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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「お化け長屋」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2026/05/20


落語声劇「お化け長屋ながや


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約40分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)【性別準拠人数比率】

      (2:1:0)

      (1:2:0)

      (0:3:0)


       

※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。よって性別は一応すべて不問ではあります。また、元となった落語を声劇として成立させるために、大筋は元の作品に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


源兵衛げんべえ:長屋の住人その一。空いてる家を物置代わりにしていたところを

    家主(大家)に見つかって怒鳴られたのを逆恨みし、杢兵衛もくべえ

    一緒に貸家かしやに越してくるのを阻止し隊を結成。


杢兵衛もくべえ:長屋の住人その2にして、貸家かしやに越してくるのを阻止し隊その

    2。多少知恵が回る。

    あだ名は「古狸ふるだぬき杢兵衛もくべえ」。


家主いえぬし杢兵衛もくべえ源兵衛げんべえの住んでる長屋ながや大家おおやさん。


男1:最初に源兵衛げんべえの向かいの家を借りに来た男。

   杢兵衛もくべえさんに怪談話をされて飛び上がって逃げ帰るほどの臆病者。

   がま口は落っことすわ、下駄は履き忘れるわで散々な目に。


男2:二番目に家を借りに来た男。威勢がいい、典型的な江戸っ子。

   幽霊なんぞものともしない性格。



●配役例

源兵衛:

杢兵衛:

男1・男2・家主:



※枕は演者同士で話し合って誰かが兼ねてください。




枕:「つごろに 出る幽霊は 前座なり」なんという川柳せんりゅうがございます。

  四つと申しますってと現在で言う夜の22時ですな。

  その頃に出てくる幽霊というのは前座だと、こう言うわけです。

  これは寄席よせ夏場なつばになると怪談噺かいだんばなしをよくやります。

  はなし佳境かきょうに入ってきまして、幽霊が登場するのがちょうどその位の

  時間だと、こういうわけです。

  ですから、昔の寄席よせは現代に比べると終わるのが遅かったんですな。

  そして、怪談になる舞台というのも実にさまざまで、人のいるところ

  や住んでる所に出る。ま、当然でございますな。

  狐狸妖怪こりようかいたぐいだけでなく、かつて生きていた人もお化け幽霊になるわ

  けですからな。出てくるのもお城だったり武家屋敷ぶけやしきの井戸だったり、

  はては何にもない野っ原だったりするんですが、なかでも現代のアパ

  ートである長屋ながや、ここも幽霊の出るかっこうの舞台だったりするわけ

  です。

  それでこの長屋ながやなんですが、何軒か必ずいていたそうです。

  よく長屋三十六軒ながやさんじゅうろっけんなんどという言い回しがございますが、そのうちの

  何軒かは必ず空家であったというわけですな。

  そしてすでにそこに住んでいる者たちにとっては、それはたいへん

  都合つごうよい事だったそうです。それはなぜか。

  仮にすべての長屋ながやに入居者がいたとすると、大家おおやがたいへん横柄おうへいにな

  りまして、

  「なんだいお前さん、店賃たなちんが払えねえんなら無理にいて

  もらわなくたっていいんだ。借りたいって人ならいくらでもあるんだ

  。出てってくれ」

  なんてこと言いだしかねない。

  だから何軒かいてると向こうが遠慮するから、あえてそうなるよう

  にしむけていたんだそうで。


源兵衛:どうでもいいけどさ、もくさんの前だが、

    ここの家主いえぬしくらいいまいま々しいのは無いね!


杢兵衛:そういえばさっきなんだか知らねえけど怒鳴ってたね。

    いったいどうしたんだ?


源兵衛:いやこれがね、くやしいんだ。

    こないだウチのかかあに頼まれてね、菜漬なづけのたる

    おもての八百屋でもらってきたんだ。

    かかあもまたそれをすぐに古いたるからえりゃいいのに

    不精ぶしょうしてそのままにしててよ。

    で、うちのなかはせまいだろ?

    だけどおもてに出しといて持ってかれたりなんかしちゃつまらねえ。

    それでほら、ウチの前のいてて貸家かしやになってるとこに、

    そのたるを入れといたんだよ。


杢兵衛:へえ、そうだったのかい。


源兵衛:そしたら今日、家主いえぬしの奴が来やがってよ、

    見つかっちまったんだ。


家主:なんだい、こんな事をして!ええ?

   馬鹿なマネをしてもらっちゃ困るよ!


源兵衛:ってんでたるおもてへポーンと放り出しやがった。

    いきなりそんな事されたから文句を言ったんだ。そしたらよ、


家主:なに言ってんだい、ろくに店賃たなちんも払ってないってのに、

   その上またここをタダで使おうってのかい!?

   ここはお前さんの物置じゃないんだよ!


杢兵衛:はああ、小言こごとの言いようてものがあるよね。


源兵衛:そらぁこっちだってね、断りもなしに置いたのは悪かったよ?

    悪かったけどもさ、みんなに聞こえよがしに大声でそんなこと

    言うこたぁねえだろ。


杢兵衛:たしかにそりゃいくらなんでもやりすぎだね。


源兵衛:よっぽどケツまくってやろうかと思ったけどさ、

    店立たなだてをわされちゃかなわねえ。

    だから我慢しちゃったんだよ。


杢兵衛:まあ仮にも家主いえぬしだからね。


源兵衛:仮にってなんだよ。

    さあそれからどう考えても虫が収まらない。

    なんとか一つ仕返しをしたいと思ってね、いろいろ考えたんだ。


杢兵衛:へえ、それで何かいい知恵が浮かんだかい?


