夢見の蝶
読んで下さり、ありがとうございます。
漆黒の闇に光がぽつり、ぽつりと現れ始めた。
人が夢を見始めたのだ。光は人間の夢。その中にはその人間の夢が入っている。
「…綺麗」
いつ見ても、この光景には感嘆の吐息が漏れてしまう。
この景色を見ている少女は、腰まで伸ばした綺麗なエメラルド色の髪に、透けるような青い瞳の愛らしい顔立ちをしていた。
そのままなら、間違いなくご令嬢として通るだろう。服装は深い緑のマントに、同色のワンピース。ワンピースの丈は膝までしかなく、せっかくのご令嬢ぶりをぶち壊し、逆に活発そうな感じに見せた。
「感激するのはいいんですが、仕事はしっかりとしているのですか?ユウ」
はっとして声のした方を見ると案の定、にっこりと笑う先生がいた。
綺麗な漆黒の髪に、紫色の瞳。服装は動きやすい物で、青で統一している。
「先生……すいませんっ!」
ユウは辺りの光に、視線を戻す。今度は一つ一つをしっかりと見ていく。
輝きの強い夢から、弱い夢まで。数多の夢がここに集っているのだ。なぜならここは夢が集まる場所だから。
「先生、あそこにおかしな色の夢が……」
ユウから少し離れた所から声がした。
「ユキ」
自分の双子の姉に、ユウは近づいた。
ユウより濃い緑の髪は緩やかに波立ち、肩より少し長いくらいで、切り揃えられている。瞳は金色で、利発的な雰囲気が漂い、ユウより大人びて見えた。
服装はユウと同じだが、色がユウより濃く、マントもワンピースもユウより長い。
「確かに――よく見つけましたね、ユキ」
三人の見ている先に、まわりとは違う色の夢があった。まわりの夢達より、色がまがまがしい。
「先生、あれ、糸張ってませんか?」
ユウにはあの夢から、細い糸が伸びているのが見えた。
「糸ですか?……まさかっ!」
急に例の夢に近づいていく先生に、二人は慌ててついていく。
「先生!?」
「どうしたんですか!?」
口々に問うユウとユキに、先生は僅かに後ろを向いた。
「あれが探していた夢虫です!」
夢虫、それは人の夢を餌とし、成長する化け物の事である。昔はこれを、夢魔ともいった。
「夢桜!」
先生の呼び掛けに、空間から光が集まり始め、一振りの刀になる。“夢渡り”の彼らは、刀と契約する事ができ、力によって強さは異なる。
「お願いっ!空雪」
ユキの呼び掛けに、白い光が集まり始め、薄青い刀があらわれた。ユキは夢渡りになって日は浅いが、すでに刀と契約できる段階まで、進歩していた。ユウはまだ、刀と契約をしていない。まだその段階までいっていないから。
「ユウ、援護を頼みますよ」
先生から“いつもの”指示が飛ぶ。
「はい」
ユウは手のひらに、小さな光を生み出した。それを人差し指につけて、複雑な紋様を描き始める。本当は自分だって、刀と契約して戦いたい。
でも出来ない。
何度となく、契約をしようと挑戦したのだが、全て駄目だった。契約の途中で刀が消えてしまうのだ。
「私だって……」
いつの間にか、陣が描かれていた。
「Dae~ki wiro^i-nu pawer na kiga-wa!」
静かにどこか悲しい、けれども不思議と引かれる、そんなメロディーで、ユウは呪文を歌いあげる。
「行きますよ!」
果敢に攻め入る二人。ユウは後方での補助だ。
先に先生が切り付ける。その後にユキが振り上げた。まさに時間差攻撃。
「はあ!」
気合いと共に二人の刀が夢虫に当たる。
「なんでっ!」
弾かれた、何度やっても同じ。ユウの力で、二人の刀の威力はあがっている。それなのに、何故。
「まさかっ……!」
先生がふいに距離を取る。それに習い、ユキも距離を取る。
「先生、どうしたんですか?」
不本意そうにユキは先生に問う。先程のつぶやきも気になる。
「あれは刀が聞かない……つまり、孵化身近ということです」
ユウとユキは驚きに目を見開く。夢魔の孵化なんてみれた事すらないのが普通なのだ。それが見れるなんて!
