情報は無し」

「たくっ……、これだから俺はこの部活は嫌なんだよ……。この依頼が終わったら俺はもうこの部活をやめる」

 手掛かりが掴めないと確信し、天井を見上げたまま俺は愚痴をこぼして目を瞑る。

「そんなこと言わないでよ芯。さっき約束したでしょ」

 澄み切った上品な声を持つ繭は、不満と不服を含んだ口調でそう言い、こちらのすぐ近づいてくる。優しく、甘い果実の香りが俺の鼻を撫でる。

「あれはあの場限定だ。俺の決意自体は揺るいでない」

「だったら、あの時わたしに言い掛けたセリフはなんだったの? 『実は俺、お前のことが――』って言うところは?」

「さあな。最近の俺は少し忘れっぽいんだ」

 目を瞑ったまま、バカにしたように笑みを浮かべてわざとらしく真意を隠す。

 幼馴染の美少女が「むうぅ」と唸った。きっと頬でも膨らませていることだろう。

 美しい容姿を持つ彼女が、そのようなかわいらしい動作を行っているところを想像し、小さく笑い声をこぼして口元を緩めると、繭の甘い果実とは違う柑橘系の爽やかな香りが唐突にそっと鼻孔を覆い、そしてほんのりと温かい微風が一瞬だけ口に当たると、うるんで柔らかな張りがある何かが俺の唇と重なる。驚き目を見開くと、息を飲んだ。


「んぅっ……」


 眼前……。大空シイと俺の間に、ゼロ距離と呼ばれる距離が作られて唇と唇は重なり、開いた眼の先には閉じた彼女の眼。美しさを例えるならば、宝石。色白の幼い顔立ちは見惚れてしまうほどにかわいい。そして体格に見合わぬ、大きな胸が俺に押し潰される。

「はあんっ……んんぅ……」

 シイの凛とした性格とは裏腹にくぐもった色っぽい呻きが漏れ、冷たげな見た目に反して生温かな舌が俺の口に忍び込む。

 言葉が出ないではなく、言葉が出せない。

 入り込んだ舌は俺の舌と絡み合う。周りの雰囲気が一秒、一秒、一秒と妙な空気に変わるのが肌に感じられる。

 ……心と頭が、温かく、熱くなる。

 天使である少女に、俺は――、


「なんであなたは、わたしと同じ手で芯を誘惑しているんですか?」


 カチャッと、よくアクション映画などで耳にする、リボルバーのハンマーを引く音。

 横目で見てみると、一人の幼馴染の吸血鬼が銀色の銃口を俺とキスをするロリ巨乳少女に向かって構え、いつもの澄み切った綺麗な声と上品な口調で問い掛けた。

 無機質で高品質な殺傷能力と美しさを併せ持つ拳銃を向けられ、さすがにシイは俺とのキスを中断して絡み付いていた舌と密着していた唇を離す。

「ぷはぁ……」

離れ、天使の少女と俺の吐息が漏れて混ざり合うと同時に、唾液がか細い糸を引く。

いやらしい。単純で幼稚な形容詞が、ただ純粋に一致する。

「天童繭。もう少し貴様は空気と呼ばれるものを読んでみたらどうだ?」

今しがた起こった流れの張本人でありながら、氷雪に似た銀色のポニーテールを揺らし、凛とした相変わらずの雰囲気を放ちながら、童顔美少女は問いに対しての苦情を口にする。

「それはこっちのセリフよ。どうしてわたしたちがいる目の前で、そんな横暴な行為をすることができるのかしら?」

朝日を思わせてしまう、眩しい金色のストレートヘアーを持つ美少女は、にっこりと余裕ありげに笑みを浮かべる。リボルバーの銃口は、なお色白の天使に向いたままだ。

「理由など尋ねる必要があるのか? 私は芯が大好きだからこそ、人前で見せ付けるように愛を確かめ合い、芯を肉体的にも精神的にも独占したのだ。要件が済んだのならば、その場でおとなしく私たちが行う男女の契りを眺め、自分自身をみじめに慰めるがいい」

