第一章 思いと感情
第一章 思いと感情
あら、いらっしゃい。外は寒かった、それとも暑かった。まあ、どちらでもいいかしら。だって、外に出ない私には関係ないもの。
さて、この場所はどういう場所か知っていているのよね。
そう。この場所は、自分の人生の道が分からなくなった時、手助けとなるような物語を私が読み、これからの人生の生き方を決める場所。読んだ本の通り進んだら、いい結果になるかもしれないし、ならないかもしれない。決めるのは自分自身だから、絶対とは言い切れないわ。それを踏まえてもなお、この家に足を踏み入れるのなら、こちらに腰を下ろして。
そう、座るのね。もう、後戻りはできないわよ。
それじゃまずは、どんな物語を聞きに来たのか、話してもらおうかしら。
へえ、あなたには彼女さんがいるのね。それも、可愛い彼女さんが。ふーん、なるほど。
つまり、話をまとめさせてもらうわね。
あなたと血がつながっていない弟が、卒業式当日に行方不明になってしまった。あなたの彼女さんの友達と。でも、二人はカップルだから、一緒に居ても不自然ではない。でもある日、あなたと彼女さんはイタリアに観光しに行った。その時、行方不明の弟を見かけた。彼女さんは見てなくて、自分だけが知っている。
どう、合っているかしら。合っているなら、あなたはどうしたいの。
そう、どうしたらいいか聞きに来たのね。いいわ、私が集めた物語を話してあげる。そのかわり、お代はあなたがこの世に生まれた時から、今まであなたが体験したこと。
その物語を聞かせてくれるのなら、話しましょう。うふふ、交渉成立ね。
さて、まずは質問からしましょうか。あなたは、自分でも気づいてないみたいだけど、すごく緊張しているのよ。肩が上がっているもの。だから、緊張をほぐすための、ウォーミングアプだと思えばいいわ。え、そんなの必要ない。あのね、あなたが道を間違えようが、道に迷っていようが私には関係ないけどね、中途半端の気持ちで私が集めた物語を聞いてほしくないの。わかった。わかったなら、返事。よし、それじゃ、質問を続けましょうか。
あなたは、自分の人生はどうやって決めているのかしら。親それとも先生、恋人や友だちと答える人と会える可能性は、とてつもなく低い確率かもしれないわね。でも、そんな人と少し会ってみたいわ。他にも決め方はあるという人もいるかもしれないけれど、私には愛する動物に決めてもらうなんて言う珍解答しか思い浮かばないわ。
おっと、本代がそれてしまったわね。自分の人生なんて自分で決めると言う人がやっぱり過半数いるでしょうけどね。あなたも、この意見でしょ。
それじゃ、過半数の意見の方を答えたあなたに聞くわ。本当にあなたは自分の人生を自分で決めているのかしら。今から話す物語は、私が集めた物語の一部。温めて、愛情を注いできたもの。
それを聞いてもらえるのは嬉しいことだけど、その反面あっけないと感じてしまう。あんなに時間をかけたのに読むのはあっと言う間。人生と似ているよね。苦しい思いを何年、何十年してきてようやく楽で楽しい人生が待っているのに、死んでしまう。人は、夢や希望を追いかけて頑張っている。笑えるわ。そんなわけないのに。死なないように、生きるため、生き方の波にそのまま身をゆだねているだけ。
別に、あなたを侮辱しているわけじゃないのよ。ましてや、馬鹿にもしてないから。本当よ。
だって、あなた以外にもきっとそう答える人はいるもの。それに、どんな偽善者が居ようと居まいと、この世の中の腐った部分が浄化されるわけもない。
あ、ちょっと中二病臭くなっちゃったけど、私が言いたいことはごく簡単。今回の物語を聞いてくれれば、わかると思うよ。それと、あなたのこれからの人生の道の手掛かりがきっと見つかる。
ああ、そうそう。私は、私であって私でない。意味がわからなくてもいいの。ただ、気を付けてね。本当に、あなたはあなたなのか。例え、物語が自分の身の回りにあったことでも……ね。
うふふ。それでは、物語の始まりよ。注意事項は一つ、物語に飲み込まれてはいけない。それでは、始めましょうか。
海星高校二年生 星空 夜は、どこにでもいるいたって平均的少女。そんな夜に毎日のように告白をする、三年 須藤 アリスに告白された。アリスは、海星高校の王子様的存在だが、いつも告白をあっさり断られていた。それでもめげないアリスは、夜に話しかけ続けた。
「須藤先輩、毎度、毎度しつこいです」
昼食中も、夜と話をするため、机をくっつけている夜の親友、藍染 春。
その昼食に割り込んだ。
