イベントだけを起こすと、バッドエンド直行だよ(5)
長くはない短い話を朗読し終える。視界不良の幸男先輩にも分かりやすいように音を立てて本を閉じました。
「なんだか、後味の悪い話でしたね。ほんとに、この本が気になっていたんですか?」
最後の少女の話など、少女が狂っているのかと思えば、その兄のほうがイカれているようだった。ヤンデレぽい。
「面白くありませんでしたか?…普通の女の子には少し刺激が強かったかも知れませんね」
そう言って文学好きの先輩は、肩を竦めた。雑食か。なんでもいけるのか。
私とは相容れないなと溜め息を吐いて、目の前に置かれたカップに口をつけた。適度に冷えた紅茶が喉を潤してくれる。
「例えば君は」
もう一口、と紅茶に口をつけていると、幸男先輩が感情の読めない顔で言う。
「この少女のように、自分が死ぬと分かっていて、けれど確実に助かる方法があることも知っているとする」
幸男先輩はテーブルの上で手を彷徨わせる。
「君ならどうします?」
幸男先輩の細い指先が、カップに触れる。だが熱かったのだろう。一瞬触れて、先輩は微かに顔をしかめて、手を引っ込めてしまった。
そうして、私の目を焦点の合わない色素の薄い瞳で見つめた。答えを、促される。
「そりゃ、助かる方法を選びますね」
「そうですね。やっぱり、普通は」
やっぱりなと心得たように頷く先輩。
「でも」
本の登場人物に感化されたわけではないけど。
「?」
一旦、区切りをつける。
「私が死ぬことで、誰かの心に傷がつけられるのなら」
この少女の兄のように、歪んではいないと思いたいけど。
「死んでも構わないかなって思いますね」
お行儀悪く、ずずずと音を立てながら紅茶を飲んだ。
「その真意は…?」
壊れたブリキの人形みたいに、幸男先輩がぎこちなく首を傾げた。
「好きな人が自分のせいで死んだのは死んじゃいたいくらい悲しいですけど、でも、
それでその人の心がだれのものにもならないのなら。もしだれかのものになっても、
自分の死に少しでも囚われてくれるのなら―――素敵だなあって」
まあちょっと頭がおかしい発想かな。思春期の乙女の可愛らしい思考ってことで許してほしい。
「―――いいですね、いいです。実に僕好みですよ、その狂気染みた思考!」
狂気染みた思考?!
自分でもそう思っていたけど、幸男先輩の口からも聞かされるとダメージがくる。
嬉しそうに、幸男先輩は惜しみない拍手まで私に送ってくれているけれど。
「ああ、君とはもっと早く会いたかったですね、ひかりさん。
なかなか僕にひかりさんを紹介してくれなかった藤くんを恨んでしまいそうだ」
「大袈裟ですね。冥加くん、積極的に私に幸男先輩に会わせようとしてましたよ」
「ふふ、そうなんですか?藤くんがですか?ふふふ。
さあさあ、ひかりさん。
お茶を三杯飲んだのなら、お菓子も口にしなくてはいけませんよ。
僕だけでは食べきれませんし、最低でも3個は食べてくださいね」
焼き菓子の入った器が私の方にテーブルを滑って寄せられる。
太りそうと思いつつも、小腹が空いてきたので、ありがたく幸男先輩からお菓子を受け取る。フィナンシェを一つ取って、咀嚼する。しっかりと焼きあげられていて、それでいてほのかな甘さ。うん、美味しい。
「今、笑っていますか?」
「はい。美味しいですから」
「――ああ、それはよかった」
美味しいお菓子を食べると、女の子は無条件で笑顔になるのだ。
幸男先輩との邂逅というか、お茶会は、この一回だけだった。
暇を見て温室を訪れても、温室には何故か鍵がかかっており、外から中を覗き込んでも植物はあっても人の姿は見当たらなかった。
病弱と言っていたし、病院にでも戻ったのかな?
3年生の教室を月子ちゃんに付き添ってもらってくまなく訪れたけど先輩はいなかった。
ただ冥加くんだけが、幸男先輩と会った翌日、珍しく一緒に学校から帰ってくれた。
「……そっか、幸男先輩、ダメだったんだね」
どこか安堵したような表情で、私を見下ろしていたのが印象的だった。
幸男先輩と上手くいかなかったていうのに、木ノ内くんの時みたいに文句をつけるというわけでもなく、ちっとも残念そうではなかった。ただどこか悲しげで、でも嬉しそうで。
「冥加くんのお姉さんのファッション雑誌、ちゃんと読むね」
なんだか妙な罪悪感が芽生えたというか、冥加くんを喜ばせたくって、私は素直にそう告げた。
「―――うん。ありがとう、ひかりちゃん」
学校外だからか、冥加くんが私の名前を呼んでくれた。
ひかりちゃん。
そう呼んでくれた冥加くんの声に、儚げな幸男先輩の穏やかな声が重なった気がした。
▼ 土橋 幸男 の 攻略情報 が 開示 されました。