「……芯? ちょっと大空さんの頭に弾丸を貫かせるから、目を瞑っておいてね」

 優しげな笑顔を崩すことなく、ソファに深く座り込む俺に注文してくる幼馴染の吸血鬼。

 流血ごとになると悟り、二人に向かって頭を軽く下げる。

「頼む。面倒だからこれ以上喧嘩はしないでくれ」

「大丈夫よ、芯。大空さんを仕留めたらちゃんと芯にもお仕置きしてあげるから」

「一切俺の要求を聞き入れてくれない返答を、どうもありがとうございます……」

 手の甲で額を押さえ、耳に聞こえるほど大きいため息を一つ吐く。

 無駄な争いを望まない俺とは違い、吹っかけられたシイは口元を緩ませ、嗤う。

「ほう、面白い発案をしてくれるな天童繭よ。では、どっちが芯を奴隷にすることができるか戦って決めるか?」

「珍しくあなたとわたしの考えが一致したわ。負けて泣かないよう、今のうちに涙腺を切っておいた方がいいわよ」

「ご忠告ありがとう。では私からも言わせてもらうと、貴様が負けて泣き喚かないよう今すぐ喉を掻っ切ることを提案しておこう」

 互いの笑みに、わくわくと擬音が出てきそうな楽しそうな雰囲気が溢れ、大空シイが虚空から白銀の剣を取り出す。

「……」

止めるのが面倒になり、座る正面に立っているシイを上手い具合に避けて立ち上がり、にこにこと無垢な笑みを浮かべ黙って二人を傍観する生徒会長の近くに寄る。

「……とりあえず俺一人で探しに行きますので、後のことはよろしくお願いします」

役員机に置かれていた先ほどの依頼書を手に取り、改めて資料に目を通しながら隣にいる常夜に告げる。

「問題の発生源である芯くんが、勝手にどこかに行っても平気なの?」

 ライトブラウンの髪色を持つ常夜は、こちらに視線を移すことなく質問し、俺は自分の唇をそっと撫でながら自虐的に嗤い、会長に聞こえる声で答える。

「こんなのいつものことだろ。一々気にしてたらきりがないぜ」

「……まあ、芯くんがそう言うならあたしは勝手にさせてもらうよ。でも、この私立光月学園生徒会長、夜海常夜にお願いするのはそれ相応の対価が必要だよ!」

「対価……?」

 その単語に反応し、俺は隣に立つ大きなリボンと二本のアホ毛がチャームポイントの少女に目を向けると、彼女もこちらに向き直っていたためバッチリと視線が合う。

「そう、対価っ!」

 相も変わらない天真爛漫な笑顔。ネガティブな価値観を持っている俺にとって、それは目を覆ってしまうほどに眩しい。

「対価って……お前は何がほしいんだ?」

「それはもちろん、芯くん全部かな!」

 漆黒で、微々たる白も見えない真っ直ぐな要求。だが、その笑顔と眼差し、願望には純粋さに満ち溢れ、白と呼ばれる穢れは一切存在しない。

「……お前は本当にあくどい」

「むぅ、失礼だな芯くんは。あたしは正直者だし、そして慈悲深い女の子だよ!」

 拗ねた子供っぽく頬を少し膨らませ、俺の指摘に反論する。

「なら、対価なんて要求しないでくれ」

「それはダメだよ。あたしだって一人の女の子だから、芯くんを独占したい想いは山のようなんだから。でも、今すぐ対価を支払えなんて言わないよ。暇なときに、芯くんがあたしに誠意を見せてくれればいいよ!」

