辺境の森⑥
「フレイヤ、起きる。」
「フレイヤ、起きる。」
5年間毎朝、左右両方から起こされるのには慣れてもいいと思うんだけど、ぜんぜん慣れないのはなぜかしら・・・。
「フレイヤ、起きない。」
「フレイヤ、起きない。」
「フレイヤ、起きない。ご飯無い。」
「フレイヤ、起きない。ご飯無い。」
「ハティお腹すいた。あれ食べる?」
「スコルお腹すいた。あれ食べる?」
あれってなんだろ・・・。オークから奪った黒い肉のこと?でもあれは、ハティやスコルじゃ手の届かない場所にしまったし・・・・。
「あれ小さい。俺食う。」
「俺食う。」
・・・。小さい・・・・・!!
「だめ!!その子はご飯じゃありません!!」
起き上がった私が見たハティとスコルの目線の先には、藁に隠れ、おびえているノームがいた。お尻が隠れていないのは、お約束だろう。
黒い肉を2匹に分け、私は、木の実をかじる。藁に隠れたノームは出てこないので、そのままにしているが、今日は、ツンツン草をドルグばーさんの所に届けなければいけないのにさて、どうしようか・・。
私は、外に出て、小川で水を汲み、一気にのんだ。ドライアドたちが重宝する小川の水だけど、この水は、私にもおいしい。疲れがちょっとましになるような気がするのだ。
「ん、そういえば、そろそろハティやスコルも出てきて良い頃だけど・・・・?」
いつもなら朝ごはんを食べると2匹でじゃれあう為に出てくるのだが、今日は出てくる雰囲気がなかった。
「ま、まさか!!」
私は、思いたる節があり、急いで家に入るが、ときすでに遅し、好奇心からか寝室に戻ったハティとスコルをみて、ノームがまた気絶していた。考える手間は省けたけど、ちょっと気の毒を通り越して、いい加減見慣れて欲しいものである。
ハティもスコルも私も支度を済ませ、ツンツン草を持ってドルグばーさんのゴブリンたちの集落に向かうのであった。
『空の柱』に向かうとは逆の西に向かって歩く事3時間。切り立った岩山の麓にゴブリンたちの集落がある。切り立った岩山を利用し、後方からは、近づけないようにし、前面は、門1箇所を残して、木を柵にしてある。いつみても思うのだが、未発達な人の村にしかみえないほどの作りだ。もちろん柵の向こうは、簡易的ではあるが、藁や木で出てきた家が数軒ある。人間の世界では、洞窟に住み着く、未分明な妖魔であるとされてきたが、ここが、異質なのかそれとも人が何も知らないだけなのかわからなくなってきた。
「「トマレ!!」」
「こんにちは。」
村の門には、ゴブリン達と同じ緑の肌色だが、背は、私ほどある中鬼が2匹立っており、私を引き止めるが、用件をいうと1匹がそのままドルグばーさんの洞穴へと案内してくれる。もう5年も定期的に通っていれば、私をしらない者もおらず、ドルグばーさんの口ぞえもあり、どちらかというと歓迎されているといった感じだろうか。ゴブリンの子供達は、私たちを眺めるが逃げることもなく、遠巻きに眺めている。
「族長、人ト犬。」
「入れ。」
ホブゴブリンは、ドルグばーさんの洞窟前で、引き返していき、私たちは、洞窟にはいる。が、ハティとスコルは、両手で必死に鼻を押さえているのは、仕方がないだろう。私だって臭い。ドルグばーさんの煮込んでいる物からの臭いは強烈で、洞窟中そのなんともいえない激臭が充満しているからだ。ハティもスコルもいつもの事ながら洞窟に入ろうとしないので、私1人で奥に進んでいく。
少しむせながら私は、洞窟の奥へと進むと、頭には、鳥の羽で飾られたサークレットをつけた皺だらけのゴブリンが釜をゆったりと混ぜて、壁際には、おばーさんとは違い皺がない若いゴブリンがいる。
皺だらけなのが、ここの族長ドルグばーさんで、壁際にいるのは、その孫娘のトルクちゃんだ。
どちらも小鬼精霊魔術士といわれるゴブリンの中でも魔術を使え、部族の怪我を治したり、病気の薬も彼女達が作るらしい。
「おばーさん、こんにちは。頼まれ物もってきたよ?」
「おぉ、助かるよ。ささ、おくれ。」
おばーさんにツンツン草を渡すと、手で細かくちぎり、鍋に入れてまたかき混ぜだすと「ボン!!」と大きな気泡が立ちさらに異臭を振りまいた。
「それ本当に何ができるの?」
「これか、出来てからのお楽しみじゃくえっえっえ。」
シャーマンとしての仕事なのだろうけど、こんな臭いがするなんて、食べるもんじゃないよね・・。
「おぅ、そうじゃ、トルクよ。交換の品を渡してやってくれ。ツンツン草じゃ、勇敢なる証に見合うだけな。くえっえっえっえ」