「ユウ、何を考えているか何となくわかりますが、生まれたらすぐに駆除しますよ、いいですね?」
ユウははっとして息をつめる。そう、自分は夢渡りなのだ。つまり、退治しなければならないのだ。夢を守るためにも。
「そう、かたくならなくてもいいんですよ、いつも通りにやればいいんです」
そうはいっても、ユウはユキとは違い、夢渡りになって一年くらいしかたっていない。だからなのか、刀とも契約出来ていないし、術だってユキの方がうまい。やっぱり、それだけは胸に突き刺さる。
「ユウ、ユキ、孵化したら、すぐに攻撃して退治します」
先生の指示に、ユウはこくりと頷いた。ユキはといえば、頷いたが何か考えているらしく、視線をあわせようとはしなかった。
ユウは視線をまわりに向けた。綺麗に輝き、まわりを点滅する夢達。けれど今はそれさえもよそよそしい。ユウの心を満たすことはない。口から小さな溜息がもれる。自分は落ちこぼれだ。何をやってもユキに勝てた事は無いし、刀の契約も満足に出来ない。ユキは何でも自分より上手にこなす。正直に言って、羨ましい。自分に無いものをユキは一杯持っている。
「私も……」
ユキみたいに出来たらいいのに……。
私も、ユキのように刀と契約出来たら……。
私も……私も……。
次から次へと思いが込み上げるが、それもすぐに萎んでしまう。結局、いつものように諦めてしまうのだ。自分は。また、同じ事の繰り返し。
私も先生のように、一人前の夢渡りになりたいのに。
◆◇◆◇◆
世界は二つにわかれる。人が生きているこの世と、死者が住まうあの世。しかし、世界はもう一つある。夢の世界、うつつと呼ばれるあの世とこの世の境。人の世では、死者の国と同列に考える人もいる。確かに、そうかもしれないが、そうでないかもしれない。曖昧な境界線。そしてユウ達が住んでいるのは、死者の国。夢に関する仕事をしている者達は、死者の国の役人である。夢渡りと夢見師と呼ばれる者達がおり、夢渡りはご存じの通り、夢の管理。夢見師は、夢を見せるのが仕事だ。
そして今回の仕事は、夢を食べる夢虫の駆除なのだ。そして、孵化の場面に出くわした。
◆◇◆◇◆
「ユウ、何をぼんやりしてるの?」
ぼうとしていたユウの耳に、ユキの静かな声での問いかけが聞こえる。
「えっ!?……あぁ、えっと、ほら、孵化なんて初めてだから、緊張しちゃって!」
急に声をかけられたため、驚いた。それにかなりマイナスな考えをしていた事を、ユキには言えなかった。心配させたくなかったから。
「それ、嘘」
ユウはギクッとした。何でばれたの!?でも顔では平静を保って、にっこりと笑ってみせる。
「本当だよ?」
「無理して笑わなくていい、それ、くせでしょう?」
ユキに指差され、自分がいつの間にか手をきつく握り締めていた事に気付いた。
「あっ……」
「ユウは正直だから、嘘をつくときはいつも、手を握り締める」
たんたんと言われ、ユウは何と返していいかわからなかった。ユキはよく見てるなぁ、とは思ったけど。
「無理しなくてもいい、ユウはユウで私の持っていない物を、沢山もってる」
自分が持ってる? そんなはずはない。ユキは、自分より沢山できる事があるのに。
「ユウは気付いてないだけ」
少しだけ微笑んで、ユキは先生の元へ戻っていく。
「もしかして、励ましてくれた……?」
ユキは案外、そういう事が苦手だ。それなのに、今回は励ましてくれた。それだけ落ち込んでいたのだろうか。
「ユウ、孵化が始まりましたよ!」
後ろから先生の声がした。けど、何故か足は動かない。いや、違う、行きたくないだけ。あの二人のいる、あの場所に。
「ユウ、仕事に私情を挟んではダメ」
近くに来たユキが言った言葉、確かにそうだ。でも、頭ではわかっていても、心が言うことをきかない。胸が苦しくなる。
「ユウ、大丈夫、お願いだから来て―――後で後悔しないために」
その言葉に、はっとする。そうだ、後悔しないように、行こう。無理矢理、心に言うことをきかせて、ユウは走る。先生とユキの元に。
◆◇◆◇◆
ユウは一人、オレンジ色に輝く夕日を見ていた。ユウ達は仕事を終えて、死者の国、あの世に戻ってきていた。ここはその中の一角で、ユウ達が暮らす家の庭である。
「はぁ……」
口からため息が漏れる。無意識のうちに。結局あの後、孵化をしたところを、ユキと先生が退治した。ユウは補助の呪文を唱えただけ。結局、何も出来なかった。
「なんで私、出来ないんだろう」
ぽつりと言葉がもれる。私には出来ないことが沢山ある。でもユキは自分より沢山できる。何が違うの?なんで双子なのに、同じに出来ないの―――?
えー、突っ込みは多々、あるでしょうが、感想の方でお願いしますm(__)m
作者、鞭より飴が好きです。なので、オブラートに包んで下さると、もしかしたら続くかもしれません……。
と、とにかく、宜しくお願いしますm(__)m