源兵衛:おう、あすこのうちにね、ずっと人が越して来ないようにしてやろ

    うと思ってよ。


杢兵衛:ほうほう、なるほど。

    へへ、それはおもしろいね。


源兵衛:だろ?相手が家主いえぬしじゃ、へたな事はできねえからよ。


杢兵衛:それで、どうしようってんだい?


源兵衛:そこまではまだ考えてない。

    ーーそれで杢兵衛もくべえさん、あんたは知恵者ちえしゃだ。

    ちょいと頭をひねって考えてもらいてえんだ。

    なんかいい方法ないかい?


杢兵衛:はは、なるほどね。

    いや、知恵者ちえしゃというほどのものじゃないけどそうだね、

    そういう事は好きだよ。

    ふうむ、あすこのうちに人が越して来ないようにね…

    うーーんそうだね…………お、そうだ、いい事がある。


源兵衛:お、さっそく浮かんだかい。それで、どんな考えだい?


杢兵衛:いいかい、あすこのうちはお前さんのとこの向こう前だ。

    あすこを借りたいなんて人は、よくお前さんのうち

    聞きに来ないかい?


源兵衛:ああ来るよ。もうね、のべつだよ。

    多い時には日に五、六人は来るね。

    そのたんびにこっちは家主いえぬしうちを教えてるんだ。


杢兵衛:いやだからさ、その時に家主いえぬしうちを教えないで、

    何とかうまい事を言ってあたしんとこへよこしなよ。

    そしたらあたしがうまい具合ぐあいに話をして、借りないようにして

    追い返しちまうから。


源兵衛:へえぇ、大丈夫かい?


杢兵衛:大丈夫だよ。任しときな。


源兵衛:そうかい?

    じゃあ借りたいって人が来たらここへよこすから、頼むよ。


【二拍】


男1:ごめんくださいまし。ごめんくださいまし。


源兵衛:さっそく来やがったよ。

    --はいはい、なんです?


男1:あの、向かいの貸家かしやのことでうかがったんでございますが、

   まだ借り手は決まってないんでしょうか?


源兵衛:そうですね、ふだの取れてないとこを見るとまだ決まっちゃいない

    んでしょ。

    いてますよ。


男1:そうですか。

   あの、お家主いえぬしさんのお宅はどちらでございましょう?


源兵衛:家主いえぬしですかい?

    それがね、ちょいと遠方えんぽうなんですよ。


男1:え、そうなんですか。


源兵衛:ぁいやいや、心配なさる事はありませんよ、ええ。

    そこへわざわざいらっしゃる事はないんで。

    家主いえぬしからね、この長屋ながやの事を万事ばんじ任されてる人がいるんですよ。

    差配さはいみたいなことをしてるのがね。


男1:はあ、そういう方がいらっしゃるんですか。


源兵衛:あのほら、後ろを見てごらんなさい。こっから見えましょう?

    あの奥の目垣めがきの八つ手のわっているうち


男1:ああ、あのうちですね。


源兵衛:そうそう、あすこにね、古狸ふるだぬき杢兵衛もくべえさんて人がいますからね、

    そこへ行って聞いてごらんなさい。

    万事ばんじ心得こころえてますから。


男1:そうですか、いや、ありがとうございました。


源兵衛:…さて、杢兵衛もくべえさんどんな話をするやら…。


男1:ごめんくださいまし、ごめんくださいまし。


杢兵衛:はいはい、誰だい?


男1:あの、古狸ふるだぬき杢兵衛もくべえさんのお宅はこちらでございましょうか?


杢兵衛:これァ驚いたね…陰で言われてんのは知ってたけどね。

    面と向かって言われたのは初めてだよ。

    ーーはいはい、あたしが杢兵衛もくべえですが、何か用ですか?


男1:はい、路地内ろじうち貸家かしやの事でうかがったんでございますが、

   よろしゅうございましょうか?


杢兵衛:ああそうですか、ええ結構ですよ。

    まぁまぁ、こっちへお入りなさい。

    ーーで、中はもうご覧になりましたか?


男1:いえ、まだですが…。


杢兵衛:え、まだ見てない?

    あそこね、戸が開いてるんですよ。鍵かけてないんですから。

    まぁまぁ、いいですよ。後でね、あたしがご案内しますよ。


男1:そうですか、よろしくお願いします。


杢兵衛:まあおおよその事を話しますってとね、まず戸を開けて入ると

    靴脱くつぬぎになってましてね。

    上がって二畳にじょう、左手が台所、かなり広く取ってありますんでね、

    ご夫人がたには喜ばれますよ。

    で、その二畳にじょうの先のとこは四畳半よじょうはんで、

    左手の奥に八畳はちじょう、あと南が大きくいてますんでね、

    日当たりはいいですよ。

    それにわずかばかりですけど庭が付いてますんでね、

    なかなか使い良いうちですよ。


男1:はあぁそうですか!結構でございますな!

   ぜひともお借りしたいと思っておりますが、ええと、造作ぞうさくのほうは

   いかがでしょう?