 ハイリスクローリターンの交渉内容だが、この状況から抜け出すにはそれを飲むしかない。

「はぁ……。了解だ。肩もみでもパシリでも何でもしてやる」

 ため息交じりで俺は了承し、依頼書の紙を机に広げてケータイでそれら一枚一枚撮影する。

「良い判断だね! あたしもこっちを落ち着かせたら探すの手伝うから、それまで頑張ってね!」

 撮影が終わってケータイを制服のポケットにしまうと、二本のアホ毛がぴょこぴょこと揺らしながら生徒会長は笑顔で続けて言う。

「それじゃあ、健闘を祈りますっ!」

 そんな一言をもらい、俺は騒ぐバカ二人を会長に任せて、生徒会室を後にした。


    ◆◆◆◆


「……それで葉隠(はがくれ)は、猫の情報を得るために僕の元に来たわけだね」

 光月学園のすぐ近くで営業されている、古風な雰囲気を醸し出すカフェ、『クロック』。

店内のカウンター席に腰を掛け、俺は店で働く(せん)(なぎ)古代(こだい)に、『第二生徒会部』に寄せられた依頼内容を話した。

「白い毛並みの猫について、何か知らないか?」

 質素で地味な茶色エプロンを身に付ける千凪に、ケータイに撮った猫の画像を見せて尋ねる。

「そうだね……。今のところ、そう言った猫に関しての情報は入って来ていないかな」

 彼は女性受けしそうな爽やかな笑みを、子供っぽい童顔の上に浮かべて答え、お客さんが入っていないテーブルにガムシロップとコーヒーフレッシュを補充する。

「一応、どうでもいいような情報はあるんだけど、猫探しとは関係ないかもしれないしね」

 自分の仕事を全うしながら、千凪はそう続ける。

「お前の憶測でいいから、最近起こった中でそれに関連してそうなものとかあるか?」

 作業する彼の背を見ながら訊くと、「そうだね……」と呟き、手を止めこちらに振り返る。

「とりあえず、ここ最近入ってきたものだと、天童繭さんが高校に入学して振った男の数が二桁行ったとか、大空シイさんの着替えを撮ろうとした男子生徒が不幸な事故に遭ったとか、生徒会長の夜海常夜さんが最近怪しい行動をしているとかが有力かな?」

「どこが有力なのかは見当付かない。と言うか、なぜにお前は俺の周りにいる奴らが関連する情報を、あえて公表する」

「葉隠は男子生徒の間で、一番消し去りたい存在、第一位だからだよ!」

 幼い顔立ちに浮かぶ爽やかな笑みを、決して崩すことなく千凪は言い切る。

「……入学当初から薄々気付いていたけど、お前って性格悪いよな?」

「それは君の思い違い。僕は至って普通の学生だよ」

「『第二生徒会部』に関わっているお前に、どうすれば普通の学生とレッテルを張ることができるんだ?」

「そんなの簡単だよ。朝起きたら顔を洗って歯を磨き、遅刻しないように学校に行って、クラス内のそこそこの区分に入るグループに加わり、喋り過ぎないよう喋らなさ過ぎないようにして、アルバイトがあるからって言い残して家に帰ればいいんだよ」

「できればそうしたい限りだ」

 皮肉一杯に薄笑みを浮かべて、前向きな答えを返す。カフェの出入り口がカラカランと開き、おとなしそうな男女カップルが入店する。

「いらっしゃいませ」

 俺と話していた千凪は、手に持っていたガムシロップとコーヒーフレッシュをエプロンのポケットにしまい、清潔感とほど良いオシャレが含んだ髪を軽く揺らし二人の元に行く。

「しかし……どうするか……?」

 笑顔で接客する千凪から目を離し、カウンターに乗る注文したアイスミルクティーを一口飲む。味覚が甘みを楽しみ、心を癒す。

「何かお悩みなんですかぁ? 葉隠くん?」

 紅茶を楽しむ背後からロリっぽい声が一つ耳を撫で、後ろを振り返ってみると、スーツ姿の少女が首を傾げて立っていた。

「なーちゃん先生、こんにちは」

「はい、こんにちは葉隠くん! みんな大好き、なーちゃん先生ですよ!」

 生徒会長とは違い、純粋で純潔な、無垢な笑顔を浮かべて挨拶を返してくれる。

 ツルッ、キュッ、ストン、の幼児体型を持つ、今年で二十歳になった新任女性教師の(せん)(なぎ)七色(なないろ)。苗字を見て分かる通り、千凪古代の姉。幼い顔立ちに未発達のスレンダーボディ。身長は百四十五センチで、大空シイと大体同じぐらいだ。

「それで、葉隠くんはどんなことを考えていたんですかぁ?」

 中学生程度の背丈しかない彼女は、椅子に座る俺と大体同じぐらいの目線で改めて尋ねる。なーちゃん先生からわずかに、カフェオレのように甘く、クセのある香りが鼻を撫でる。

