肉を食いたきゃ、脂肪を燃やせ!
人を待つ時間は落ち着かない。逢った後のことを考えて期待と不安が交錯する。
女の子とのデートの待ち合わせともなればなおさらだ。
駅前の広場に一人立ち、同じ場所をウロウロして、まだ来ないかと時計と周囲の様子をうかがう。傍から見ればきっとバカな男に見えているだろう。
「素也く~ん」
振り返るとひらひらとスカートをはためかせた女の子が、たゆんたゆんと身体を揺らして走ってくるのが見えた。
揺れているのは主に腹回りが――だが。
より正確に言おう。
ドラム缶体型の身体を唸らせた女の子が、地面をドシンドシンと踏みならして近づいてくる。
おい、待て、それ以上走るな。スピードを落とせ。いやな予感がするぞ。
「キャッ!」
案の定こける。そしてドラムロールのごとく転がって僕に向かってくる。周りの人たちはさっと避けて壁を作る。あっという間に僕に逃げ場はなくなった。
「あたしを受け止めて!」
バカ言え。さながらボーリングのピンの気持ちだ。ガーターしてくれと心で祈りつつも衝撃に備える。
体重百キロを超える肉の塊が加速して僕に体当たりする。脳内がグラグラと揺れて物理学の「加速度×質量=力」の法則を身をもって知る。公式が頭からズッポリと抜けていったほどに。
それでも踏みとどまって彼女を止まらせる。その手をとって立たせてあげた。
起き上がった彼女はスカートを叩いてホコリを払う。上下バッチリおしゃれしてきたようだが、全てXLサイズなのが残念なところ。何を着てもカラフルなドラム缶以外の何物でもない。特殊性癖の人を除けば、女子高生だと言っても見た瞬間去っていく人がほとんどじゃなかろうか。
彼女こそ僕が待ちわびていた子、日乃本凛香だ。
「待った?」
「ああ、待ったよ。待ってしまったよ。来なければいいのにと願いつつね」
「やーねー、素也くんとの初デートだよ? しかも処女炎の焼肉食べ放題だよ? 何を差し置いても絶対に行くに決まってるじゃない!」
凛香はふくよかな頬を震わせて豪快に笑う。
僕は頬を引きつらせて微笑み返した。
「素也くん、凛香を痩せさせてくれない?」
隣に住む凛香のお母さんに呼び出されたのが先週のこと。
凛香のお母さんは近所でも評判の美人主婦。歳に似合わぬ見事なモデル体型で、凛香と並ばせると、どちらが親かわからない。その微笑みは多くの男性を今なお虜にしている。
ただし実情を知らない人に限る。
そんなお母さんに焼肉屋の食べ放題割引券とともに相談を持ちかけられたのだ。相談と言うよりは命令だった。
「家族で行けばいいじゃないですか」
ぼくはにっこりと笑って一応の抵抗を試みた。まあ、無駄だとはわかっていたけれど。
「ほら、ウチのお父さんて凛香に甘いでしょ。太っちゃったのもそのせいだから」
話しながら僕に割引券を受け取らせようとする。
「では、お二人で」
「まあまあ、そんなこと言わないで。ほら、いつも素也くんにはお世話になってるから」
「お隣さんとして当然のことですよ。お互い様じゃないですか」
押し問答は続く。割引券を僕は避け続けた。
ふと、思う。割引券とはまたケチだなと。
次第に焦れて来たのだろう。お母さんの言葉に熱がこもってきた。
焦れて、熱。それはすなわち――
「ガタガタぬかすな、このクソガキが! 燃やすぞっ!」
お母さんの怒りに火がつく。顔を歪め、指先から炎を上がて、割引券を一枚燃やす。
「あら、いけない」
平然とした顔に戻り、燃えた一枚を慣れた手つきで灰皿へ。
そう、彼女たち母子は、
発火能力――を持っているのだ。
特にお母さんとのお付き合いは火傷ではすまない危険性がある。
結局のところ僕に断るなどという選択肢はなく、どれだけ譲歩を引き出せるかだった。
「具体的な話を聞きましょうか」