杢兵衛:えぇそれはもう、すっかりついてますよ。


男1:それは助かります。

   あの…それで、敷金しききんはいかほどでございましょう?


杢兵衛:敷金しききん敷金しききんはね、無しですよ。


男1:えっ!?あの、いらないんでございますか?

   いや、それはどうも助かりますな。

   それで、お家賃やちんのほうはいかほどで?


杢兵衛:ああ店賃たなちん、ね…。

    店賃たなちんは、その、あなたのほうがね、払いたいと思っ

    たら払えばいいし、

    こんなうちには払いたくないやと思ったら、払わなくてもいいんで

    すよ。


男1:はあ…ーーってと、あの、タダでございますか…?


杢兵衛:そうだね。


男1:え、タダ…、あの、タダというのは…その、何かわけがございます

   か?


杢兵衛:えぇそりゃあありますよ。

    今どきあれだけのうちを建ててですよ?タダで人に貸そうなんて

    そんな酔狂すいきょうな人はいませんよ。わけがあるに決まってるじゃあり

    ませんか。


男1:はぁぁそうですか。

   それじゃ、どういうようなわけなんでしょうか?


杢兵衛:【言いにくそうに】

    うん、それはね…、あたしも本当はあまり話したくないんだが…

    うん、弱ったなァ…。

    でもまあ、こういう事があるんだったらなぜ越してくる前に

    ひとこと言ってくれなかったのかと、恨み言を言われるのも

    嫌ですからね……まあ、お話しますよ。


男1:えぇ、お願いします。


杢兵衛:まま、そこではお話が遠くなりますから…まぁどうぞ、こっちへ

    【幽霊っぽく】

    おあがんなさい…。


男1:へ…?


杢兵衛:【幽霊っぽく】

    おあがんなさい…。


男1:あ、さ、さようでございますか。

   では、ちょっと失礼をいたします。ごめんください。

   …っで、で、あの、なんでございます…?


杢兵衛:いや、実は今を去ること三年ばかり前にね、あそこのうち

    年ごろ二十八、九になる後家ごけさんが一人で住んでおりましてな。

    大変な働き者でね、朝から晩まで長屋の掃除洗濯そうじせんたく賃仕事ちんしごと

    まるでコマネズミのようでした。

    その上なかなか色白いろじろ器量きりょうよし、

    と言って気取きどりが無くて愛想がいいから馬鹿に評判がいい。

    まあ昔からよく、女やもめに花が咲くと言いますな。

    「おかみさん、いつまでも女が一人でいるってとね、世間に馬鹿にされ

    るから、私がひとつ暮らし向き一切いっさいを面倒見ようじゃないか。」

    とか、

    「せめて、家賃だけでも持たして下さい」なんて話がいっぱいあ

    りましたがね、

    「いえ、男はせん亭主ていしゅでこりごりでございます」と言ってね、

    これっぱかりも妙なうわさが無い。

    まことに物堅ものがたいおかみさんでしたよ。


男1:はぁぁえぇえぇ、さようでございましたか。


杢兵衛:そうですな…あれがちょうど花嵐時分はなあらしじぶんでした。

    ある晩にそのおかみさんのところに泥棒が入りましてね。


男1:それはご災難でございますな…。


杢兵衛:泥棒が荷物をこしらえてどっこいしょと背負しょって、

    さあおもてへ出ようとひょいとわきを見るってと、

    おかみさんがかいまきを掛けてすやすやすやすやと寝ている。

    その年増女としまおんな寝乱ねみだれ姿を見て、泥棒がむらむらっと

    妙な了見りょうけんを起こしましてね。

    いったん背負しょった荷物をそこへ下ろすと、いきなりおかみさんの

    胸元へ手を差し込んだんですな。


男1:はぁぁ嫌な奴ですなぁ。


杢兵衛:もとより物堅ものがたいおかみさん、ぱっちり目を開けて見ると

    雲をくような大男、覆面頭巾ふくめんずきんでのしかかってきているから、

    「きゃーーーっ、泥棒!」と叫んでしまった。

    泥棒も自分の身が可愛いから隠し持っていた匕首あいくちで斬りつける。

    わっと言って逃げるところを髪をつかんで手元へ引き寄せると、

    グサーッと突き立てたのが乳房ちぶさの下。

    これが致命傷というやつで、おかみさんは虚空こくうをつかんで

    ばったりと倒れた。そのまんま泥棒は随徳寺ずいとくじ


男1:あぁいたましいですなぁ…。


杢兵衛:【情感たっぷりに】

    倒れてるその形相ぎょうそうのものすごさ…女がいいだけによけい怖い…!


男1:えぇえぇ、そうでしょうとも。なるほど…。


杢兵衛:誰も身寄り頼りの無い人ですから、長屋ながやの皆でとむらいはねんごろに

    いたしましてな、たたみを取り替え、壁を塗り替え、掃除をして、

    また貸家かしやふだを張ると、まああれだけのうちですからな、

    すぐに借り手がついた。


男1:そうでしょうなあ、あれだけの使い良いうちですからな。


杢兵衛:ところが越してきた人は、たいがいの人が三日四日、

    長い人で六日でもって出て行ってしまうんです。


男1:え、そ、それはいったい、何があったんです…?


