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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者


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第8話 第二聖女の調査と、想定外の光景

少し加筆修正しました。

 早朝。

 聖サーヴァント学園、女子寮。


 カトレア・ルミナスは、淡い朝靄に包まれた窓辺に立っていた。


 彼女の朝は早い。背筋を伸ばし、腕を組んで静かに目を閉じる。


(……昨夜の、あの不吉な脈動は何だったのかしら)


 微かに感じた異質な魔力。


 それは澱み、重さ、底知れない圧を孕んでいた。

ゆっくりと目を開け、彼女はカーテンを引く。

差し込む朝の光が、彼女の蜂蜜色の髪を黄金に縁取った。


 眼下に広がる街並み。

一見すれば、いつも通りの平和な光景。


――だが。


「ん?……なに、あれ」


 遠く、街の外れの高台。

昨日までは何もなかったはずの場所に、漆黒と深紫を基調とした、あまりに不穏な「城」のようなモノが屹立していた。


「……感じるわ」


 カトレアは瞳を細める。

聖女としての卓越した感覚が、警鐘を鳴らしていた。

理を乱す邪悪な気配が立ち昇っている。


 放置してはいけない――


「……確認する必要があるわね」


 カトレアは踵を返した。

聖女としての装いを完璧に整え、颯爽とその地へと向かった。


---


 数十分後。

高台へと続く一本道。

吹き付ける風が強まり、周囲に人影はない。


(間違いないわ。一歩進むごとに、あの異質な魔力が肌を刺す……)


 やがて辿り着いたその場所は、こじんまりとした敷地に色とりどりの花が咲き乱れる、一見すれば牧歌的な庭だった。


 だが、その中央に鎮座する光景に、カトレアの思考は凍りついた。


「……は?」


 そこにあったのは、無骨で禍々しい漆黒のテント。そして、その隣に異様な完成度で鎮座する魔女の城。


 並び立つはずのない二つの建築物が、まるで当然のようにそこに存在している。


(……どちらが原因? いえ、どちらも原因にしか見えないわ……)


 真剣に苦悩した末、カトレアはまず、その重厚な城へと歩を進めた。


 呼び鈴すら見当たらない扉の前で、彼女は右手を掲げる。


「……失礼するわ。学園の調査として――」


 ノックをしようとした、その瞬間。

 

 背後でギィ、と乾いた音が響いた。

振り返れば、そこには「普通」の民家の扉が開かれていた。


「おはようございます!


 あの、初めてお目にかかります。

 わたくし、セラフィナイトと申します。

 セラフとお呼びいただけましたら嬉しいですわ」


 セラフは扉を閉め、深々と頭を下げる。


 凛としたカトレアに、セラフは少しだけかしこまって挨拶した。


 銀髪を朝陽に輝かせ、セラフィナイト・ゴールドステインが、花が綻ぶような笑みを浮かべていた。


 カトレアの思考が、再び停止する。


「お、おはようございます……。

 私はカトレアと申す。


 って、あ、貴女、確か転入生のセラフさんよね?

 なぜこんなところに?」


(思わず挨拶を返してしまったけれど、なぜ? どうしてあの子が、この魔窟のような場所から普通に出てくるの?)


「何かご用でしょうか?」


 あまりに自然。あまりに穏やか。

カトレアは言葉を失い、混乱の渦に飲み込まれる。


(……違う。邪悪な気配の源が、この子だとは思えない。でも、だとすれば――)


 その時、バサリとテントの幕が揺れた。

中から、地響きのような低い声が漏れる。


「……朝から騒がしいな」


 現れたのは、漆黒のマントを纏った威厳ある男――ヴォルガド。


 だが、そのマントの裏地は淡いピンク色に染まり、足元には不釣り合いなウサギのスリッパが。


「……は?(何で魔王コスなの?)」


 さらに、隣の城の扉が重厚な音を立てて開く。


「何の騒ぎかしら、朝っぱらから」


 気怠げに顔を出したのは、稀代の魔女、モルディナ。


カトレアの意識は、遠のきそうになる。

「……は???(こっちは魔女コスよね?)」


 魔王と魔女。そして、それらを前にしてニコニコと微笑む聖女見習い。


セラフィナイトは、嬉しそうに三人を交互に見た。


「皆様、お揃いですわね。賑やかで素敵ですわ」


 カトレアは、ゆっくりと天を仰いだ。

(……聞いていない。こんなカオス、誰も報告してくれなかったわ……)


