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ヴァンパイア☆パニック!?ひとりはいる、ファンタジー担当です(1)

 早朝の図書室。


 室内にこもった本の匂いを肺一杯に吸い込んで、笑みを零す。


 身の丈よりも一回り大きな指定のセーターはだぼついていて、袖の長さに手も半分隠れている。

無造作に切りそろえられた髪はアシンメトリーで、涼しげな蒼い瞳は一重でクールビューティーさに拍車をかけている。

 肩にかけていたバッグから眼鏡ケースを取り出し、シルバーフレームの眼鏡をかける。

図書委員用の白い机に向かい、パイプ椅子を引いて、腰掛ける。

本の貸し出しを管理するノートパソコンを開いて、起動させる。


 マウスを片手に時折クリックしながら、右手でキーボードを滑る様にタイピングしていく。


 パソコンの画面に、影が落ちた。


水沢鏡夜みずさわきょうや


 不機嫌さを隠さない声で名前を呼ばれて、渋々パソコンから顔をあげる。


「――やあ、藤冥加くんじゃないか。珍しいね、おれのところにきみが来るなんて」


 いつ図書室に入って来たのか、表情を完全に消した藤冥加に見下ろされていた。

口の端をつりあげて、愛想笑いをしてやるも、藤冥加はにこりともしない。


「夏休みに、梅野さゆりをなんでこっちに呼び寄せた。さゆりを呼び寄せるなんて、お前しか出来ない。彼女は、この世界ゲームの役割を終えた存在だったんだ。

お前のせいで、ひかりちゃんが、ぼくを避け始めた」


「ふうん?なかなか突拍子もないことを言い出すんだね、きみって」


 水沢鏡夜は小馬鹿にしたように笑う。

自分のUSBをパソコンに差し込んで、ファイルを開ける。

図書委員らしく読書好きが高じて、小説を書き始めた水沢鏡夜自身の物語を立ち上げた。


「相変わらず、悪趣味な物語」


 遠慮なくパソコンの画面を覗き込んでいた藤冥加が、らしくなくもなく吐き捨てるように切り捨てる。


「きみがおれの一番の愛読者のくせに。いつもLIVEに送ってあげてるでしょう」


 藤冥加がよくスマホをいじっているのは、情報収集だけではなく、水沢鏡夜から定期的に物語が送られてくるから。

 同時に、水沢鏡夜に指示されるままに、その時々に相応しい他の男《攻略対象者》たちの情報を集めて、上地ひかりに会わせてきた。


「……っ。こんなクソみたいなモノ送って来なくても、ぼくはきちんと役目を果たす」


「ふうん?ホントかな?でも、おれはだれも信用してないんだ。

他人を信用するなんて一番愚かな行為だって、よーく知ってるから」


 蒼い瞳を細めて、水沢鏡夜は遠い過去ぜんせに想いを馳せる。


「―――きみはただ黙って、ひかりちゃんの恋愛をサポートしてあげればいい。

おれのエンディングへ続くように、だ。そのためのきみの存在だろう?」


 時が来れば、同じ図書委員になった上地ひかりとのイベントが発生する。

 水沢鏡夜が待ち望むイベント発生時期までは、彼はここで大人しく物語を紡ぎ続ける。

 それまでは影から自分の駒である藤冥加を使って、上地ひかりと他の男とのイベントを潰していくだけだ。

 その駒が自分を裏切ろうと、あえて他の男と彼女を結ばせようとしていても。


(上手くいくわけないのにね。ひかりちゃんは、今はまだ、きみが好きなんだから)


 そうして、水沢鏡夜は夢想する。

 藤冥加の目の前で、上地ひかりを手に入れるのは、さぞ心地よい優越感に浸れるであろうと。


◆◆◆


 夏休みも終わり、2学期に入った。

 半袖から長袖へと衣替えも終わり、私は頬杖をついて教室の自分の席からぼんやりと中庭を見下ろしていた。

 あの夏祭りの一件以来、私は冥加くんとほとんど話していない。

目が合ったときの最低限の挨拶くらい。

戦人くんの家庭教師の最終日に、向こうがいつもの調子で私に他の男を勧めてきたもんだから、私は遂に切れた。


『よくそんな――他の男なんて、私にすすめられるね?冥加くんは。

もういい!もう、放っておいてよぉ…っ』


 呆然と私を見る冥加くんが何を言うのか怖くて――私はそのまま逃げだした。

家に帰るとすぐにLIVEを立ち上げて、冥加くんをブロックした。

そのままメールアドレスも電話番号も消去したし、こっそり隠し撮りしていた冥加くんの写真も削除した。


 それ以来、会話らしい会話はほとんどしていない。

 合間あいまで戦人くんがいいのかよ?と心配してくれて、冥加くんと話をする機会を取り持とうとしてくれるけど、私が突っぱねた。

 時々、冥加くんは何か物言いたげな目で私を見てくるが、気づかないフリをしている。

無視だ、無視。どうせ冥加くんは、私に他の男を勧めたいだけ。

梅野さゆりとイチャついていればいいんだ。

私の気持ち、絶対知ってるくせに。我ながらほんっとに、不毛な恋。


 自然と乾いた笑いが漏れる。


「…ん?なに、あれ」


 ふと、秋色に染まった中庭に不釣り合いな白金の髪をした美少年がふらふらと歩いて行くのが見えた。

スリッパの色からして、後輩だろう。遠目にも分かる美少年なのに影が薄いのか、私以外だれも彼に注視していない。

学校一のモテ男・金森愛斗に勝るとも劣らないくらい顔の造りが整ってみえるというのにだ。

 白金の髪の後輩はそのまま温室に向かって行った。


―――温室。


 胸がちりりと痛む。

 温室で出会った儚げな先輩を思い出した。

 幸男先輩。

 明らかに名前負けしている。

幸薄そうな雰囲気を漂わせていた先輩は、あのお茶会後、二度と会えなかった。

噂によると病気のせいで転校してしまったらしいけど、どこに行ったかは誰も分からないらしい。

情報通の冥加くんですら知らないみたいで、幸男先輩の話題を出すと曖昧に微笑むだけだった。


 鍵がかかって入れないはずの温室に、白金の髪の後輩が入って行くのが見えた。


「――なんで!?」


 休み時間で騒がしいといえど、突然席から立ち上がって声をあげた私を、クラスのみんなが見た。

 顔から火が出そう。


「上地、どうした?」


 戦人くんが気を遣って声をかけてくれた。


「え、えっと、その、ごめん!」


 女子とほとんど話さない戦人くんが話しかけてくれることにより、さらに注目される悪循環。

 私はしどろもどろに返事を返して、教室から飛び出した。

恥ずかしい。消えてなくなりたい。教室に、戻りたくない!クラスメイトの視線が怖い。

しかし、今はそれよりも、開かずの温室のことが気になる。

鍵がかかっていて、時折訪れても開いた様子のなかった温室に、難なく入って行った後輩。

あと5分で休み時間が終わって授業が始まる。

今から中庭にある温室に向かえば確実に休み時間が終わる。

授業をサボることに良心が痛んだが、好奇心には勝てない。

わたしは、早足で廊下を駆け抜け、温室に向かった。


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