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探し物  作者: 柊 琥珀
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第六章 別れと期限

第六章 別れと期限


 文化祭が終わり模擬店一位は、夜のクラスだった。それから、クリスマスも終わり、卒業式間近の休日。

「そうだ、夜。俺に何か言うことあるでしょ」

「言うこと……」

 今日は受験勉強のため、図書館で勉強していた。

「ああ、春が須藤先輩のお兄さんと付き合い始めました」

「そのことは、とっくの昔に知っているよ。付き合ったその日から、毎晩毎晩ノロケ話を聞かされているからね。だから、こっちもノロケようとしたらぶん殴るから嫌だよ、まったく。てか、酷くない」

「何もノロケなくていいです」

 問題用紙に目を向けたまま、冷たく言い放った。

「じゃなくて、苛めの話。何で隠していたの」

「春か……余計なことを」

「そう言えば、春ちゃんに言ったらしいね。何言ったの。それって、どういう意味」

「ああ、確か。あの時、貰った手紙の内容が、いつもと違っていたので、春があいつらに何か言ったのかと思ってしまい……」

「いつもと違った内容って……いつも、貰っていたの」

 鞄の中から束になった手紙を出した。

「コレがそうです。いつもは、死ね、消えろ、ブス、釣り合わないなどの単語ばかりで、愛のない手紙だったのですが、須藤先輩が春から苛められていたって聞いた時の手紙は、ちゃんとした文章になっていました。まあ、そっけない手紙ではありましたが」

 束になっている手紙を、開けて読んでいるアリスを横目で見ながら、問題を解く手は止めなかった。

「そうだ。一つ言っておきますけど、須藤先輩が私に構っても構わなくても、春が側にいる限り苛められますよ」            

「どう言うこと」

「あれ、有名だと思っていました。春は男子と言うか雄に人気がありますが、雌に嫌われる性格らしく、雌の鬱憤を晴らすためにあたしの方に当たりにきますからね。例えば、ハンバーグ事件。知っていますか」

「何それ」

 書いてある手を止め、夜の話を聞く態勢になった。

「二時間家庭科の自習があり、作ったのはハンバーグです。何度も家庭科の先生は言いましたし、ホワイトボードにもでかでかとハンバーグの文字が書かれているにも限らずに、春はロールキャベツを作ってしまいました。キャベツの中の具材は、サラダ用の野菜を使っていました」

「何でロールキャベツなの」

「春はこう見えて、人と同じことをするのが嫌いらしく、強制でないものは他の人と違うことをします。まあ、ハンバーグを作るのも強制的ですが、退学か停学にならなかったらいい。が基準です。笑っちゃいますよね。だから今回のハンバーグ事件もそうです。ロールキャベツの味は美味で、作っていた班の割り振りは出席番号順だったので、春の班は全員男子でした。もちろん、ロールキャベツを作った春は、家庭科の先生に怒られますが、同じ班の男子たちが反論し、その声が廊下まで響いていたらしいです」

「まあ、先生の方が正しいよね。この話は」

「普通はそうなるのですが、運悪いのかいいのかわかりませんが、男の体育教師がたまたま調理室の前を通り過ぎようとしたときに、騒がしいので入ってきたら、男子の体育教師は春のファンですから、間に割り込んで家庭科の先生を叱っていました」

 問題用紙を解く手を止め、小さくため息吐きアリスを見た。

「そして、男の体育教師が出て行った後、あたしの班ばかり監視して、他の班がやっていることをあたしの班がすると、キレ始めてハンバーグはとても不味かったですよ。いろいろな意味で、ですけどね」

「それは……ご愁傷様」

 力なく笑っているアリスにムカついた夜は、近くに会った辞書を持つとアリスに投げつけた。

 運動神経のよいアリスは、それを易々とキャッチした。

「ところで、関係ない話をしますが、須藤先輩と兄妹の名前を合わせると、不思議の国のアリスになりますよね。大体」

「うん。俺の母親、不思議の国のアリスが好きだから、子供の名前につけた。ちなみに、飼っている雌猫の名前がニール」

「須藤先輩とお兄さん、百歩譲ってニールちゃんまではいいですけど、冨野ちゃんは少し無理矢理ではないですか」

「俺もそう思った」

 他愛のない話をしながら、勉強も少しずつやりながら時間があっと言う間に五時半を回っていた。

「もうそろそろ帰ろうか。夜、送っていくよ」

「須藤先輩、折り入ってお話があります」

 さっきと打って変わり真面目な顔つきになった夜、不安を感じつつ席に座りなおした。

「須藤先輩」

「うん、何」

「……別れてください」

「どう……して」

 冷静に言っているが、内心ハラハラしているが落ち着きがなかった。夜の言葉の続きが聞きたいようで、聞きたくなかった。

「始まりがおかしかったです。勝負で勝ったから付き合うなんて、相手の気持ちを無視しています」

「……」

「あたしは、今まで抱えてきたことがようやく手放せ、自由になりました。だがら、ちゃんと自分と向き直りたいです。そんな中、須藤先輩とあんな付き合い方したくないです」

 きっぱり言う夜に気づかれず、唾を飲み込み徐々に冷たくなっていく手を強く握りしめながら声を振り絞った。

「別れても、俺は夜が好きだからまた告白するよ」

「それが本当ならば、返事は卒業式まで待ってください」

「……わかった、別れよう。今言うのもなんだと思うけど、夜が好きだよ。前よりも何倍も夜が好きだ」

 微笑むようにして夜は立ち上がり、深々と頭を下げ帰って行った。

 卒業式まで、夜とアリスは学校でも学校の外でも、一言も話さず会うこともなかった。学校中の生徒の噂では、二人は別れた、と言う噂が流れていた。


「やっと、本当の意味で夜を手に入れられる、それまでの辛抱。今までの、十一年間耐えて来たから、絶対に逃がさないし離さない。ああ、夜。早く俺の手を取って、二人だけの場所で一生一緒に居るために」


 別れを切り出した夜は、後悔などしていなかった。むしろ、スッキリしていた。白夜との誤解も解け、もう自分には枷となるものなど何一つとして亡くなったのだから。

 それから夜は、卒業式に向けて自分を磨き始めた。アリスや他の子に気づかれないように細心の注意を払いながら。

 それでも、胸の中にはまだ一つ、心残りがあった。それは、受験をしにこの高校に来た時、中庭のベンチで寝ていた人の事である。

 きっと先輩なのは確かだが、顔も名前もクラスも知らないので、探しようがなかった。ただ、知っていることは先輩と言うことと宇宙人かもしれない人。それだけだった。

 今思えば、夜の初恋の相手になる人だ。その気持ちに終止符を打つためにも、卒業式は人生の中で一番大事な日になるはずだと思っている。

 卒業式が終わっても、すぐにアリスに会いに行くのは何となく気が引けたため夜は、ある場所に行った。その場所は、中庭だ。夜の初恋の人が来る可能性もある。その期待の中にもしかして、夜の初恋の相手はアリスかもしれない。そんな淡い期待も胸の中にあった。         

 焦る気持ち、早く胸を打つ鼓動を抑えるため、二週間前に夜宛ての手紙を取り出し、ゆっくりと読み始めた。差出人は白夜だ。

 落ち着き始めた夜は、白夜からの手紙を制服のポケットの中に入れた。そして、快晴の空を見上げた。十分経って誰も来なければ、アリスのところに行き、思いを告げようと思いながら、受験当日の思い出に浸り始めた。


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