第5話 全教科満点と、第三王子の突然の求婚
聖サーヴァント学園の廊下。
朝から妙なざわめきが広がっていた。
掲示板の前には黒山の人だかりができている。
原因は一枚の紙だった。
初日の実力テスト順位表。
その一番上に書かれている名前を、生徒たちは何度も見直していた。
セラフィナイト・ゴールドステイン
昨日転入してきたばかりの少女の名前である。
しかもその横に並ぶ数字は――
全教科満点。
「嘘だろ……」
「転入初日だぞ?」
「魔導物理学まで満点ってどういうことだ……」
「先生の採点ミスじゃないのか?」
ざわめきは広がるばかりだった。
その中心で、エルザとプリシラが目を輝かせている。
「セラフちゃんすごい!」
「神!」
「尊い!」
二人はほとんど拝んでいた。
だが当の本人はというと――
掲示板の少し後ろで、困ったように微笑んでいた。
「そんな……」
セラフィナイトは小さく首を振る。
「目立たないように頑張りましたのに……」
周囲の生徒たちが一斉に固まる。
「……え?」
「今なんて?」
セラフは真剣な顔で続ける。
「問題はとても楽しく解けましたので……」
「少しだけ答えを書きすぎてしまったかもしれませんわ」
エルザとプリシラは顔を見合わせた。
「楽しくって何?」
「私たちの感覚と違う世界の言葉?」
そのときだった。
廊下の奥から、ひとりの青年がふらりと歩いてくる。
金色の髪。
整った顔立ち。
どこか軽い雰囲気。
それを見た瞬間、周囲の生徒たちがざわめいた。
「あっ……」
「あいつだ」
「また来たぞ……」
「第三王子だ……」
「今度は誰を口説く気だ?」
青年は気にした様子もなく、人混みを抜けてセラフの前に立った。
軽く微笑む。
「わたしはレオン・フォルスター」
優雅に一礼する。
「キミは確か、朔日転入してきたばかりの……」
セラフは一歩下がり、スカートの裾をつまむ。
優雅に礼をした。
「セラフィナイトと申します」
柔らかな笑みを浮かべる。
「セラフとお呼びください」
その仕草に、周囲の生徒が小さく息を呑む。
「かわいい……」
「可憐……」
「似合う……」
レオンは一瞬、感心したように目を細めた。
そして言った。
「では、私も」
一拍。
「セラフさん」
「私の婚約者になってください」
廊下がざわめいた。
「また出たよ……」
「何人目だ?」
「前の子どうなったんだっけ?」
「泣いて帰ったって聞いたぞ」
「いや、別の子は王都まで追いかけて行ったって……」
ひそひそ声が広がる。
レオンは小さく咳払いをした。
「いや、待ってくれ」
手を軽く上げる。
「誤解があるようだ」
掲示板を指さす。
そこには
セラフィナイト・ゴールドステイン
そしてその横には
全教科満点
レオンは肩をすくめた。
「初日で全教科満点」
「しかも、あの優雅な挨拶」
軽く笑う。
「普通なら少しくらい自慢するところだろう?」
「それを“目立たないよう頑張りました”だ」
首を振る。
「これはもう」
「気にならない方がおかしい」
周囲の生徒たちも小さく頷いた。
「……まぁ、それはそう」
「確かに」
レオンはセラフに向き直る。
「というわけで」
「改めて」
「セラフさん」
「私の婚約者に――」
セラフはやわらかく微笑んだ。
「いえ、滅相もございませんわ」
即答だった。
レオンの身体が――
がくん
と小さく揺れた。
ほんの一瞬。
周囲には気づかれないほどの動き。
だがその内心では。
(なんだこの子は?)
(今……断られたのか?)
(いや、待て)
(そんなはずはない)
(今までこんなこと、一度も――)
レオンは小さく息を整える。
そして何事もなかったかのように微笑んだ。
「照れなくても良い」
その瞬間。
セラフはくすりと笑った。
「まぁ」
優雅に首をかしげる。
「楽しいお方ですわね」
一瞬の沈黙。
エルザとプリシラは思った。
((セラフちゃんの方が強い))
レオンは一瞬だけ固まり、
それから声を上げて笑った。
「フフ……なるほど」
掲示板をちらりと見る。
「全教科満点の才女に」
「こうもあっさり振られるとはね」
軽く手を振る。
「セラフさん」
「君の学園生活、きっと退屈しなさそうだ」
そう言って、ふらりと歩き去っていった。
廊下にはまだざわめきが残っている。
エルザが震える声で言った。
「セラフちゃん……」
プリシラも続く。
「今……」
二人同時に言う。
「第三王子に求婚されたよね?」
セラフは小さく首をかしげた。
「……え?」
少し考えてから、穏やかに微笑む。
「皆様、面白い冗談をおっしゃいますのね」
掲示板の一位の名前が、朝日を受けて静かに輝いていた。
セラフィナイトの「普通」は、
今日も少しだけ世界とズレているようだった。
――そのとき。
廊下のずっと後方。
柱の影で。
ピンク色の裏地のマントが、わずかに揺れていた。
腕を組み、じっとこちらを見ている影。
低い声が、誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……ほう」
そしてその影は、
静かに姿を消した。