杢兵衛:あたしも初めは分からなかったんですが、

    いちばんしまいに出て行った人に聞いて驚きました。

    【だんだん怪談っぽい語り口に】

    越してきて一日二日は何ともないが、三日四日とつうちに、

    雨がしとしとしとしとと降る晩なんぞがある…うふふふ…。


男1:い、嫌ですなあ…お、恐れ入りますがあの、もうちょいと陽気に…

   ごく当たり前に話をできませんかね…?


杢兵衛:いや、陽気に話をしたいんですがね、どうしてもそれができない。

    ま、我慢をして聞いて下さいよ。

    【怪談ぽい語り口調に】

    よいのうちは世間もにぎやかだが、夜がけるにしたがって次第に

    シーン…となる。

    どこで打ちいだすか遠寺えんじの鐘が陰にこもってものすごく、

    ごぉぉん…と鳴りますとね、お仏壇のかねがチーン…と

    鳴るんですよ…。


男1:ひ、ひえぇ…だ、誰が鳴らすんでございます…!?


杢兵衛:【怪談ぽくおどろおどろしく】

    ひとりでに鳴るんでございますよ…。


男1:ぃ、嫌なうちでございますなあ…!

   え、えぇわかりました、そういった次第しだいでしたらーー


杢兵衛:【↑の語尾をさえぎっておどろおどろしく】

    まぁあなたお待ちなさい…しまいまで聞きなさい…ねえ?

    おやおやと思っていると、縁側えんがわ障子しょうじに女の髪の毛のあたる音が

    サラサラサラサラしたかと思うと、その障子しょうじが音もなくすー…と

    開きましてね…、生あったかい風がふーっと吹いてくると、

    殺されたおかみさんの幽霊が髪をおどろに乱して、すー…っと

    入ってきましてね、寝ている人の枕辺まくらべへ立つと、

    その人の顔を見てケタケタケタっと笑うんですよ…!


男1:っい、ぃっいえっ、もうっ、もう結構ですっ…!

   もうわたくし帰りますっ…!


杢兵衛:まあ待ちなさいよ。

    【おどろおどろしく】

    「まああなた、よく越してきてくれましたね」

    と冷たい手でその寝ている人の顔をつーーっ…


男1:【↑の語尾に喰い気味に】

   ぎぃゃあああああーーッッ!!


杢兵衛:!!ッッお、おぉ…!

    あぁ驚いた…なんだよあいつは、ええ?

    おどかしてるこっちが驚いたよ。

    一尺いっしゃくばかり飛び上がりやがったね…。

    あぁあぁ、裸足はだしのまま表へ飛び出してって…

    まあゴミ箱は蹴散けちらして、大変な騒ぎだよどうも…ハハハ…。

    お?なんか落っことしていきやがったよ。

    こりゃがまぐちだよ、こいつァありがたいね…どれどれ…。

    おほっ、入ってるねえ…!

    こういうもうけがあろうとは思わなかったなぁ、

    下駄げたもあるし。普段履ふだんばき買おうと思ってたとこなのに、

    間に合っちゃったな。


源兵衛:おうもくさん、どうしたんだい、いまの奴。

    なんだか知らねえけど、真っ青な顔して表へ飛び出してったよ。

    うまくいったのかい?


杢兵衛:ああ、大丈夫だよ。追い返してやったんだ。

    あれァもう越して来ないね。


源兵衛:へえ、いったいどうしたんだい?


杢兵衛:うん、怪談話だよ。


源兵衛:え?なんだって?


杢兵衛:怪談話をしたんだよ。

    あすこのうちにね、三年ばかり前に後家ごけさんが一人で住んでて、

    そこに泥棒が入ってその後家ごけさんが殺されて、

    その幽霊が出るという話のすじだね。

    もうさんざんおどかしておいてね、いちばんしまいにその幽霊が冷た

    い手でもって寝ている人の顔をでるって時にね、

    ほら、そこに濡れ雑巾ぞうきんがあったから、それでもって野郎の顔を

    スッとこすったらぴょーんって飛び上がりやがってさ、

    裸足はだしでもっておもてへ駆けだしてったよ。


源兵衛:へええ、そりゃあ驚いただろうねえ。


杢兵衛:もう下駄げたはそのまんま脱いでってくれるしね、それにさっき

    ひょいと見たら、そこにがまぐちを忘れてったんだよ。

    なかを見たらね、ちゃんとおあしが入ってんだよ。

    これで寿司でも取ろうじゃないか。


源兵衛:ははは、そりゃもうかるなあ!思わぬ実入みいりだね!

    じゃ、またうちに来たらこっちへよこすからよ、頼むよ!


杢兵衛:あぁ、任しときなよ。


    【二拍】


源兵衛:へへへ、しかしこりゃいい考えだったなあ。


男2:【べらぼうめぃ!!と言ってますが、かなり巻き舌で】

   アウッ!!ぶらぼんめィ!!ぶらぼんめィ!!


源兵衛:??なんだよおい、ぺらぺらぺらぺら言ってんな。

    うちに用なのかな?


男2:だれもいねえのかァ!?おうッ!!

   返事がねえってところをみると、死んでんのかァ!?


源兵衛:乱暴な奴だねどうも。

    …うちに何か御用ごようで?


男2:おぅ御用ごよう御用御用ごようごよう御用ごようだよ!

   あのな、ほら、前の貸家かしやよ。あそこどうだ?ふさがってんのかい?


