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徳を積みすぎたモブ願望の元聖女。 朝の挨拶で魔王が安眠し、なぜかお隣さんになりました!  作者: 黒武者


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第3話 聖女のモーニングルーティンと、ピンクに染まった魔王城(テント)

午前四時。


 世界がまだ深い藍色に包まれ、夜の静寂がゆっくりと朝へ明け渡そうとしている時間。


 セラフィナイト・ゴールドステインは、まるで時計と約束していたかのように、ぱちりと目を覚ました。


「おはようございます、鏡さん」


枕元の鏡に向かって、小さく会釈する。


 鏡の中の自分も、同じように微笑み返してくる。


「……あら。今日は寝癖が少し元気ですわね。でも、それもまた一興ですわ」


指でくるりと整えながら、くすりと笑う。


自分がなぜこの町にいるのか、セラフィナイトにははっきりとした記憶がない。


 遠いどこかで、誰かのために祈り続けていたような気もする。


 とても長い時間、たくさんの人の幸せを願っていたような気もする。


 けれどその記憶は、朝露のように曖昧だった。

ただ一つだけ、確かなことがある。


 今日も、目の前の世界を大切にすること。

それが、彼女にとっての「普通」だった。


「そして、今日からお世話になります、制服さん。どうぞよろしくお願いしますね」


 新しく支給された『聖サーヴァント学園』の制服に袖を通す。


 本来は落ち着いた濃紺の、どこにでもある学園服のはずだった。


 だが、セラフィナイトが着ると、なぜか高貴な礼装のように整って見える。


本人はまったく気づいていない。


「最近の繊維技術は本当に素晴らしいですわね」


 感心しながら、最後のボタンを留める。

そして玄関の扉を、静かに開けた。


ギィ、と音がした。

「あら」

 そこには、昨日までなかったものがあった。

漆黒のテント。


 棘のような装飾が生え、禍々しい紋章が描かれた、いかにも怪しいテントだ。


「おはようございます、テントさん」


 セラフィナイトは、自然な動作でその前に跪いた。

今日最初のお祈りである。


「ヴォルガド・魔王さん。どうか、安らかな眠りをお過ごしください。

 今日も良い一日になりますように」


手をそっと合わせる。


 その瞬間。

ふわり、と金色の粒子が溢れ出した。

光は静かに広がり、テントを包み込む。


すると――


 禍々しい黒い布は、みるみる柔らかなパステルピンクに染まり、トゲトゲした装飾は、ふかふかのキルティングへと変わっていく。


 さらに、どこからともなく白い鳩が集まり始めた。


 テントの中から、幸せそうな寝言が聞こえる。


「……ふにゃ……人間界の……プリン……甘い……」


セラフィナイトは微笑んだ。


「いい夢を見ていらっしゃるようですわね」


 そして軽やかな足取りで町へ歩き出す。


 彼女の朝の日課。


 挨拶回りである。


 「おはようございます、郵便受けさん。今日も素敵なお手紙を届けてくださいね」


 郵便受けが、かすかに銀色に輝く。


 「おはようございます、アザミさん。棘がとても立派ですわ」


 道端のアザミが、ぱっと花を咲かせる。


 そんな奇跡が、彼女の背後で静かに起こっていることを、本人はまったく知らない。


 そのとき。


「貴様ぁぁぁ!!」


 背後から怒号が飛んできた。


振り返る。


 そこには――


ピンクのテントをマントのように羽織り、


 頭に鳩を乗せた巨漢が立っていた。


 魔王ヴォルガドである。


「余のテントに何をした!!」


「あら、おはようございます、ヴォルガド・魔王さん」


「名前の途中で止めるな!」


「ピンク、とてもお似合いですわ」


「魔王だぞ?褒めることではない!!」


魔王は頭を抱えた。


「そもそも貴様!この奇妙な儀式は何だ!町全体の因果律を書き換えている自覚はあるのか!?」


 セラフィナイトは首を傾げた。


「ただのご近所付き合いですわ」


 魔王は遠い目をした。


「余は……世界を滅ぼす存在なのだが……」


「壮大な夢ですわね」


「夢ではない」


 そして

「あのプリンは美味しすぎた。礼を言う」


セラフはにっこり微笑む。


そのまま二人は歩き出す。


やがて、石畳の小道でセラフが小さくつまずいた。


「まぁ」


 足元を見る。


小さな石ころだった。

魔王の魔力が一瞬ざわめく。


「おのれ!この石ころめ!我が究極魔法サドンデスで粉砕して――」


「まぁ」


 セラフィナイトが石を拾った。


「きっと寂しかったのですね」


「石だ」


「こんな真ん中にいたら、誰かに蹴られてしまいますわ」


 彼女は石をそっと道端へ移す。


「ここなら安心です」


 石は、ほんのり温かく光った。

魔王は黙った。

(……石の精霊か?)


「さあ、次はパン屋さんです」


 朝の香ばしい匂いが漂ってくる。


 小さな店。


 ブレンダとパトリックの夫婦が営むパン屋だ。


「おはようございます。セラフと申します」


 セラフィナイトが深々と挨拶すると、二人の顔がぱっと明るくなる。


「セラフちゃんね!素敵な名前!いつも爽やかな挨拶ありがとうね」


 ブレンダが手招きし、

「ちょうど焼きたてだよ」


とパトリックがぶっきらぼうに呟く。


差し出されたパンは、黄金色に輝いていた。


「まぁ……!」


セラフィナイトの目が輝く。


「こんな美味しいものがあるなんて!」


「あら、うれしいわ」


「でもお金が……」


彼女は財布を開いた。


「今、手持ちが一万ジュエルしかないのですが……これで足りるかしら?」


 魔王が即座に言った。


「高級パンでも釣りが出るだろう」


 夫婦は大笑いした。


「いいのいいの、最初のパンはセラフちゃんに食べてもらいたいのよ。毎日ね。お連れのイケメンさんの分も」


セラフと魔王は両手でパンを受け取る。


「ありがとうございます」


「すまぬ」


ひとくち。


 ふわっと笑顔が広がる。


「とても幸せなお味ですわ」


「魔界のパンより1000倍美味いな」


 その瞬間。


 パン屋の窓から朝日が差し込み、店の中がやわらかな光に包まれた。


ブレンダはぽつりと言った。


「……なんだか今日、いい日になりそうだね」


 魔王は天を仰いだ。


(この女……無自覚で世界を祝福している)


そして思う。


(余はなぜ、その隣を歩いているのだ)


セラフィナイトが振り返った。


「ヴォルガド・魔王さん」


「なんだ」


「朝のご挨拶、二人だと楽しいですわね」


魔王は沈黙した。


「……余は監視しているだけだ」


「コレからもご一緒してくださるんですね」


「違う」


二人は歩き続ける。


朝日が町を照らしていく。


セラフィナイト・ゴールドステイン。


彼女の望みはただ一つ。

目立たない、普通のモブ生活。


しかし。

その隣には、ピンクのマントを羽織った魔王が歩いていた。


そして町では今日も、小さな奇跡が増えていく。

本人だけが気づかないままに。


朝の挨拶は気持ちいいですよね!

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