第三章 敵と味方
第三章 敵と味方
体育祭次の日。普通に学校に行こうと、家を出た。
「おはよう、夜」
「……」
満面な笑みを浮かべているアリスがいた。反射的に玄関の扉を閉めてしまった夜は、冷静さを取り戻してもう一度開けると――。
「彼氏にする行動じゃないよね」
「う、うわああ」
幻だと思ったアリスの姿が今度は目の前にあった。パニックになった夜は可愛くない叫び声を上げながら、玄関の扉を閉めようとしたがアリスの手が扉を抑えていたので閉められず、深呼吸をして家を出た。
「朝から元気だね」
「誰の所為ですか」
「まあ、その話は置いといて。メルアドと番号、交換してなかったよね」
「ああ……そうですね」
鞄から携帯を出し、赤外線で交換した。交換すると、鞄に携帯を仕舞いこみ、半ば無理矢理夜の手をつなぎ歩き出した。
「夜、おはよう。藤堂先輩おはようございます。ところで、一緒に登校何てどうしたの」
「おはよう春ちゃん。俺たちが昨日から付き合うことになったから、よろしく」
その言葉と同時に学校に登校して来た人たち全員、一斉に振り返った。
「最悪……」
頭を抱えながら立ち止っている夜の隣にいるアリスは夜とは真逆で、笑みを浮かべていた。夜とアリスが付き合っている噂は、一日経たずに全校生徒の耳に届いた。
「アレ、全部夜に文句言いに来たのかな」
横目で廊下にいる大半の女子生徒を見ながら、黙々と弁当を食べている夜に行った。
「さ、あたしはどっちでもいいよ。トイレ行って来る」
「う、うん」
少し残っている弁当を置いて教室を出た夜の後、廊下にいた女子生徒は夜の後を追った。
アリスは先生の呼び出しでまだ来ていない。
「あの馬鹿……何をやっている」
小声で呟くように言った春は、夜の食べかけの弁当を片付けて教室を出て行った。
先生から呼び出しを食らっていたアリスは、小走りで夜のクラスに向かった。
「やべ、遅くなった」
階段を二段飛ばしで降りていくと、春が壁にもたれ掛かって持っていた。
「須藤先輩、ちょっと顔貸してください」
笑顔であるが目が笑っていない。春の後ろに付いていくと、人の気配がない廊下まで来るとアリスの方へと振り返った。
「須藤先輩、単刀直入に言います。夜と別れてください」
「……は」
「須藤先輩も知っていますよね。夜に何が起こっているか」
「意味わからない」
事情が掴めていないアリスを見ながら春は鼻で笑った。
「意味が分からない……は、笑わせんじゃねえ。アリスが夜にちょっかいを掛けてきたときからずっと、苛められている」
「冗談言う――」
「私が一度でもアリスに冗談言ったかよ」
言葉使いが変わった春に戸惑っているアリスだったが、状況をだんだん呑み込めてきた。
「苛められていたって、夜からそんな様子なかったけど」
「アリスはいったい夜の何を見て、好きだの、愛しているだの言っている。夜が隠さないわけないだろ。そんなこともわかんないのかよ」
「……」
夜の性格は、苛められていたら上手く隠し、自分で解決してしまう性格である。
「いいか、くれぐれもアリスは何もするな。夜と別れないのなら、尚更な」
「無理。そんなこと聞かされて、何もしない男なんていない」
「アリスがしゃしゃり出て来ると、夜の苛めはもっと酷くなる。それぐらい頭がいいなら察しろよ。それに、夜は助けて欲しかったらアリスじゃなくて、私に言って来る」
「……春ちゃん、君がそんな子だと思わなかったよ」
「何とでも言え。その代り、苛めている奴がわかっても手を出すな。そして、このことは夜には言うな」
予鈴が鳴り、春は自分のクラスに戻って行き、アリスも春の意見に不満を持ちながら自分のクラスに戻った。
「はあ、あの性格どうにかしろと後でメールしてやる。てか、夜に触れていいのは俺だけなのに、わからないのかな。あの馬鹿どもは」
その日の授業も終わり、放課後になった。
「夜、帰ろう」
「その前に春、何言ったの」
「え、何って何を」
声が少し震えているが、睨んでくる夜の目を逸らすことができなかった。
「そう。まあ、わからないならいいけど。春ならわかっているよね。あたしがされて嫌なこと。一つ、あたしの邪魔をすること。二つ、あたしの家庭の事情その他と勝手に言いふらすこと。三つ、あたしの友達や家族、大切な人を気ずつけること」
「う、うん。知っているよ」
「ならよかった。残念だけど今日は一緒に帰れない。ごめんね」
帰りの用意を終えた夜は鞄を持ち教室のドアを開けた。
「あ、そうそう。須藤先輩が来たら一緒に帰れません、って言っておいてくれる」
「夜……」
名前を呼ぶと同時に、鞄から畳まれた一枚の手紙を春に見えるように見せた。
それが、どんな内容が書かれているか一目でわかった。
「夜、行っちゃダメ」
引き留めるため、夜のそばに駆け寄ろうとした夜。
だが大声で春の名前を夜に呼ばれ反射的に止まった。
「春、さっき言ったよね、あたしがされて嫌なこと。春が今からする行為はあたしがされて嫌なことに入る、それとも入らない」