源兵衛:あぁいやいや、まだ貸家かしやふだが取れてないところを見るってと

    いてるんでしょう。


男2:いてる?へへっちきしょう、ありがたいねどうも。

   で、家主いえぬしんところどこだ、家主いえぬしうち


源兵衛:あ、家主いえぬしさんはね、ちょいと遠方えんぽうなんですよ。


男2:遠方えんぽうってどこだよ。

   まさか外国げぇこくじゃあるめぇし。


源兵衛:なんです、外国げぇこくって。


男2:日本にいねえのかてんだよ。


源兵衛:いや、日本にはいますがね、わざわざそんな遠くまで行かなくた

    って、この長屋ながや家主いえぬしから万事ばんじ任されている人がいますよ。

    そこから見えるでしょう。壊れかかった四つ目垣めがきのあるヤツデの

    わっている。あのうちですよ。

    あそこに古狸ふるだぬき杢兵衛もくべえさんて人がいて、その人が万事心得ばんじこころえ

    いるんで、そこ行って聞いてごらんなさい。


男2:何をォ?古狸ふるだぬき杢兵衛もくべえ

   なんだいそいつは?


源兵衛:いや、この長屋ながやで一番古いかた草分くさわけなんで、そういうあだ名が

    ついてる。


男2:ハンッ、しょうがねぇなあこんちきしょう、ええ?

   こんな小汚こきたねェ長屋ながやにいやがってよォ、え?

   表通おもてどおりにい出す事ができねえ。

   古狸ふるだぬきなんてあだ名をつけられるくらいこんな所にくすぶってるよう

   な野郎じゃ、どうせ大したもんじゃねえだろ。


源兵衛:…あんたね、そんなに悪く言うんだったらここに越してこない

    ほうがいいでしょう。


男2:大きなお世話だよこんちきしょう!なに言ってやんでェ。

   俺ァな、永代えいたいここに腰をすえようとか、

   松木まつきを植えようってんじゃねえ、仮の住まいなんだよ。

   実はな、来月になるってェとなかから俺の女がよ、

   ねんが明けてやってくるんだ。

   俺ァいま親方おやかたンとこに居候いそうろうでよ、夫婦そろって居候いそうろうってのも

   気がきかねえじゃねえか。だから仮にあすこに住まおうってんだよ

   。

   へへへ、俺の女ァいい女だよ。そんじょそこらにはいねえんだ。

   色っぽいんだからよ、へへ。

   それに迷って変な目つきなんかしやがると、張り倒すぞこんちきし

   ょう!


源兵衛:な、なんだよまったく。のろけてるよ。

    とにかく行ってごらんよ。


男2:わかったよ!

   【二拍】

   たぬきはいるかィたぬきは!?


杢兵衛:乱暴な奴だね。

    名前も何にも言わねえでいきなりたぬきだって言ってるよ。

    はいはい!あたくしはね、杢兵衛もくべえと申します。


男2:あぁわかったよゥいたよォいたなァこのたぬ杢兵衛もくべえ


杢兵衛:たぬ杢兵衛もくべえてのはないよ。

    大変な奴が来やがったね。

    それで、なんかご用ですか?


男2:おう、あんなァ、路地口ろじぐちんとこの貸家かしやのことで来たんだ。

   すぐ向かいの野郎に聞いたら、ここへきたら分かるっつったんで

   来たんだよ。ほらなんだか知らねえがいるだろ?

   無理に引っ張りだされたモグラだか青びょうたんに屁を引っかけたような

   ようなツラぁしたのが。なんかこう、ばぁーってしたのがよ。

   で、あのうちいてんのかい?


杢兵衛:ええ、空いてますよ。


男2:お、いてんのかい!じゃ、中はどういう事になってんだ?

   間取まどりだよ間取まどり。はっきり言え。


杢兵衛:…まあおおよその間取まどりはね、まず戸を開けて入ると

    靴脱くつぬぎがあって、上がって二畳にじょう、左手が台所、かなり広いから

    ご夫人がたは喜びますよ。

    二畳にじょうの先は四畳半よじょうはんで、左手の奥に八畳はちじょう

    あと南が大きくいてるから日当たりがいいですよ。

    それに小さな庭が付いてる。


男2:庭が?へへ、おごってやがんな。

   おつうちじゃねえか。気に入ったな。

   それで、造作ぞうさくのほうはどうなってんだ?


杢兵衛:造作ぞうさくはみんな付いてますよ。


男2:みんな付いてる?へえ、それじゃなんだろ、敷金しききんやなんかで

   たけえこと言おうってんだろ?


杢兵衛:敷金しききん敷金しききんはね、いらない。


男2:何をゥ?敷金しききんがいらねえ?本当かい?

   ふゥン、これァありがてぇな。そういうのが一番助かるんだよな。

   じゃあなんだ、やっぱり家賃やちんでもっておっそろしくたけえこと言おう

   ってんだろ?え?

   あんまりふざけた事を言うんじゃねえぞ。

   てめえの体の事を思ったら、あんまりバカなことはーー


杢兵衛:【↑の語尾に喰い気味に】

    まだ何も言っちゃいないよ。気の荒い人だね。

    えー家賃やちん店賃たなちんね。

    店賃たなちんはね、あなたが、払いたいと思ったらお払いなさい。

    こんなうちには払いたくないと思ったら、払わなくてもいいですよ

    。


男2:ふゥン…?

