学力は十分だよ。魅力or気配りをあげようね。(4)
ぴこーん。
『LIVE』特有の軽快な電子音が鳴る。
≪藤冥加 2年A組木ノ内正義。
どこかずれた堅物。将来の夢は官庁入り。学年1位。
小学校からずっと学級委員を務めている。
惚れっぽいのと、合理的過ぎることが玉に瑕かな。
木ノ内との仲を深めるには、どうにかして運命を感じさせてみよう≫
「他人に運命感じさせる前に、あなたに運命感じさせたいっての!ばーか」
クラスのみんなの体育祭での種目を振り分けている最中。
冥加くんから届いたLIVEのメッセージに小さく悪態を吐く。
ムカつき過ぎて、力を込め過ぎたのか、蝶柄のスマホケースがミシッと嫌な音を立てた。
「ん?どうしたんだ、上地君。
スマホの画面をまるで親の仇でも見るかのように憎々しげに見つめて」
教室で、向かいの席に座る木ノ内君が驚いたように私を見る。
冥加くんに吐いた悪態の内容までは聞き取れなかったようで、シャーペンの手をとめてまで心配してくれる。
「別に。ちょっとムカつくLIVEが着ただけ。
……ねえねえ、藤くんの種目だけど5つにしちゃっていいかな」
「藤君かい?彼は――去年の体力テストの成績を見る限りでは、
そこまで運動神経が良いというわけではなさそうだが」
種目分けの紙の隣に並べ置かれたクラスのみんなの1年生の時の体力テストの結果の紙と照らし合わせながら、木ノ内君は眼鏡のブリッジを押し上げた。
冥加くんの体力テストの結果は学年の男子の中では中の上くらいの順位。
「大丈夫だよ。藤くんなら、なんだかんだ言いながら期待に答えてくれるから」
「そうなのかい?」
「そうなのです」
本当はただの嫌がらせだけどね。
でもほんと、冥加くんは無理むりと言いつつもある程度のことはこなしてくれるだろう。
「そんなことより、木ノ内君」
身体だけ木ノ内君の席の方に振り向いていたものを、椅子ごと勢いよく木ノ内君の方に振り向いた。
「む、なんだ?」
そして、私はさらに椅子から身を乗り出す。
「勝手にクラスのみんなの種目振り分けちゃった本当に良いの?横暴じゃない…?」
別に冥加くんにLIVEで教えてもらったからじゃない。
でも、私も気になっていたから、木ノ内君に指摘してみる。
同じクラス委員の雲津君はまだ美化委員から帰って来ていない。
進学クラスである我がA組の多くは放課後を塾や家庭教師、あるいは図書館で自習で過ごすため、教室に残っている人はいない。
加えて、運動が出来る人間が少ない。
パッと思いつくのは、私の前の席に座っている火神くんだろうか。
隣のクラスだったが、彼の活躍は昨年すごかった。
「横暴ではない」
少しむっとしたような木ノ内君の口調。
「昨年もこのプランで問題なかった。
俺がある程度クラスの人間を割り振って、そこから彼らの希望で微調整してもらう。
体育祭だけでなく、他の行事もこれでうまくいったんだ。
わざわざクラス全員を集めて、希望を取っていくというのは、
はっきり言って時間の無駄だ」
若草色の瞳を不機嫌そうに細めて、木ノ内君はきっぱり言い切った。
体力テストの結果にさーっと目を通し、私の意見も聞かずに流れるように種目の紙にみんなの名前を書いていく。
少しクセのある神経質そうな達筆が、紙の上を走る。
私の名前は、玉入れの枠にだけ書かれた。
「現在、上地君自身が、俺のこの采配に意見はあるか?」
高圧的な彼の物言いに、微かに反発を抱く。
が、さっと目を通す限り、確かに問題はなさそうだった。
私の玉入れだって、ソフトボール投げ以外壊滅的な記録なだけに文句は言えない。
50mのタイムなんて遅過ぎて、本気で走れと怒られるレベルなだけに。
私自身も多分、クラスの成績に貢献するためには一番に玉入れを選択しただろう。
たとえ、少し障害物走に興味があったとしても、だ。
「ない、です。若干の入れ替わりはあると思うけど、ほとんど問題ないって感じる」
「――だろう。では、この紙を黒板に貼り出しておく。
期日は明日の放課後までに個々の要望を採って、微調整しておけばいいだろう。
雲津君には俺が伝えておくから、上地君はもう帰って構わないよ」
木ノ内君は満足げに微笑んで、片づけを始めだす。
「体力テストの結果の紙は、私が菊池先生に返しておくよ。木ノ内君は残るの?」
「ああ、ありがとう。
残るよ。C組の子に用があるからね」
用紙の端を机の上で揃える。
「C組の子に?」
「そうだ。だれとは言えないが、告白しようと思っていてね」
「へー告白。
……告白ぅ?!」
軽く聞き流すところだった!
なんでもないような口調で、何を言っているんだ、この男は!
「告白をしようと思ったきっかけはそう、昨日だ」
「昨日?」
随分急だ。
「天気が良かっただろう?公園で本を読んでいたんだ。そこで、会ったんだ。
春休み最終日なのに、公園で会ったんだよ?
俺はいつも外では本は読まない。日差しが強過ぎるからだ。
なのに、出会った。しかも、可愛い。これはもう運命だとは思わないか、上地君」
頬を僅かに上気させて、眼鏡のレンズよりも瞳を輝かせて熱く語る木ノ内君。
公園で会っただけで、運命感じちゃうとか、頭の方は大丈夫なのだろうか。
ああ、学年1位だったか。勉強が出来るのと、頭が良いは別な気がするよね。
「えーっと、それはどうだろう」
曖昧な返事を返す。頬がひきつらざるを得ないでしょう。
嗚呼、雲津君の一般的過ぎる意見が欲しい!
「いいや。運命、なんだよ。上地君。
さ、それを持って職員室に行って、君は早く帰宅したまえ。
結果報告は明日君に直接しよう。
君と俺は1年間クラス委員という切っても切れない絆で結ばれているからな。
一蓮托生というものだ!」
クラス委員はそんな重い絆じゃない。もっとビジネスライクな付き合いのものですよ。
「あの、雲津君も…」
おそるおそる美化委員会に出席している男の名前を上げるも、木ノ内君はふっと軽く笑う。
「俺が求めてるのは女子の視点のみだ。雲津君は必要ない」
ばっさり切り捨てた。それはもう、ばっさり、あっさり。
「では、幸運を祈っていてくれたまえ!また明日だ、上地君」
「う、うん。また明日…?」
はりきる木ノ内君に鞄も一緒に押し付けられて、背中を押されて教室から追い出された。
職員室へと向かう途中で、C組の名前も知らない可愛い子とすれ違った。
が、木ノ内君は翌日、落ち込んだ顔で一言。
「振られた。何故だ?」
と首を捻っていた。