 視線を戻す。

テント、魔女城、そしてその中心にいる少女。

沈黙。


 カトレアはぽつりと零した。


「……一体、何が原因なの?」


「ん、何がだ? ……あぁ、全部だな。余も、この城もな」

ヴォルガドが当然のように答える。


「だいたいこの子よ、セラフちゃんが元凶」

モルディナが肩をすくめ、隣の少女を指差す。


セラフィナイトは、にこりと微笑み返した。

「まぁ」


 カトレアはしばらく石像のように固まっていたが、やがて、小さく、しかし重いため息を吐き出した。


「……調査対象を変更するわ。セラフィナイト、貴女よ」


「はい。光栄ですわ」


 その瞬間に、カトレアは確信した。

(……これは、とんでもなく厄介なことに巻き込まれたわね)


 だが同時に、その瞳には聖女としての信念を超え、かすかな熱が宿る。


「……非常に興味深いわ」


 彼女はゆっくりと息を整え、次に魔女モルディナを射抜くように見た。


「……まず一つ、確認させてもらうわ。


 指先で示すのも失礼だけど、この城よ。こんな不穏なものを建てて、一体誰の許可を得ているの?」


 空気が張り詰める。

だが、モルディナはきょとんとして答えた。


「あら? セラフちゃんよ?」


カトレアは耳を疑った。

「……え?」


「もうね、とにかく、セラフちゃんがいいって言ったのよ。だからいいの。決定事項よ」


 モルディナは満面の笑みでセラフィナイトの手をぎゅっと握り、ね?と相槌を求める。


カトレアのこめかみが、ぴくりと跳ねた。


「……それは許可とは言わないわ。法的な手続きが――」


「言うのよ。彼女が法なのよ、この界隈では」


「言わない! 断じて言わないわ!」


「おい、そこの二人、勝手に決めるな」


低い、断定的な声。ヴォルガドが腕を組み、二人を睨む。


「余は認めていない。この土地の支配権は――」


「は? 何よそれ、あんたただのテント住まいでしょ!」


「何?コレは魔王城だ!よく見よ!まだ建設中なのだ!とにかく 余が認めていないと言っているのだ!」


「誰に許可取ってんのよ、あんたこそ」


「余にだ!!」


 会話が、一ミリも成立していない。

火花を散らす魔王と魔女。その一触即発の空気の中で、


「まぁ……楽しそうですわ」


 鈴の鳴るような声。


 セラフィナイトが、にこにこと微笑んだ。

三人の視線が、吸い寄せられるように彼女に向く。


「お二人とも。大切なお隣さんですの。とても楽しくていいでしょう?」


柔らかい、しかし抗いがたい支配力を持つ声。


空気が、すっと、不自然なほど和らいでいく。

セラフィナイトはカトレアに向き直り、深々と頭を下げた。


「すみません、カトレア様。私のお友達が賑やかで驚かせてしまって……」


セラフは顔を上げ、その瞳はわずかに潤んで上目遣いに。


「……ダメ、でしょうか? 私たちが、ここで仲良く暮らすのは」


完全な沈黙。


カトレアの思考が停止した。


(なにこれ。反則でしょ。可愛すぎて心臓が持っていかれる……)


ヴォルガドもまた、言葉を失った。

(……くっ、この純真な波動。これが『徳』による物理攻撃か……!)


そして、モルディナはニヤケが止まらない。

(やったわね)


カトレアの顔が、耳の裏まで真っ赤に染まる。

だが彼女は第二聖女。必死に、震える声を取り繕った。


「な、ななな……。何も、ダメだとは申しておらんわ!」


ぎこちない。あまりに動揺が隠せていない。

「……簡単に落ちたわね」

モルディナが呟く。


「落ちてない!!」

カトレアが反論。


「完全に陥落したな」

とヴォルガドがぼそりと付け加える。


「落ちてないと言っているでしょう!

わ、私は観察しているだけよ!!」


ついに叫んでしまったカトレアを見て、

セラフィナイトは楽しそうに目を細めた。


「ふふ。やはり、賑やかが一番ですわね」


その一言で、全てが――


魔王の野望も、魔女の矜持も、聖女の義務さえもが、どうでもよくなるような光景が広がった。


カトレアは、再び天を仰いで小さく息を吐いた。

(……本当に、調子が狂うわ)


だが、セラフィナイトを見つめる彼女の瞳は、先ほどよりもずっと柔らかいものに変わっていた。


「……しばらく、観察させてもらうわよ。貴女が何を考えているのか」


「はい。いつでも歓迎いたしますわ、カトレア様」


こうして──


気高き第二聖女は、自覚のないままに、セラフィナイトが中心となって渦巻く「お隣さん地獄」へと、真っ逆さまに突き落とされたのであった。



カトレア、がんばれ!

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