僕がそう言うのを待っていたかのようにお母さんは嬉しそうに『凛香ダイエット作戦』について話し始めた。
「処女炎で焼肉なんて楽しみ!」
道すがら心底嬉しそうに凛香は微笑む。ドシドシとステップを踏み大地を揺らす。口からは肉食獣らしくよだれを垂らす。
こらこら、女の子なんだからはしたない。僕はそっとハンカチを渡す。
凛香は口周りを拭って僕にハンカチを返す。
僕は無造作にポケットにしまいこんだ。後でハンカチを舐めるとかそんな趣味はないから念のため。……て言うか、凛香はそういうことを考えないのかな? 長年の付き合いとは言え「洗って返す」の発想がないことに愕然とする。昔はこんなんじゃなかった。
やはり痩せないと恥じらいを取り戻せないようだ。
お母さんと同じように、凛香にも発火能力がある。燃料として自分の脂肪を使う。
お母さんの話では、脂肪が付きすぎると自分の意志とは無関係に火が出る危険性があるから、なんとかして能力を使わせてほしいとのことだった。
ここまで太ったのは凛香が能力を使わずひたすら食べ続けたからだ。特にお父さんの甘やかしっぷりはひどいらしく、お母さんに内緒でお菓子をあげたりしていたという。お父さんにとっては凛香が美味しそうに食べている姿を見るのが何よりの幸せなんだそうな。
ちなみにお父さんは火傷で入院中だ。どうしてかはあえて触れない。
「うわー、ここが処女炎かー。あれ? どうして誰もいないの?」
入店した凛香はガラガラの店内を見て不思議そうに言った。
「オープン前の時間を貸切にしてもらったんだ」
これはお母さんと話し合った結果だ。
普通の人からしたら自分の意志で痩せられるなんて贅沢だとしか思えないが、凛香はある事情で能力を使うことを嫌がっている。痩せさせるためには発火能力を使わざるを得ない状況に追い込まねばならない。その際に周りに人はいないに越したことはない。貸切にすることの余計な出費に嘆きつつも、お母さんは賛同してくれた。
その分、お父さんが割を食ったようだが。アーメン。
凛香もまさか焼肉屋に来て自分が解体されるとは思ってもいないだろう。
メニューを見てはしゃぎまくる凛香を盗み見ながら僕はほくそ笑む。
「何から食べようかなあ。カルビ、牛タン、ロース、ハラミ、骨付き、サイコロステーキ……じゅるり」
席につくやいなや、凛香はメニューとにらめっこする。
こちら側から眺めると凛香はまさに暴食の罪を背負った一匹の獣。牛一頭丸呑みせんとするほどの勢いだ。
「あ、そうそう。一時間限定だから。延長は無しね」
「えー」
機先を制すように時間制限を宣告すると、凛香は嘆いた。時間制限しないと、休みながら食い続けるからな、こいつは。
「それから、もう始まって「店員さーん! 何でもいいからジャンジャン持ってきてー!」
凛香の目つきが変わる。
ここまでは想定通りだ。申し合わせておいた通りに店員さんに目配せした。実はこの店のオーナーと凛香のお母さんは知り合いなのだ。知り合いというより、昔プロポーズされた一人だとかなんとか。まあどうでもいいことだが。貸切という無理が効いたのもそのせいだ。当然、店員さんも抱き込んである。作戦の重要な部分を担当してもらっている。
店員さんがドシドシ肉の載った皿を運んでくる。凛香はそれをひったくるようにして奪い取ると次々に網に並べていく。さながら呵責なく魔女を火刑に処していく審問官のようだ。凛香は魔女の方がふさわしいけど。
「おいしーね! どしたの? 素也くんも食べなよ」
はふはふと息を荒げ、だらだらと汗を流しながら凛香は肉たちをその暗黒空間へと引きずり込んでいく。「食べている」ではなく「引きずりこんでいる」のだ。
僕はゆっくりと味わうように肉を噛みしめる。美味い。本来の目的など、どうでもよくなってくる。牛さん、殺されてくれてありがとう。