おばーさんは、そういいながらも鍋をかき混ぜ続けており、かわりに壁際に座っていたトルクちゃんが、私を洞窟の外に促した。洞窟から出て、新鮮な空気を深呼吸するが、まだ鼻の中に臭いがこびりついているような気がする。ハティもスコルも私を遠巻きに匂うだけで、近づいてこないのは、私に臭いがこびりついているからだろう。一応これでも17歳の年頃の娘なのだ、少し悲しくなりそうだ。
「人には、慣れぬ臭いでしょうね。」
洞窟の中で座っていた時は、薄暗いうえ、それどころではなかったので、よく見てなかったけど、火の下にでたトルクちゃんは、きっとゴブリンの中でも飛びきり美人じゃないかと思う。
緑色の肌は、ゴブリンと同じだが、口元から出ている牙は短くてほとんど気にならない。伸ばした髪は、艶のあるピンク色で、今までみたゴブリンの中にこんな髪色は見たこともない。そしてなにより、目が大きい。今は、太陽の下だから瞳がほっそりと縦長だが、夜みるとまるでエメラルドの如く緑に輝くのだ。
「うん、そうだね。おばーさんは教えてくれなかったけどあれはなんなの?」
「あれは、私達にとっては、大切なお薬みたいなものなのですよ。うふふ。」
やっぱり教えてくれない。まぁー秘薬中の秘薬なのだろう。かれこれおばーさんは3ヶ月もあれを煮込んでいるのだ。私が頼まれた素材だけでも5つ。他にも何種類もの素材が入っているのだとおもう。
「さて、交換品ですね。こちらに・・・・。」
トルクちゃんは、私たちを隣の洞窟に案内してくれた。ここは、どうやら貯蔵庫に使っているらしく、食料や武具にいたるまでさまざまなものが積み込まれている。
「えっと、たしか・・・。」
トルクちゃんはその中でも一番奥の小さな箱を取りだし、私に差し出してくれた。
「えっと、『鉄羊』と『青猿』のカードじゃん、2つもいいの?」
2枚とも魔獣のモンスターカードだ。ゴブリン達は、狩猟で食料を得ており、野生の獣も魔獣すらもその対象になる。その際にカードがあればゴブリンたちにとっては、意味の無いものだからと交換品にしてもらっているのだ。
「えぇ、どうぞ。その代わりなのですが・・・。」
トルクちゃんは、今年の冬の貯蔵が足りない為、干し肉などは少ししか提供できない事を申し訳無さそうに伝えてくれるが、カードが2枚もあれば、秋の終わりに来るヴィッテさんとの交換で十分すぎるほどの食料と交換できるのだから問題などなかった。
「では、明日にでも届けさせますね。」
「うん、ありがとう。あっと。ここらへんでノームの住んでる所しらないかな?」
私は、そっとポーチを開けると気絶から回復したらしいノームが見上げていた。トルクちゃんが覗くと端へ端へと逃げるが、隠れる場所など無く、右往左往する姿にトルクちゃんは、微笑んでいる。
「この森には、ノームの住みかは聞きませんね・・・。あそうだ。」
「あ、これ・・・。」
トルクちゃんはなにか思いついたらしくまた小さな箱を探し出し中を見せてくれた。中には、昨日エントがノームに与えていたような土団子が入っていた。
「『純粋な土』と私たちは言います。おババ様の秘薬の一つなのですよ。」
「へぇ~。」
トルクちゃんは、純粋な土を割りさらに割って、小さくすると私のポーチの中に落としてくれた。
ノームは、はじめ隅でかたまっていたが、純粋な土の欠片に気がつくとそれを手にしてかじりつきだしたのだ。
「うふふ、かわいいですね。」
微笑んでそれを眺めるトルクちゃん。こうみてるとゴブリンも人間とあまり変わらない感情をもっているように思える。ゴブリンも生きる為に人を襲っているのかもしれない。ゴブリンからしたら人が襲ってくるように見えてるのかもしれない。
純粋な土を食べ終えたノームは、そのまま仰向けに眠ってしまったようだ。
「これでよろしければ、どうぞ持っていってください。」
「えっ!?いいの?おばーちゃんの秘薬じゃないの?」
「私たちの土の魔法を使うときに使うぐらいで、そうめったに使いませんし、明日か明後日に私が作っておきます。あ、余分に作っておきますので、無くなったら取りに来てくださいね。」
「助かります。なにを食べさせていいのかわからなくて困ってたんだ。昨日もエントに・・・。あ、そうだ。こっちはオークで被害はでないの?」
「え?オークなどこの森にいないはずですが?迷いこんでるのですか?」
「迷い込んでるかどうかはわからないけど・・。」
私たちは貯蔵庫の洞窟を出、木陰で昼食を取りながら昨日あった事を話した。ゴブリンの集落には、被害も出ていないそうで、あの一団だけ迷い込んだだけかもしれないし、『空の柱』にしてもここにしても警戒さえしていれば、いくらオークだろうが、被害は少ないだろう。問題は、単独で暮らしている私たちかな・・・・。
私達は、昼食後ゴブリンたちの集落にお別れを告げ、家にかえるのであった。