   ってェと、タダ?タダかい?あのうちが?

   こりゃあいいや!ありがてぇなぁ!

   いいなァ、気に入っちゃったよ!

   じゃあ俺ァあそこ借りるよ!明日すぐに引っ越してーー


杢兵衛:【↑の語尾に喰い気味に】

    っちょちょちょちょちょいと、ちょいとお待ちなさい!


男2:あん?なんでェ?


杢兵衛:いいですか、あれだけのうちですよ?

    敷金しききんもなし、家賃やちんもタダ。

    なんか変だと思いませんか?


男2:うーん…そりゃあ、変だって言われれば変かもしれねえや。

   けどいいや、変だって。タダだろ?


杢兵衛:いや、ちょ、あのね、あなた。

    タダほど安いものはないと思ってるでしょう?

    それが違うんですよ。

    あれだけのうちがタダなんてのは、変だと思いませんか。


男2:あぁあれだろ、幽霊が出るとか化け物がいるとか、そんなんじゃね

   えのか?違うかい?


杢兵衛:【わざと声をひそめて】

    はい…そうなんですよ。


男2:そりゃそうだろなあ、タダだもの。あたりめぇだよ。

   それで何にもねえってんじゃ、そのほうがおかしいよ。

   まあいいや、そのぐらいのもんが出た方が退屈しねえってもんだ。


杢兵衛:ぇ、い、いや、あのあなたね、そんなこと言いますけどもね、

    これが大変なんですよ、ええ。

    わたしだってね、したかないんだけどーー


男2:【↑の話すのをさえぎって】

   いいよ、話さなくて。


杢兵衛:え、えぇ!?い、いや、そりゃ、だけどもね、

    もしこういう事があるんだったら、なぜ越してくる前にひと言

    言ってくれなかったんだと、恨みごとをねーー


男2:【↑の話すのをさえぎって】

   んな事ァ言わねえよ、俺ァ。

   もう分かったからいいや、あした越してくるからよ!


杢兵衛:っちょちょちょいと、お待ちなさいよ…!

    あなた、そんなこと言わないで聞いて下さいよォ…!


男2:??涙ぐんでやがるよ。

   しょうがねえな…聞いてやるよ。

   で、どういうことなんだ?話してくれよ。


杢兵衛:【気を取り直して怪談話の前準備に入る】

    ゴホン…ま、そこでは話が遠くなりますからな。

    どうぞこっちへ、おあがりなさい…。


男2:何をォ!?


杢兵衛:【怪談話モードに入る】

    ぉあがんなさい…。


男2:なんか食ってんのかてめぇは、ええ?

   まるで腹に力が入ってねえぞ。

   上がれってのか?はっきり言えよおい。

   なに言ってんだか分かんねえじゃねえか。

   ったく、厄介やっかいだなおい。

   ーーほら、上がったぞ。何か食わしてくれんのか?


杢兵衛:馬鹿なこと言っちゃいけませんよ。

    …それでは、これからお話をーー


男2:【↑の話すのをさえぎって】

   おうおう、ちょいといいか?

   俺ァな、気がみじけぇんだ。長ったらしい事は嫌だよ。

   トーンとやってくれ、トーンと。いいかい、分かったかい?

   さ、どんな話なんだ?え?どんな話だ?


杢兵衛:ちょちょちょ、ちょいと待っておくれ。

    そうガミガミガミガミせっつかれると私も話がしにくいよ。

    …実はね、今を去ること三年ばかり前ーー


男2:【↑の話すのをさえぎって】

   それが嫌なんだよ。「今を去ること」なんざいらないんだよ。

   三年前って言やぁいいんだよ。俺ァ無駄が大嫌いなんだ。

   で、三年前どうしたんだい。


杢兵衛:ぅ、ぅうん…、三年前にですね、あそこに年ごろ28,9になる

    後家ごけさんが一人で住んでた。


男2:へえ、亭主ていしゅはどうしたんだい?


杢兵衛:ぅ、そ、そこまでは私も聞いてはいないね。

    まあ、一人で住んでました。

    大変な働き者でね、朝から晩まで長屋の掃除洗濯そうじせんたく賃仕事ちんしごと

    まるでコマネズミのようでした。

    その上なかなか色白いろじろ器量きりょうよし、と言って気取きどりが無くて愛想あいそ

    いいから近所の評判がいい。

    昔からのたとえに、女やもめに花が咲くと言いますな。

    「おかみさん、いつまでも女が一人でいるってとね、世間に馬鹿

    にされますよ。私が暮らし向き一切いっさいを面倒見ましょう。」

    とか、

    「じゃああたしは、家賃やちんだけでも持たして下さい」なんて話が

    いろいろありましたがね、ーー


男2:【↑の話すのをさえぎって】

   そりゃそうだろうな。

   女が良くって一人でいるんじゃたまんねえやな。

   野郎がほっとくわけはねえや。

   おめえだって他人事ひとごとのように言ってるけど、なんか言ったんだろ?

   もっともおめえは暮らし向きは無理だやなあ。

   と言って家賃やちんだって払えねえだろ。

   だから「おかみさん、その代わり私は水でもんであげますよ」

   とか、

   「代わりにお使い行きましょう」

   なんて親切から持ち込んで、何とかしようと思って骨を折ったんだ

   ろ。このスケベだぬき


杢兵衛:口が悪いねほんとに…そんな事はしませんよ私は。

    まあ、「男はせん亭主ていしゅでこりごりでございます」と言ってね、

    これっぱかりも妙なうわさが無い、物堅ものがたいおかみさんでしたよ。

    それが、ちょうど花嵐時分はなあらしじぶんでしたな。

    ある吹きりの晩に、そのおかみさんのところに泥棒が入りま

    してね。


男2:泥棒?

