表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/31

イベントだけを起こすと、バッドエンド直行だよ(3)

 鳥かごを模した温室の中に囚われたお姫様のようだった。

 広くもなく、けど狭くもない温室の真上からシャンデリアの如く吊り下げられた色とりどりの花。

取り囲むように植えられた見たこともない美しい花々の中央に置かれた硝子のテーブルと、安楽椅子の上に背を預けるようにその人は座っていた。


「ようこそ。僕にその本を読み聞かせてください、ひかりさん」


 どうして、こんなことに?

 冥加くんに言われるがままに、翌日温室に本を持って訪れた私を待ち構えていたのは、ネクタイの色からして3年生の先輩だった。

淡い茶色のボブカットに、優しげな色素の薄い瞳をもった、線の細い儚げな美少年といった風情。穏やかな印象を与える垂れ下がった瞳は、私を見ているはずなのに見ていない、どこか焦点があっていないように感じた。

 初対面にも関わらず名前を知られていることに不快感を感じるが、どうせ私をここに誘導した冥加くんが教えたのだろう。私は先輩に請われるがまま、彼の向かいに置かれた背もたれの部分にステンドガラスが嵌め込まれた白い椅子に腰かけた。


「僕の名前は、土橋つちはし 幸男さちおといいます。親しみを込めて幸男先輩と呼んでくれると嬉しいですね」

 女子の私よりも細い手がテーブルを少し彷徨い、お菓子が盛られた容器に触れ、幸男先輩は私の方にそれを押しやった。

品のよい器いっぱいに盛られた焼き菓子の甘い匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。

温室に咲き誇れる花たちの甘い匂いと混じり合い、陶酔した気持ちになる。

「失礼ですけど、どうして本を読まなくちゃいけないのでしょうか」

 ぎゅっと本を胸の中に強く抱き寄せる。

「僕は生まれつき身体が弱いんです。それは歳を重ねるごとに酷くなっています。

 今も、ほとんど目がよく視えていないんですよ」

 幸男先輩はそう言って、片目を指差してなんでもないことのように笑う。

 でも、私は少しだけ居心地が悪くなる。

「一応、視えてはいるんです。でも、僕の視界はまるで――すりがらすのようで、色が重なっていることしか分からない」

 長い睫毛を伏せて、土橋先輩は儚げに顔を俯かせた。

「学園生活の気分だけでも味わいたくて、叔父に――あ、叔父は学園長なんですが、に無理を言って、昼間だけは温室で過ごしていたんです」

 ガラスを透過して、太陽の光が降り注ぐ温室は、日差しは暑くても、温度調節はばっちりなため心地よい。視力がままならなくなる代わりに、嗅覚が鋭くなっている土橋先輩には、花の香りも健康に良かったらしい。

「そうしたら、藤くんが来てくれて。彼、とっても話題が豊富というか、楽しくお喋りしてくれますよね」

 私は頷く。冥加くんは人懐っこい犬のような男だ。

 初対面の人でも平気で距離をつめてくるし、聞き上手な上に話上手で、一緒にいると楽しい。

「彼がね、言ってくれたんですよ。こうして暇を持て余している僕に、

 『ぼくの大切な友達とも、先輩に友達になって欲しい』って。

 その子も僕と同じで本好きだって聞きましたからね。せっかくだから、

 僕がずっと気になっていた本でも読んでもらおうかと思いまして。

 いきなり知らないやつとお喋りだなんてできませんからね?」

 学園長の親戚だけあって、土橋先輩の家は少し裕福らしく、彼の耳にはネットの情報を読み上げてくれる音声ガイダンスが内蔵されているらしい。

大手の本屋のサイトにアクセスして、適当に本を選んで、あらすじを読み上げてもらう中で気になる本があったらしい。

 そして、それが昨日たまたま私が持っていた本らしいけど。

「でも、この本、私、偶然同じ図書委員の子に借りただけなんですけど」

 業務連絡以外会話らしい会話をしない隣のクラスの図書委員を思い浮かべる。

無愛想どころか、無表情の彼は、図書館のカウンターで黙って私の目の前にこの本を置いて、隣の席に戻ったのだ。後は、彼は黙々と何かを書いていて、困惑する私のことは一切我関せず。

「それはすごい偶然ですね。運命的だ」

 運命。

 木ノ内くんみたいなことを言い出すのだな先輩も。

どこか少女的なこの学園の男子に、私は苦笑した。

「お茶も用意させてあります。

 僕に本を読んでください、ひかりさん」

 幸男先輩は視線を少し彷徨わせ、テーブルの中央に置かれた蒼い陶磁器のポッドを目に捉えてそう言った。

「はい、わかりました」

 喉を潤す準備も万端らしい。

 私は頷いて、本を開けた。


 タイトルは、【花になる病】。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