第17話 はじめてのお友達と、お隣さんの正体
放課後
(あー、終わったー!)
(今からバイトだぁ)
(ねぇ、スイーツ食べに行こ!)
(やった!今日クラブ中止だって)
(魔法クラブなんかあったの?)
思い思いの声が交錯する中、ノエルは一人、帰る用意をしていた。
(帰りにお使い頼まれてたっけ)
教室のざわめきが、少しずつ遠のいていく中――
セラフィナイトは、そっと振り返った。
「ノエルさん!」
びくっ。
名前を呼ばれた少女――ノエル・ファニングは、肩を小さく震わせた。
長い睫毛。透き通るような肌。
整った顔立ちなのに、どこか自信なさげに伏せられた視線。
「は、はい……っ」
小さな声。
(また、声が小さい……)
自分でそう思って、少しだけ俯く。
セラフィナイトは、そんな彼女にふわりと微笑んだ。
「本日、お時間はございますか?」
「……え?」
「よろしければ、わたくしのおうちでお茶でもいかがかしら?」
沈黙。
ノエルの思考が、一瞬止まる。
(え……?)
(わたしが……?)
心臓が、どくんと跳ねた。
「わ、わたし……で、いいんですか……?」
「ええ」
当たり前のように、頷く。
「いつも素敵なノエルさんと、もっとお話してみたかったのです」
――その一言で。
ノエルの顔が、ほんのり赤く染まった。
(素敵だなんて、初めて言われた)
「……はい」
小さく、でも確かに頷いた。
「では、四時ごろにお待ちしておりますわ。場所はこちらです!
お気をつけていらっしゃってくださいね」
セラフが、ずっと手を振って遠ざかっていく。
手元に残ったメモを見る。
かわいらしいメモに、達筆な文字で描かれた地図と連絡先。
(普段使ってるものまでこんなにかわいいなんて……すごいなぁ……字も綺麗だし。これは真似しなくちゃ)
ノエルは少しだけ心が前向きになり、笑みがこぼれ、学校を後にした。
そして。
セラフィナイトの住む家の前。
ノエルは、立ち止まっていた。
(ここが……)
手書きメモを確認し、それを見上げる。
パステル調の、とてもかわいらしいアパート。
――の、はずなのに。
隣に。
どう見ても普通じゃない“何か”がある。
テント。
いや、テントなのに、空気が重い。
さらにその奥には――
城。
どう見ても、城。
(……え?)
思考が追いつかない。
「どれなの?」
ノエルは、どこに声をかけていいかわからず、一人おろおろしていた。
その時、後ろから澄み切った声がかかる。
「あ! ノエルさん! いらしてくれたのですね。お待たせしてしまいましたか?」
「あ、い、今きたばかりです!」
ノエルは、セラフのニコニコした太陽を直視することができず、伏し目がちに答える。
「あの、どうかなさいました?」
セラフィナイトがパンを抱えながら首をかしげる。
「あ、いえ、その……」
言葉を探す。
だが、その時。
ぎぃ、と扉が開いた。
魔女城の中から現れたのは――
長身の男。
圧倒的な存在感。
黒い髪。鋭い眼差し。
ノエルの心臓が、一瞬で跳ね上がる。
(あ……)
(この人……)
(いつも、遠くで見てた……)
庭で、静かに佇んでいる姿を。
なぜか、目で追ってしまっていた人。
「余はお隣さんだからな」
当然のように言った。
ノエル、完全に固まる。
(お隣さん……?)
(この人が……?)
混乱。
ヴォルガドは、じっとノエルを見て――
ふっと目を細めた。
「キミは確か……ノエルと言ったか」
「……っ」
名前を呼ばれる。
それだけで、胸がいっぱいになる。
「い、いえ……その……」
声がうまく出ない。
ヴォルガドは静かに続けた。
「いつも、セラフィナイトと仲良くしてくれているな」
一拍。
「礼を言う」
その一言。
ノエルの思考が、完全に止まった。
(え……)
(いま……)
(お礼……言われた……?)
顔が、一気に熱くなる。
「そ、そんな……わたしは……っ」
しどろもどろ。
「私はヴォルガド。魔王と呼んでくれてもいいぞ。好きなようにしてくれ……」
「あ、あ、はい、ヴォルガドさん……」
(呼んじゃった……)
後ろから出てきたモルディナが、くすりと笑った。
「あら、その子がセラフちゃんのお友達?」
「はい! そうですの。ノエルさんです!」
「あ、ノ、ノエルと言います。よろしくお願いします」
頭を大きく下げ、丁寧に挨拶をする。
「あら! 貴女も可愛いわね! じゃあ、私の仲間にしちゃうわ」
さらっと言う。
ノエル、さらに混乱。
(仲間……?)
(え……?)
そこへ。
話が聞こえたのか、すたすたと急ぎ足で歩いてきたカトレアが、ぴたりと止まる。
腕を組む。
「……その理論、おかしくないかしら」
冷静なツッコミ。
モルディナは肩をすくめる。
「いいじゃない。可愛いものは大歓迎よ」
「基準が雑すぎるわ」
ノエル、完全に置いていかれる。
(え、カトレアさんまでいる? な、なにこれ……)
(どういう関係……?)
だが。
ふと。
隣を見る。
セラフィナイトが、にこにこと笑っている。
「さぁ、どうぞ」
やさしく手を差し出す。
「楽しいお茶会にいたしましょう?」
その笑顔。
まるで太陽みたいで。
ノエルは、少しだけ息を吸った。
(……この人みたいに、なれたら)
(こんな風に、誰かと笑えたら)
小さく、その手を取る。
「……はい」
その声は、さっきよりほんの少しだけ、しっかりしていた。