「気にしないの。僕と夜の仲でしょ」
購買のパンを呑気に頬張るアリスを、夜は睨んだ。
「気持ちが悪いので口を閉じ、そのまま一生話さないでください」
「酷いな、夜。それとも、その言葉は、誰にも話さないで、の意思表示。それとも、嫉妬かヤキモチ」
「……はあ、もういいです」
口で負けた夜は、目線を自分の弁当に向けて、黙々と食べ始めた。
「須藤先輩。毎日、毎日購買のパンばかりだと栄養が傾いちゃいますから、今日は特別にどれでも、お一つどうぞ」
「え、いいの。春ちゃん」
「はい、構いません」
食べかけのお弁当を、アリスの前に出した。その中からアリスは、卵焼きを貰い口の中に頬りこんだ。
「おいしいですか」
「うん、もちろん。すっごく、おいしい」
他の人が見たら、お似合いのカップルに見える二人。ルックスがいいアリスに、釣り合う女子は春しかいないと言われているくらい、春もルックスがいい。
その証拠に。昨年のミスグランプリで見事、二、三年を差し置いて一位となった。
海星高校では、ひそかにあの二人がくっついて、美男美女カップルが誕生してほしいと願っていた。
そんな中、弁当を食べるのは並の精神力じゃ無理だろう。教室の外や中から、こちらを凝視している視線は、いつもの事だが慣れるわけもない。
その視線に耐えられなくなった夜は、席を立とうとした。
「どこ行くの、夜」
口の中に卵焼きを含んだまま、夜の方を向くアリス。その右頬に、クリームと思われるものがついていた。クリームパンでも食べていたのだろう。だが、クリームをつけていても、カッコよく見えるのは、やはりルックスがいい所為だろう。
「お茶が欲しいから、買ってくるだけですよ。すぐ戻ってきますから、ご心配なく」
すぐ帰ってくると言ったが、内心は昼休み中ずっと、どこかに身をひそめることを考えていた。
そんな夜の気持ちを悟った春は、席を立ち夜の肩に両手を置いて、無理矢理また席に座らせた。
「私が行って来るよ。夜が欲しいのは、ミルクティーでしょ。須藤先輩は、何がいいですか。今日は、私のおごりです」
「いや、俺はいいよ」
「そうですか。それじゃ、ちょっと待っていてね」
財布を持って教室を出た春に向かって、舌打ちをしたい気持ちをぐっと堪え、弁当に箸を付けた。
春が出て行っても、夜を見る視線は消えるわけもない。こんなことは、三人にとって日常茶飯事だった。
「ねえ、夜。どうして付き合ってくれないの」
「だから、毎日、毎日言わせないでください」
「あたしじゃ、須藤先輩に釣り合わないって、本気で思ってないでしょ」
抑えていた舌打ちが、自然に出てしまい、周りの人にも聞こえてしまったらしい。
アリスは、真剣な顔を夜に近づけた。そんな顔を見せられたら、アリスに惚れている子なら一発で、ノックアウト。
「本当のこと、教えてくれない」
これだけ真剣に言われると、自分も真剣に答えなくてはと、思うほど夜はいい子ではなく、どうしよう、おこっていると、おどおどするか弱い子でもなかった。夜は、珍解答がしたい変人だった。けれども、そんな夜でもさすがに空気は読める。なので、真面目に
話した。
「須藤先輩は、自分のこと好きですか」
「は、何、行き成り」
「あたしは、嫌いです。自分のいいところを上げろとか、自分の事を文章でまとめてみましょうとか、そんなの授業でやるのならブチギレますよ。まあ、私の場合ですけど。つまり、いいところなんて一つもありませんし、自分の事が嫌いなので知りたくもない。でも、須藤先輩はいくらでもありますよね。そんな須藤先輩に質問です。自分のこと、どのように思っていますか」
「……答えなきゃダメ」
「駄目です」
渋々アリスは、夜が何をしたいかわからないまま、質問に答えた。
「うーん、そうだね。やっぱ、みんなが言っている通り、容姿端麗、頭脳明晰、運動抜群で、みんなに好かれる人気者かな」
「……自分でそこまで言いますか」
ふと、周りを見渡してみると、女子生徒の顔が紅葉のように赤く染まっていた。
そんな連中をほっといて、夜はアリスとの距離を何気に開け、話を再開させた。
「まあ、いいです。須藤先輩が言っていることは事実ですからね。須藤先輩は、完璧な人間ですよ。誰の目から見ても」
「だから。それを確かめるために、こんな恥ずかしい言葉言わせたの」