「いや、大したことでは無いんですけどね。実は迷い猫を探してまして……」

「迷い猫?」

 再度、こくっと首を横に傾げ、疑問符を頭に浮かべる小さな先生。

「そうです、迷い猫。先生はそんな感じの話を聞いたり、見ていたりしていないですか?」

「どうでしょう……。その猫ちゃんの毛の色とか、耳の形とか、目の色とか、特徴は分かりますかぁ?」

 障害物が少なさそうな胸の前で腕を組み、なーちゃん先生の情報を催促する言葉に俺はケータイで撮った写メを見せる。

「これがその猫なんだけど、見たことある?」

「毛並みが白くて、ツンッと立った耳に黄色い瞳……」

 おもむろに、何かを解析する学者のようにまじまじとその画像を、輝きが映る大きな眼で凝視する。

もしかして、なーちゃんは猫に関しての手掛かりを持っているかもしれない……。しかし、それは淡い期待だった。


「なーちゃん先生は見たことありませんね。はい」


 きっぱりと、はっきりと、小さな先生は断言した。

「……少しだけ期待してしまった俺はバカだったのか?」

「葉隠くんはバカ何かじゃありません! 葉隠くんはなーちゃん先生の自慢の生徒くんです!」

「……はい、そうですね」

 叱りの言葉を投げ掛けてくる彼女に、俺はケータイをポケットにしまって苦笑いを無理やり作り、ため息を押し殺して納得の返事を口から出した。

 この先生……。ほかの奴らと比べれば幾分マシだけど、やっぱり少しずれているんだよな。

 動きやすそうな上に元気がありそうなイメージを湧かせる、おしとやかで平らな胸。

 女性ならば誰も羨むだろう、必要最低限の肉付きしかないなめらかそうで触り心地が良さそうな腰。

 特注で作らせたと思われるミニサイズのスーツから伸びる、痣やシミの存在を忘れ去った綺麗な脚。

 そして極め付けに、幼さを際立てる大きな目と研磨されたように形整った顔立ち。赤ちゃん肌と呼ばれる、潤って瑞々しい色白肌に、ノーメイクでありながら形の良い眉と長いまつげ。とどめに、中学生がするような子供っぽいリボンで結んだ短いツインテール。それは見事に幼い容姿と調和する。


 美少女。――もとい、美女。


 マイナス要素とプラス要素を多数併せ持った、幼い顔立ちの美女。それが千凪七色だ。

「なーちゃん先生は葉隠くんの担任の先生であり、五年も早く生まれた大人ですっ! にが~いお酒も飲めますし、海にも保護者として一緒に行けます! なので生徒である葉隠くんが困っているなら、なーちゃん先生は一所懸命にお手伝いしますよ!」

 少女のような容姿と声。健気で純粋無垢で素直な性格。だが、彼女には幼い姿に似合わぬしっかりとした大人としての責任感を抱いている。

そのため、時折偉そうなことを口走ったり、優位な位置に立とうとしたり、自分は大人だと強く主張することがある。今のが良い例だ。

「あははっ……。ありがとうございます、なーちゃん先生」

 苦笑いをほかの表情に変えることなくそう告げると、「頼ってくださいね!」と小さな先生はぺったんこな胸を張る。

 その時、なーちゃん先生の弟が俺たちの元へと歩いてくる。

「待たせたね、葉桜。お姉ちゃんもおかえり」

「ただいま、古代!」

 姉弟のやり取りを軽薄な笑みを浮かべながら傍観し、俺はアイスミルクティーを飲んで喉を潤す。すると、千凪古代は迷い猫に関しての話題を単刀直入に口にする。

「さっき葉桜が話していた迷い猫のことだけど、今入ってきたカップルにさりげなく訊いてみたところ、そんな感じの猫があそこの通り歩いていたんだって」

 と、千凪はカフェの表通りが映る大きな窓を指差す。アイスミルクティーを一気に飲み干す。氷が冷たい。だけどそれをこらえてやる気が溢れる笑みを一つ浮かべる。

事件に見事直結する話を聞き、俺は飲み物代をカウンターに置いて立ち上がる。

「情報ありがとうな千凪! なーちゃん先生!」

二人にお礼を告げる。

「どういたしまして」

「先生ですから当然です!」

爽やかな笑みを浮かべる千凪古代と、エッヘンと腰に手を当てるなーちゃん先生。

そんな似付かない二人に視線をちょっとだけ送り、再び窓の外に目を遣ると……。


 真っ白な毛並みをした、『ザ・普通の猫』が、警戒心の欠片も無い自然体で歩いていた。


「……探す手間が省けたな」

 そう言い残し、俺はカフェを駆け出した。


    ◆◆◆◆


 四時を回る時計の針。カフェ『クロック』を出た俺は、人混みの合間を縫うように走っていた。

「くそっ! なんで猫ってこんなにすばしっこいんだよっ!」

男女構わず足元を抜けて行く白い猫を、目と足で追いながら悪態を付く。

数十メートルは走った。しかし、猫はひょいひょいと地を蹴り、徐々に追手であるこちらとの距離を作る。

 やばいな……。このままじゃ見失う。

 そう思った瞬間、突然白猫は進路を隣にあった狭い路地へと変更し、視界から消える。

「なっ⁉」

 足を止めてその路地に視線を遣ると、学生とはまったくもって無縁な、スナックや居酒屋が並ぶ裏通りが続き、そこを一匹の白い猫が独走する。

「幸い……と言うのが無難か」

 おもむろに呟き、白い猫を見失う前に駆け出す。人通りが少ないので走る速度を上げることができるが、それは相手も同じ。商店街で何とか作っていた距離は改めて再現させられず、一向に間隔を狭まらせることができない。

「くそっ……猫なんて嫌いだ」

 愚痴をこぼし、もっと早く固いアスファルトを踏む。最高スピードで猫と同じに速さになるが、一瞬気を許すとまた距離が空く。そして嬉しくないことに、俺自身の体力も底を尽きかける。

 もう少し……だ。もう少しだけ持ちこたえてくれ……!