   しいなァ、俺がもうちょいと早く越してきてたらふんづかまえて

   やるってのによ!

   で、どうしたんだい。


杢兵衛:泥棒が荷物をこしらえてどっこいしょと背負しょって、

    おもてへ出ようとする。ひょいと脇を見るってと、

    おかみさんがかいまきを掛けてすやすやすやすやと寝ている。

    その年増女としまおんな寝乱ねみだれ姿を見て、泥棒がむらむらっと妙な了見りょうけん

    起こしましてね。

    いったん背負しょった荷物をそこへ下ろすと、

    いきなりおかみさんの胸元へ手を差し入れたてえやつですよ。


男2:胸元にィ?手ェ入れちゃったの?おっぱいに?

   へへへへ大胆な奴だねェェ。

   俺ァそういう話がでぇ好きなんだよ!

   で、どうしたんだい。え?どうしたんだい?え?


杢兵衛:前へ出てきたよ、しょうがないね。

    本当に嫌な人だよ。

    もとより物堅ものがたいおかみさん、はっと目を開けて見ると

    雲をくような大男、覆面頭巾ふくめんずきんでのしかかってきているから、

    「きゃーーーっ、泥棒」と叫んでしまった。

    泥棒も自分の身がかわいいから、隠し持っていた匕首あいくちでエイッと

    斬りつける。

    わっと言って逃げるところを髪をつかんで、手元へ引き寄せとい

    てグサーッと突き立てたのが乳房ちぶさの下、

    いわゆる致命傷というやつですよ。


男2:ははぁ…なるほどねェ…おう、その泥棒ってのはてめえだろ、え?

   てめえなんだろ?


杢兵衛:ええ!?いやいや、私じゃありませんよ。


男2:そうだてめえだ!それでなくてそんなに事細ことこまやかに話ができるかよ

   こんちきしょう!

   さあ番所ばんしょへ来いッ!


杢兵衛:いやっ、わっ、私じゃありませんよ!私じゃありませんって!!


男2:ハハハ、バカだねこんちきしょう。

   ムキになって言いわけしてやがるよ、ハハハ…シャレだよシャレ。

   バカだねほんと、ハハ…で、どうしたんだい。


杢兵衛:~~おどかしちゃ嫌だよあなた…!

    そこまでこっちだって考えちゃいないからさ…えぇと、どこまで

    話しましたっけ?


男2:あ?なに言ってやんでェ。

   泥棒はどうしたんだよ。


杢兵衛:ああそうだ、うん、泥棒ね。

    そのまんま泥棒は随徳寺ずいとくじ

    明くる日になって、いつも朝の早いおかみさんがなかなか起きて

    こないからどうしたんだろうってんで、長屋ながやの者がみんなで

    立ち合いのもと、戸をこじ開けて入ってみてあなた、驚きました

    よ、ええ。

    あたり一面、血の海ですよ。

    その中におかみさんが眼を見開いて歯をくいしばって、虚空こくうをつかん

    で倒れてる。その形相ぎょうそうのものすごさ…

    女がいいだけによけい怖い…!


男2:【あっけらかんと】

   あーそうかもしれねえな。

   で、どうしたの?え?どうしたの?うん?


杢兵衛:~~っっいや、それでね…身寄り頼りの無い人ですから、

    長屋ながやじゅうでねんごろにとむら

    いたしましてな、たたみを取り替え壁を塗り替え、

    掃除をしてまた貸家かしやふだを張ると、まああれだけのうちですから、

    すぐに借り手がついた。


男2:だろうなあ、それだけの使い良いうちなんだからよ。

   で、どうしたんだ?


杢兵衛:ところが越してきた人は長い人で六日、たいがいの人が三日四日

    のうちに出て行ってしまうんです。

    私も何があるんだろうとね、いちばんしまいに出て行った人に

    聞いて驚きましたよ。

    【だんだん怪談っぽい語り口に】

    越してきて一日二日は何ともない。

    しかし三日四日とつうちに、雨がしとしとしとしとと

    降る晩なんぞがある…。


男2:ああ、そうだよな。天気ばかりじゃ困るもんな。

   たまには雨降ったり風吹いたりすらぁな。

   で、どうなったんだい。


杢兵衛:~~ん、んんっ。

    【怪談ぽい語り口調で】

    よいのうちは世間もにぎやかだが、夜がけるにしたがって次第しだい

    シーン…となる。


男2:はっはははよせよォおい、当たり前のことをもっともそうに言うな

   よォ!

   そりゃどこだってよいのうちはにぎやかだよ。夜がけりゃシーンと

   するんだよ、ええ?バカだね本当に。

   で、どうした。


杢兵衛:話がしにくいなぁほんとに…!

    【気を取り直して怪談ぽい語り口調で】

    どこで打ちいだすか遠寺えんじの鐘が陰にこもってーー


男2:ごぉーーーん!と鳴るのかい?


杢兵衛:~~えぇ、そうですよ…。


男2:へへへ調子くるってやがるよ、ええ?