「……」
「わかってくれたみたいだね。それじゃ、また明日」
教室を出て行き、足音も消えた。
数分後、アリスが息を切らしながら勢いよくドアを開けた。
「ごめ……夜、遅――」
「言うなって言っただろう」
教室に入った瞬間、大声で怒鳴られた。
目の前に目に一杯の涙を溜めている春を見ると、何の言葉も出なかった。
「アリスなら、大丈夫だと思っていたのに……アリスなら、白夜さんから夜を助けられると思ったのに」
「白夜さんって誰」
「口軽男に誰が教えるか。でも、いいことを教えてやる。私の嫌いなものは、爬虫類と大勢でしか行動できない馬鹿女と口軽の馬鹿男だよ。つまり、アリスは私の嫌いなもの」
「なら、よかった。俺は春ちゃんの嫌いなものじゃない。俺、話してない」
「……その証拠は」
携帯電話をポケットから出すと、どこかに電話を掛けた。
すると数分後空がやって来た。
「行き成り電話してくると思ったら……何だよ」
「空、今日はずっと一緒にいたよな」
「は、んだよ。ああ、そうだよ。先生に呼び出し喰らっている以外は一緒に居た」
「その時、教室に藍染 赤と白浜 小石と林原 碧は居た」
二人の間に割り込むと、春は空に詰め寄った。
「あ、ああ。居たな。確かに」
「その後は」
「その後は……アリスが帰って来たから、昨日の合コン話をしていた」
「その時、さっき言った三人は」
考え込むように記憶を思い出している空に、急かすように春は空の返答を待った。
「……思い出した。五時間目が終わった時から三人、見かけなかったな。だから、六時間目サボっていたってことか」
「六時間目……ああ、なるほど」
パズルのピースが組み合わさった春は納得した。アリスが言ってないのは確かなのに何で夜がまた呼び出しの手紙を貰ったのか、アリスはまだわからなかった。
「どう言うこと」
「私たちのクラスは六時間目、移動教室だった。だから、その間に呼び出しの手紙を夜の机の中に入れたことになる」
「それじゃ……」
「ああ、きっと私たちの話を、三人の中の一人が聞いていたらしいな」
「それじゃ、俺の容疑も晴れたし、白夜さんって誰」
「……私と夜は親戚同士……です」
昔話を始めた春は、机の上に座り話し出し、深呼吸を数回して落ち着きを取り戻すと、春は普段の口調に戻った。
「私の性格は世間で言う二重人格です。裏の顔は怒りが爆発した時に出ます。なので、先ほどの私です。私は、表の顔を使いながら生きていました。その方が、大人は可愛がってくれます。でも、夜と顔合わせした瞬間、表の顔が偽物だってことがバレました。コレでも結構ショックでした。夜と顔合わせした年齢が、五・六歳の時でも今でもしっかり覚えています。それから、夜の前では素で接していますが、学校や外に出る時は表の顔ですけどね。こんな私を、夜は避けたり他人に言いふらしたりしないから、余計に大好きです」
「……」
「……」
二人とも春の近くに腰掛け、春の話に耳を傾けた。
「それから私たちが中三になり、受験を控えた時から夜は変わりました。この時から、完璧に拘るようになりました。どうしてか、私も詳しく知りませんが白夜さん……夜のお兄さんが関わっているのは確かです。それから、受験する高校も変わりました。当時の私と夜が通っていた中学校は別々でした。私はエレベーター式でしたが、夜の受験する高校に行くために勉強していましたが、突然夜が受験する高校のレベルを下げ、この高校……海星高校に受験すると聞いた時勉強する量をもっと増やしましたね」
「この高校、そんなに偏差値高くないよね」
「偏差値が高くなくても、毎年高校人気ランキングに十位にはいる位人気ですよ。だから、猛勉強しました。夜は絶対にこの高校に入るから」
「受験に絶対、って言葉はないよ」
ため息を吐いた夜は、首を横に振りアリスを見た。
「須藤先輩は夜のテストの点数、見たことありますか」
「少しなら」
「なら、知っていますよね。夜の今までのテストの点数はすべて平均点」
「……」
「毎回毎回平均点を取れるのは、本当に頭がいい人だけですよ。そんな夜が受験に落ちるとでも」
鼻で笑った春は机から立ち上がった。
「須藤先輩、夜の場所知りたいですか」
「うん」
「あの三人は女子の中では結構有名です。手口は、まず手紙で相手を呼び出し、呼び出し場所は体育館前。その後は、その相手を気絶させ体育館の中にある倉庫の中に入れる」
「サンキュー」
教室を立ち去り体育館に向った。
「なあ、一つ聞いていいか」
「……」
「あからさまに嫌な顔するなよ」
「……何ですか」
「どうして学校で夜と会う時は素じゃないの」
「言ったでしょ、他人と接する時は表の方が得だからです。それにイメージと言うものがありますからね」
「……お前、好きな人の前では自爆するタイプだな」
教室を出ようとしている春に、空は笑顔を向けた。
春は、空にお返しの微笑みを向け、教室を出て行った。
「あ、メール……久しぶりに来たメールが正確どうにかしろ、馬鹿にしていんのかよ。馬鹿兄貴」