 必死に願う。その時、奇跡は起きた。

 前方を走る猫が、唐突に動きを止めた。

「もしかして……疲れたのか……?」

 脳裏にそんな思念がよぎる。だが逃げ出す前に確保するため、速度を維持したまま白い猫のすぐそばに近寄った時だった。


 真横に突如現れたトラック。


 裏通りで猫を追い掛けていたつもりだったが、いつの間にか表の通りに出ていた。

 最低で最悪だ。そして何より、災厄だ。

――だけど、だ。

 俺は口元を緩ませて無理やり笑い、呟く。


「俺は『第二生徒会部』をやめるまで、くたばるわけにはいかないんだよ」


 足元で制止する猫を力強く手で掴み、怪我を負うことなどお構いなしに、硬くざらざらとしたコンクリートに飛び込む。全身に激痛が途端に暴れ出す。トラックのクラクションが鳴る。

「ぐうぅぅぅ……!」

 左肩から地面と接触し、苦痛を帯びたうめき声がこぼれる。しかし、掴んだ猫は俺の胸に抱かれていたため、地面との激突は回避することができた。

「おいっ、大丈夫か!」

 近くにいた私服姿のおっさんが俺に寄り、心配の声を掛ける。

「んあっ……な、何とか……」

 痛まぬ範囲で左腕を使って身体を起こし、右腕に猫を抱きしめながらゆっくりと立ち上がる。制服を見てみると、汚れ、破けている箇所がいくつかあった。

「無事で何よりだ……。しかし、さっきの車も止まらずに行っちまったよ」

「そうみたいっすね……」

 俺と猫を轢きかけたトラックはあのまま通り過ぎ、なぜかそれを見知らぬおっさんがぼやく。まあ、どうでもいいが。

「ご心配ありがとうございます……。それでは……」

「ほ、本当に大丈夫かい……?」

 人情なのか、それとも仁義なのか。おっさんは再度そんな声を掛けてくる。きっとこの人は良い人だ。

 その言葉に対して、俺は肩の痛みをこらえて笑い、答える。

「大丈夫ですよ。こういうのは慣れていますので」

「はっ?」

 きょとんとするおっさんに俺は背を向け、目的の猫を連れて学校へとふらふらと戻って行った。


    ◆◆◆◆


 私立光月学園、生徒会室。

「……」

 俺は捕まえてきた猫を抱きかかえながら、現在起こっている事態を怪訝とした表情を作って傍観する。

「第一、あなたのそのアンバランスな体型は何なのかしら? 変態ですか? ロリコンホイホイですか? 本当に、一体どういう物を食べてそんな身体になるのかしら?」

「何を言っているんだ不完全吸血鬼。私は貴様のようにほかの男を誘惑するためではなく、芯だけの身体だ。むしろ貴様は、『スタイルが良い』の一言で片付けられてしまう身体付きでみじめだな。でもまあ、胸は貧相だから身軽で良かったではないか」

「無駄な脂肪をたくさん含んでとっても重そうですね、なんちゃって天使さん。よろしければ無意味なそれを撃ち落としてあげますがいかがですか? あっ、でも、唯一キャラを際立てるための脂肪の塊を落としてしまったら、なんちゃって天使さんはただのツンツンとした中学生になってしまうのでやめてあげるわ。本当に、可哀想なステータスをお持ちで大変ね」

「なに、遠慮は無用だぞ不完全吸血鬼。しかし、貴様のそのぺったんこな胸は、本当に必要なのか? あるか無いか分からないような胸ならば、今から私が切り落としてやるぞ。安心しろ、貴様のそのぺったんこな胸に芯は微塵の興味も持ち合わせていないから、無くなっても気にしないはずだ」