それにしても焼肉屋でデート。おっさんだな、まるで。
ガツガツと顎を動かし、豪快に咀嚼する凛香を見ているとなんだか惚れ惚れする。不思議な爽快感。お父さんもきっとこんな気持ちだったのだろうか。
凛香の食欲は順調なようだ。そろそろ腹四分目くらいだろうか。僕はまだひと皿しか食べていないから惜しいと言えば惜しいのだが頃合だろう。店員さんに合図を送る。
店員さんは頷く。
すると、突然火が止まった。
「あれ? 店員さーん、火が止まってますよー!」
凛香が店員さんを呼ぶ。店員さんは慌てて駆けつけガスのスイッチを入れたり消したりする。それでも火は着かず、奥に引っ込んで何かを確認している。
戻ってきた店員さんは告げた。
「申し訳ありません、お客様。理由はわかりませんが、ガスが止まってしまったようです。ただいま調査いたしますのでしばらくお待ちください」
「えー!」
凛香は不満そうだ。そりゃあそうだろう。楽しい食事が途中で邪魔されたのだ。いよいよ佳境に入ろうとするところでだ。
肉の山というご馳走を目の前にしながらおあずけくらったのだ。飼い犬のように項垂れる一方で、餓狼のように眼をギラギラさせている。
作戦通りだ。
「どのくらいかかりそうですか?」
僕は打ち合わせ通りの質問をする。答えはわかりきっている。
「原因を調べてみませんと、なんとも言えません。申し訳ありませんが、後日お詫びいたしますので、今日のところはこのくらいにしていただけないでしょうか……」
さて、凛香の反応は――
「やーーーだーーー!」
駄々をこねてごねる。予想通りすぎ。
僕は決めておいた通りに動く。
「今ある肉だけでも自分で焼いていいでしょうか?」
「え? ええ……ガスは使えませんが……」
店員さんもまた計画通りに。しかしこの店員さん、演技派だな。
「凛香、自分で焼いたら?」
「え? 素也くん、でも……それは……」
「大丈夫だよ。なんともないから」
僕は凛香に左肩を回して微笑んでみせる。
凛香が能力を使わなくなった理由。それは幼い頃、うっかりして僕に火傷を負わせたから。その時の僕の泣き声が今なおトラウマになっているというのだ。能力を使おうとするとその声が頭に響いて怖くなってしまう、と。お母さんが僕に頼んだのも、僕から励ませば変わるんじゃないかという期待からだ。
僕自身の左肩の火傷はとうの昔に治っている。僕はとっくに凛香を許しているのだ。
けれど元々危険な能力だから、使ってほしいなんて僕から言うことは今までなかった。使わないですめばそれもいいとさえ思っていた。
しかし、お母さんから話を聞いて考え方が変わった。このまま太り続ければ、ふとしたきっかけで能力が発動した時に彼女自身に傷を負わせてしまうかもしれないという。制御不能に陥る前に、小出しにしていた方がいいのだ。危険な能力だからこそ、お母さんのようにコントロールできるようになってほしい。
ちなみに食欲旺盛になったのは、最初は恐怖を忘れるためだったとかなんとか。今はどうかは知らない。
この作戦の肝は凛香のトラウマと食欲を戦わせることだ。
さあ、どうする――
「わかった! あたし能力使う! お肉食べたいもん!」
あまりの率直的な態度に呆れる。もうちょっとさ、葛藤とかないの? トラウマでしょ? 今まで使ってこなかったんでしょ? もっと悩んでもいいと思うんだよね。
でも、まあ、凛香らしいか。
「久しぶりに使うからできるかな……」
さらっと不安なことを言って凛香は網の上の肉を指差して集中する。
「えいっ!」
掛け声をあげるとちょろっと指先に炎が点る。
店員さんはちょっとだけ驚いている。たぶん、マジで火を出せるとは思っていなかったのではないだろうか。けれど、その火は弱い。店員さんを驚かすには充分かもしれないが、肉を焼けるほどの火力ではない。
