第四章 兄と妹
第四章 兄と妹
あれから、アリスは体育館の倉庫の中に入り、夜を助けた。それっきり、夜は苛められなくなり、夜とアリスの間が少しずつ縮まった。
「なあ、夜。俺の家で勉強会しないか」
「やりません」
下校中、夜とアリスと春と空で寄り道をして、今ファミレスの中で食べ物を軽く撮むほど食べていた。
「そう言えば、もうすぐ中間だな」
「青空先輩その前に、実力テストはどうでした」
「う……」
毎回赤点を取っている空は今回の中間で赤点を取ってしまったら留年決定。それほど、空は馬鹿だった。
「アリスが教えてくれるなら、行ってやってもいいけど」
「……どれだけ上から目線の言い方なの春ちゃん。てか、行き成り巣に戻ったね」
「そうだ、そうだ。アリス、俺たちに勉強を教えろ」
「……どうしてもって言うなら、夜が来るなら教えてあげてもいいけど。」
二人とも一斉に夜の方を向いたが、夜はミルクティーを呑気に飲んでいた。その後、二人の説得で、夜も勉強会に参加することになった。
夜にとっては、有難迷惑でしかなかった。
アリスにとっては、嬉しい誤算だった。
勉強会をする日は、今週の日曜日。中間テストまで残り二週間。
勉強会当日。アリスの家で勉強会をすることになったが、アリスの家を知っているのは空だけなので、アリスの家に行く前に近くの公園に集合することになった。
「あ、来た。春遅いよ」
「ご、ごめん。寝坊した」
「寝坊って今、一時だぞ」
「五月蝿い、この単細胞馬鹿。批判しか言えないのか」
キレ始めた春を夜が宥めたが、まだぶつくさ言っている春を放置しながら、チャイムを鳴らした。
「いらっしゃい。遅かったね。集合時間、十二時半じゃなかった」
「春ちゃんの所為。言い訳が何かわかるか、寝坊だって寝坊。笑っちゃうな」
「ばらすな。てか、春ちゃん言うな。私の名前が汚れる」
回し蹴りを見事喰らわせた春は、倒れた空にプロレス技をかけた。
「ところで、あたしは勉強するために来たわけじゃないですからね」
「うん、ちゃんと用意してあるよ。俺のゲームだけど。最近買ったソフトが確か、DXドラ……何だっけ」
「DXドラガルウス 魔界への扉。もしかして、初回」
「え、うん。そうだけど」
食いついてきた夜の目は、今まで見てきた中で一番輝いていた。
「あー、夜。ああ、見えてゲーマーだから」
「あたしも、DD買おうかと悩んだりしましたけど、同時発売のマリガルの初回買っちゃって、金欠だったから。でも、DDもやりたけど、初回すぐ売れ切れちゃったみたいだから、だからね、須藤が持っていて嬉しいな」
「……」
初めて名前を呼び捨てにされ、タメ口で話している夜に驚いている反面DDを買っておいてよかったと思っていた。夜の作り笑顔ではない笑顔を見るのは、いつぶりだろうか。
「ちょっと、アリス兄様。いつまで立ち話をされているおつもりですか」
「あ、冨野。ちょうどいいから自己紹介しなさい」
自分の家から出て来た冨野が夜たちの前に出て来た瞬間、空にプロレス技をかけていた春は表の顔に素早く切り替え、夜の隣に並んだ。
「はい、わかりました。初めまして、須藤 冨野ですわ」
「丁寧なあいさつですね。こちらこそ初めまして、藍染 春です。よろしく、冨野ちゃん」
「星空 夜です」
「俺は知っているよな、冨野ちゃん」
「ええ、存じていますわ。空様」
笑顔を空に向かると、ハイテンションになった空を放置し、夜と春を交互に見た。
「春さんがアリス兄様の彼女さんでいらっしゃいますね。アリス兄様がいつもお世話になっていますわ」
深々とお辞儀している冨野を見ても、慌てる様子もなく春はやんわりと否定した。
「冨野ちゃん。残念だけど私はあなたのお兄様の彼女ではありませんよ」
「では、あなたが……」
視線を春から夜に向きを変えると、すぐ視線を外し夜以外の者を須藤家に入らせ、玄関の鍵を閉めたが、扉のドアノブは離さずにいた。
「冨野は、あなたが嫌いです。アリス兄様の彼女なんて絶対に認めません」
「……そう。なら、須藤先輩。聞こえますか」
「うん、聞こえるよ」
「そうですか。では、ノートにDDのあらすじと感想をできるだけ詳しく、全ページを使って書いて学校に持って来てください。本当は、やりたいけど、須藤先輩の妹さん嫌われたみたいなので」
「冨野、鍵を開けなさい。兄さんを睡眠不足にしたくなかったら」
「……」
渋々玄関の鍵を開け、夜を家の中に入れた。
やっと勉強会が始まったのは、一時半を回っていた。
「コレがさっき言っていたソフト」
「ありがとう」
