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イベントだけを起こすと、バッドエンド直行だよ(4)

『ある世界、定かではない時代、小さな国で奇病が発生しました。


 最初の犠牲者は、年老いたシスターでした。

神に仕える彼女は、穢れを知らぬまま、穏やかな死を迎えるだと誰もが思っていました。

けれど、シスターに人としての死は訪れませんでした。

 シスターの美しい青い瞳を養分とするように同色のが咲いたのです。

片目に咲いた花を皮切りに、花は日を追うごとにシスターの身体から生えていきました。

花の咲いていない方の目はどこか夢見るように蕩け、老女にも関わらずどこか色気を孕んだ雰囲気を纏うようになり、そうして教会の者が何も処置を施すことが出来ぬまま――花が散り、身体が崩れ落ち、種だけが残されました。

教会は保守的であり、またその国の最大の利権団体でもありました。奇妙な病。それもシスターがかかり、種となって消えてしまったなどと民に伝えることが出来るはずがありません。隠蔽することにしました。しかし、シスターを糧にしたを燃やしてしまおうとした時には遅く、種は開け放された教会の窓から侵入した美しい鳥に持ち去られてしまいました。同時に、強い風が教会の中に吹き込み、まるで奪い去るように風が種を巻きこんで種が外に出て行ってしまったのでした。


 その次の犠牲者は、結婚式の夜に夫に先立たれた美しい未亡人でした。

彼女の憂いを帯びた緑の瞳を養分とするように同色のが咲いたのです。

未亡人の身支度を整えに来た侍女は悲鳴をあげて、反射的にそれを引っこ抜こうとしました。しかし、未亡人は侍女の手を恐ろしい形相で払いのけました。侍女はヒッと声なき悲鳴をあげます。未亡人はその侍女を冷たく一瞥した後、うっとりとした表情で片目に咲いた花に触れました。そうして艶やかに微笑み、後はシスターと一緒。片目の花を皮切りに、花が身体中に咲き、屋敷の人間が恐れおののく中で、だけが残されました。

 その種は、未亡人を慕っていた使用人の手によって、屋敷のそばの庭に植えられ、彼女の瞳に咲いていたものと同じ花を咲かせました。


 3番目の犠牲者は、その国の第七王女でした。

 王女が瞳に花を咲かせる頃になると、国のあちこちでこの奇病にかかったが多く現れるようになっていました。そう、女性ばかり。老いも若いも関係なく、女性ばかりが片目に花を咲かせ、やがて全身に咲き誇り、最後に身体は朽ちて種だけが残されるのでした。

 王が国中の名医を呼ぼうと、他国から医者を招きいれようと、王女の花はどうにもなりませんでした。未亡人と同じように、花を無理やりにでも引き抜こうとすれば、狂ったように抵抗しました。それどころか、身体中に花を咲かせるスピードが速まるのです。王女は幸せそうな笑みを浮かべたまま、最期には花になりました。



 女を糧にする花が咲く奇病が国に流行り出した頃、ある小さな村で、一人の少女の片目に花がつきました。

 少女は両親はなく、歳の離れた兄と二人暮らし。ある朝、鏡の前で己の瞳にも花が咲いたことに驚き――、僅かに笑みを浮かべた後、微かに落胆しました。宿主の瞳の色を反映する花は、少女の瞳と同じくすんだ水色だったからです。決して美しいとは言い難い花でした。


 少女の兄は、少女の異変にすぎ気づきました。当たり前です。この世に残されたたった二人の家族。異変に気づかないはずがありません。

 少女の瞳に咲いた花に兄は顔色を失い、そしてよろめきながら妹に縋りつきました。


「なぜ、お前が……!!」


 血を吐くような苦々しい声で、兄は言いました。少女の兄は医者でした。それもこの小さな村には惜しいほどの、かつては神童とまで謳われた優秀な男。

ベッドの上に座って、夢見るように遠くを見つめていた少女は、肩に置かれた兄の手に自分の小さな手を重ねました。


「きもちいいの、おにいさま。わたし、とってもしあわせなきぶん」


 無垢な瞳でにっこりとほほ笑みかけました。音を立てるように、少女の薔薇色の頬にくすんだ水色の花が一つ咲きました。

兄は血の気を失いました。なぜ、ともう一度掠れた声で呟きます。


「わたしを、なおしてしてくださるの?

 おにいさまだけが、わたしのこの花を枯らすことができるんでしょう?」


 うふふ、と林檎のように赤い唇を震わせます。

 花が咲いたからわかるのです。この花は、幸せな夢を見せてくれるもの。

恐らくこれまで発病した女たちもそれを知っていたのでしょう。同時に、完治の方法も。


「だいて、おにいさま」


 完治は有り得ない。

 少女は実の兄に、花の芳香が強く匂い立つ身体を預けました。

 この花は、叶わぬ恋に身を焦がす穢れなき処女おとめにだけ咲き誇る。

 破瓜をし、叶わぬ恋に嘆く涙ではなく、男に身を貫かれて流れおちた血だけが、この花の呪縛から解き放たれる。それが叶わぬのなら、花は愛する男との幸せな夢を見せ続け、愛されているという幻の恍惚感を与え、処女おとめを虜にする。

処女おとめの身体を苗床にし、花が全身を埋め尽くし、叶わぬ恋の代わりに花が実を結び、種となるのだ。


「おにいさま」

「出来ない…!!」

「おにいさま」

「それだけは、出来ないんだ…っ」


 兄は少女を押し返し、頭を垂れました。

 咲いていない方の瞳で兄を見つめていた少女は、「そう」と小さく落胆した声で言いました。


「おにいさまもわたしをあいしているのに。ひどいおにいさま」


 瞳が光を失いました。茫洋と宙を見つめ、花が、咲きました。


「――――っ!!」


 両目に花を咲かせた妹の名を、兄は呼びました。

妹はもう現実に興味をなくしました。一瞬にして、全身に花が咲きました。

人の形をなした花々が、白いベッドの上に咲き誇っているようでした。

 兄は震える声でもう一度、妹の名を呼びます。同じく震える手で、その中の咲き誇る一輪に手を伸ばします。兄の指が、花びらに触れた途端。花は崩れ落ち、実をつけ、すべて種となりシーツの海に広がりました。

 兄はそのうちの一粒を手に取り、泣いているかのように顔を俯け、そして。


 そして、妹と同じ水色のった目を細めて、暗い笑みを浮かべました。



おしまい』


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