学力は十分だよ。魅力or気配りをあげようね。(3)
「では、クラス委員は放課後体育祭の紙を取りに先生のところに来てくださいね。
これでHRを終わります」
日誌を教卓の上で軽く叩いて、菊池先生は人の良さそうな笑みでHRを締めた。
死んだ。死にました。新学期早々、私は意気消沈している。
机の上に顔を突っ伏して、私はダウンしていた。
前の席の男子が何か言っているが、聞こえねーよ?
教室に入ると、クラスのメンバーは去年とあまり変わっていなかった。
当たり前である。春休みに冥加くんも言っていたが、私の学力はなかなか十分ある。
中学校は地元の公立に通っていたが、中学2年の春に転校してきた冥加くんに惚れて、
個人的にはすっごく仲良くなった(はずだった)。
その彼が高校は、超進学校である星華学園に進学すると言ったのだ。
『ひかりちゃんも星華に行くよね?ぼくと一緒に勉強しようか』
中学3年生になり、受験を意識しだして、友達といえど殺伐とした雰囲気が漂う中で、
冥加くんはそう言って私に参考書を差し出してくれたのだ。
惚れた方が負けとは、世間の一般常識。
私は進路希望表を片手に、一も二もなく頷いた。
そして図書館、ファミレス、時には私の自宅に冥加くんを招き、辛い受験勉強も乗り切った…!
中学の時は学年全体で真ん中だった順位も、卒業時には学年五指に入るほどに上がった。
流石に、星華に入ってからは、40番台だけどね。
それでも、星華学園の進学クラスに配属されるには十分な学力なのだ。
各学年全部で12クラスあるが、進学クラスはそのうちの2クラス。
学年で上位80番以内に入ることが条件。
つまり、クラス分けで冥加くんと離れるのも、一緒になるのも、2分の1の確率だったというわけですね。はい。
いかん、だいぶ脱線しました。話を戻すと、クラス分けはまあよかった。
冥加くんもいたし、去年から仲の良い桜木 月子ちゃんも一緒だった。
月子ちゃんは小動物的な愛くるしさをもつふんわりとした女の子だ。
料理も上手くて、月に2回はお菓子を作ってきてくれる。
桜色の髪を下側で二つに結んで、同じ色をしたくりくりした瞳はチャーミング。
ふにゃふにゃとした気持ちの良い白い手には、ピンクゴールドの指輪がはまっている。
左手の薬指に、ね。彼氏が誰かは不明。絶対に秘密で、誰も知らない。
いつか教えてくれるといいなあ。
担任は、これまた去年と同じ菊池 陽太先生。
若く見えるが、もうすぐ30歳。アラサー。
シルバーフレームの眼鏡に、人の良さそうな顔と笑みが特徴の普通顔の先生。
いや、この学園ってちょっとイケメン多いからね。それと比べちゃうと、普通なんだよね。
虫も殺せなさそうな草食系男子という感じである。
が、この菊池先生はなかなかえげつない人だった。
「クラス委員は、木ノ内君、雲津君、上地さんでいいかな」
委員の仕事をクラスのみんなで振り分けていた。
私は各クラス一人だけの図書委員になって、ご満悦だった。
図書委員には、本のリクエストが優先的に通りやすいというメリットがあるのだ。
隣のクラスの委員の人と月に何回か図書室の管理をしなければならないのが面倒だけどね。
そして、最後にクラス委員を決める段階になって、爆弾発言をかましてきた。
「了解です」
「え、おれでござるか?!」
「先生、私、図書委員ですよ?!」
上から、順に、木ノ内、雲津、私の返答である。
木ノ内――木ノ内正義は去年は隣のクラスでクラス委員をしていたのは知っている。
今年もそうなるんだろうなあとは漠然と思っていた。
カリスマ性はないような気がするけど、しっかりとした性格で、神経質そうなイケメンだからね。
雲津の説明は省略する。語尾にござるをつけるただの男子生徒だ。
お前は忍者か?とツッコミたくもなるけど、入学以来つっこまれてるのは見たことはない。
集合写真や、人混みに紛れると、特徴無さ過ぎて見つけられなくなるタイプの人間。
良い意味で空気のような存在である。ちなみに、雲津君はさっき美化委員になっていた。
「うん、そうだねぇ。でも、クラス委員といってもリーダーは木ノ内にやってもらうから。
雲津と上地はその補佐だから、そんなに負担にならないでしょう。
ふたりがなった委員もそんなに忙しいものじゃないしね」
のほほんとした口調で、菊池先生は言う。
「あー…そう言われると仕方ないでござる」
「雲津くん?!諦めるの早過ぎだよ!抵抗しようよ!」
教室の後ろの一番端の席に座る雲津くんを鼓舞するも、彼はふるふると首を振る。
自然と視線を前の方にずらして――冥加くんを見れば、何故か親指をグッジョブと立てていた。
ぴこーん。
軽快な電子音が小さく鳴って、机の上に置いていたスマホの画面に『LIVE』の表示が出る。
≪藤冥加 木ノ内正義と親密度を高めるチャンスだよ。彼はオススメ≫
「先生、嫌です!嫌です!絶対に嫌!誰か、代わって…」
冥加くんから送られてきたLIVEのメッセージに絶望し、代打を求めて教室を見回す。
が、誰とも目が合わない。みんな、目が合いそうになるとさっと顔を逸らすのだ。
一縷の望みをかけて、月子ちゃんを見るも―――彼女の可憐な瞳も逸らされた。
やだ、もう誰も信じられない。
「はい、決定ですね。1年間よろしくお願いします、みなさん。
クラス委員の人は、今年から5月に体育祭をすることになりましたので、
その用紙を取りに来てくださいね。期限までに種目の振り分けをしておいてください」
人畜無害そうな顔をして、えげつない。
菊池先生は伝達事項を伝えるだけ伝えて、教室から出て行った。
チャイムが鳴って、HRの終わりを告げる。
みんなが席から立ち上がり、喧騒が教室に広まる。
傍若無人な行いにより決定されたクラス委員に、私が意気消沈していると、誰かが私を覗き込む気配がした。
ゆるゆると顔をあげると、ある程度予想はしていたが、木ノ内正義がいた。
「至らぬ俺ですまないが、これからよろしくお願いする。
早速だが、菊池先生のところに行こう。
雲津君は今日美化委員の集まりがあるようなので、俺と上地君の二人だけになってしまうが」
「うん、わかった…」
ゆるゆると机に突っ伏していた身体を起こし、席から立ち上がる。
「女子は、上地君がクラス委員でよかった」
「はい?」
安堵した木ノ内君の言葉に、私は意味が分からず首を傾げる。
「君のような素朴な女子なら、俺も惚れずに済む」
木ノ内正義。こいつも、冥加くんと同類?
「へぇ…。ソレハヨカッタネ」
「ああ!クラス委員としての責務を全うできそうだ、上地君とは!」
軽いショートヘアを照れたようにかきあげる木ノ内君は、眼鏡をおしあげながら、つりあがった若草色の瞳を細めた。
解せぬ。