「ちょっと背が低くて声が届かないから、もう少し大きくなってくれない、なんちゃって天使さん」

「ならば私がその無様に長い脚を切り刻んで、声が聞こえるまで小さくしてやるぞ、不完全吸血鬼」

 向かい合って未だに喧嘩を繰り広げる、幼馴染の金髪吸血鬼とクラスメートの銀髪天使。

 ……俺が必死に猫を探していたのに、何をしているんだこのバカ二人……いや、バカ三人。

「あははっ! どっちも頑張れ~!」

 仲裁に入るよう頼んだはずの生徒会長は、楽しそうに笑いながら応援していた。

「……はぁ」

 小さなため息を吐く。すると、今までヒートアップしていた繭とシイ、そしてそれを夢中で眺めていた常夜が、俺が帰還したことに気が付き笑顔を向ける。

「おかえり、芯!」

「戻ってきたか、芯!」

「芯くんおかえり!」

 まるでタイミングを合わせたように、口々そんなセリフが出てくる。

「ただいま。……で、俺がこいつを必死こいて探している間に、お前らは一体何をしていたんでしょうかね?」

 右腕で抱える猫を軽く持ち上げて存在を強調させてから尋ねると、こちらの問いなど無視して少女たちは俺の元へと駆け寄る。

「そんなにボロボロになってどうしたの⁉ 早くわたしの血を飲んで!」

「大丈夫か芯! もしや何者かの手によって危害を加えられたのか⁉」

「大変だよ! とりあえず猫はあたしが持つから二人は看病して!」

 各々は判断し、それを実行する。常夜は俺の抱き抱えていた猫を預かり、シイはボロボロになっている制服のブレザーを脱がし、繭は自らの腕に爪を立てて微量の血を流し俺の口元に差し出される。

 それらの行動に俺は苦笑いを浮かべながら従い、差し出された血が溢れる腕に噛み付いて吸血する。

「あっ、んんっ……!」

 俺に血を吸われる繭は、こらえるように、くぐもった快感の声を上げる。

 そんな少女の甘いそれに誘惑されないよう、理性を保ちながら血を飲む。すると、猫を助けた際に負った傷が徐々に回復する。

 ある程度痛みが引いてから俺は幼馴染の腕から離れ、一筋彼女の血を口からこぼしながら言う。

「……ぷはぁ。このぐらいで大丈夫だ。ありが――」


「ちゅっ……」


 本日三度目……だ。しかし、今回は仕方がない。

 吸血鬼は血を吸う、もしくは血を吸われた場合、個体差があるが、基本激しい快感に襲われる。繭はそれに耐えきれず、時折このように俺に襲い掛かってくることがある。

 そんな思考を遮り、口の中に残っていた魅惑の美少女の血と、新たに入り込んできた生温かく、心を震わせる美少女の舌が俺の舌と絡み合い、例えようのない快感が脳裏を走る。

「くちゅ……はぁあ……」

 ディープなキス。繭の腕が俺の首に回り、甘い味、繋がる唇と唇の合間から美少女の酔いしれそうな吐息がこぼれる。

 ……このまま、繭を押し倒してしまいたい。そして本能が成すまま無茶苦茶にこの美しい少女を貪りたい。きっと快感に浸り、支配されている彼女なら俺の愚鈍な欲望を叶えてくれるだろう。

 自然の摂理に従った、発想。

 だが、俺はお互いを確かめ合うキスを中断し、うっとりと、美しい顔のラインを緩める少女ににっこりと笑みを向け、そっと耳元で告げる。


「嬉しいよ、繭。……でも、周りから突き刺さる殺気が恐いから、このぐらいにしよっか」


「えっ……?」

 雰囲気をぶち壊す、俺のデリカシーの無いセリフ。うっとりとしていた天童繭も、はっと我に返る。

 だが、仕方がない。あと一秒でも先ほどみたいな空気を続ければ、俺の首が斬り落とされてもおかしくないくらいに、生徒会長と生徒会副会長の殺気を感じているんだから。

 一旦、抱き合っていた俺と繭は離れ、自身の乱れた制服を直す幼馴染とは違い、俺は殺気帯びた視線を送る二人に弁明する。「にゃあ……」と猫の鳴き声が耳に届く。

「あの……これはですね……。みなさんご存知の通りですね……。吸血鬼である繭は、血を吸ったり吸われたりすると、何というか変な気分になっちゃうんですよ、はい。だからですね、何度も言っている通りこいつがこんな風になってしまうのは、不可抗力なわけでして……」

