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ヴァンパイア☆パニック!?ひとりはいる、ファンタジー担当です(2)

「なに、これ…」


 以前訪れた際と変わり果てていた。

 瑞々しいはずの緑は全て枯れ果て、背が高い南の植物も力を失い茶色く変色している。

花という花も地面に落ち、萎れた花びらが温室内を所狭しと散っている。

 幸男先輩とお茶をしたテーブルまでおそるおそる歩みを進めれば、私が追いかけていた白金の髪の美少年がぼんやり座り込んでいた。


 病的なまでに白い肌。鋭く尖った爪が印象的だった。

その手に乗せた赤い薔薇の花に、美少年は薔薇色の唇を寄せた。


「いた…だき…ます…」


 美少年のか細い声が聞こえると同時に、薔薇の花弁が色を失い、形が崩れ、砂となった。


「ば、バラ、が…」


「あれ…ニンゲン…。テル…見張りしててよ…」


 白金のヘアリーヘアをぼんやりと揺らし、猫のように瞳孔が狭まった白金の瞳がじっと私を見つめている。

美少年はゆっくりと立ち上がり、私に近づいてくる。

 足が、動かない。薔薇を砂にするなんて薄気味悪いのに、逃げられない。

まるでその場に足を縫いつけられたかのように動かすことが出来ない。

寒さを感じる。秋口だといえど、ここは温度管理がきっちりされた温室。

なのに寒さを、目の前の――人間離れした美少年から冷気を感じる。


「…名前…なまえ、教えて…?ボクの…名前は…天司影智あまつかさえいじ

でも…本当は…シャドウ=スキエンティア=ヘブンロード。魔界を…統べる…ヘブンロード家の…13番目の…吸血鬼ヴァンパイア

「ヴァンパイア…?!」


 目を丸くする私に、影智くんはこくりと頷いた。

証拠を見せるかのように、彼は口の端を指であげて、鋭く尖った犬歯を見せてくれた。


「人間界では…血を…吸っちゃだめだから…植物の…精気を…奪ってた」


 聞いてもいないのに状況説明してくれる親切さ。


「―――エイジ様。何を堂々と説明してるんです」


 どこからともなく影智くんの隣に、真珠色の刈り上げ頭の男らしい後輩が現れた。

赤いスリッパだから間違いない。美しい海を思わせるエメラレルドグリーンの瞳で、呆れたように影智くんと私を見る。


「ごめん…でも…テルが…見張って…ないのが…悪い…よね…」


 悪びれない影智くんの態度に、テルと呼ばれた後輩がはあああと大きく溜め息を吐く。


「紹介…する…ボクの…従者で…人魚の…朝海瑛あさみてるだよ…」


「に、人魚?!」


 男だよ!?

 そんな私の声なき驚きを受け取ったのか、瑛くんは不愉快そうに眉をよせる。


「男の人魚だっているに決まってるでしょう。どうやって人魚が増えるんです?子孫残すんです?あなた、バカでしょ」


「ぐっ!」


 仮にも先輩に向かって、なんて生意気な人魚。

 いや待て、私。なんでこのおかしな状況に、順応し始めてるの?

 というか、吸血鬼と人魚って普通じゃないよね。これ、彼らの重大な秘密ってやつだよね?

 死亡フラグ?ねえねえ、私、死んじゃうの?


「ねえ……テル…彼女で…いいんじゃ…ないかと…ボクは…思うんだ」


 だらだらと脂汗を背中から流し始めた私を見ながら、影智くんは呑気な声で告げる。

ふらふらと私との距離を縮め、尖った爪で、私の頬に傷をつけた。

つーっと切り裂かれる痛みに、僅かに顔をしかめた。血が薄く滲む。

影智くんは瞳孔をさらに細めて、熱に浮かされたような目で、私の血を冷たい舌先でねぶった。


「健康的な…美味しい…血…。ボクの…正体も…知っちゃったし、きみで…いい」


「俺はどちらでも構いませんけど。いいんですか?エイジの花嫁をそんなあっさり決めてしまって」


 花嫁?!


「ボクは…なんでも…。不思議だけど…彼女なら…いいかなって…」


「わかりました。なら、善は急げです。今宵は魔界と繋がる赤い月の夜。

このまま先輩には眠ってもらって、さっさと魔界に帰りましょう」


「…うん」


「ちょっと待って!勝手に話進めないで!あなたちの正体だって受け入れ難いっていうのに、魔界?!花嫁?!本当に勘弁して!」


「や…だ…」


「諦めてください」


「は?!」


 ばっさり切り捨てられる。


「まだ…お昼も終わってない…夜まで…おやすみ…せんぱぁい」


 蕩けるような笑みを浮かべて、影智くんに瞳を覗き込まれた。


 頭がぐるぐるする。

 視界が影智くんで埋め尽くされ、ぐにゃぐにゃと歪んでいく。

 強制的にもたらされる闇に、意識を塗りつぶされていく。


 私から身体と意識の自由を奪ったのが、吸血鬼の魅了チャームだと知ったのは彼らの魔界に連れて行かれた後だった。



「プールに映った赤い月に飛び込むのでいいですか?」

「うん…いいよ…テルが…道を開いてくれるなら…なんでも…」


 水は人魚の得意な領域。

 水を媒介すれば魔界の扉を開くのは、瑛にとっては造作もないことだった。


「あ…先輩の…名前…聞き忘れてた…」


 意識を失ったひかりを背負ったエイジが、ふと思い出したように言う。


「魔界に行ってから聞けばいいでしょう。それより、エイジ。派手にやり過ぎです。

温室をこんなに食い散らかして…。夜まで、エイジの影の中に身を潜めていますよ」


「りょー…かい…」


 眼力を込めて、白金の瞳を見開いた。

 影智の足元の影が広がり、沼のようにこぽこぽと音を立てて影智と瑛を飲みこんでいった。


「ボクの…花嫁…。幸せに…するからね…先輩…」


 首筋に人間の温かい呼気を感じながら、影智は頬を薔薇色に染めてうっとり微笑んだ。





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