「恥ずかしい素振りなんて一つも見せていません。その言葉は聞かなかったことにしましょうか。本代に戻りますが、完璧な人間はあたしの中で、ヒーロー的存在です。須藤先輩でも、他の人でも、この世に生まれて来たものすべてが知っているように、人間は人間と付き合い、恋をし、子孫を作ります。それと同様に、犬は犬と、天使は天使と、悪魔は悪魔と。ヒーローはヒロインと付き合うのがこの世のルールです。そのルールは、違えること何て不可能です。不可能を可能にするのが、科学だとか、言わないでくださいね。そんな屁理屈、須藤先輩の口から聞きたくありません」
「それじゃ、夜だって――」
「あたしはなれません。この世にブスな子と可愛い子に分かれているように、様々なものに別れています。人が男か女か別れ始めたその瞬間から、ヒーローになれる人となれない人。運動ができる人とできない人。頭がいい人と悪い人。悪人と善人。金持ちと貧乏。何になるかは、生まれた瞬間にもう決まっています。それは、二度と変えることも交換することもできない」
食べ終えた弁当箱をカバンの中に入れ、次の授業の準備を終えた夜は教室を出た。
アリスも、夜の後を追って教室を出た。教室の外にいた人たちは、偶然を装ってアリスの後ろに付いて行こうとしたが、アリスに見つかり断念した。
アリスファンクラブの会員に入れば、一〇〇以上の規則を暗記しなければいけない。その中の、第一三五条 アリスの後を追っているとき、当本人に見つかった場合、速やかに撤退すること。
規則を守らない人は、強制的にファンクラブを脱却させられる。
「それでも、努力すれば報われる人もいる。夜だ――」
「その話は、ごく一部です。そうなるよう、神が与えたのでしょ。その才能が、開花されるように。第一に、私は初めからヒロインになる気はありません。てか、なりたくないです」
「え」
「あたしがなりたいのは、普通の人間ですよ。つまり、サブキャラです」
購買の前で立ち止まり、購買の中を見回した。
「あ、そうそう。別にヒーローが嫌いとか、ヒロインになれないからサブキャラがいいなんて思ってもいませんし、思わないでください。サブキャラはただ、あたしが求め続けていたものです。それと、あたしは完璧って言葉が嫌いです」
「次は何。てか、文脈いろいろと間違ってない」
「間違ってないです。てか、いちいち突っ込まないでください。先に進みません。いいですね」
「ん、わかったよ」
「では、完璧=ヒーロー。完璧の何が面白いのでしょうか。涼しい顔して、すべて完璧にこなして、満足感何てあるのですか。否、そんなもの、あるはずがありません。この世の多くの人が完璧に憧れ、完璧に近い人間になろうと夢見ていますが、あたしからしてみれば、そのような人みんな、馬鹿ですよ」
購買の中に入り、テラスを抜け人通りが少ない所まで来ると、数名の声が聞こえてくる。しっかり聞こえる所まで来ると、春が男子生徒五人に囲まれていた。
「あ、お前誰だ」
「よ、夜」
怖かったのか、うっすらと涙を浮かべていた。
春を助けるため、囲んでいる男子生徒五人を倒した。
「こ、怖かったよ……夜」
安心すると、涙が流れ始めた。
アリスも夜に遅れてやって来たが、もう後の祭り状態だ。
こういうことも、三人にとってはいつものことだ。
「飲み物買うのがやたら遅いと思って、迎えに来てみたら……まったく」
「ごめんね……ごめんね、ありがとう」
春の話によると、飲み物を買い終え教室に戻ろうとしたとき、五人組の先輩に呼び止められこの場所まで連れて来られたのだった。
その場所から立ち去り、春を保健室に休ませ夜は五時間目の授業をさぼる気だった。だが、その前に、アリスから離れたかったが、なかなか離れないアリスの粘り強さに負け、アリスと一緒に屋上でサボることになった。
「ついて来ないでください。もう、五時間目始まっていますよ」
「てか、夜はいつも五時間目サボっているの」
夜の話を無視したアリスは夜の隣に座った。
「あたしは須藤先輩が嫌いです」
「え、何、行き成り」
無視した仕返しのため、夜も同じことをやって見せたが全く効いていなかった。
「あたしはこの世のすべての完璧、というものを軽蔑します」
「それなら、夜と一緒にいる春ちゃんも軽蔑するって、ことだよね」
「そうです」
即答した夜に怯まずにアリスは夜に喧嘩を売り出した。
「それじゃ、どうして一緒にいるの」
「完璧な人間だからです」
喧嘩を買った夜は、まっすぐアリスの目を見た。アリスもまた夜の目をしっかりと見た。
「その発言、矛盾しているよ」
「わかっています。あたしは、完璧な人間つまりヒーローかヒロインとなる器の人を探していました。春とは高校が同じで、それっきりいつも一緒に行動しています。サブキャラはヒーローかヒロインの隣に常にいてなければ行けませんからね」
