学力は十分だよ。魅力or気配りをあげようね。(5)
C組の髪の可愛い子以降も、木ノ内正義の告白は続いた。
ある時は、クラス委員の仕事で雲津くんと資料室で教材を片付けているときだった。
本棚に資料を戻していた雲津くんが窓の方を見ているなと思ったら、声を出さずに私に来い来いと手招きしてきた。
「どうしたの、雲津くん」
「しーっ。声が大きいでござる。下を見るべし。木ノ内殿が、女子に告ってるでござる」
唇の前で指を立ててから、窓の下を指差す。
どれどれと窓の方に近づいて、雲津くんと並んで見下ろす。
「ほんとだ。…でも、何言ってるかよく聞こえないね」
窓を閉めているし、資料室から窓の下――木ノ内くんと知らない女の子がいる中庭までは少し距離があった。
「おれ、読唇術の心得があるでござる」
「は?」
ちょっと何を言っているのかよく分からない。
得意げな雲津くんを見上げて、私は呆れ顔をつくる。
雲津くんはそんな私をものともせず、勝手に翻訳し始める。
『――あの日、俺に微笑んで挨拶してくれた君のことが好きだ!』
『あんた、先週の木曜日にキョーコに告ってたわよね?』
『ああ。だが、それは終わってしまった恋。俺は今、君に恋している』
『あり得ないから。あんたって、顔はカッコイイのに、残念な男よね』
『なっ!待ってくれ!』
「……」
「……」
気の強そうな女子生徒のお尻を追いかけていく木ノ内くんを見ながら、私たち二人は黙り込む。
「片付け続けようか、雲津くん」
「そうでござるな」
どうしても外せない用事があるんだ(キリッ)と言って、私たちに委員の用事を押し付けて行った木ノ内くんが、哀れでならない。合掌。
ある時は、月子ちゃんとショッピングモールでの先にて。
「あっ。あれ、委員長じゃありませんか?」
桃色の可愛らしいワンピースを着た月子ちゃんが、ストロベリーのアイスを片手に指差した。
抹茶とチョコのダブルを頬張っていた私は、彼女の指差す方向を見た。
嫌な予感がすれば、案の定、木ノ内くんはまた女の子に告白しているようだった。
「隣の女の子誰でしょうか。学園ではお会いしたことない方ですね」
「月子ちゃん、全員の顔分かるの?」
「――え?あ、はい」
木ノ内くんよりも、月子ちゃんの謎の記憶力に驚けば、月子ちゃんはどこか恥じらったように顔を赤く染めた。
「よく分かんないけど、彼氏の影響、とか?」
「は、はぃ」
ますます顔を赤くして、身を縮ませる月子ちゃん。
なんてやり取りを月子ちゃんとしていると、ばちーんと肌を叩く大きな音が響き渡った。
「あ」
「木ノ内くん……」
木ノ内くんが、見知らぬ女の子に頬を平手打ちされていた。
女の子はぷいっと頬を膨らませて、憤慨したようにその場から離れて行った。
「ど、どうしましょう。声をかけた方がいいんでしょうか」
アイスを持ったまま、おろおろする月子ちゃん。
「いや、大丈夫でしょ。
月子ちゃん知ってた?木ノ内くんは、こういうこと結構場数踏んでるっぽいよ?」
どうせしょうもない理由であっけなく惚れて、勢い任せに告白して、フラれたんだろう。
私は溶け始めているアイスを舐めて、おろおろする月子ちゃんを引っ張ってアイス売り場から休憩所へ移動した。
ある時は、私が図書委員会での帰り。
放課後、図書館の管理をすることになった同じパートナーのとの気まずさに辟易しながら廊下を歩いていると、聞き覚えのある声が角の向こうから聞こえてきた。
「君が俺に食堂で順番を譲ってくれた時に、運命を感じた。
付き合ってくれ!」
木ノ内くんの凛とした声が廊下に響き渡る。
僅かな沈黙の後、告白された子の可愛らしい声が聞こえた。
「…ごめんなさい。
あなたのことよく知らないし、木ノ内君?のことあんまりタイプじゃないから」
可愛い声で残酷なことを言う。
そう、残酷だ。
もしかしたら、あの女の子が、私の好きな冥加くんだとしたら。
「――そうか、わかった。俺のために時間を取らせてすまなかった」
感情を押さえたような木ノ内くんの固い声に、私は胸がぎゅっと締め付けられた。
頭ががんがん痛むような気がする。
木ノ内くんの打ちひしがれる姿に、未来の私が重なる。
ううん。あの日、告白しようとして、他の男をすすめられる哀れな私が。
これ以上聞いていられなくて、聞いているのも失礼だと思って、私は元来た道を引き返して逃げるようにその場から去った。
その後も何度も木ノ内くんの告白場面に遭遇し、その度に後日木ノ内くんから結果を報告をされ続け、とうとう私は彼に尋ねた。
「上地君からの告白は受け付けていないぞ?」
などと真顔でふざけたことを言う木ノ内くんを特別教室の多い7階の空き教室に呼び出した。
「ねえねえ、木ノ内くん。なんでそんなに何度も告白出来るの?
しかも、すぐに告っちゃうとか無理でしょ」
いくら木ノ内くんの顔がイケメンな方でもね。
あと、相変わらず私に対して失礼なことを言うから、軽く一発頭を小突く。
「だが、言わなければ始まらないだろう」
痛いなと微笑みながら頭を押さえた木ノ内くんは、真っ直ぐ私を見つめて言う。
「でも、惚れっぽすぎでしょ。軽い。金森くんよりもしかしたらチャラいんじゃない?」
2年生の愛の貴公子と呼ばれるほど浮名を流す金森愛斗。常に女子を周りに侍らしている。
クラス替えの時に、私にハンカチを貸してくれた男子生徒を頭に思い浮かべる。
もっとも、金森くんは自分からは絶対に告白しないらしいけど。冥加くんからの情報だ。
「確かに、俺がいささか惚れっぽいのは認めよう」
「いささか…?」
語弊がありそうな言葉に疑問を抱く私を遮るように、木ノ内くんは続ける。
「だが、俺は自分の言葉に偽りはない。全て、本気だ。
全ての恋に本気で運命を感じているし、好きだと思えばすぐに伝えなければならないと思ってしまうんだ」
「なんで?」
「さあ。まるで何かに強制されているように、強い衝動が俺の中に生まれるんだ。
俺は、自分に嘘を吐きたくはない。
たとえ、今までずっとフラれ続け、誰とも付き合ったことはないが、
それでもこうして好きになった子に告白を続けていれば、いつか誰かと付き合えるかも知れない。
そして、その――まだ見ぬ彼女も、俺を同じように、あるいはさらにお互いのことが好きになるだろう?」
「………」
「だから、だ。上地君」
「?」
ぽんっ、と木ノ内くんの手が、私の頭に置かれる。
優しく撫でられる。
若草色の瞳が、優しく細められる。
「君も、君の恋から逃げるな」
「……っ!?知って!?」
一瞬で頬に血が昇るのがわかる。
頭に乗せられた木ノ内くんの手を振り払うように、私は反射的に後ろに下がる。
「至らぬ俺だが、俺は君のクラス委員で、君は俺の同志だと言っただろう」
お見通しだよ、と木ノ内くんはさわやかに笑った。
▼ 木ノ内 正義 の 攻略情報 が 開示 されました。