目を輝かせながら、ソフトを受け取りゲームやり始めた。その一方、アリスに勉強を教わっている二人は必死に問題を解いていた。
「ちょっと、あなた。アリス兄様の彼女だからって調子に乗らないでくださいません。しかも、アリス兄様を脅すなんて、言語道断ですわ」
「ん……うん、そうだね」
「何ですか、その間。第一、あなたのような人がそのゲームをクリアできる訳ないですわ。ご存知ですこと。今や、インターネットでこのソフトの難しさを沢山のブログに書かれていますわ。プロの人でも、このソフトはクソゲーと言っても過言ではないとおっしゃっている人も多いのですわ」
「へえ……」
話を聞きながら、コントローラーのボタンを華麗な手さばきで動かしていく夜に、苛立ち覚える冨野はそれからも夜に突っかかった。それから四時間後。
「ま、まさか。あなた如きが……く、クリアするなんて……」
「難しさは、星五つ中三つかな。ところで、須藤先輩。FRした」
「FR……ああ、もしかしてファレストリヤ レクイエム」
「うん」
「やったけど、クリアまではしてないよ。第六ステージから全然できなくて、それっきり」
勉強組もひと段落ついたみたいで、教科書や筆記用具を片付け始めた。
「そっか」
「あり得ませんわ……ふ、冨野でもクリアするまで徹夜で一週間かかりましたもの。それを、たったの四時間で……」
「あれ、須藤先輩の妹さんも、もしかしてゲーマー」
「うん、そうだよ。結構腕はいいよ」
「ちょっと、あなた。冨野と通信対戦いたしましょう」
返事を聞かずに自分の部屋からコントローラーを持ってくると、コードに繋ぎ通信対戦を始めた。
「このゲーム、何ゲー」
「RPGのバトルもの。春ちゃんはゲームするの」
「全然」
対戦モードの勝敗のルールは、制限時間内よりも相手より多く敵を倒すこと。
この勝負、圧倒的な力の差を見せた夜の勝利で終わった。
次は、別のルールで勝負するが夜に一度も勝てずに七時過ぎになってしまった。
「ど、どうして……これではノーフファンに顔向けできませんわ」
一つも勝てずにいた冨野は、とうとう泣き出してしまった。
「ノーフ、って何のこと」
「インターネットのニックネームだよ」
「……もしかして、今ゲーマーの中で最も若いプロ級の腕で騒がれているノーフさんとは、須藤先輩の妹さんだったのですね」
驚きのあまり、区長が治ってしまった。
そのことに、少しがっかりしているアリス。
「たぶん、そうだと思うよ。てか、何で知っているの」
「実はあたしも、そのコミュニティーに入っていて、ニックネームが夜空」
その瞬間、声を上げて泣いていた冨野は夜の方に駆け寄った。
「夜空さん……本当に夜空さんなのですか」
「え、うん」
「大ファンです。冨野は夜空さんの大ファンなのです。コミュニティーに入ってから、夜空さんといつか対戦するために、夜空さんがやったソフトはすべてクリアしましたわ」
こうして、夜と冨野は仲良くなった。
次は冨野が夜空とやりたかったゲームを出して来た。
「あれ、アリスの友達来ていたのか」
「兄さん、あれほどノックしてって何回言ったか覚えている」
「すまん、すまん」
謝りながら中に入ってきたアリスの兄はベッドに腰掛けた。
どう見ても、今まで寝ていた人のように目が開き切っていない。
「空は知っているけど、春ちゃんは知らないよね。俺の兄さん、兄さん自己紹介してあげて」
「わかっているよ。アリスの兄、須藤 志菊。よろしく、春ちゃん」
名詞を渡され、よく見るとホストの名詞だった。
「初めまして、藍染 春です。須藤先輩のお兄さんが、ホストやっているのは意外です」
「まあね。いいね、その造り笑顔上手いね。キャバ嬢向いているよ。その笑顔で、大抵の男はコロっといくね」
その言葉にイラついた春は、志菊に聞こえるように舌打ちをした。
「黙れ、嘘クサイ笑顔振り撒いているのは、あんたも一緒だろ」
「それが、素か……ギャップが激しいな。まあ、何よりカッコいいねえ。彼氏とかいるの」
「誰があんたに教えるか」
殺伐とした雰囲気の中、夜と冨野がしているゲームの音がやけに大きく聞こえた。
「そっか、そっか、初対面には教えないよな」
「初対面じゃなくても、あんたなら教えない」
「うっわ、相当嫌われていんのか」
「ストップ。兄さん、遊んでいる場合じゃないだろ。時間、ヤバいよ」
「そうだな、もうそろそろ行くかな」
「いってらっしゃい」
そのまま部屋を出て行くと思いきや、志菊は冨野の顔を両手で持ち自分の方に顔だけ向けた。
驚いた冨野は、その反動で握っていたコントローラーを床に落とした。
