4.始まりの日(後編)
澄みきった青空に大きい影が旋回した。凛々しい翼に細長い体、つき出るクチバシ、長い尾。スロウグリフ。数少ない外に生息する守り手の1つである。スロウグリフは恐れていた。ツユマ村から放たれる強大な気を。普段、外に生息する守り手は攻め人のみを襲い、一般人が襲われる事はないとされている。ただこのスロウグリフは多大な恐怖故にその掟を破る。
ゆうに20メートルはある鳥が、小さなツユマ村を地図から消すのは容易い。急降下の後、辺り構わず火を吹き散らし、見つけ次第人をその鋭い足爪で串刺しにする。ルテが死ぬのも時間の問題と思われた。
ルテはというと、燃え盛る村の中泣きながら訳もわからず何処へともなく走った。靴や足は瓦礫の中で幾度も傷つき、足をとられ転ぶ事もあった。ルテの母は目の前で灰になり、父のいた工場は一番最初に火だるまになっていた。
そしてルテは見つけてしまう。最早火炎放射器と化した鳥、スロウグリフを。ルテを襲ったのは激しい恐怖だった。その恐怖に、ルテの魂の奥底に眠る狼が目を覚ます。
ルテはその力の波動に地に膝をついて意識を失った。瞬間、ルテを風が覆う。生き返る赤い目は炎に負けじと輝きじっと鳥を見つめる。スロウグリフも気の正体を突き止め、恐怖をもってルテに襲いかかる。立ち上がりルテは慈しみの視線を向けながら手で空を引っ掻く。すると引っ掻いた軌道に沿って鳥の体は裂けた。鮮血が飛散。せせらぎは血の河に。ルテは迷わず引っ掻き続けた。二者の恐怖と恐怖の差はあまりにも大きかった。
ルテはまだ炎が収まりきらない中覚醒した。体がすっかり鉄臭くなり、その辺に血の池やら羽やら人のものらしき手、足、頭、内臓、骨、さらにあの鳥だと思われる『残骸』。何処からかくる子ども達の悲鳴、いないはずのお母さんを呼ぶ声。その光景は10才のルテには酷すぎた。
息を荒げてルテは目を真っ白にして再度気絶した。