「……では、芯よ。貴様と天童繭のあのような光景を見せ付けられ、私はこぶし一発分だけイラッと来た。だからその機嫌を直すという理由で私にキスをしろ」

 凛とした雰囲気に似合う鋭い眼差しで俺を見つめ、そのような無茶苦茶な要求、もとい恐喝を掛けてくる。

口元が引きつって苦笑いがこぼれ、待て待てと両手の平を副会長に向けて制止の意を示す。

「いやいや、さっきのは繭の体質上仕方がないわけで、シイのそのような要求を聞き入れるわけには……」

「ならば、私は今のいやらしい場面を見てしまい、思わず、不覚ながら興奮してしまった。そんな状況では生徒会の仕事と、『第二生徒会部』の仕事が手に付かない。だからそれを発散させるため、私は大好きな芯と愛のキスをしなければならない」

「前半はギリギリアウトだったけど、後半完全にアウトラインに入りやがったよこいつ」

「だったら言い直そう。私が発情したから、それを貴様の身体で治めろ」

「それはもう救いようのないくらい完全アウトだ!」

「心配するな。私が満足するまで貴様を解放しない」

「ダメだこいつもう救えない……」

 開放的で変態的なクール天使の発言に、俺は頭を抱えるしかできない。

「あははっ! 本当にシイはストレートだね! まあそのおかげで、芯くんは鈍感系男子にならずに済んでいるんだけど」

 声の調子だけで活発の子だと判断できる生徒会長の常夜が、猫を胸に抱き俺の隣で笑う。

「……何だよ、生徒会長。お前も俺に何かしらの理由を付けて、変なことを提案するのか?」

 頭を抱えていた手を離し、俺はライトブラウンカラーの髪を持つ常夜に、皮肉げに尋ねる。

「それは心外だよ。あたしはいつでも芯くんの味方の、完全無欠の生徒会長だよ!」

 猫を女の子らしい大きさに膨らんだ双丘に寄り掛からせて自信一杯に胸を張り、二本のアホ毛も連動してぴょこぴょこと揺れる。

「……」

 何かしらのコメントを言ってやりたかったが、半分正解半分不正解なのであえて何も言わない。墓穴は自分で掘らないのが何よりだ。

 俺が何も言っていないことをあまり気にしていないのかどうか分からないが、大きな白いリボンを髪に結ぶ美少女は、相も変わらない天真爛漫の笑顔で続ける。

「だから芯くんは安心してあたしの胸に飛び込んできて! そしてあたしが完全に芯くんの身体を穢してあげるから!」

「やめてよその笑顔。色々と間違った感性を持っちゃうからやめてよその純粋無垢な笑顔」

 降参の声を上げ、両手を挙げる。

「勘弁してくれ。何か代わりになるようなことをちゃんとしてやるから、とりあえず今はやめてくれ」

 状況を遠回しにするために懇願する。本当、なんで依頼達成に多大な、というか大半貢献した俺がこのような目に遭わねばならない。

 俺のそのセリフを待っていたのか。してやったと言わんばかりにシイはにやりと口元を緩める。

「ようやく理解してくれたか。貴様の物分かりの無さには私も呆れていたが、今のでその考えが多少改善された。いや、本当に良かった」

 憂鬱になりそうだ……。

 ため息を吐き、俺は猫探しで疲れた身体を休ませるため二人掛けの応接ソファの右端に腰を下ろして愚痴をこぼす。

「はぁ……。ったく、なぜにこのような状況に追い込まれるんだよ俺は……」

「まあ、それが芯の定めなんだから、諦めてそれを受け入れるしかないわ」

 制服を整えた幼馴染の繭が、先ほどまで感じていた妖艶な魅力から変わり、品のある笑みを浮かべて俺と密着するように左隣に座る。

「俺がその定めに追い込まれるきっかけを作った方が、よくもまあ平然と接触できますね」

「わたしは芯の幼馴染兼吸血の糧、そして恋人だもの」

「俺はお前のことを恋人にしていない」

 休む暇なく襲い掛かってくる言葉の刃に、否定の盾で防ぐ。

「わたしが芯のことを恋人として認めた瞬間、わたしと芯は恋人よ」

「何その理論。だったら俺が恋人じゃないと認めた瞬間、俺とお前のその関係は解消されるのか?」

「何を言っているのかしら。その特権はわたしだけしか使えない、至高で気高い権力よ。わたしに吸血される立場の芯は、その高度な代物は扱えないわ」

「俺がお前に血を提供しなかったらどうするんだよ?」

「その場合は毎晩あなたのベッドに忍び込んで、身体的にも精神的にも芯を貪るわ」

「血はちゃんと提供しますので、それだけはしないでくださいお願いします……」

 傷を回復させたはずが、体力面と精神面は一向に回復させることができない。俺は悪いことでもしたのか? 人助けをしてこんな目に遭うなんて、神様は善人にまったくもって優しくない。