「春ちゃんの完璧な部分は、言っちゃ悪いけど顔でしょ。もし、春ちゃんがブスだったらどうするの」
「春の完璧な部分はもちろん顔かもしれませんが、性格も完璧ですよ。それでも、もし春が完璧でないのなら今と変わらずに接していると思います。でも、その代りの人を探していると思いますよ」
「どうしてそこまで完璧な人間にこだわる」
「いづれかわかりますよ」
五時間目の終わるチャイムがなると、夜は立ち上がり意味有り気な顔で屋上を去った。
夜が屋上を降りるのを見送ると、アリスも自分のクラスに戻った。
「お、やっと来た。俺がどれほど先生を誤魔化すのが大変だったか、お前にわかるかよ」
「ああ、悪い。今度埋め合わせするから許せよ、空」
自分の席に座ったとたん、クラスの女子生徒たちが集まって空を押しのけた。
青空 空、小学校高学年からの付き合いであり今では、アリスの親友であり悪友でもある存在。
見た目はとにかくチャライ、頭は毎度毎度赤点を取るくらい馬鹿。この学校に入るためにアリスが空の勉強を見てやりぎりぎり合格した。
「ごめんね、ちょっとどいてくれないかな。空と話したい」
「何で、うち等はもっとお話ししたいよ」
「そうだよ、空君ばっかりアリスを独占しすぎだよ」
「うんうん」
反論する女子生徒は、次第に空を責めるようになったが、問答無用で女子生徒をどかした。
「はあ……やっと行ったか。てか、また星空の所か」
「まあな」
「アリスが何であいつのことが好きなのか、わかんねえ。春ちゃんならわかるけど……あ、そうか」
「何」
「たまには、珍味も食べてみたくなったか」
悪びれもなく言った空の耳元で、アリスは怒りをあらわにした。
「次、あんなことを言ったら殺すぞ」
ちょうどチャイムが鳴り先生が入ってくると、空と目を合わせずに自分の席に戻った。
放課後になり、部活に行く者と家に帰る者に分かれた。
「夜、帰らないの」
「あ、今日はちょっと……ごめん春」
「うんん。それじゃ、また明日。バイバイ」
「バイバイ」
もう教室の中にいるのは、夜だけとなった。グラウンドでは、野球部の声やサッカー部の声が入り混じり、校舎内は吹奏楽の音楽が鳴り響いていた。
「あれ、星空か」
声が聞こえて来た方に振り向くと、空が立っていた。
「どちら様ですか」
「ああ、そっか。会うのは初めてだよな。俺はアリスの親友の青空 空」
「自分で、誰かの親友何て図々しく言う人、初めて見ましたし、初めて会いました。突然ですが、青空先輩の血液型はもしかして、B型ですか」
「え、ああ、そうだけど」
ニヤける顔を必死に押さえている間、空は教室に入り夜の近くの席に座った。
この前、夜は血液型の性格の本を読んでいた。その本には、B型はナルシストと書かれていたらしい。
「ところで、帰らないの」
「そっくりそのまま返しますよ」
「本当に可愛げないな」
「褒めてくださってありがとうございます」
「褒めてねえ」
口喧嘩が始まったが、二人ともそれほど嫌ではなかった。逆に、落ち着くほどであった。
「なあ、何で俺と話してくれる。アリスが言っていたぞ。俺が一番初めに話しかけた時、ガン無視だって聞いたけど」
「理由なんて簡単ですよ。青空先輩は完璧な人間じゃありません。だから、普通に話しているだけです。それが理由ですけど」
「一応、褒め言葉として受け取っておくよ」
ふとグラウンドを見てみると、アリスが陸上部と混ざって部活をしていた。
「星空は、アリスのことが嫌いなのか」
「嫌いですよ。須藤先輩が完璧である限り、ずっと……そう、ずっと」
「それじゃ、何でそんなに辛そうな顔をしている」
窓に映っている夜の顔は歪んでいた。何かと別々にさせられた時の顔。空はそんな夜の変化を見逃さなかった。
「元からこんな顔ですよ」
机の上に置いてあった鞄を取り、教室を出て行った。空もアリスの場所に行くため教室を出た。
夜と別れてから空はグラウンドに行き、アリスに近づいた。
「疲れたああ」
「お疲れ」
帰り道、近くの公園で飲み物を買いベンチに座った。
「さっき、星空に会ったぞ」
「え、マジ。俺の事何か言っていたか」
「おお言っていたぞ。完璧じゃなくなるまで好きになることはまずない、だってさ」
寂しそうに手に持っていた缶コーヒーを飲んだ。
「そっか……」
「アリス……星空のどこが好き」
「その話をするのは、本人が先だから、空にはまだ言えない」
立ち上がり、公園を出て自分たちの家に帰るため歩き出した。
「ああ、そうですが。それじゃ、がんばれよ」
「がんばらなくたって、夜はもう俺のもんだよ」