……何と言うかまあ、爪に火を灯すといった感じだ。
百円ライターの方がまだしも、だと思った。
「あれ~?」
おそらく凛香はかっこよく指先からガスバーナーのごとく炎を放射するつもりだったのだろう。
これがブランクというやつか。むしろ能力が完全に消えていなかっただけマシだと言うべきだろうか。
「あの……やっぱり後日では……」
店員さんの声に少し同情が混じっているような気がする。僕も乗っかろうか。
「いえ! 大丈夫です。こんなものではありません!」
そんな哀れみをはねのけるように凛香は力強く返事をする。さらに気合を込めて両手で頬を叩く。これで胸を叩けば、土俵に赴くどこかの力士のようだ。
「にくにくにくにくにくにくにくにくにくにく……」
凛香は飽くなき肉への執着心を呪文のように繰り返す。
集中力を高めて、全身の脂肪を指先へと送っているのだろう。たぶん。
「ああああっっっ!」
叫び声とともに指先からゴウっと炎があがる。それはまさに業火。食欲魔人と化して、暴食という罪にその身を焦がす凛香の欲望の具現化。網の上のカルビとロースをみるみるうちに焼き焦がす。
あ……焦げちゃった。
凛香も悔しそうに顔を歪める。やってしまった、という苦悩に満ちた表情だ。
「素也くん、お願い!」
額から脂汗を垂らす凛香から次の肉を載せるように頼まれる。ほいほいと牛タンを載っける。
店員さんは、中々面白い見世物だねというように、くつろぎタイムに入ったようだ。椅子に座って頬杖をついている。
「ぎゅータンぎゅータンぎゅータンぎゅータンぎゅータン……」
焼肉呪文をくり返す。凛香は、以下同文。
「はーっ!」
おっ。今度は火力の調節に成功したようだ。牛タンが美味しそうに焼けていく。さっそく箸でつまんで食べてみる。うん、美味い。
「素也くんんっっ!」
「うわっち!」
凛香に凄い形相で睨まれた。あげく炎がこちらにまわってきた。危なかった。あやうく火傷するところだった。
……その様子からするとトラウマは払拭できたみたいだね。うん。嬉しいのに涙がでちゃいそう。幼なじみの情愛は食欲に劣った。
「ごめんごめん。ほら食べさせてあげる」
もう一枚焼けた牛タンを箸でつまみ、凛香の口へと持っていく。あむっとかぶりつくと凛香は幸せそうに肉の味を堪能した。
機嫌はあっさりと治った。
「どんどん並べて。どんどん食べさせて。あたし頑張って焼くから」
肉奉行のように凛香は仕切る。役割が明確になり、僕は肉を並べ、焼けた肉を凛香の口元に運ぶ。
椅子に座ったまま、凛香は指先からひたすら炎を出して肉を焼き、そして喰らう。
面白いのは肉を食べるにつれて凛香がどんどん痩せていくことだ。体脂肪をどんどん燃焼させているのだろう。お母さん似の数年前の凛香の姿がそこに現れてくる。ふっくらとしていた頬は引き締まってきて、たゆんたゆんな腹にくびれが生じる。ぶるんぶるんな二の腕もすらりと滑らかになり、XLサイズの服がブカブカになっていく。
凛香の、己の脂肪を燃やして肉を焼き続ける姿は感動的ですらあった。恒星の一形態の赤色巨星って温度が上がると小さくなっていくんだよなあなんて、どうでもいい宇宙の神秘と重ね合わせる。
しかし突然はっと気づく。
凛香の胸が……おっぱいが小さくなっていく! そうだ、おっぱいも脂肪でできているんだった!
腹がたゆんたゆんではなくなった今、おっぱいがぽよんぽよんな凛香は結構イケてるのではないだろうか!
無論、形はちょいと崩れてるような気もするが、そこは微調整でなんとかなるレベル。いけない。おっぱいに詰まっているのは単なる脂肪ではない。ドリームだ。おっぱいを、男たちにとってのドリームを萎ませてはいけない!