 しかし、俺の気分に合わせていたら話は進まないので、隣に引っ付く繭から視線を外して猫を胸に抱く常夜に言う。

「猫は捕まえたから、後は依頼人に渡すだけだな」

「そうだね! しかし、芯くんはよく猫を見つけてくることができたね。いつものように古代くんのところで情報を?」

 生徒会長はぴょこぴょこと触角のようなアホ毛を揺らし、不思議そうな表情で首を傾げ、他愛もない質問をする。それに対して俺はせせら笑う。

「惜しいな。あいつのところで情報を得たのは確かだが、実際は店で偶然その猫が通り掛かるところを見かけた、と言うのが正しい答えだ」

「うわぁ……それは頭に入れて無かったよ。不覚……」

 猫を抱きしめながら目を悔しそうに閉じ、「うぅ~」と幼い子供のように唸る。普段からおちゃらけて明るいので、彼女がそう言った動作をすると見事と言って良いほどに似つかわしく、様になってかわいらしい。

 その様子に癒しのひと時を得ていると、突然膝に何者かが座り込む。

「私の椅子になれ、芯よ」

「……唐突だな、シイ」

 小柄……と言うか、一部を除いてスモールサイズであるロリ巨乳の美少女は、俺の膝に小さなお尻を置いてからそのような注文をする。

「先ほど貴様の口で言っただろ。代わりになるようなことをすると」

 柔らかなお尻の感触を伝えるシイは、こちらに綺麗に整った横顔に浮かぶほくそんだ笑みを見せ付け、今度は華奢な背中を俺の胸に預ける。彼女の柑橘系の爽やかな香りが鼻孔を撫でる。

「あっ、ズルい! わたしも芯にくっつく!」

 と言い、隣で密着していた黄金色の綺麗な髪を持つ美少女が、おしとやかな胸を押し当てるところから始まり、最終的には腰と腰がぶつかり、頭が俺の肩に寄り掛かって腕を抱きしめる形に落ち着く。シイと同様、繭のフルーツのように甘い香りが鼻を撫でる。

「えっ、なにそのハーレムシーン⁉ 猫を抱いているあたしを放って、芯くんはまさかのハーレムシーンに突入ですか⁉」

「残念ながら夜海常夜。貴様に入るスペースはすでに無い。因みに、不完全吸血鬼が芯にくっ付いている点を私が指摘しない理由は、この状況を満喫するために仕方が無く見逃してやっているだけだ」

「わたしも今回は特別に、なんちゃって天使の行動は目を瞑ってあげるわ」

「……少し癪に障るが、今の私は極上に浸っているから何も言わない」

 牽制をしながらも、二人が喧嘩しないことはかなり嬉しい。……まあ、身動きできなくて、かなりしんどいが。

 すると、一人そっぽかれた常夜は首を横に振って駄々をこねる。同時に、大きな白いリボンとアホ毛が揺れる。

「二人だけ芯くんチェアーを体感するなんてズルい! あたしも使う!」

「はっ? 何を言って――」

 二人の少女たちによって抑えられていた生徒会長は、猫を床に置いてから繭がいる反対まで来て、空いている俺の右肩に無理やり抱き付く。

「ちょっ⁉ これは純粋に危ない⁉」

「大丈夫! ちゃんと靴は脱ぐから!」

「そう言う問題じゃない!」

……この世界は、奇想天外(ふつうではない)で溢れている。

 吸血鬼に天使、一年生でありながら生徒会長。出所の分からない情報を持ち合わせるクラスメートに、そいつの姉であるロリっ子先生。

 そして、あらゆる依頼にも応える『第二生徒会部』。

全部普通ではありえないような、だけどありえてしまっているそんな現実。

……本当に面倒だ。悪い目に遭うし、良い目にも遭う。

だからこそ俺は、そんな現実離れした日常から抜け出したい。

 騒がしい女の子に囲まれながら、俺は思った。


 今度こそ、この部をやめてやると。




 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!

 いかがでしたか? 面白かったですか? ハーレム要素は微妙でしたか?

 今作品は、新人賞に投稿する予定の作品です。もしもよろしければ、感想などを書いていただければ、その点を直して新人賞に投稿したい限りです。


 最後に、稚拙な私の作品を読んでくださいまして本当にありがとうございました!

 二話も楽しみに待っていただければ嬉しい限りです!

 ありがとうございました!

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