校長、寝坊助、三日間連続で告られるジンクス
━0日目━
ふわりふわりと舞うカーテン、こつこつと鳴る黒板、先生の淡白な声。これで眠くならない授業なんてないと思う。それに加え、窓際の温かさといったら。もう最高。
「グラフの頂点が、この定義域に含まれた場合と含まれない場合で場合分けを……」
あぁ、呪文が聞こえる……。対人用、数学の解説攻撃……。
うとうとと瞼が下がってきて、顔を下に向ける。ムニャムニャ……。
赤ペンがぐにゃぐにゃと揺れて、ミミズがプリントに現れる。修正テープを使わないとなー…。
そこが私の限界だった。
♬♪♬
トントン。
「もう少しがんばれ」
ふぇ、だれ?
肩を叩かれて、ゆっくりと顔をそちらへ向ける。ん? 先生?
だけど教科担は黒板の前にいる。その先生は白髪じゃない。なぜ白髪が重要なのかというと、私の背後にいる先生が白髪だからだ。
白髪の先生はゆっくりと生徒達の机の間を縫って、後ろの出入り口から教室を出ていった。そこで私の頭はフル回転し始めた。
高校一年生の私でも、あの顔は確実に知っている。だって、あの顔は……。
「こ、校長先生……!?」
私の言葉はすごく小さかった。
♬♪♬
「もおー、本当にウケた! さっきの授業、ナツキが校長先生に起こされてたから~!」
「わぁー、はずいからやめてよ~」
二つ前の席にいるミユちゃんが、私の隣の席のナツキちゃんに笑いかけてる。どうやらナツキちゃんも校長先生に起こされたらしい。
「私もびっくりしたよ~」
「先生がこっちに来たときびっくりした」
私は後ろの席のカナコちゃんと話している。勿論内容はミユちゃん達と同じだ。
「ねぇねぇ、アカネちゃんも起こされていたよね」
ナツキちゃん、話をふらないで。絶対黒歴史化決定案なのだから。
かといって、無視するわけには行かないので、適当にへらへらと笑ってみた。
「うん、びっくりしたよ~」
「校長先生とかワロス」
「教科担の目、すごく見開いてたし!」
ナツキちゃん、ミユちゃん、爆笑なう。
カナコちゃんもくすくすと笑っている。うへー。どうやって収集をつけよう……。
考えていると、ミユちゃんがふと思い出したように言った。
「校長先生に話しかけられたら、三日連続でコクられるっていうジンクス知ってるー?」
━1日目━
私は下駄箱で昨日のミユちゃんの言葉を思い出していた。ていうか、思い出さざるを得なかった。
『今井アカネさんへ』
うん、宛先は間違いなく私だね。
『あなたのその控えめな性格に惹かれました』
私って控えめな性格かと思われてるんだ、へぇ。
『好きです。付き合ってください』
「単刀直入だなおい!!」
私はラブレターという名の物体を床に叩きつけた。
♬♪♬
朝のことを実物をだしながらカナコちゃんに言うと、彼女はちょっと目を丸くしていた。
「ミユちゃんの言ってたことと同じだね」
「まだ一日目だから、後三日も続くのこれ?」
私はむすっと頬を膨らませる。普通だったら喜ぶが、これは喜べない。
なぜなら。
「これ絶対に悪戯よ。だって差出人の名前が書いてないもの」
もし差出人が本気だとしても、これでは返事が出せないじゃないか。
「ちなみに、なんて返事を出すつもりなの?」
「勿論、ごめんなさい、よ」
「相手が本気なら付き合えばいいのに」
「嫌よ、こんな手紙でしか告白できないような意気地なし。それに、人見知りな私が、知らない男の人と付き合うのは無理だわ」
というわけで、その手紙と差出人の想いは、ゴミ箱への直行便に乗りました。
━二日目━
「付き合ってください!」
私は固まった。
周りの人も固まった。
ここは学校の駐輪場だ。本日の授業を終えて、さて帰ろうとしたときだ。なんか知らない人にいきなりコクられた。
「……あの、えと。………ごめんなさい」
「うわああああ、すみません! ちがらあの! すみません、まだ早かったです! あの、お友達になってくれませんか!!」
カナコちゃんが、目で私に次の動きを促してくる。分かってるよー。
私は言ってやった。
「ごめんなさい」
「う、あ………!」
名も知らぬ彼は顔を羞恥に染めた。まあ、こんな堂々と「お友達になって」を断れたのだから仕方ないけどね。
私は人見知りなのだ。だから無理。
周囲がかなり哀れんだ目を彼に向けているので、これではなんか私が悪者のようではないか。私は、せめてもの慈悲を彼に与える。
「私、人見知りなんで……。また会いに来てください」
彼は逃げるように去っていった。
♬♪♬
私は家で考え込んだ。これは最早、ミユちゃんの言っていたジンクス通りの状況にはまっている。
私は別に、フラフラと男と遊ぶつもりなんてさらさらない。そんなことなら、本読んだりゲームしたりする時間にまわす。まわりが恋愛ごとに敏感になって、はやしたてられるのも嫌だし。
さて。ミユちゃんのジンクスによると明日もコクられることになる。今まで恋愛ごととは音沙汰のないつきあいでしたけど、とうとう春がやってきたぞ私。
でも、興味関心をこれっぽっちも持ち合わせてないので、明日のフラグも崩壊予定だ。
━三日目━
『ねぇねぇ、アカネの事を好きっていっている子がいるんだけどー』
一時間目終了後、友達から届いたメールを見た私は満面の笑みで返信する。
『断る』
━四日目━
ほー、これでノルマの日は過ぎた。今日からは平和が訪れるはず。
「勿体ないことしちゃったね」
「いいのよ。ああいうのって、絶対後から面倒ごとになるんだから」
移動教室先へ向かう途中、カナコちゃんとこの三日間を振り返っていた。
確かにもったいなかった。今まで春の無かった私にやっと来た春。でも、向こうの事を知らずにその場の勢いで返事をして、後から不幸になるよりはましだと思う。
「学生の本分は学業よ。色恋沙汰にうつつを抜かすよりいいわ」
「そうだね」
カナコちゃんはくすくす笑う。
全く。ミユちゃんのジンクスのせいで、大変な三日間だった。……あれ? そういえば、ナツキちゃんはどうなったんだろう?
「ねぇ、ナツキちゃんの方はジンクス、どうなったんだろうね?」
「え?」
カナコちゃんはきょとんとする。
「だってナツキちゃんも校長先生に話しかけられてたんでしょ? 私と同じように」
カナコちゃんはあぁ、と頷いた。
「ナツキちゃんは肩を叩かれただけで、話しかけられてはいなかったよ?」
え、まじ? まじですか。
てことは私だけ?
「……ナツキちゃんも同じ目に合ってると思ったのにぃ~!」
そうだったらうまいフり方を教えてもらえたかも知れなかったのにぃ~。
立ち止まってうなだれていると、後ろから声をかけられた。
「廊下の真ん中で立ち止まっちゃいけないよ」
振り返れば、私を見下ろしている白髪……、もとい校長先生が。
「す、すみません……」
やばいぞ、フラグ立ったぞ。
カナコちゃんが、ひきつった表情の私の隣でくすくす笑っていた。
お題:校長、寝坊助、三日間連続で告られるジンクス
提供者:濡れ丸 様