   それからどうなんだよ。


杢兵衛:【気を取り直して怪談ぽい語り口調で】

    仏様のかねがチーン…と鳴りますな…。


男2:誰が鳴らすんだい?


杢兵衛:【怪談ぽい語り口調で】

    ひとりでに鳴るんですよあなた…。


男2:へえぇ、おもしろいねそらァ。

   ゴーンと鳴ってチーンときたな。

   今度はどんな音かな?どんな音だろうな?


杢兵衛:鳴るのを楽しみにしてちゃダメだよ…!

    【怪談ぽい語り口調で】

    縁側えんがわ障子しょうじに女の髪の毛のさわる音が

    サラサラサラサラしたかと思うと、音もなくすー…っとあなた、

    開きますよ…。


男2:便利なうちだなそらァ。俺ァそん時を狙ってしょんべんに行くよ。

   んで、どうなるんだい。


杢兵衛:【怪談ぽい語り口調で】

    生あったかい風がふぁーっと吹いてきますとね、

    その殺されたおかみさんの幽霊が髪をおどろに乱して、

    すー…っと寝ている人の枕辺まくらべへ立つ。

    その顔を見て、ケタケタケタっと笑いますよ…!


男2:陽気でいいやね、それ。愛嬌あいきょうがあらぁな。

   泣いてんのはいけないよ。めそめそしてて陰気だからよ。

   で、どうなんだい。


杢兵衛:【怪談ぽい語り口調で】

    「まああなた、よく越してきてくれましたねぇ」

    と寝ている人の顔を冷たぁい手でもってつーーっ…


男2:ッおっこのっ、なにしやがんでェこんちきしょう!この!このッ!

   この野郎ッ!こんちきしょッ!

   ったく、いいか、俺ァあした越してくるからな!掃除しとけよ!

   あばよッ!


杢兵衛:あッちょっ、ちょっと待ってくれッ!ダメだよッちがッお前さんッ

    !お待ちよッ!

    …しょうがねえなあ本当に、弱ったねどうも。

    どうしようかなぁあれァ…。


源兵衛:おい、どうしたんだいもくさん。

    いまの奴なんだか知らねえが、うちの中をのぞき込んでニコニコし

    てったよ?あれどうなったんだい?


杢兵衛:大変だよげんさん、越してくるってんだよ。


源兵衛:えっ、怪談話やんなかったのかい?


杢兵衛:やったんだよ。ところが度胸のいい奴で何をやっても驚かねえん

    だ。さんっざんまぜっかえしてきやがった。


源兵衛:いちばんしまいの、冷たい手でもってスッとやるのもかい?


杢兵衛:それだよ、雑巾でもって顔を拭いてやろうと思ったらスッとたい

    かわしやがってね、雑巾ぞうきんふんだくられてこっちが顔をこすられち

    まったよ。


源兵衛:なんだい、だらしがねえなどうも。


杢兵衛:なにしろ敷金しききん店賃たなちんもいらねえってそう言っちゃったんだからね

    …。

    しょうがないよ、あいつの店賃たなちんをお前と二人で出そう。


源兵衛:冗談言っちゃいけねえ!

    そんなバカなことできるかよ!

    それじゃあいつ、何も置いていきやしないかい?


杢兵衛:置いてくどころじゃーーああっ!!いけねえ!


    あいつさっきのがま口持って行っちゃったよ。




終劇





●参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


古今亭志ん朝(三代目)

三遊亭圓生(六代目)




●用語解説


店賃たなちん

家賃の事。


家主いえぬし

アパートなどにおける大家さんの事。


・店立て(たなだて)

家主が家賃の滞納や契約違反などを理由に、借家人を強制的に追い出した

り、店を閉めさせたりすることを指す言葉。


匕首あいくち

鍔のない短刀、ドス。


随徳寺ずいとくじ

「随徳寺きめる」という。「ずいと出ていく」洒落で寺の名前に見立てた

もので、後先構わずに一目散に逃げ出す事。

落語の演目、「山号寺号」のサゲ(オチ)にも使われている。

「一目散、随徳寺!」→「ああ南無三、し損じ」


一尺いっしゃく

だいたい30センチ。


・おあし

お金の別称。今はあんまり使われない。


なか

遊郭の仲見世の事。

遊郭(主に吉原)には上から順に大見世、仲見世、小見世、

その他に切見世や河岸見世などがある。


・草分け

最初に土地を開拓して村落を作った者及びその家のこと。

転じて、もっとも古くからいる者のことを指す。


・松木を植えようってんじゃない

ここに永住、定住するのはまっぴらだ、という意味。


造作ぞうさく

建物の内部の仕上げ材や取付け物。床板・階段・陳列棚・畳・建具の類。

比喩的に、顔の作り、顔つき。


賃仕事ちんしごと

これだけすればこれだけの賃銭がもらえるという手内職。


花嵐時分はなあらしじぶん

桜の咲く頃に吹く強風によって、花びらが激しく散り乱れる時期や光景を

指す言葉。


・かいまき

袖がついた着物状の寝具(着る布団)のこと。

首から肩をしっかり覆って寝冷えを防ぐことができ、現代でも防寒用や

赤ちゃんのスリーパーとして活用されている日本の伝統的なアイテム。


遠寺えんじ

字の通り、遠方にある寺。




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