4.始まりの日(前編)
母は、子を寝付かせるために昔話を語り出す。
「むかしむかし世界ががまだ暗かったころ、一匹の青いオオカミと一人の白い幽霊がこの地を治めていました。オオカミの名はアルーン。ふさふさした青い毛に鋭く赤い目が特徴でした。幽霊の名はネイド。やさしい青の瞳に真っ白の体が揺らいでいました。二人はこの地の人々に好かれ、食べ物や飲み物などをもらっていました。その恩返してして、この地を守る守り手としてたくさん働きました。しかしある日の事、アルーンは黒い影を追ってどこかへ消えてしまったのです。ネイドはとても悲しみ、この地の人々もみんな悲しみました。ネイドはアルーンを探すと言って去り、こうしてネイドの冒険は始まりました__あら」
微笑んで見つめる目は黄色く、その視線の先には川の流れを止めて寝る少女。
「おやすみなさい、ルテ」
ルテはアード国の北部にある、周りが畑で囲まれているツユマ村に生まれた。この村は小麦農業と小麦粉産業が盛んに行われており、ルテもまたこの村の小麦粉から作るパンは好物だった。ルテの父は小麦粉を生産する小さな工場で小麦粉をつくり、ルテの母は、その工場でつくられた小麦粉を使ったパンを売っていた。ルテはというと、いつも早起きして母を手伝っていた。
明日は週に一度の定休日で、ルテは母とゆっくり過ごすつもりだった。その日は、村が地図から消える日だという事も知らず。
日は急いていた。そそくさと薄化粧のまま空に顔を出し、朝を告げる。習慣になってしまった早起きを休日だというのにしてしまった事に後悔しつつ、ベッドから這い出るルテ。部屋の黄色く薄いカーテンからは日光が更に黄色くつき抜け優しく体を包む。眠気で少し重い足をゆっくり動かし、音をあげてカーテンを開く。強い光に目を細めて眼下に広がるほのぼのとした光景に安らぎを得る。左手にぽつりとたつ赤屋根の工場。いつもは何故か煙突からもくもく煙を出しているが今日は出ていなかった。あとは遊び仲間が住む家やその奥に建つ村長の家、それらを結ぶ砂道。これもよくわからないが大きい風車、それがこのツユマ村だった。ルテは階段をばたばたかけ降り下へ行った。