「凛香、もう止めるんだ!」
思わず僕は叫んでいた。けれど凛香は首を振る。
「ダメよ……肉が……あたしに焼かれるのを、こんなにもたくさんの肉が待ってるんですもの……」
凛香のおっぱいが萎んでいく。推定Gカップだったのが今やDを下回ろうとしている。僕たちの夢が……失われていく……。
「店員さん、ガスを元に戻してください!」
僕は再び叫んだ。絶望する運命に抗うように。もうネタバレしたって構わない。
止める際の合図は店員さんと打ち合わせてはいない。店員さんは戸惑ったような顔をして僕を見返してきた。
「どういうこと?」
凛香は僕の言葉の意味するところを感じ取ったようだ。疑わしげな瞳で僕を見つめる。
僕は頷いた。
「店員さん、もう芝居は終わりです。凛香は充分痩せました」
そして立ち上がって凛香を真っ直ぐに見つめて、
「凛香、全てはお母さんに頼まれて、僕が仕組んだ芝居だったんだ。キミを痩せさせるためにね。僕はキミを騙したんだ、ごめん!」
深々と頭を下げた。
凛香はきっと僕を許してくれないだろう。僕に再び火傷を負わせるかもしれない。けれどそれでも構わない。
なぜならば夢を守るためだから。
凛香の異能をもってしても萎んだ夢を大きくすることはできないのだから。
「あたしを騙したの?」
「そうだ」
頭を下げたまま答える。
凛香は今、どんな顔をしているのだろう。痩せて美しくなった顔を強ばらせているのだろうか。
「こんなことまでしてあたしに能力を使わせたかったの?」
「そうだ」
何も反論はしない。
「頭を上げてよ」
「僕は君に合わす顔が無い」
「そうじゃない。謝ってもらう必要なんかない。騙されたとしてもこんなに美味しいお肉を食べられるんですもの。文句なんかないわ。だから一緒に焼肉を食べましょ」
僕はそこでようやく頭を上げた。
凛香の炎は消えていた。
座ったまま、にこやかに微笑み網の上に肉を並べている。ガスが復旧して火が着く。
店員さんは僕を応援するかのように親指を上げてみせた。
「さっきはあたしばっかり食べ続けてごめんね。ほら、焼けたよ。はい、あーんてして。食べさせてあげるから」
程よく焼けたカルビをつまみ、僕に向けて差し出す。
僕は身を乗り出して口を開ける。餌をねだる小鳥のように。
カルビが僕の口に放り込まれる。熱い。でも、ジュワッと湧き出る肉の旨味に思わず顔がほころぶ。つられたのか凛香も嬉しそうに笑った。
二人で食事をする楽しみを味わうように肉を噛みしめた。
おっぱいがCカップ程度になったのは残念だったけど……まだ成長期を残しているかもしれない。なんてね。すっかりサイズが合わなくなった服の中で、呼吸とともに上下する胸をチラ見しながらそんなことを考える。焦っていたけどよく考えたら変態っぽい。ちょっと反省。
「何考えてるの?」
僕の表情から何か感じ取ったのだろうか。目ざとく問いかけられる。
「ああ、うん。また来たいなってね」
「そうだねー」
なんとか誤魔化せたようだ。ホッとする。
けれど楽しい時間はあっという間に過ぎていき――
「お客様、そろそろお時間です」
店員さんの一言が終わりを告げる。
痩せた後の凛香は暴食することもなく、お喋りしながら焼肉デートを一緒に楽しめた。終わり良ければ全て良し。
「それじゃ帰ろっか」
「そだね」
そう言って席を立とうとする。お腹がいっぱいで結構苦しいな。
凛香はどう――そう言おうとした。
ファサリとかすれたような音を立てて重力に引っ張られて床に沈む凛香のスカート、そして可愛さなんて微塵もないような巨大な白いパンツがその上に乗る。
痩せた凛香の身体にはどちらもフィットするはずのないシロモノだった。
幸か不幸かXLサイズのおかげで脱げた後のその部分は全く見えなかったけど――
「きゃああああああ!」
この世を破壊せんとするような凛香の叫び声。
そして僕の視界は真っ白に染まる。たぶん、店員さんも同じようなものだったんじゃないかな。恒星の終末期の一つ、白色矮星が誕生する瞬間ってこんな感じかなって、かなりどうでもいいことが頭に浮かんだ。
――処女炎は炎上した。
僕は病院のベッドの上でその日のデートが終わったことを知った。
お見舞いに来てくれた凛香は、希望あふれるAAカップへと進化を遂げていた。黒色矮星って電磁波では観測不能なんだよなあと、ふと思った。
主人公の名前は梶野素也だったりします。わりと、どうでもよかったり。