「なあ、冨野。俺は別にゲームするな、とは言わないけどな、家族のルールは守れよ」
「は、はい……」
涙が頬に伝わり、志菊の手の甲に伝って床に落ちた。
そんな冨野を見てもなお、志菊は手を放そうとはしなかった。
「家族の誰かが家を出るとわかった時、必ずいってらっしゃいと言うこと。教えたよな、俺」
「……はい」
「わかっていて出来ないなんて、お兄様は悲しいよ。なあ、冨野」
誰も動かず話せない志菊に怒りを覚えた夜は立ち上がり、志菊に近寄ろうと一歩歩き出した。
「何がお兄様だ。あんたなんか、ドSでド変態の馬鹿兄貴で十分だろ。てか、いい加減離してやれよ。痛がっているし、怖がっているだろ。そんなこともわからなくなっちまったのかよ。兄貴失格だな」
夜が動き出したよりも一歩早く、春は志菊に近づき、志菊の手を叩いた春はまっすぐ志菊を見た。数分見つめ合い、志菊の携帯が鳴った。
「あ、何の用だ……ああ……ああわかった。今からそっち行くから、詳しいこと聞かせろ」
電話を切り、春の方を向いた。
「春、面白いな。気に入ったよ」
「気に入ってもらわなくても結構」
「あっそ、ところでさっきから携帯、光っているけど彼氏だろ」
素早く鞄から出し、片手で隠しながらディスプレイを見ると志菊の言う通り、彼氏からのメールだった。
「その顔の表情からすると図星っぽいな。彼氏の名前、春来、って言うだろ」
「……何でそれを」
「俺、目だけはいいよ。じゃ」
「いってらっしゃい、兄さん」
「いってらっしゃいませ、志菊兄様」
上機嫌で家を出て行った志菊の後、夜たちも帰りだした。
帰り道、冨野を家に置いていき四人で夜道を歩いていた。
「春、ありがとう」
「もうちょっと、冷静にならないと後々後々大変だったぞ」
「うん、反省している」
「夜が謝ることじゃないよ。春ちゃんも、ごめん。俺の兄貴が」
「私の事は気にするな。もう、会うこともなし。それじゃ、お休み二人とも」
春の家の前が夜の家であった。春は家の中に入ったが、夜はまだ外で夜と一緒に居た。
空は、合コンの話がアリスの家を出た瞬間に来て、そのまま合コンに向かった。
「兄さんの仕事はホストだから、自分から女に声とか、からかうのは珍しいよ。きっと春ちゃんのこと相当気に入ったと思う」
「そうですか」
「そう言えば、春ちゃんの彼氏の名前は……」
「春来君、西山 春来君。漢字は、西の山に春が来たと書きます」
家の前で話しているのも気が引けると思い、近くの公園のブランコに座った。
「一年生で、多分イケメングループに入りますよ」
「それじゃ、夜が言う完璧グループに入るね。そいつ」
「いえ、彼は例外です」
「どうして」
不敵な笑みを向けると、ブランコから腰を上げ、歩き出した。
「その時が来たら、わかります。そんなことより、先ほどはすみませんでした。春が間に入りこまなかったら、確実にあたしは須藤先輩のお兄さんを殴っていました」
「いや、その件はもういいよ。こっちの方が悪かったって言っただろ」
「ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
「家まで送ってあげようか」
「大丈夫ですよ」
公園を出て行く夜を見届けながら、空に電話を掛けた。
家に帰り、自分の部屋に入った。
「空。春来って、知っているか」
「あ……もしかして、西の山に春が来た、って書く奴だろ」
「そう、そいつ」
「知っているも何も、今年の文化祭のメインイベントのベストカップルを決めるイベントの目玉だよ。あの二人」
「へえ、そう。まあ、要するに一位は春ちゃんと春来って、男か」
海星高校の文化祭は、クラスの出し物と部活の出し物と生徒会の出し物の三つグループにわかれており、生徒会の出し物は毎回同じ出し物で、それがベストカップルを決めるイベントである。そのイベントで一位になったカップルは、ホテル付きの温泉のチケットが貰える。
「そう言うこと。西山 春来は意外と人気だぜ、この高校はアリスが居るからそんなに騒がれていないが、他校の生徒にはアリスの次に人気があるぞ」
「それじゃ、他の人と変わったところとかは」
「俺が知る限りないな。ところで、何でそんなこと聞く。アリスは星空にゾッコンだよな」
「兄さんだよ」
「ああ……なるほど」
志菊は、興味を持ったものをとことん調べるタイプ、その餌食になるのがアリスであった。
「てか、ベストカップルは俺らの方だよ。なんせ、夜の知っていることは、すべて俺が教えたことだからな。これほど、お似合いのカップルはいないよな」